第121話 想定外

 自分の体に刃がズブズブと沈みこんでいくのを、メイハマーレは客観的に見ていた。


 杖に仕込まれていただけあってその刀身は長さこそあるものの幅としては小さい。頑丈な素材で切れ味も良いようだが他に特別な効果などはつけられておらず、他種族を圧倒する自然治癒能力を有するメイハマーレにとっては針を刺された程度のものでしかなかった。


 そんなメイハマーレは今、柄にもなく目の前の人間に感心していた。自分が攻勢に出ればあっという間に死んでしまうだろうが、こうして受けて立ってみればメイハマーレに一撃を食らわせるという、とてつもない結果を示したのだ。


 想定を遥かに超える戦果。何故こんなにも事前の予想よりも食い違ってしまったのか、メイハマーレはこの奇跡を齎した人間の思考パターンすぐさま分析する。


 戦いながら最善の結果を求めて行動を変えられるほどの頭脳はしていないはずだ。つまり最初からこのためだけに戦術を練っていたと言うこと。そう考えれば戦闘中にとったこの人間の行動や言葉にどんな意味が込められていたのかを丸裸にできる。


 そうして戦いを振り返ってみれば、幾重にも伏線が張り巡らされていたのが分かった。それは、自分たちには無い、強さ以上の結果を求めて試行錯誤を繰り返すという泥臭さを感じるものだった。


 これは、確固たる実力のみで勝つという考え方が大多数を占めるモンスターたちには理解できないものだろう。モンスターもスキルを組み合わせて有効的に使うくらいのことはするが、その程度ではこの人間がさっき見せた捻りと工夫には全然届かない。


 そしてそれは強い者ほど顕著だった。メイハマーレとて、磨き上げてきた力を自負し、真正面から他者を圧倒するのは気持ち良い。だが、自分の体に突き立つ刃を見せられてはこう思わずにはいられないのだ。


 もしかしたらこれも、御方の仰る「考える」と言うことではないか、と。


 モンスターには無い思考を有する人間。そこに価値を見出しているからこそ御方は侵入者の存在を是とし、モンスターたちに良い変化を与えるために実験台として人間を欲しているのではないだろうか。


(……辻褄は合ってる。かつての大罪を犯した人間を御方が何故欲しがっているのか、その理由だけは分からなかったけどこれでハッキリした。でも、今回はそこで考え方を止めてはダメ。ここから分かることは、御方は過去の遺恨に囚われることなく、人間の存在をそこにあるものとお認めになっていると言うこと。その上で効率良く、使えるものは何でも使っていると言う事実。自らが率先して人間のような泥臭さを実践することで、アタシたちにくだらないプライドに囚われて成長を止めることの愚かさを説いている。これに気づき、教えを受け止められなければ……第一配下の資格は、無い)


 崇拝する御方がこれだけ身を粉にしているのに、それを無下にすることなどできるはずがない。これはおそらくずっと前、スタンピード計画よりも前から画策されていたこと。


 アテンに冒険者を使えと言って鍛えさせていたもう一つの目的なのだから。


 ドラゴニュートだけと戦っていたならばこの学びは無かった。そしてドラゴニュート以外のモンスターと戦っていても、やはり学ぶことはできなかっただろう。


 メイハマーレがこの人間と戦うことになったのは、ドラゴニュートが変なことを言って引っ掻き回した結果なのだから。


(だからあの日、ドリックを連れてくる役目をドラゴニュートに任せた……。あぁ、とてもじゃないけど追いつけない。ここまで全てが計算通りなんて。ドラゴニュートは殻を破り、アタシは気づかされ、そして……)


 メイハマーレは突き立てた剣を動かして傷口を広げようと頑張っているゲーリィに目を向ける。だがピクリとも動かせないものだからさぞかし驚いているだろう。


 人間を遥かに超える筋力で固定しているのだから当然だ。この人間なら引き抜けもしないと分かればさっさと剣を手放して離れてしまうと考えたメイハマーレは、そうなる前に触手を伸ばしてゲーリィを捕まえた。


「ぐっ!」


 徐々に力を込めていくと鎧がギチギチ音を立て形を変えていく感触が伝わってくる。今更一撃を入れられたことに腹を立てようとは思わない。しかしメイハマーレなんて大したことないなどと思われるのは業腹なので少しばかり痛い目に遭ってもらおう。


 メイハマーレは体に刺さっている剣を引き抜くと空中でクルリと一回転させて、その剣先をゲーリィの口の中に素早く当てがった。


 口を閉じるのが間に合わなかったゲーリィは必死で刃を噛み締めるが、構わずそのまま横に動かしていく。口角に刃が当たる頃には息荒く顔を真っ赤にしているのがおかしくて無邪気に笑ってしまった。


