第22話 メロメロ
予想外の出来事で中断してしまったが、改めてウォーターワームに『委任』を使用した。後は時間を見ながらダンジョンワームに経過を報告してもらおう。
すべきことを済ませると、コアはここ最近の冒険者側の動向に思いを馳せる。はっきり言ってきな臭かった。大量のエネルギーをもたらしたあのアイテムの数々は普通のものではなかったのは明らかだ。近々、何か大きな動きがあるような気がしてならない。
コアが思うに、おそらくあれだけのエネルギーをダンジョンに与えると、何かしら変調をきたすものと考えられているのではないか。つまり、今回の一件が冒険者ギルド――あの女の冒険者がギルドを裏切っていた場合だが――にバレれば、今度こそダンジョン全体に及ぶ大規模な調査に発展しかねないし、バレなくても、事情を把握している女の冒険者が与しているであろう何らかの組織が動き出す可能性は高い。
進化個体も増えてきた今、奥まで進んで来られたらこの特殊だと思われるダンジョンの在り様を隠し通すことは不可能だ。そうなればもうヤるかヤられるか、二つに一つしかない。いずれそうなることは織り込み済みだがまだ準備が整っているとは言えない。
しかしながら既に賽は投げられたと考えた方がよいだろう。大きな決断をする時がすぐそこまで迫っていた。
「どちらにせよ、あまりにも変化がないのは不自然か。ゴブリンの数を増やして複数で行動させるか? それとも拡充でダンジョンを拡げる方が結果的にコストが安く済むか? 確か奴らは開拓の導きとかいう特殊なアイテムでダンジョンの広さを測れたはずだからな。気付かないということはないだろうが。……くそ、忌々しいアイテムだ。奴らがこの部屋の近くまで来るからモンスターの強化に遅れが出てるんだぞ! いっその事、新たな階層でも造れればどうにでもなるんだけどな。そうすればもしかしたら開拓の導きも欺けるかもしれないしっと」
何気ない行動だった。もし階層追加という項目が出てくるとしたら『拡充』だろうな、とコアは拡充を発動させた。そして目を見開くことになった。
そこには『第二階層追加』という項目が追加されていた。二度確認した。それでもあった。
「いーーつーー? のーー間ーーにーー追加されたのかな~~? 何時だよホントにッ! 何が最近きな臭いだよ。大きな決断が迫ってるだよ!! うっわ恥ずかし! 無駄にシリアスモードになっちゃったじゃんよ! 穴があったら入りたい! ここもう洞窟の中だけど!」
突然の解決策が降って湧いたことで緊張感が一瞬で吹き飛んでしまった。コアは少し前のことを思い出す。
「……そういえば『委任』を覚えた時の高揚感ていうか、全能感って凄かったんだよな。具体的には前回の二、三倍くらい。『委任』が凄まじい能力だったからって思ってたけど、これはアレだな。大量経験値獲得で一気にレベル上がりました的なやつだったんだな。そういうことかぁハハハ、ハハ」
自分のあまりのポカに乾いた笑いが出てしまう。せめて同じ失敗はしないように改めて一通りの能力を確認してみるが、もう変わったところは見つからなかった。
「やっちまったもんは仕方ないしな。ドンマイ! 切り替えてこ!! よし、二階層だ。二階層か……。うん、欲しいって言ったのは俺だけど、正直凄い不安だ。これ絶対エネルギー大量に消費するやつでしょ。ドンってな感じで。もし今あるエネルギーのほとんどを持ってかれたら、エネルギーを必要としているモンスターたちはどうなる? 死ぬ? 暴れる? ダンジョンから出ていく? 碌なことにならないのはわかる。そうなったら全てが台無しだ。終わってしまう。この危機的な状況で俺が取るべき行動は何だ? それは、そう。聞けばいいのだ。わかりそうなやつにな! というわけで、おーいダンジョンワームぅ、ちょっと話を聞かせておくれー」
先程はシリアスぶって大恥をかいてしまったので努めて明るく振る舞うコアはさっさとこの問題を解決してしまうことにした。コアの呼び出しに即座に応え、ダンジョンワームが目の前に現れる。
「度々悪いなダンジョンワーム」
『いえ、お役に立てるのであれば、これに勝る喜びは、ございませんので』
