第16話 魔王様は高い所がお好き

 エリザたちが馬車に揺られて、半月近くが過ぎた。


 アルフォンスについてからは、何日か物置の様な場所で寝起きさせられ、時には兵からの体罰もあったが、エリザやシャルが思っていたよりもずっとマシな対応だった。

 食事も一日二食、少ないながらもしっかり出たし、熱が出ている人がいる時は薬を持ってきてくれた事もあった。

 ただそれは決して親切心からくる行為ではなく、あくまでも義務的な対応だったけれど。


 物置の様な場所から出され、徒歩で一日。広大な草原を只ひたすら歩いた。

 踏み固められた道ではあったが、休憩が一度しかなかったので、エリザにとってはそれなりに過酷な道程であった。

 その過程で何人もの脱落者が出たが、兵士たちはその人達を斬り捨てはせず、無言で馬車に詰め込んでいった。


 エリザは少しだけ羨ましいと感じたけど、自分はまだ歩ける。それなら他の人に譲ってあげた方がいいだろう。


 ふと、エリザは隣にいるシャルを見た。――その顔は、異常なほどに青い。


「アルフォンスの、隣?そこってまさか……。いや、そんなはず……」


 彼は心ここに在らず、といった風にぶつぶつと独り言を言っている。


 ――大丈夫なのだろうか?


「シャル?どうしたの?大丈夫?」


「……あ、ああエリザか。何でもない。ただ、」


 ――思っていたよりも、事態はヤバいらしい。


 そう言ったきり、シャルは何も話さなかった。


 そうして歩き続けた彼等は、やがて大きな森な前に着いた。

 森の前には木で出来た高い柵が設けられており、とてもじゃないが人が通る事は出来ない。


 彼等を先導していた兵士が、ここで静かに待っているようにと号令を出している。


 ――ようやく座れる。そう思ったエリザは、服が汚れるのも厭わずにしゃがみ込んだ。


 その場で待機する事三時間。その間に第二陣、第三陣の集団が到着し、半魔族ハーフブラッドの数は総勢二百を超える程の規模になった。


 その中には、皮膚が獣の毛で覆われていたり、尻尾が生えていたり、エリザの様に羽が生えていたりと、特徴的な人ばかりだった。


 そんな彼らを見張るかのように、大勢の兵士たちがこの場を巡回している。


「……半魔族ハーフブラッドがいっぱいいる」


「言っておくけど、お前もだからな」


「わかってるもん」


 シャルも三時間の休憩の中で、どうやら会話できる程度には回復したらしい。

 ただ、彼の目線は森から外れない。――まるで、見えない何かを警戒しているかのように。


「おい、お前ら静かにしろ¡!――そろそろ時間だ。その場に立ってジッとしているんだ。切り捨てられたくなければ決して動くんじゃないぞ!!」


 突如、馬に乗った豪華な軍服を着た男の人が叫んだ。恐らくはこの行軍の責任者だろうと思う。

 その声に、急いで立ち上がって制止する。――一体何が始まるのだろうか。


「いいか、お前たちはこれからとあるお方への献上品となる。五体満足のまま生きていたければ決して逆らうな。――お前たち如きでは相手にならん」


 ――献上品。


 うすうす解ってはいたけど、やっぱり私達は奴隷になるんだ。そう思うと、ジワリ、と目に涙が浮かぶ。


 そんなエリザを横目で見て、シャルが眉を顰めた。――何を今さら、とでも言いたげだ。


 ……だってしょうがないじゃないか。怖いものは怖いのだ。


「なに、心配する事は無い。貴様等が従順に過ごすのならば、あの方も悪い様にはしないだろう。何せ、――一度は救世の英雄と呼ばれていたのだからな」


 軍服の男の人が、強い口調でそう言った。


 ――でも何故だろうか、その声音がほんの少しだけ優しかった様に聞こえたのは。ただの勘違いだろうか?


