第58話 着々

 冒険者ギルドでゲーリィたちと話し合い、予定通り仕込みを終えたアテンは、再び紅蓮の洞に戻って来ていた。アテンの事を覚えていた見張りの兵士は、その首下に垂れ下がっている金色のプレートを見て驚いた顔をしていた。


 ダンジョンに入るとアテンは<威圧>を発動してモンスターを遠ざける。既に道は覚えているので前回よりは早く着ける。とは言え、それでも第四階層までの道のりは少し遠い。目的地に着くまでの間、アテンは手慰みに今回の自分の行動を振り返ることにした。


 冒険者ギルド内の信頼を勝ち取るのは驚くほど簡単だった。ゲーリィと有力パーティーの一つを、もはや配下に近い形で収めたことで、これから外の世界でも動きやすくなった。特に、早々にゲーリィを堕とせたのは大きい。


(役職的には二番目の立場にいるようだが、アレからは『自分が何とかしなければ』と言う意思が透けて見えていた。実質、ギルドを仕切っているのが誰なのか、言っているようなものだ)


 良い手駒が手に入った。これからはゲーリィを間に挟めば、自分の代わりに仕事をしてくれるだろう。


 当初の予定では、人間共とここまで深く関わるつもりはなかった。やることをやった後は御方のダンジョンに戻り、再びおそばに侍るつもりだったのだ。


 しかし、新たなる計画の発動の一環として、自分は外の世界を任されることになった。それも、最初の地盤作りを補助する策を授けてだ。


 『冒険者』と言うキーワードだけの助言だったが、アテンにはそれで充分伝わった。今後の活動を思えば、このスタンピードを利用した作戦が一石何鳥になるのか、アテンには読み切れない。


(一体いつからこれほどの作戦を考えていたのか。いや、全ては『初めから』、か)


 アテンは改めてコアの偉大さを感じるのだった。


「クックック」


 独りでに笑い声が零れる。そんな圧倒的な存在である御方に、たかが人間如きが抗おうと言うのだ。身の程知らずにもほどがある。


(御方のダンジョンへの対策などやるだけ無駄だ。問題である特異個体のゴブリンが目の前にいるというのに、全く気づく気配すらない分際で。その当のゴブリンに、必死に対応策を懇願してきた時は、笑い殺す気かと思ったぞ。人間は、やること成すこと全てが滑稽だ)


 ただ、そのやり取りの中でも有用な情報はあった。過去に出現したと言う自分の同類と、それを討伐した冒険者の存在。


 御方に導かれてようやく至れたこの境地へと、誰の助けも借りずに到達できた事は奇跡としか言いようがない。


(常に半死半生だったはずだ。自然界において、そんな状態のまま居続けるなど……ふん、どういう立場にあった者か、想像に難くないな)


 逆境を乗り越えた弱き者だけが至れる逆転の萌芽。進化した時はさぞかし嬉しかっただろう。しかし、導いてくれる存在がいなかった分、おつむの方は弱かったようだが。


(力に溺れて引き際を誤ったのだろうな。集団戦で討ち取られるなど、同族としては考えられんミスだ)


 人間にも強い個体がいたようだが、撤退するタイミングは何度もあったはずだ。それに、強い者を見極められないのもそれはそれで問題がある。


(やはり知力なのだ。御方が常日頃から仰っているように、ただ強いだけではいつか足元を掬われる。武力と、そして知力を併せ持って、初めて強者と言えるのだ)


 アテンは進化する前、ただのゴブリンだった時から御方によりそのことを教えられてきた。だからこそ今の自分がある。アテンは自分の恵まれた環境と、至高の主に改めて感謝した。


「それにしても、オリハルコン級冒険者か……」


 かつて同族を打ち破った者。馬鹿とは言え力が無いわけではない。不味いと思った時点で撤退しようと思えば撤退できるだけの力があったはずだ。それを阻止し、討伐せしめたことは、優れた力の証明に他ならない。


