第1章 手紙 13

「乾杯!」三人同時に声を発して俺達の研修の打ち上げが始まった。

研修で楽しかった事や、難しかった事などを話し合い、大人しい細井も酒が入ったからか、口数も多く、普段の細井が言わない様な会話までし始める。顔を赤らめてビールを飲む細井が、何だか良く解らなくなって来た。

杏奈も上機嫌にカシスオレンジを飲み、細井の話に耳を傾けている様子だ。

次第に細井はお代わりを注文すると同時に研修の話から一気に脱線して、最新のアニメや自身の好きなゲームの話を始める。俺もゲームはそこそこ時間がある時にやるが、細井の知識やマニアックさは聞いていて面白くて、気付いたら細井の話に乗っかって、気になるゲームの話を聞いてみる事にした。細井はスラスラと俺の質問に答えてくれ、杏奈は、そんな俺と細井のやり取りをただじっと見ている。

「でもさ、ちょっと最後は大変だったけど、無事に研修が終わって良かったよね。職員の人達も良い人だったし、すごく勉強になったね」杏奈が研修の話に戻すと、更に酔った細井が入浴介助中の話をした。

この前の休憩中に、初めて女性の裸を見たとか言ってたなと思い出した。

「西野君は慣れてるかも知れないけど、本当に僕は女性の裸を肉眼で見たのは初めてだったから、凄くドキドキしたんだよ」頬を赤らめて言う細井の純粋さが伝わって来た。

「別に俺だって慣れちゃいないけど、流石にあそこまで熟女には…」そう言うと、細井が「あ、施設長の方いたじゃないですか?あれくらいの熟女はどうですか?僕、すごくドキドキしてまともに顔を見れなかったですよ」照れながら細井が言う。

「確かに綺麗だったよね。何て言うか、いかにも大人って雰囲気と落ち着きがあって憧れるな」杏奈が細井の話に乗っかるが、俺は無言で二人の会話を聞いている。

そんな話をしていると、あっという間に2時間半も経っていた事に気付いた。

「そろそろ次に行きませんか?今日は僕が幹事なので、スケジュール組んで来ました」笑顔の細井に言われるがまま俺達三人は居酒屋を出て、次なるお店へと向かう事にした。二件目は予想外のカラオケらしい。

「僕、女子とカラオケに行くの初めてなんです」杏奈に向かて言うと、ついつい笑ってしまった。「水沢さんは何を歌いますか?」杏奈への質問攻めが始まる。そのやり取りを見ていると、今まで全く接点もなく会話もしてなかった細井だったが、友達になった様な気がして気分が良かった。俺の周りは、細井とは真逆な友達ばっかりだったから、細井みたいに自分とは正反対の友達も良いなと。

「よし、細井!俺とアニソンで点数勝負しないか?負けた方がビール一気でどう?」

「負けませんよ、西野君!」

そんな他愛もない話をしてる内に目的地であるカラオケへと到着した。

部屋に案内されると、それぞれが好きな酒を注文し、再び乾杯をした。

酒が入り、テンションの上がった杏奈がマイクを持って「では、これからアニソンバトル開始!」と言った。俺達は何を歌うか選び始め、お互いが人気のアニソンや、懐かしいアニソンを選び交互に歌った。

勝負は1対1の引き分けだった為、一杯ずつビールを一気飲みしたからか、カラオケに着いた時に比べるとかなり酔いが回っている。

一度ここで中断して、杏奈が流行りのアイドルの新曲を歌った。

その歌に合わせて細井が振り付けをしたり、コーラスをしたりして面白すぎて、こいつ、酒が入るとヤバイなと思った。きっと、杏奈もそう思っただろう…

杏奈の歌が終わると、最終勝負が始まり、先行は俺が歌い本日の最高得点の91点を出す。すると、深呼吸をして立ち上がった細井が「本気で歌います」と言いマイクを強く握って最近話題のアニメ主題歌を熱唱した。

その最後の曲は俺の得点を上回り94点を叩き出し、歌い切ると自分が負けた訳じゃないのにビールを一気飲みした。

そのまま暫く三人は交互に歌い続けて、ふと壁に掛かっている時計を見ると0時少し前になっていた。

「私、そろそろ帰らなきゃ」

「そうだな、ぼちぼち帰ろうか?」

細井を見ると、すっかり酔っ払い過ぎていて起きているのか寝ているのか解らない状態だった。俺達はカラオケを出て、タクシーを拾って帰る事にした。

「西野君、水沢さん、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです。また一緒に遊んで下さいね」カラオケを出ると細井が本音を語ってくれた。

最初は、殆ど話した事も無い、自分とは真逆な俺と杏奈だから研修が不安で仕方が無かったけど、すごく楽しかったし嬉しかったと続けて言う。

「俺もだよ、これで俺達は友達だから学校でも話そうな」

「今度はもっと人数呼んで皆で遊ぼう」俺と杏奈が本音を細井に言うと、酔って火照った顔をくしゃくしゃにして喜んでる様に見えた。

取り敢えず、一番酔っ払っている細井を一番に帰らせようとなり、細井をタクシーに乗せて俺達は見送った。今日は土曜の夜と言う事もあってか、数分が経ってもなかなかタクシーが拾えなかった。

俺と杏奈は、駅前のロータリーの方がタクシー拾いやすいんじゃないかと思って、その場を離れてロータリーへ向かう。

ロータリーへ着くと、タクシーの姿は無かったが、待ち合わせをしたコンビニの前まで歩いている途中、一台のタクシーがロータリーに入って来た。そのタクシーを止めて杏奈を先に乗せた。

「楽しかったね。お休み」そう言って杏奈がタクシーに乗り、杏奈の家の方角へと走って行くタクシーが見えなくなると、俺はコンビニで煙草と家に帰ってから飲もうと思いビールと菓子パンを一つ買う事にした。

買い物を終えて真琴に電話しても出なかったから『もう寝ちゃった?今から帰るよ』とだけメールを打った。数分後、駅に戻って来たばかりのタクシーに乗れたから自宅へと帰り、タクシーを降りて玄関までの距離を歩きながら真琴に電話した。また電話に出ないから、もう一度メールを打った。いつもなら電話しても出るのに、どうしたんだろう?何かあったのか?睡眠薬を飲んでるから、それだけ深い眠りなのか?色々と考えたが、そんな事に答えなど出る訳が無かった。

『ただいま。明日から真琴は実家に帰るんだよね?気を付けてね。おやすみ』とだけメールを送り、部屋に入って買って来たビールを飲みながら菓子パンを食べてシャワーだけ浴びて眠ろうとしたが、真琴の事が心配になって電話を掛けてみたが、真琴は出ない。

真琴が電話に出ない不安もあるが、それ以上に飲み過ぎて酔いが回ってしまったからか、気付いたら眠ってしまった。






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