「へぇ、良い事言うじゃないか。――褒めてあげるよ」


 ――突如、透き通った声が聞こえてきた。


 きょろきょろと辺りを見渡したが、該当するような人は何処にも居ない。


 指揮官の人も、狼狽えるかのように辺りを見渡している。


「上だよ、うえ。――察しが悪いなぁ」


 また声が聞こえた。エリザは弾かれるかのように空を見やる。


「おやおや。みんな雁首揃えて阿呆面とは。まぁ、なんだ。――私の顔くらい知っているでしょう?」


 空の蒼を背に、長い黒髪を靡かせながら――――魔王アンリはそう言った。


 地上にいる者達の動揺に目もくれず、彼女は楽しそうに微笑んだ。




◆ ◆ ◆




 そう悠然と微笑む魔王に対する反応は様々だった。


「魔王様?」「なんで?」「此処ってアンリ様の国の前だったのか」「どうするんだよ、このままじゃ殺されるんじゃ……」「いや、アンリ様がそんな事するはずない」「黒のレースか……」「でも地獄ってどういう事だよ。誰か説明しろよ」「おい誰ださっきの」「さぁ」


 思い思いの言葉を発する連中を見て、青年、――シャルは隠しもせずに大きく舌打ちをした。


 ――どいつもこいつも、馬鹿じゃねぇの。


 確かにあの魔王は半年前に人類に宣戦布告をした。

 だが、――だから言って半魔族ハーフブラッドの味方だとは限らない。

 考えても見ろ、容赦なく魔族を皆殺しにするような女だ。奴の気まぐれで、何時同じ目に遭わされるか分かったもんじゃない。


「――ちょっと、静かにしようか」


 魔王はそう言うと、ふわりと指揮官であろう男の前に舞い降りた。


 男は魔王に敬礼の仕草を取ると、恭しく話しかけた。


「これはアンリ殿。騎馬の上からですが失礼いたします」


「いいよ。気にしないで。――久しいね、ヘルマン将軍。あの魔王討伐の時以来かな?元気にしてた?」


「はい。それはもちろん。アンリ様が魔王を退治して下さった御蔭です」


「はっ、今では私が魔王だけどね。――でも、アルフォンスの将軍ともあろう人間がそんな事を言うものでは無いよ。最悪、帝国に消されるぞ?」


魔王が、皮肉気に笑った。それに対し、指揮官は豪快に笑って見せる。


「はははっ!!恩を恩とも思えぬ愚か者共の事など、どうとでもなります。

 それに、貴方様と臆せず会話できる将など私ぐらいしかおりませんからな。簡単に始末など出来ますまい」


 ……なんだアイツ。随分と魔王と親しげだな。


 だがこの会話から察するに、恐らく魔王討伐時代の知り合いという事は確かなのだが、それにしては周りの兵達の反応がおかしい。


 他の兵達を見ても、顔を青くして震えている者ばかりで、どう見てもあの将軍の対応だけが異質だった。


「頼もしいね。出来れば君には長生きしてほしいよ。――――で、彼等で全部かな?」


「はい、然様でございます。半魔族ハーフブラッド総勢二百四十七名。確かに大陸中からかき集めました」


 指揮官の男が言う。


 ……大陸からだと?ここの近隣国からだけではなかったのか?

 でも確かに、これだけの数の半魔族ハーフブラッドともなれば大陸規模でしかありえない。


 でも、何のために?何故あの魔王は俺達を欲した?


