第69話 集結 二

「ゲーリィ様。いくつか質問があるのですがよろしいでしょうか」


「はい、大丈夫ですよ。何でしょうかゼルロンド殿」


「ありがとうございます。ではまず、例の冒険者殿の協力が善意によるものと言う点です。貴重な情報を提供してまで協力する理由が善意と言うのは考えづらいのですが。国絡みの裏工作を行っている恐れは無いのですか?」


「そうですね。当ギルドとしても様々な可能性を検討しました。ですが、裏工作を行うとしても彼、アテン殿の国は離れすぎており、それが侵略行為に繋がる可能性は無いと判断しました。他に考えられるとしたらデータ取り、でしょうか」


「データ取り?」


「そうです。遠い他国のダンジョンと自国のダンジョンとの比較。その地に住まう人々の暮らしや戦闘能力。『オーラ纏い』を習得するまでの経過観察。アテン殿は国に帰れば民を治める立場です。情報を提供し、スタンピード対策に密接に関わることで、国の運営に役立ちそうな情報を詳細に知ろうとしたのではないかと」


「成る程……確かに言われてみれば、そのアテン殿は気がつけば問題の中心にいますね」


「ええ。ですが、アテン殿であれば他にも知る方法はいくらでもありそうですし、そもそも彼は頭が良い。その彼が仕える国王陛下は更に優れた頭脳をしていると言いますし、わざわざそのような情報収集が必要とは思えないのです。ですから以前彼が言っていた通り、善意によるものと言う結論を出しました」


「あちらにメリットがないからこそ、そういう結論を出さざるを得ないと言うわけですか……わかりました。では次の質問なのですが、スタンピード殲滅の際、アテン殿にはどの程度協力して頂けるのですか?」


 ゼルロンドの問いに、ゲーリィは、ああ、こちらの質問が本筋ですかと、その意図を理解する。


 もしスタンピード殲滅作戦が失敗し、ダンジョンの外にモンスターが溢れ出るような事態になれば、その地を治める領主は責任から逃れられない。それは冒険者ギルドも同じことではあるが、ヘクターは現在、敵対勢力によって意図的に排除されようとしている。より不味い状況だ。


 ぐうの音も出ないほど完璧なスタンピード対策をしてそれらを黙らせ、今の状態を守っていくために、アテンの力を大いにあてにしていたのだろう。そのあてにしていた力が期待できないかもしれないとなると、ゼルロンドが焦る気持ちもわかるというもの。


 ヘクターにいなくなられると困るのはこの街全てに言えることだ。だからゲーリィは真摯に答える。


「ゼルロンド殿。どうかご安心ください。アテン殿も、わざわざ協力した作戦が失敗に終わるのを黙って見ているということはないでしょう。冒険者側の不備、力不足によって危機に陥った者を、助けるために動いてくれることは無いかもしれませんが、ダンジョンの外にモンスターを出さないと言うことに関してはきっと力を尽くしてくれるはずです」


「そうでしょうか……」


「まあ、我々があまりにも情けない姿を見せれば、愛想を尽かして手伝ってくれないかもしれませんが。いずれにせよ、やる事に変わりはありません。スタンピードを食い止めるために、共に全力を尽くしましょう!」


 ゲーリィの力強い鼓舞にゼルロンドだけでなく『魔導の盾』も目を丸くする。彼らの中のイメージと目の前にいる人物では印象が違かったのだ。


「ゲーリィ様は……変わられましたね」


 その姿は活力に満ちていた。きっと『オーラ纏い』を習得し自信がついたことも要因の一つなのだろう。そのゲーリィは照れ臭そうに言う。


「ええ。最近周りからそう言われることが増えましてね。この年になってから、はしゃいでいるようで少し恥ずかしいのですが」


「いえ、素晴らしいことだと思います。こんな時だからこそ、そのような前向きな姿勢が大切なのでしょう。私も見習いたいところです」


(本当に例の冒険者、アテン殿の効果は凄まじいようだ。このような絶望的な状況下で人にここまで希望を持たせることができるとは。……役者が違う、か)


 ゼルロンドが思い浮かべるのは発破をかけるのに失敗した主のこと。どうすればあのような顔をさせずに済んだのか、思いを馳せる。


 だがどれだけ考えたところで自分があの人生経験豊富なヘクターの意思を変えられる想像がつかなかった。憂いの感情が顔に出そうになるが、今いる場所を思い出し咄嗟に思考を切り替える。強引に笑みを浮かべてゲーリィに礼を述べた。


