第17話 魔王様はいつも言葉が足りない

「君達に、幾つか言っておく事がある」


 魔王は半魔族ハーフブラッド達の動揺など、気にも留めないかの様に言葉を続けた。


「もしも君達に『帰る場所』があるのならば、私が責任を持って送り届けよう。そして、此処に連れてきたい人達がいるのならば、本人の承諾の下に特別に許可しようと思う。そして最後に、――もし大切な人を人質に取られているのなら、すぐに言いなさい。私が何とかしてやる」


「あ、あんたは何を言ってるんだ!?」


 魔王の意味不明な言葉に、ついに耐えきれなくなったのか一人の男が大声で叫んだ。


 その意見にはシャルも同じ気持ちだった。あの魔王の言葉はまるで、――半魔族ハーフブラッドの事を助けてくれるかの様な言い方じゃないか。


「言葉の通りだよ。――まぁ、今は理解し難いか」


 魔王は困ったかのように腕を組んだ。その仕草が先程までの威圧感のある姿とはどうにも重ならず、違和感を覚える。


 こちらの言及の声を魔王は全て聞き流し、やがて何かを納得したかのように頷いて見せた。そして、告げる。


「とりあえず、食事にしよう」




◆ ◆ ◆




 シャルの手には、金属で出来たプレートに大皿が一枚、それに水が入っている椀が一つ乗っていた。


「何なんだよ、この状況は……。」


 そう項垂れて、シャルは吐き出すようにつぶやいた。


 あの魔王の食事宣言の後、一体どこに隠れていたのか、ゆうに百人は超える半魔族ハーフブラッドの集団が鍋や食器を持って広場に現れた。


「……おい、あれってまさか隠れ里の連中じゃないか?」


「マジかよ。あの排他的な奴らが魔王に与するなんて……。」


 そんな声がちらほらと聞こえてきた。


 ――隠れ里。人に追われ、行く場所が無くなった半魔族ハーフブラッドが集まって出来た小さな村の事だ。

 既に魔王に懐柔されていたなんて。


 だがそんな風に周りを客観的に見れるのはごく一部の者だけで、大半は運ばれてきた食事に興味深々だった。

 ……無理もない。此処にいる殆どの連中は奴隷としての生活を送り、まともな食事なんてとった事の無い奴だっているはずだ。

 そんな奴らに、この食欲をそそる香りを無視しろだなんて言えるわけがない。


「はーい、みなさーん!!食事を配るので此処に一人づつ並んでくださーい。いっぱいあるので焦らないで下さいねー」


 中年の浅黒い肌をした女が、広場中に響き渡る声でそう言った。

 その言葉をきき、何人もの半魔族が我先にと受け渡し所に群がる。その凄まじい勢いに、再度「押さないでくださーい」という間の抜けた声が聞こえてきた。


 少し時間が経ち、列が捌けた頃にエリザと共に並んだ。


 プレートや皿を半魔族の女達が手際よく渡してくる。いやに洗練された動きだった。


 既に先にプレートを受け取った連中はみんな思い思いの場所に座り食事を貪っている。中には再度並びなおす者までいるようだ。


 大皿に乗っているのは、一般的な家庭料理の類ではあったが、今までの食事から見ると随分と豪勢なものだと感じた。量が多いのもあるが、何より使っている食材の数が多い。


「……食べないの?美味しいよ?」


 ちまちまとスプーンを口に運びながら、エリザが不思議そうに問いかけた。


 ……こいつには警戒心という物が無いのか。


 だが、周りも何事もなく食べている様子を見ると、薬の類は入っていないらしい。


 恐る恐る口に運んでみる。


「……うまい」


 何と言うか、今まで食べていたものと比べ物にならない味だった。

 味がしっかりとしていて濃いというのもあるだろうが、何より風味が段違いだ。塩と素材だけではこの味は出ない。

 ……という事は胡椒や他の香辛料も使っているのだろうか。


 この料理一つに掛かっている金額を想像し、シャルは少し眩暈を覚えた。


「よう、にいさん。調子はどうだい?」


 無言で食事を続けていると、シャルはいきなり誰かにそう声を掛けられた。


 その男の顔を見て、エリザが少し固まる。

 男の顔の右半分は人懐っこそうに笑みをつくっているが、もう左半分が問題だった。――明らかに虎そのものなのだ。

