第87話 邪道

「いた?」


「いや、いない」


「かー、どこ行ったんだよ本当に。もう全部探し終わったぞ」


 ゴブリンダンジョン第一階層最奥の部屋でトルマリン配下の騎士二人が話し合う。彼らはいきなり行方不明になってしまった仲間の一人と私兵たちを探していた。


 突然聞こえてきた歓喜の声を聞いて急いでここまで来たが、その時にはもう影も形もなかった。タイミング的にすれ違ったとも思えない。念のため、同じタイミングで集まってきた二隊で手分けして探したが、やはりどこにも見つからなかった。


 さほど大きなダンジョンでもないので外にも見に行かせたが結果は同じ。残念ながら発見の報告は無い。


「つーことはだ。やっぱり怪しいのはここなんだよなぁ」


「うむ」


 二人の騎士が見つめる先には部屋の奥にある不自然な壁。


 ダンジョン内は薄暗いがそこの壁だけ色が違うことがわかる。人が通るのに丁度良さそうな幅だけ青みがかっているその壁は、如何にも何かがありそうだった。


「ここって第二階層への階段だったんじゃねーかなぁ。他に見つかってねーし、もしかしてダンジョンて人数制限でもあったのか?」


「……聞いたことはないな」


「だよなぁ。あーあ、あいつの一人勝ちかよ。こんなことなら班分けなんてしなければよかったなぁ」


「……そうだな」


 お調子騎士の言葉に堅物騎士が同意する。彼らはこの後に及んでプライド騎士の心配などこれっぽっちもしていなかった。


 正式に騎士と認められるためにはしっかりとした実力が必要だし、何よりも今回は戦力が揃っている。第一階層のモンスターたちの弱さを考えれば心配する方が馬鹿らしいほどだった。


「どうするよ? これ以上進めないんじゃいるだけ無駄だし、ダンジョンの外に出てるか?」


「うむ。だが様子見のために何人かは残しておいた方がいいだろう」


「そっか。そうだな。じゃぁ私兵諸君には何人か残ってもらって……」


 お調子騎士と堅物騎士が一時撤退を決めようとした時だった。とある私兵が驚きの声を上げる。


「騎士の旦那方! あれを見てくだせえ!」


 私兵の指差す方に騎士二人が視線を向けると、そこにあった青みがかった壁は無くなっており、忽然と下り階段が姿を現していた。


「うお!? やっぱり階段だったのかよ! あいつら戻って来んのか?」


 人数制限と言う考えが頭にあるお調子騎士はそんな予測を口にする。しかし階段の先から人が現れる気配はしなかった。


「……来ねーな。まあ時間を考えても探索が終わったとは思えないしな。何なんだ?」


「さあな。とにかく行ってみるしかないだろう」


「了解。遅れを取り戻さないとなぁ! 私兵諸君! じゃんじゃん稼ぐぞ!」


 こうして残りの二隊もダンジョンの奥に進んで行く。念のため人数制限を気にして実力上位の者から階段を降りていったが、結局全員が第二階層に入ることができて、お調子騎士は首を傾げるのだった。






「……やっぱりおかしいよな? もしかして、侵入者来てる?」


 製作途中の第三階層。そこでコアは少し前から違和感を感じていた。


 相変わらずダンジョンと繋がっていない階層からはダンジョンの様子を伺うことはできないが、ダンジョンエネルギーの増減などは感じることができる。その感覚が、ダンジョンエネルギーの増加を伝えてきていた。


 しかし、ただエネルギーが増えただけでは今のコアがそれを違和感に感じることはない。今のダンジョンを取り巻く環境は複雑化しており、エネルギーが増えることと、侵入者が来たこととはイコールにならないからだ。


 ざっと考えただけでも、今のダンジョンにはエネルギーが増える要因が四つもある。


 武闘会により死亡したモンスターの吸収。訓練がてら他のモンスターを襲わせているアントビーの死体の吸収。アテンの臨時ボーナス。そして、何かの用事でメイハマーレが外に出ることだ。


 最後の一つは厳密に言えばエネルギーが増えているわけではないが、メイハマーレに注がれている分の膨大なエネルギーが、パスが切れることでいきなりバックしてくるとエネルギーが増えたと錯覚を起こすのだ。以上の事からコアはエネルギーが増えたと感じてもすぐに戻ろうとは思わなかったのだが、それにしても断続的に入ってくるエネルギーの量が多かった。第三階層も形になってきて非常に楽しいところではあるが、コアは断腸の想いで第二階層に戻ることを決意するのだった。