「ハハハ、そうか。そう言ってくれると嬉しいな。では早速だが聞きたいことがある。ダンジョンワームよ。お前たちは常にダンジョンから何らかのエネルギーを得ているだろう? まずこれについてはどうだ? 感じているか?」
『はい。生きるために、必要なエネルギーを、頂戴しております。エネルギーを通じて、常に、貴方様の存在を、感じることができて、幸福で、満たされております』
「ダンジョンを感じるのではなく俺を感じるのか? まぁいい。では、そのエネルギーを得られなくなったらお前たちはどうなる?」
『えっ……』
はっきりわかるほどにどんよりとした雰囲気に変わってしまったことでコアは慌ててフォローに入る。
「済まない、言葉足らずだったな。実は今、新しい階層を造るかどうか検討中でな。その際に大量のエネルギーを消費することが予想される。最悪の場合、お前たちに与える分のエネルギーが足りなくなるかもしれないと危惧しているのだ」
『そういう、ことでしたか。それならば、我々に構うことは、ございません。貴方様の、大願成就のため、どうぞ、お好きなように、なさってください』
「……ダンジョンワームよ。そういうことを聞いているのではないのだ」
『も、申し訳、ございません!』
ビクリと体を震わせて謝罪をするダンジョンワームに、コアは凛として語りかける。
「いいか、よく聞け。俺の悲願達成には最早お前たちの力が必要不可欠なのだ! 俺の願いを叶えるために役に立ちたいというのであれば、俺と共に歩み続ける覚悟を決めろ! 決して死ぬことなく、俺のそばに在り続けろ! わかったな?」
『ッ……!!』
「ダンジョンワーム?」
『はい……、はいッ!! 今のお言葉、確とこの身に刻み込みます!! このダンジョンワーム、生涯貴方様に忠誠を捧げることを、ここに誓いますッ!!』
「お、おぅ。そうか。それは良かったよ。コホン。では、先程の質問の意図も理解したな? 俺は、お前たちがエネルギーを得られなくなった時にどういう行動を取るのかが知りたいのだ。もしもの場合に備えてな。どうだ?」
『はい、そういうことでしたら。……非常に、申し上げにくいのですが、大多数の同胞たちは、このダンジョンを出て、糧を探しに、行くと思います。そして、二度と、戻ってくることは、ないでしょう』
「やはりそうなるか……」
(これがもしかしてスタンピードに繋がるのか? スタンピードの原因ってエネルギーの枯渇なのか。他にも何かしら起きる理由はありそうだけど)
かつての新人冒険者から聞いた話にスタンピードのことがあったことを思い出すコア。ダンジョンに関する知識欲を満たそうと続けて質問する。
「モンスターたちが戻ってこない理由はなんだ?」
『それは、未だ自我が無いからかと。私の場合の話に、なってしまいますが、生み出された直後は、揺り籠の中で、夢現の状態、と言いますか、無意識で動いている状態、と言ってもいいかもしれません。そのような状態なので、恐れ多くも、貴方様の存在を、しっかりと認識することが、できていませんでした。しかし、このダンジョンから出れば、加護が無くなり、自分で生きて行かなければ、ならないため、貴方様の存在を知らぬまま、野に散っていくものと思われます』
ダンジョンワームの話を聞いて、コアは地味にダメージを受けていた。自分はこんなにもモンスターたちを愛しているのに、モンスターたちは自分を認識すらしていなかったのかと軽く落ち込む。
(いや、生まれた直後というのは言わば赤子と同じ。赤子の意識がはっきりしている方がおかしいだろう。それに赤子に無償の愛を注ぐのは当然ではないか。モンスターたちは最初から成長した姿だから勘違いしていただけで、これからは赤子だと思えばいいのだ!)
それだと生まれたばかりの赤子に容赦なく殺し合いを命じる鬼畜冷血漢になってしまうが、コアがそのことに気付くことはなかった。
「そうか……。だが、自我がある者はダンジョンの外に糧を探しに行っても戻って来るのだな?」
『貴方様の存在を知りながら、どこかに行くことなど、有り得ません!!』
「おおぅ……そうか」
(なんだかダンジョンワームも最近わからなくなってきたな……。成長期なのか? 子供の成長は早いと言うしな。俺の頭の柔軟性が足りないのか……?)