「私からの質問は以上です。お答え頂きありがとうございました、ゲーリィ様」


「いえいえ。これぐらいでしたらいくらでもお答えしますよ。それでは会議に入りましょうか。っと、その前にお茶を淹れ直しますね。少し待っていてください」


「それでしたらお手伝いしますよ。本職ですからね」


「おお、それはありがたい! 一度、プロの淹れ方をじっくりと見てみたいと思っていたのですよ」


「フフ、それではご期待に応えないといけませんね」


 落ち着きのある中年同士がお茶談議に花を咲かせていると、部屋の入り口付近から二人に声をかける者が現れた。


 誰も。


 この部屋にはミスリル級に相当する冒険者しかいないにも関わらず、その誰もが、声をかけられるまでその存在に気づけなかった。


「私の分も淹れてもらおうか」


「ッ!?」


「おお! これは、アテン殿! ふふふ、全く、アテン殿もお人が悪い。気配など隠さず普通に入ってくればよろしいものを」


「これも訓練だ。アントビーたちは気配察知を単体ではなく群体で行う。鍛えておかねば常に先手を許すことになるぞ」


「むぅ。それは由々しき事態ですな……。まぁひとまずお掛けください。今お茶を淹れますから」


 緊張から身体を氷のように固まらせるゼルロンドと、普通に会話を交わすゲーリィ。二人の間にあるのは経験というよりも慣れの差か。


 ゼルロンドは突然部屋に現れた常軌を逸した存在に冷や汗が止まらず、手が震える。喉がカラカラに乾いていた。


「化け物……!!」


 小さく、本当に小さく。思わず、一言だけ口にしてしまう。


 魔力が、渦巻いていた。高密度な魔力が頭の天辺からつま先の先まで余すことなく行き渡り、滞らずに循環している。ともすれば、自分自身が暴虐的な魔力に飲み込まれてしまいそうな中、それを完璧にコントロールしているように観える。


(これだけの魔力を宿しているのに、その魔力が一切外に漏れ出していないだと!? しかも、それだけじゃない。これだけの存在感がありながら、どうして感知できなかった!?)


 かつてソロで冒険者をやっていたゼルロンドは、頼れる仲間がいなかったため常に自分で周囲の気配を探っていた。その行動は癖となり、執事となった今でも変わらず行っている。


 そんなゼルロンドからすれば、これだけの魔力を宿した者が、これだけ近い距離にいて尚、気づかないなど有り得ないことだ。その理由を知るため感覚を研ぎ澄まし、アテンを、魔力をよく観てみる。


 しかし、理解不能。混乱するだけの結果に終わる。


(……何だ? 魔力が、周囲と同調している……? どういうことだ。何なんだ、こいつはッ!!?)


 この時だけは執事であることを忘れて、素の自分で思考を巡らせるゼルロンド。そして、ゼルロンドと同じく、激しく狼狽する者がここにもう一人。


(こいつが、光の柱の冒険者貴族!? 駄目だ、次元が違う……!!)


 エルゼクスは部屋にいきなり湧いて出た冒険者を一目見るなり、すぐに目を逸して下を向いてしまった。震えながら身体を縮こまらせ、極力目立たないようにしている。


 エルゼクスには、その冒険者貴族の中に蠢いている魔力が、獲物を前にして忍び寄る猛獣が大口を開いて襲い掛かって来るようにしか見えなかった。


 何とか平常心を保とうと努力するが、溢れ出る恐怖心が身体を小刻みに揺らし続ける。


(クソっ、クソッ! 今は同じ冒険者なんだから何か言ってやろうと思ってたのに! 口が、開かない……ッ!!)


 いつもならポンポンと皮肉を吐き出す、言いたいことを言うために鍛えてきた口が、この時ばかりは仕事をしてくれなかった。何もできない自分が情けなくて堪らない。


(何も変わってない。あの時から、何も! 結局、強者の前では何もできないヘタレのままなんだ、僕は!)


 悔しさを押し殺すエルゼクスが目を固くぎゅっと閉じ、拳を固く握りしめていると、ソファーの空いている場所に座ったアテンが口を開いた。


「こいつらが最後の戦力か? ガトー」


「ああ、ミスリル級冒険者パーティー『魔導の盾』とヘルカン様んとこの執事のゼルロンドだ。元ミスリル級冒険者で、まぁお前なら言わなくてもわかるだろうが、『オーラ纏い』も使える猛者だ」