 綺麗に半分に別れているため、見ようによっては被り物に見えなくもないが、確かに子供には刺激が強いのかもしれない。


「……調子って言われてもな。混乱してるとしか言えねぇよ」


「ははっ!!確かにあの魔王様は説明が下手だからなぁ」


 よっと、声をあげ、男はシャルの隣に腰を下ろした。


……許可した覚えは無いんだが。


「紹介が遅れたな。――俺の名前はガルシア。見ての通り隠れ里の住人だ」


「だろうな。その顔じゃあ、人里に居られるわけないしな。――俺はシャル、こっちのビビりはエリザだ」


「エ、エリザです。よろしくお願いします。――その、怖がってごめんなさい」


 そう、エリザがどもりながらも返した。


 ――人里にいる半魔族は、ほとんど人と変わらない形状をしている。何故なら、異形に近い者は奴隷にされる前に始末されることが多いからだ。

 だからこそ、今回集められた半魔族もそこまで特徴がある者は居なかった。


 逆に、隠れ里の住人はこうした異形を持つものや、特殊な能力を持つものが多い。ある種の住み分けというやつだろう。


「いいって。慣れてるからな」


「で、何か用か。何もない訳じゃねぇだろ」


「……まぁな」


 そう言って男はゆっくりと話し出した。


 隠れ里の連中がこの魔王の国に来ることになった経緯。この街の事。これからの事。――そして、魔王のあの言葉の真意を。


 要するに、「お前らの事は責任をもって面倒みてやる」と言いたかったのだ。

 どう考えても伝わるわけがない。――馬鹿か。とシャルは思った。


 どうやら他の隠れ里の連中も、それをこちらに説明して回っているらしい。確かに食事を運ぶだけなら百人も要らないからな。

 ――むしろ食事よりもこちらの説明の方がメインだったのだろう。誰だって、腹が膨れれば寛容にもなる。――でも、


「皆で仲良く国を作っていきましょう、ってか?――あの魔王って馬鹿なのか?」


「おい、口が過ぎるぞ。……本人は女神から神託を受けたと言っていたが、実際はどうだかな。――でも、お前が思うほど悪い奴ではないと思うがな。あれは腹芸の出来るタイプじゃない」


 男はそう言うと、くくくっと何かを思い出すかのように笑った。


「何でそう言い切れるんだよ。あんたも実はもう洗脳されてるんじゃねーの」


「そうかもな。――でもほら、あれ見てみろよ」


 そう言って、男が指差した方を見てみる。


 ………………おい。


「……何か、魔王が子供に揉みくちゃにされてるんだけど。俺の眼がおかしいのか?」


「いや、それであってる。この街に来てから、よくああして遊び道具になってるぞ。……子供は怖いもの知らずだからな。興味本位で近寄ったら、思っていた以上に本気になって相手をしてくれたもんで、すっかり懐いちまったんだろう」


「わぁ、すごい。魔術で浮かべてお手玉みたいにしてる。ちょっと楽しそうかも」


 エリザがちょっとだけ羨ましそうに言った。


……いや、お前は自前の翼を使えよ。


「本人も結構楽しんでるみたいだしな。――それでも信じられないって言うんだったら、直に魔王と話してみればいい。後で俺が呼んできてやるよ」


「……そんな権限がアンタにあるのかよ」


「そりゃあ、俺はこれでも元隠れ里の長だったからな。それくらいの融通は聞くさ」


 シャルはその言葉に納得した。なるほど、どうりで貫禄がある訳だ。


「確かに『魔王』をしている時は不気味かもしれんが、普段はずっとあんな感じだぞ。実際に話してみると、中々面白い性格だって分かるさ。お前と合うかは保証出来んがね」


 ……もしも、この話を受ければ魔王との直接のパイプが出来る。

 

 シャルとしては別にどうでもいい事が、エリザにとっては重要だろう。


「分かった。近いうちにセッティングしておいてくれ。――おい、エリザ」


「え?なに?」


「――良かったな。どうにかなるかもしれないぜ、お前の問題」





【後書き】

魔王様のメッキがガンガン剥がれていく……。


次回は久々に魔王様パートです。テンション上げていこう。

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