「メルグリットと言ったか。果たしてその時よりどれだけの強さを得たか。少しは期待できるのか?」


 魔力を魔法やスキルといった、わかりやすい形でしか扱うことができない雑魚ばかりの中で、唯一まともそうな連中。冒険者の最高位、オリハルコン。アテンが何か、外部から強さを得るとしたら、もはや希望が残されているのはその連中しかいない。


 もっと強くなりたい。そう思って外の世界に出てきたが、これならばダンジョンにいたままの方がよかった。進化したダンジョンワーム――メイハマーレは強かった。お互い、命を奪うようなスキルを封印しての戦いだったので決着こそつかなかったが、メイハマーレにはトロールなど比較にもならない強力な再生能力がある。まだダンジョンワームだった時にはその再生能力を封じることもできたのだが、進化を果たし、魔力の扱いもアテンと同等レベルに至ったメイハマーレには通用しなかった。戦い続けていれば、もしかすると負けていたのは自分だったかもしれない。


「奴には御方の付与が施されているが、私は装備を賜っているからな。それは言い訳にならん。もっと強さが必要だ。圧倒的な強さが……」


 外の世界を任され、これからもダンジョンにいる時間が少なくなるであろう自分は、ダンジョンに戻って訓練を積むという方法が取れない。外の世界で強さを得ると宣言してしまったこともある。アテンは限られた中で強さを得る方法を見つけなければいけなかった。


 だが、この事態すら御方は想定していたのだろう。慈悲深きあの方は、困り果てるであろう自分のためにヒントを与えてくれていた。それもまた、『冒険者』と言う言葉の中に含まれていたのだ!


 アテンは思い出していた。ダンジョンでゴブリンたちに訓練を施していた時の事を。


 格下との戦闘と言うのは基本的に得られるものが無いのだが、これが戦闘を教えるとなると話が変わる。他者に教えることで今まで曖昧に捉えていた事がはっきりとし、新たな発見を生むことがあるのだ。


(これは、強さの過程を外部に求めるのではなく、内部、つまり自分の内側を見つめ直せと言う、御方からの啓示に違いない。先の事を予想し、一つの単語に複数の意味を込めることで、陳腐な言葉を奥が深いものにしている。さすがです御方。あなた様のご助言通り、私は冒険者を存分に使い倒します!)


 今後の計画に。自分の成長に。余す事なく有効活用してみせると、アテンは意気込むのだった。


(そのためには、今の件が片付いたら早速しごきに行かんといかんな)


 ゲーリィたちから、『スタンピードは特訓に使うものではない、いきなりそんなところに放り込まれたら死んでしまうから稽古をつけてくれ』と懇願されたので、軽めに揉んでやることになっていた。


 ゴブリンストーカーがいれば、同胞ができたことに喜んでいたかもしれない。


 冒険者を鍛える意味は他にもある。


 現状では、冒険者たちは弱すぎる。これでは将来、御方に供物として捧げる時に相応しくないものになってしまう。


 外の世界を任されたアテンにとって、上質な養分を御方に届けるのも仕事の内だ。魔力の具現化も碌にできない粗悪品を届けるのはアテンの矜持が許さない。アテン牧場では質の良い品しか出荷しないのだ。


 それに、これは高望みだが、自我がある個体たちの訓練に使えるかもしれないと言う想いもある。メイハマーレやブゴーといった者たちの相手をする事は難しいだろうが、ゴブリンストーカーやゴブリンジェネラル、ミドルワームなどには丁度良い相手になるかもしれない。そう考えれば、出荷作業にも力が入るというものだ。


 つらつらとそんなことを考えながら黙々と進んでいると、やはり前回よりも早く第四階層まで目前といったところまで来ることができた。


 これから交渉しなければならない。眠気を抱え、頭の働きが悪いままミスをしては目も当てられないと、アテンは前回と同じところで少し眠ることにした。


 仮眠を取った後は第四階層に潜り、真っ直ぐアントビーの巣に向かう。眠気覚ましのためにそこそこの勢いで走りながら向かっているため、アントビーたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。ヴァリアント種の進化個体がまだいることを確認しながら、アテンはついに巣まで辿り着いた。