我が子らのこれからのことをコアが考えていると、ダンジョンワームの隣にズイッとゴブ座衛門が出てきて力強く頷いてみせる。どうやら自分もそばにいるという意思表示をしているようだ。親として、その想いを嬉しく受け止める。
『チッ……』
「ん……?」
ふと、ダンジョンワームの方から舌打ちのような音が聞こえた気がしてそちらを見るが、特段変わった様子は見られなかった。
(気のせいか? まあ、ダンジョンワームがそんなことするイメージが湧かないし、する理由もないしな。歯でも擦り合わさってそういう音が出たんだろう、きっと)
特に気にすることではないと思い、考えを切り替える。今は大事なことを話している最中だ。
「話はわかった。では、現在自我があり、非常の事態でもダンジョンに残り俺に協力してくれる者は何体いる?」
『アタシと、このゴブ座衛門、そしてホブゴブリンに、一体。それと、ウォーターワームですね。スモールワームは、まだ自我がはっきりしていないようですが、私が責任を持って、言うことを聞かせるので、問題ありません』
(それ力尽くでってことですかねダンジョンワームさん。意外と過激な子なんだろうか。それにしてもウォーターワームは自我あったのか。何だかいつものんびりしてるイメージがあって、そういう感じがしないんだけどな)
予期せぬ返答に自然と質問が口に出た。
「ほう。ウォーターワームにも自我があったのか?」
『……はい。ウォーターワームは貴方様にメロメロでございますれば』
「メロメロ!?」
『はい。メロメロです』
「そ、そうか。……いや、あれだけの泉を作ったしな。その成果はダンジョンが認めるほどのものだった。きっとウォーターワームも気に入ってくれたということなんだろう。ハハハ」
ダンジョンワームがメロメロという単語を放ったことも、ウォーターワームのことも予想外過ぎて答えに窮するが、なんとか言葉を捻り出して乗り切った。
(ふぅ。威厳あるダンジョンコアを演じるのも大変だな。それはそれとして、それだけのモンスターが残るなら最悪の場合でも立て直しは図れるか。モンスターたちがダンジョンから出ていくことになったら冒険者サイドが大騒ぎすることは必至。そこからはスピード勝負になるが……。駄目だな、不確実なことが多すぎて予想が立てられん。ええいッ! ダンジョンが階層追加に耐えうると判断したから第二階層が出てきたんだろう!? きっと大丈夫だッ!)
「よし。決めたぞ! 俺は第二階層を追加するッ! お前たちには苦労を掛けるかもしれんが、よろしく頼むぞ」
『苦労など、ございません。貴方様が決めた道を、どこまでも、お供いたします』
「ギイィッ!」
「うむ」
我が子らの力強い言葉を聞いて鷹揚に返事をする。その言葉に背を押されるように、コアは第二階層追加を発動した。
能力を発動すると同時にコアの姿が掻き消える。その場にはダンジョンワームとゴブ座衛門が残された。
『消えた』
『消えてしまわれたな。しかし……未だこの身を包み込む御方のご加護は健在だ。上手くいったのだろう』
『わかってる。ていうか、普通に喋れ。この出しゃばり。何がギーだ』
『貴様こそあんなたどたどしい言葉でよく御方に語り掛けようなどと思ったな。不敬だとは思わんのか。分を弁えろ』
『笑わせる。優先事項が間違ってる。御方には情報が必要。無様でも、失礼でも、知ってることを言うべき。お前は我が身可愛さにそれを放棄してるだけ』
『それが不敬だと言うのだ。我々程度が知り得ていることを、何故御方が知らないと思った? 御方は質問と称して我らに話しかけることで、我らを気遣っておいでなのだ。その慈悲深さを言うに事欠いて無知と勘違いするなど。今ここで殺してやろうか』
『盲目の猫かぶりでくの坊が。少しでも御方のお役に立ちたいと思ったならアタシの行動が自然。ただ突っ立ってるだけの役立たずこそ必要ない。守護者面して御方の隣に立つな。不愉快』
『私は御方にこのダンジョンを守れと強く願われている。そして唯一、名を与えられた存在だ。私以外に、御方のお隣に侍るに相応しい者は存在しない』
『チッ……。アタシとてそばに在り続けろとご命令頂いた身。必ずその役は奪う。首洗って待ってろぶりっ子でくの坊。……いや。おい、でくの坊。今白黒ハッキリつける?』
『……ふむ。成る程な。そういえば貴様と試合をしたことはなかったな。これからダンジョンを取り巻く状況が大きく変わると予想される中、ここらでどちらが上かはっきりさせておくのもよいだろう。御方が戻られるまでの時間くらいはあるだろうしな』
『決まり。でも、そんな身体でアタシに勝てると思ってる? 前々から思ってたけどお前は頭おかしい。弱めてあるとはいえ、アタシの毒をくらいながらわざとホブの攻撃を受けるなんて。正気じゃない』
『私のことを言えた義理ではあるまい。貴様とて水中という不利な状況でウォーターワームと戦っているではないか。慣れない水中戦でダメージが蓄積してるのはわかっているぞ』
『……アレには入念に格の違いを教え込む必要がある。あれくらいのハンデがあって丁度いい』
『ふん。後続の育成に苦労してるのはお互い様か。まあいい。無駄話はこのくらいにしてさっさと始めるぞ』
『アタシが勝ったら御方のそばに控えるのを辞めろ。そんな資格ない』
『よかろう。私が勝ったら、そうだな。特に何も望まん。これからも精進を続けろ』
『むかつく。その余裕面引っぺがす』
『度重なる疑似的な死闘で私も進化の時が近い。精々私の良質な糧となれ』
『いく!』『いくぞ!』
互いのプライドを賭けて両者が激突する。
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