 僅かに切り込みが入り、赤い血が一筋流れていく。それを見てから一気に横に切り裂こうとしたメイハマーレだったが、<気配察知>がとある出来事を捉え、いつの間にか遊んでいる状況ではなくなっていることに気づかされた。


「あ……不味い」


 一言言い残しメイハマーレは転移する。後には何が起きたのか分からないゲーリィとドラゴニュートが残された。


「な……何だったんでしょうか……?」


 ゲーリィが呆然と呟く。絶体絶命のピンチだと思ったら突然魔人が消えてしまった。


 ゲーリィに一撃を入れられたのが許せなかったのだろう。皮肉にも自分の武器で顔面をズタズタにされて惨たらしく殺されるはずだったが、焦りを感じさせる呟きをしたと思ったら魔人はどこかに行ってしまった。


「……ひとまず、助かったのでしょうか……?」


 現状を口にすると思わず地面にへたりこんでしまった。ずっとこれまでに無いような緊張感に晒され続けていたのだ。ゲーリィの身体は想像以上に疲弊していた。


 気が抜けて身体にも力が入らない。しかし今だけは休んでもバチは当たらないかと仰向けに寝転がった。


「あー。そういえば武器を取られてしまいましたね……」


 あれは自分の所持品ではなく国の所有物。失くしたとあっては面倒事になるのは間違いないが、今だけは何も考えたくないと思考を放棄した。


 そんなところに腹を抑えたドラゴニュートがやってくる。体に穴が開いたまま動いているのだ。モンスターの体と言うのは凄いなぁと、ゲーリィは単純にそう思った。


「この体にあの雷はなかなか効いたぞ、人間。だが、見事だった。よくぞ一人であのメイハマーレに一撃を入れられたものだ」


「ありがとうございます、ドラゴニュート殿。ですが、あれは貴方のブレスがなければ決まりませんでした。私一人でやってのけたわけではなく、二人で決めた一撃ですよ」


 ゲーリィは身を起こす。体に穴が開いている戦友は立っているのに、自分が寝転がっているわけにはいかない。


 その戦友は随分と気分が悪そうだった。その原因が腹の穴のせいだけではないことが分かっているゲーリィは気づかわしげに声をかける。


「大丈夫ですか? ドラゴニュート殿」


「むぅ、感じたことのない気持ち悪さだ。一体何をしたのだ、人間?」


「簡単に言うと、私のオーラをドラゴニュート殿の体内に流しました。自分のものではないオーラが体の中を巡っているので気持ち悪く感じるのでしょう」


 アテンとの特訓で散々やられて苦しめられたからこそ思いついた手段だ。魔人が言っていたように、ドラゴニュートが起き上がれなかった理由は大きなダメージの他にも極端な魔力欠乏と言う原因があった。


 それはドラゴニュートが人型形態の魔人に腹を蹴られた時、そこを中心にスキルによって強化された黄金の輝きが失われていったことから何となく察しがついていた。なので、予測の範疇を出なかったがやれることはやっておこうと思い、<ボルトランス>に少量のオーラを込めて放っていたのだ。


 オーラとは、元を辿れば魔力のこと。威力を上げるためにスキルに纏わせるのではなく、相手の体内に流し込むにオーラを込めるなど、そんな使い方はしたことがなかったが、どの道ドラゴニュートが復活しなければ刃を届かせることはできなかったのだ。


 ドラゴニュートの体内に入り込んだオーラが果たして上手く作用するか。一縷の望みにかけるしかなかったというのが本当のところだった。


 <ボルトランス>を選んだのは激しく明滅する光によってオーラの光を誤魔化せるし、何よりキツケという真実を含ませられるため不自然さが出ないと思ったから。油断ならない魔人の目を欺くには丁度良かった。


 これまで<アイスランス>のように破壊されることも無かったため、そういう点でも信頼度が高くて良い。今では色々な技に手を出しておいて良かったと心から思えるゲーリィだった。


 感無量のゲーリィだが、説明を受けた方のドラゴニュートはと言うと困惑の表情だ。人間の言うオーラが何を指しているのかは事前に知識として教えられているが、だからこそ聞き間違いかと思ってしまう。


「オーラを俺の体内に流した……? 今までも散々オーラを使えるモンスターたちと戦ってきたが、こんな感覚を味わった覚えはないぞ?」


 ゲーリィの説明通りならダメージを食らった時に勝手に体内に入ってきそうなものだ。ドラゴニュートの疑問を聞いたゲーリィは笑って答える。


「ええ、そうですね。普通に戦っているだけではそんなことは起きません。なにせ、既に自分のオーラで体の中が一杯なのですから。自分以外の肉体にオーラを『入り込ませる』のは相当な技量を持った者が狙ってやらない限り起きうるものではありません。私がドラゴニュート殿の体にオーラを送り込めたのは、単にドラゴニュート殿の体から魔力が失われていたからです」