 アテンは少し慎重に巣に近づいていく。アントビーたちもこれ以上は逃げ場がないために、必要以上に近づけば<威圧>を発動していてもこちらに向かってきてしまう。ギリギリのところを見極める必要があった。そして、ある地点まで近づいた時、アテンを強い敵意が包み込んだ。


「ほう」


 その敵意は巣の中から放たれていた。<気配察知>で感じ取っている中で、一番強い個体のものだ。おそらく女王だろう。アテンの<威圧>に怯んでいる様子がない。少なくとも、アテンと戦う資格を持つ者のようだ。


 だが、アテンは戦いに来たわけではない。アテンは右耳だけに付けている、赤い石付きのピアスに手を伸ばした。


「メイハマーレ、聞こえるか。交渉に入る。繋げてくれ」


 話し合いをするのに、言葉がわからなければどうしようもない。普段、アテンたちがコアのダンジョンで異種族にも係わらず意思の疎通ができるのは、ダンジョンに属する者として恩恵があるからだ。


 これはコアからの加護、ダンジョンを通してのエネルギー供給に含まれている力である。故に、事前にメイハマーレが空間魔術で細工を施したピアスを通じて、アテンにパスを繋げれば、アテンは外の世界のモンスターにも言葉を伝えることができるようになる。


 この時注意しなければならないのは、繋ぐパスはアテンに見合ったものでなければならないと言うことだ。不足したエネルギーでは力を十分に発揮することができない。今のところダンジョンでこの条件を満たせるのはメイハマーレだけであり、このことが判明した時はあからさまに嫌そうな空気を出していた。


(それも仕方ないことか。奴の気持ちもわからんでもないからな)


 自分に繋がっているパスをアテンに繋ぎ直すと言うこと自体も嫌なのだろうが、現在のメイハマーレにはパスを通じて大量のエネルギーが注がれている。メイハマーレ自体の格に加え、委任の分のエネルギーも含めれば、それは相当な量だ。自分のパスをアテンに繋げている間は、その負担が直接メイハマーレにくる。辛いのは想像に難くない。メイハマーレは、くれぐれも早く交渉を終わらせるように、しつこくアテンに確認していた。


(まあ腹も減るだろうからと、オススメのオーク肉もくれてやったのだ。多少なら問題あるまい)


 パスが繋がり、アテンは久しぶりの高揚感を味わった。遠くにいながらも御方の事を感じれるのはやはり良い。気分もスッキリしたところで、アテンはアントビーの巣に向かって話しかけた。


「蜂の女王よ、聞こえるか! 今日は、貴様に良い話を持ってきてやったぞ!」


 アテンの問いかけに、蜂の女王が驚いているのが気配でわかる。アテンは意思を伝えられるが、相手は意思を伝えられないので、その辺は感情の機微を鋭敏に察しなければならない。


(ふ、やはり自我持ちか)


 アテンはとある理由から、この女王がただのダンジョンの傀儡ではないことを確信していた。


「女王よ! 貴様、生きたいのであろう!? わかっているぞ。ダンジョンを守らねばならないと言う本能を、『自分は奥で増殖スキルを使っていた方が効率的だ』と言う建前で誤魔化していることは! まあ、無理もない。誰だって、こんなダンジョンのために、好き好んで死にたくはないだろう。同じダンジョンのモンスターとして、貴様には同情するぞ!」


 アテンがそこまで言うと、巣の周りにいたアントビーたちに動きがあった。巣の下に集まり出すと、そこにある出入口の穴から一匹の大きなアントビーが姿を現した。


 アテンに向けられていた敵意は抑えられ、今は警戒に止まっている。どうやら話を聞く気になったようだ。


 女王は高周波のような高い音をアテンに向けて放ち、何かを伝えようとしているようだが、当然アテンには伝わらない。


「すまんが、そちらの言葉を理解することはできない。今回は私の話を聞いて、どうするのかを判断してほしい」


 アテンはそう断ると話を続けた。


「そんな、死にたくない貴様には残念だが、悪い知らせがある。少々やりすぎたな。人間たちが、この増えすぎたアントビーたちに気づいてしまった。近々、大規模な討伐隊を組んで、この階層まで押し寄せてくるという情報を掴んだ!」