 コアが第二階層の聖域に戻り、目にその様子が映るのと、メイハマーレが急いで身を翻し畏まるのはほぼ同時だった。


 メイハマーレは他の場所から聖域に転移してくる時は少し距離をあけてくるが、コアが聖域に戻ってくる時にはこうして目の前に待機していることがある。その事を承知しているコアに驚きはない。だが、こうして若干慌てているような反応をするメイハマーレを見るのは珍しかった。


 つまりメイハマーレにとってはこのタイミングでコアが戻って来るのは想定外だったと言うこと。なんかヘマしたか……? と、内心で冷や汗を流すコアに、メイハマーレが謎の会話を仕掛けてきた。


「お帰りなさいませ御方。そして、お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。その、お忙しい御方がこのような些事を気にするとは思っておらず……」


「うむ」


 コアはとりあえず返事をしておく。それから少し戸惑い気味のメイハマーレの隙につけ込んでダンジョン内の状況把握に努めた。


(このような些事、ね。どれどれ……? めっちゃいるじゃん!?)


 それはすぐに見つかった。第一階層で一番奥の部屋。そこには優に百を超える人間たちが集まっていたのだ。


 本格的なダンジョン攻略が始まったかと真剣モードに入りかけたコアだったが、そういえばメイハマーレが些事と言っていたことをすぐに思い出す。一度視点を切り替えてメイハマーレの様子を伺うも、その事に焦っている様子はない。それでコアは冷静になれた。


(あー成る程ね。こうして敵の戦力を分析してみれば、数は多いけど確かに大したことはないかな。感じるエネルギー的に、大多数がシルバー級冒険者以下か?)


 コアは侵入者から常時吸収できるエネルギー量からそう予測する。これならいくらでも迎撃可能だ。メイハマーレが些事と称した気持ちもわかる気がした。


(何ならメイハマーレ一人で殲滅できるだろうからな。……いや、強ッ!? なんか普通に倒せそうだと思っちゃったけど、これ凄いことだよね? いやー、精鋭モンスターを軸にしたダンジョン作りでやってきたけど、まさかここまで強くなるなんてねぇ。ロマンを叶えてくれるダンジョンはやっぱり最高なんだって、はっきり分かるね! よし! ありがとう!)


 溢れる気持ちを感謝に変えてダンジョンに捧げると、コアは戦力以外の分析に移った。


(さて、それで? こいつらは何が目的でこのダンジョンまで来たのかな?)


 以前ダンジョンに来た中で数が多かったのは研究員を伴った調査隊だったが、今コアの視点に映っている侵入者たちの中にそれらしい者はいない。むしろそういったこととは無縁な野蛮な者たちに見える。


 統一されていない装備品に雑然とした隊列。ガラの悪そうな立ち姿から推測するに、奪うことしか能のない連中だろう。要するに、ダンジョンの素材を取りに来たか、ダンジョンを攻略しに来たか。連中の狙いにそう当たりをつけたが、而して、コアはこれはどうしたことかと考える。


 今までの人間たちのスタンスとはまるで違う。ダンジョンに遠慮するかのように慎重な行動を取っていたのに、ここにきて急な方針変換だった。人間たちの間で何か動きがあった。そう確信するコアは、そういえばメイハマーレたちが何か話していたなとその内容を記憶から引きずり出す。


(なんか物騒なこと言ってたよな。スタンピードとか、計画とか。ドリックはこの階層の素材は貴重品だとも言ってたな……。そして侵入者たちの格好。こいつらは冒険者じゃないし、以前見た兵士たちの格好とも違う。…………政変、か。領主が変わったのか。欲望に塗れた人間に)


 何とかは飼い主に似ると言う。集まっている人間たちを見れば新しい領主がどのような人間なのか大体想像がついた。


(しかし困った、第二階層での時間稼ぎ作戦は新しい領主にも有効か? ……まぁ、効き目はあるか。ただ研究主体の時間稼ぎと言うよりも素材目的の時間稼ぎになりそうだが。かといって、良いようにこのダンジョンを利用されるのも気に入らない。だがこの数を迎撃したとなると新しい領主がどう反応するか。はあ、めんどくさいな)


 考え事が一気に増えてコアの気分が沈む。楽しいダンジョン作りの直後だったので尚更だ。だがよくよく考えると果たしてここまでコアが悩む必要があるのかと思ってしまう。


(そもそも領主が変わったのってメイハマーレやアテンの計画のせい? 今回の防衛に関しても何だかメイハマーレが指揮を取ってるみたいだし、このまま任せても問題ないのか?)


 むしろ自分は下手に手を出さない方がいいまである。間違ってもこのダンジョンが攻略されることはないし、自分は見学させてもらおうかなとコアが思った時だった。コアはそれを発見する。


「……ん?」


 そもそも、大勢の人間が第一階層最奥の部屋に集まって何をしているのか疑問だったのだ。第二階層に入る前の準備をしている感じでもない。ただただ何かに困惑している雰囲気があった。


 彼らの視線の先を追えば、そこにあるのは青みがかった壁。異空間との境目である青い壁が、第二階層への階段を塞いでいたのだった。


(は……?)