「……そうか」


 初耳だった。それはつまりメイハマーレすら知らない戦闘技術を持つ者が人間側にいると言うこと。


 やはり人間と言うのも存外侮れないのかもしれないとドラゴニュートが警戒度を高めていると、付け足すようにゲーリィが言う。


「それにしてもアテン殿に特訓をつけてもらってきて本当に良かった。私もそれなりに生きていますが、こんな芸当が可能なのはアテン殿ぐらいですからねぇ」


「……そうか」


 思わず拍子抜けする。つまるところ、これはアテンが外で生み出した技術で人間には使えないと言うことだ。それはそれで凄いことだが、自分の驚きを返せと言う気持ちになってしまうドラゴニュートだった。


 そんなこんなしていると今度はゲーリィが自分の疑問を聞いてくる。


「ところで、魔人は一体どうしたのでしょうか。何やら少し焦った感じでどこかに行ってしまいましたが。何か分かりますか、ドラゴニュート殿?」


「む? ……焦っていた?」


 あのメイハマーレが焦っている姿と言うものがなかなか想像できないドラゴニュート。しかしだからこそ、それだけ不測の事態が起きたと言うことを意味していた。


 計画の全貌を知らないドラゴニュートには分かるはずもないが、この状況で考えられる想定外の事態と言ったら誰かが人間に敗れたといったところだろうか。


 今は極端に魔力が減っていて<気配察知>を発動するのも億劫だったので周囲の状況が分からない。なので当てずっぽうで言ってみる。


「どこかでお前の仲間が勝ったのではないか? それならば魔人が消え去ったのも納得できるだろう」


 ドラゴニュートとしてはダンジョン内のモンスターたちに仲間意識はあるが、その生死に関しては別に何とも思わない。弱かったから死んだ。それだけだ。


 今回の一件で人間に対する認識は多少変わりはしたが、それでも人間に敗北することが恥ずかしいことに変わりはない。そんな奴が御方の配下で居続けるのは烏滸がましいと言うものだ。


 ドラゴニュートの言い方は実に淡々としていた。だがそれを聞かされたゲーリィは焦る。


 九死に一生を得た直後とは言え、気が抜け過ぎていた。それでは誰かが今、あの魔人と戦っていることになる。こうしてはいられないと急いで立ち上がった。


「私は、そんなことにも気づかないなんてッ……。ドラゴニュート殿、私は行かなければなりません。ここで一旦別れましょう」


 ゲーリィはマジックバッグから二本のポーションを取り出すとドラゴニュートに手渡した。最低限しか分け与えられないが、とりあえずこれだけあればその辺のモンスターから逃れられる体力は戻るはずだ。


 <フライ>を掛けて早速出発しようとするゲーリィだったが、ドラゴニュートはそれを止めた。


「待て。闇雲に探す気か。それにお前一人で行ったところで何ができるわけでもないだろう」


「で、ですが……」


「……ここから北東方向に進めば先ほどの黒いゴブリンがいる。そちらの加勢にでも行ってやれ。ここからだとそこが一番近い。お前の仲間の方には俺が行ってやる。隙があるようなら逃すぐらいはしてやる」


「ドラゴニュート殿……ッ。ありがとうございます! お言葉に甘えさせていただきます! どうかご無事で!!」


「……お前もな」


「はい! それでは失礼しますッ!」


 ゲーリィが勢いよく飛び立っていく。それをドラゴニュートは調子が狂うとばかりに頭の後ろガシガシと引っ搔きながら見送った。


 当然の事ながらドラゴニュートは御方の僕。ダンジョン側の存在だ。何か非常事態が起きたのなら人間を向かわせない方がいいだろうと思った。


 メイハマーレに一矢報いることもできたし、人間に協力すると言う任務も充分果たしたと思う。これ以上人間たちに同行すれば離れるタイミングが無くなる気がしたので、この状況は渡りに船だった。


「さて……」


 一人になったドラゴニュートは渡されたポーションをしげしげと見つめた。


 人間が作った質の悪いポーション。できることならば飲みたくはない。しかし、メイハマーレが対応して自分にできることが無かろうとも一応は向かわなければならない。


 その際に人間と戦闘になる可能性も無くはないので、すぐに回復できるならば回復しておきたいところだった。ドラゴニュートも自然治癒能力は高い方だが、メイハマーレやミーほどではない。今はこんなものでも頼らざるを得なかった。


「まさか毒と言うことはないだろうが……」


 蓋を開けて匂いを嗅いだ後にツンとした刺激臭に顔を顰め、少しだけ飲んで効果を確かめた後、腹を括って一気に飲んだ。


「不味い」


 穴が塞がる速度が急激に上がったのを見ながらその味に渋い顔をする。そして、<気配察知>を発動するとドラゴニュートはゆっくりと移動を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る