 アテンの齎した情報がよほど衝撃的だったのか、女王は忙しなく顎のハサミをガチガチとし、羽を激しく振動させていた。


「上手くやっていたつもりなのだろうが、このまま数を増やしていけばいずれは気づかれていたことだ。早いか遅いかの違いでしかない。そして、これだけの数がいれば人間たちには負けないと思っているかもしれないが、甘いな。人間の事を知っている私からすれば、この数では人間に勝つことはできないとはっきりわかる! このままでは貴様は遠からず、意味も無くこのダンジョンで死ぬことになるだろう!!」


 アテンの力強い断言に、女王だけではなく周りの取り巻きからも様々な音が発せられる。端的に言って、非常に五月蝿かった。


 アテンは手を上げこれを制する。静かになったところで本題に入った。


「それでは悪い話の次は良い話だ。女王よ。住むダンジョンを変えぬか? そこは、この世で最も安全な場所。私が、この強者である私が、心から崇拝する絶対者が治めておられるダンジョンだ。貴様はそこで死の心配をすることなく、心から尊敬できる主を得て、穏やかに生きていくのだ。これ以上ない話であろう?」


 アテンの言葉に、さすがに話が旨すぎると思ったのか、首を傾げている女王。訝しんでいる様子だ。こういう時は逆にデメリットを掲示してやると説得しやすい。


 その事を心得ているアテンは、言葉巧みに女王の心を操る。


「それだけの利益を得られるのだ。当然条件がある。貴様はこの住み慣れた階層を捨てなければならぬし、ダンジョンから出る際は人間たちの目を誤魔化すために、今まで増やしてきたモンスターたちには散らばってもらう。つまり、理想郷とも言えるダンジョンに来れるのは貴様だけだ。そこでまた一からやり直すことになる。その不安な気持ちに打ち勝ち、新たな一歩を踏み出すこと。それができるならば、私たちは喜んで貴様を迎えよう!」


 条件と言うには少々緩い事を適当に羅列していく。自我があるとは言っても、この環境ではその思考力もたかが知れている。この程度で充分だった。


「ここに残って死ぬか、それともここから出て生き残るか。貴様がどちらを選択しようとも構わんが、その気があるならば、作戦決行は次に私がこの階層に現れた時だ! 人間たちから逃げる確率を少しでも高めるために、今よりもっとモンスターを増やしておくことを勧めておくぞ。私がこの階層に来たことを感じとったら、全てのモンスターたちを率いて、一気にこのダンジョンを脱出しろ!」


 既にその気に傾いているのか、女王からはやる気が感じられる。手応えを掴んだアテンはここで畳み掛ける。


「ダンジョンから出たら、南東にある人間の街まで真っ直ぐ飛べ。そこから更に真っ直ぐ、半日もしない距離に貴様の新天地がある。わかりやすいように目印を立てておくから心配はいらん。私は、貴様が勇気ある一歩を踏み出し、その命を意味あるものにすることを願っているぞ」


 アテンは言うべき事を言うと、背を向けて歩き出す。だが、念には念を入れてダメ押しをしておく。


「ああ、そうだ」


 思い出したかのように言うと、今一度振り向いた。


「作戦決行当日、私は人間たちの討伐隊の中に紛れているが、それは人間たちをコントロールし、貴様の脱出を手助けするためだ。この私が手助けするのだ。心強かろう? だから、貴様は何も心配することなく、飛び立て。また会える日を楽しみにしている」


 安心感を与え、少しでもこちらの思い通りに動く確率を高めておく。言い終わると、今度こそアテンは去って行った。


「これで種は巻き終わった。くっくっく、後は与える栄養次第で、その花はどこまでも大きく咲くだろう」


 全て予定通りに事が運んだ。既に花が咲くのは決定している。ここから、どれだけ大きく、美しい花にするかは、アテンの手腕にかかっている。


 尊き至高の御方に捧げるに相応しい花にするために、アテンの暗躍は続いていく。

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