シャルはそう疑問に思ったが、判断の為には情報が足りなさすぎた。


 それにしても、と指揮官の男は続ける。


「何故アンリ様は半魔族ハーフブラッドを集めようと?貴女様くらいの魔術師ともなれば、奴隷など居なくとも問題は無いでしょうに」


「何故、か。――君は前から私に友好的だったからね。特別に話してあげるよ。……此処だけの話、レイチェルたっての願いでね。断れなかったんだ」


 魔王の言葉に、指揮官の男は目を見張った。


「――半信半疑でしたが、やはり貴方様にはあの方が見えていたのですね。ならば納得もいきます。かの女神・・ならば今の現状に心を痛めていてもおかしくはないですからな」


 そう、指揮官の男は複雑そうな顔をして言った。


 それに対し、魔王は黙って頷いてみせた。


 彼らが何を言いたいのかいまいち解らないが、今回の一件は魔王自身の意志ではないらしい。


 ――魔王に命令出来るなんて、一体どんな奴なのだろうか。


 そいつのせいで自分達は生死の危機にさらされているのだ。文句の一つも言いたくなる。


「あまり長居しても君に迷惑をかけるだけだからね。そろそろ退散する事にするよ。――あ、これが例の品だから。帝国の豚どもに渡しておいてね」


 魔王が右手を上げると、大きな布袋が三つ、何もない所から現れた。


 ――あれが魔王の魔術か。空からの宣戦布告の時から思っていたが、やはり魔王は規格外の魔術師なのだろう。そうシャルは感嘆した。

 詠唱無しであそこまで大きなものを転移させることが出来るなんて、普通の魔術師には不可能だ。


 指揮官は、その布袋を部下に命じ馬車に積み込ませた。行きに倒れた者達を詰んできた馬車だ。なるほど、抜け目ない。


「畏まりました。――それではアンリ様。どうか息災で」


「ヘルマン将軍もね。――じゃ、もう行くね」


 魔王はそう言うと、ゆっくりとシャル達がいる方へと歩き出した。


 集団の先頭から3メートルくらいの所で立ち止まり、魔王は静かに言った。


「もう分かっているだろうけど、君たちは頭の先から足の指に至るまで、全て私の所有物だ。反論は許さない。ここから先は私の命令に服従しろ。――決して私に迷惑をかけるような事はするな。それだけは忘れるな」


 すっと魔王は表情を消した。


 ――その静かなる威圧に誰もが口を閉ざした。それはシャルとて例外ではない。


 そんな半魔族ハーフブラッドの様子をみて、魔王は満足げに頷いてみせた。

 

 ――隣にいたエリザが怯えた様に自身の手を握ってきたので、仕方がないから握り返してやった。

 どうせここから先は、こんな風に気にかけてやる事も出来なくなる。所詮、奴隷なんてそんなものだ。


「物わかりがいい子は嫌いじゃない。じゃ、行くよ」


 魔王はそう言うと、右手を高く上げ、パチンと指を鳴らした。


 身体に風を感じたかと思うと、視界が歪んだ。シャルは不快感に思わず目を閉じた。

 

 目を開けた瞬間、彼等が見た物は、目を疑うような物ばかりだった。


「……嘘だろ?」


 今立っている場所は、恐らくは城下の広場だろうか。辺りには自分達以外の人影は見えない。


 ここから見えるのは、聳え立つ大きな城に、まるで御伽話から抜け出たような整然とした美しい街並み。地面に見える石畳の一つ一つに精巧な模様が入っている。そのどれもが真新しく、キラキラと輝いているかのように見えた。


 ――こんな技巧を凝らした街、帝国の首都ですらあり得ない。


 たかだか半年の間で、誰の力も借りずにこんな豪奢な街を作り上げたっていうのか?――それこそ頭がおかしいとしか考えられない。


 周りの連中も口々に感嘆の声をあげたり、目を擦ったりしている。


 中でも、女やまだ小さな子供なんかは見るからに目を輝かせ、風景に見入っている。お気楽な奴らだと、シャルは思った。

 ……そのお気楽な奴の中に、エリザが入っていたのは言うまでもないが。


 ……訳が分らない。分からないからこそ、不安だった。


 ――こんな街で、俺達は一体何をしろっていうんだ。どう考えても場違いだろう。


 同じ事を思う奴が多いのか、猜疑の視線を魔王に向ける者も決して少なくはない。


 そんな視線を気にも留めないかのように、彼等に背を向けていた魔王が、くるりと振り返る。


「ようこそ私の国へ。――『ディストピア』は君達を歓迎するよ」


 両手を広げ、まるで宝物を自慢するかのように、魔王が笑った。


 ――邪気の無い、幼い笑顔だった。






【後書き】

ヘルマン将軍は数少ない良識枠です。

周りの言葉よりも、実益をとるタイプ。

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