 ガトーの紹介を受けてアテンが『魔導の盾』と執事を観察する。


「格闘術、力量。そうか、貴様か」


 執事を見ていたアテンが独り言のように小さく呟いた。


「……何か?」


「いや、何でもない。気にするな。ふむ、多少錆びついているようだが、そっちの執事は問題あるまい。こっちは……正直期待外れだな」


 自分たちのことを言われているとわかった『魔導の盾』の面々を中心に険悪な雰囲気が広がる。ミスリル級冒険者パーティーとして常に高い評価を受けている彼らにはおよそ相応しくない言葉だった。


 この冒険者ギルドのトップパーティーとして侮られるわけにはいかない。異国の貴族だか何だか知らないが、あまり舐めたことを言うなよと、リーダーの男がアテンに文句を言った。


「おい。初対面で随分な挨拶じゃないか。誰が期待はずれだって?」


 睨みを利かせ、凄むように吐き捨てる。日夜命をかけてモンスターたちと戦っているだけあって、リーダーの男には十分な迫力があった。だがその程度のことではアテンには通用しない。


「私に無駄な話をさせるなよ。貴様らのことに決まっているだろ。この中で一番戦力として劣っているのが誰なのかもわからんのか?」


「なんだと!?」


「そっちの小太りの男にミスリル級まで上げてもらったのだろう? パーティーを組んでいるなら個人の力は全員の力か? 勘違いも甚だしい。言いたいことがあるならせめて『オーラ纏い』ぐらい習得してからにしろ」


「ぐぅッ!!」


 リーダーの男は顔を真っ赤にするが言い返せない。確かに『オーラ纏い』を使えるかどうかで戦力が大きく変わるからだ。『魔導の盾』がここまで躍進できたのは『オーラ纏い』を使えるエルゼクスの活躍が大きかったのは間違いない。自分たちでも理解していることだった。そして、他人に言われたくないことでもあった。


 遠慮のない物言いで場の雰囲気を悪くしておきながら当の本人は何のその。アテンはプルプルと震える小太りの男を見ると面白そうに笑みを浮かべた。


「それに引き換え、そっちの小太りは面白い。別に強いわけではないが、そう、面白い。あまりにもあり方がチグハグだ。貴様の力の源泉は憎悪だな?」


 話題が自分に移ったことでエルゼクスが肩をビクッと揺らす。普段見ることが無い、怯えているかのようなその様子をパーティーメンバーたちが物珍しげに見ていた。


「感じるぞ。私に対する強い敵意を。感情の増幅に合わせて魔力の質が濃くなっていくのもな。だが、染まりきれていない。実に中途半端だ。なのに、一つの形として成り立っている。だが、それだけだ。そんなザマではこの先、更に強くなることはできないだろう」


 エルゼクスは怖気が走る。今日会ったばかりなのにまるで昔からの知り合いのように言い当ててくる。そして焦り出す。その先は決して誰にも言われたくなかった。


「伸ばす方向性は一つに絞るべきだ。貴様の場合は『オーラ纏い』を習得した切っ掛けが憎悪なのだからそちらだな。だからその伸びを邪魔する……」


「……やめろ」


「ん? 何か言ったか? 聞こえんかったから続けるぞ。貴様の過去の憎しみを薄めてしまう、仲間……」


「やめろと言っているッ!! そんなこと、お前に言われる筋合いは無い! 僕は、僕のやり方で強くなるんだ! だから、黙れえええっ!!」


 立ち上がりながら振り絞るように思いを叫ぶエルゼクス。


 顔を赤くし、息を乱しながらも、言い終わった後の彼からは身体の震えが無くなっていた。


「ククク。まあ良い。どのみちスタンピードまでに強化はできんからな。震える豚の状態から脱しただけで今はよしとしよう」


 その言葉にエルゼクスはハッとする。今までアテンが散々『魔導の盾』を煽ってきた理由を察したからだ。それを証明するようにニコニコ顔のゲーリィがアテンに話しかける。


「アテン殿は本当にお人が悪い。彼らを勇気づけたいのならば他に言いようがあるでしょうに」


「何のことを言っているのかわからんな。そんなことよりゲーリィ。必要な人員は揃った。もう待つ必要は無い」


 それが何を指しているのか、察した者たちの表情が引き締まる。


「この会議が終わり次第、冒険者たちに触れを出せ。アントビーたちの数がなるべく少ない内に、スタンピードを叩く!」


 時は来た。スタンピードに抗えるだけの最高戦力が、ここに集まった。


 『剛撃』ガトー。


 元ミスリル級にして『オーラ纏い』を習得した凄腕魔法使いゲーリィ。


 『暴嵐』ゼルロンド。


 現役ミスリル級冒険者パーティー『魔導の盾』と、『心優しきデブ』エルゼクス。


 それぞれの想いを胸に抱き、運命を左右する一大作戦の火蓋が、ここに切られた――。

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