 コアはまさかの光景に目を点にしてしまう。


 コアには異空間の境目を自由に操る能力『拡充』がある。しかしこれはコアがやったことではなかった。というか、ダンジョンを攻略不可能にするような道の塞ぎ方はコアにはできない。ならばこれはダンジョンに異常が発生したか、あるいは、自分の他にこれをやった者がいる。


 ダンジョンの突発的な異常から発生したことなら、ダンジョンと感覚がリンクしているコアに分からないはずがない。消去法的に、残るのはもう一つの方。いや、もう一人に絞られる。


 コアは頭を下げ続けているメイハマーレに確認を取った。


「メイハマーレよ。第一階層と第二階層を繋ぐ階段が塞がっているのだが、あれをやったのはお前か?」


「はい御方。このダンジョンに不貞を働いた愚か者共に、絶望を与えるのに有効と判断し塞ぎました」


「そうか……」


 第二階層に行けなくすることがどう絶望に繋がるのかコアにはわからなかったが、ひとまず階段が塞がっている原因は理解した。


 また一つメイハマーレの驚くべき能力が判明した。これは凄い能力だ。コアにすらできないダンジョン攻略不可能状態。我が子の中に自分の能力を超える者が現れたことは親として非常に喜ばしい。万が一の時の強力な切り札ができたことに歓喜する場面かもしれない。しかし、これをコアは歓迎することができなかった。


 はっきり言ってしまうと、今、コアは怒っていた。その怒りが伝わったのか、メイハマーレが動揺でオロオロし出す。


 そんなメイハマーレに、コアはなるべくきつい言い方にならないように注意しながら話しかけた。


「メイハマーレ。奴らに絶望を与えるために、本当にあの壁は必要だったか? ああすることでしか、奴らに絶望を与えることはできなかったのか?」


「い、いえ。他にも方法はあったかと思います」


「そうだな」


 やはりコアにはいくら考えても行き先を塞ぐだけで絶望を与えられるとは思えなかった。それならば他にも方法があるだろうと思って言ってみたが、どうやらメイハマーレもそれには同意らしい。


 もしかしたら素材集めに期限があって、それを邪魔することで絶望させようとしているのかもしれないが、今大切なのはそんなことではない。コアは怒りの理由を告げる。


「この際だからはっきり言っておこう。メイハマーレよ。金輪際、異空間を操って侵入者共の道を塞ぐことは禁止だ! お前の取った方法は、ダンジョン防衛戦における『邪道』である!!」


「ッ!? も、申し訳ございません!」


 コアのお叱りに、メイハマーレはびくりと体を震わせ、その身を床にビタンと叩きつける。今まで見たことない行動だが、おそらくそれだけ反省していると言うことだろう。


 しかしただ謝っているだけでは意味がないのだ。なぜ駄目なのか、それをしっかりと教えてやらなければならない。


「身を起こすがよい。メイハマーレ、道を塞ぐことがなぜ駄目なのか、お前には分かるか?」


「……いえ、すみません御方。アタシには分かりかねます……」


 しょんぼりしながら答えるメイハマーレ。見ていて可哀想になるが、メイハマーレにはこの先もこうして指揮を取ってもらうことがあるかもしれないのだ。コアは心を鬼にして教えを説く。


「まぁそうだろうな。道を塞げるならそれは強力無比な武器になる。効率を考えるならば使わない手はないだろう。しかしだ、時として、物事には効率よりも優先しなければならないことがある。これは言ってみれば俺の拘り、我儘のようなものだ。だが、このダンジョンにいる以上はその我儘に付き合ってもらうぞ」


「我儘などと! そのようなことはありません! 御方はいつも正しい存在であらせられます。御方のすることこそが、正解なのです! 御方、どうか貴方様の教えを、この出来の悪いアタシにご教授下さい!!」


 打てば響くように答えるメイハマーレ。


 その熱意。教える側としてこれほど嬉しいことがあるだろうか。優秀でありながら、怒られても不貞腐れず、常に上を目指し続けることを忘れないメイハマーレにコアは胸が熱くなるのを感じた。


「よくぞ言ったメイハマーレ! それでこそ俺の自慢の子だ! それではこれから重要な心構えを教える。しっかりとついてくるがよい!!」


「ハッ!」


 ダンジョニスト魂に火がついたコアはその想いの丈を語る。


 ちなみに、メイハマーレは邪道だと叱られた時点で壁を消していたので、この間に騎士と私兵団は順調にダンジョンを進んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る