第21話 興奮

 ダンジョンワームに協力してもらって『委任』の大体の能力を把握したコアは、本格的に『委任』するためのモンスター選びをしていた。『委任』は強力な分、エネルギー消費量が高いし、その後も消費し続けるが、いざという時に使えませんでしたでは話にならない。より詳細にその能力を調べておく必要がある。


 幸いにも今はエネルギーが潤沢にあるので、委任個体を作る決断を下した。


「さて、そんなわけで委任を使う子なんだけど、まあ、既に大体決まっちゃってるよねえ。進化前の子に使っちゃうと試合に影響するし、自然と進化後の子に絞られる。そして今後も部屋から動かないであろうと思われる子って言ったらさ。この子ぐらいだよねえ」


 コアの視線の先にはコア特製の大きな泉の一番深い所、お気に入りの場所から動かないウォーターワームの姿があった。


「会話や意思の疎通が可能っていう点ではダンジョンワームやゴブ座衛門にしとくと検証が捗るんだけど、ダンジョンワームは特性を殺しちゃうし、ゴブ座衛門も何かあった時は動いてもらわないといけないからね。同じワームならダンジョンワームに通訳してもらえばいいし、万事問題なし! 決定!!」


 よーしやるぞ! と息巻いて水場にいるウォーターワームに『委任』を発動しようとすると、視界の端に白く輝く粒子が集まり出した。どうやら丁度スポーンのタイミングに重なったらしい。何気にスポーンというのは意図的に見ようとしても難しく、コアとしてもその回数は少なかった。キラキラしながら生命が誕生する瞬間を見届けるのは何度見ても良いものなので、コアは一旦手を止めて鑑賞に徹することにした。


(何気にこの部屋でスポーンするのって初めてか? このダンジョンって始めからそこそこの広さはあるからなあ。まだゴブリンの時間帯だったかな? ……あ……。生まれた瞬間に水浸し、いや、最悪死ぬ!! ヤバい、どうしよう!?)


 ゴブリンの身長は一メートル程しかない。そして今まさにスポーンしようとしているのは水深一メートル程の泉の上だ。冗談抜きで誕生即死の危険があった。コアは急いで何とかしようとするが間に合わない。スポーン現象は意外と時間が短いのだ。


 あたふたするコアを嘲笑うかのようにスポーンが完了し、泉の中にドボンとモンスターが沈み込む。その瞬間、コアは少しの違和感を覚えた。


「ん? あれ? 今なんか違ったような……」


 本来であれば、泉にモンスターが落ちるまでの一瞬、見えるべきものはゴブリンの緑色であるはずなのに、なんだか青っぽい色が見えた気がしたのだ。確かに前世では緑を青と称したりするものもあったがそういうことではない。頭に疑問符が浮かぶが今はそれどころではないと思い出して確認を急ごうとした時、水面が盛り上がったかと思うとそいつは現れた。


 一言で言えば魚、だろうか。水面に出ているのは魚の上半分で、まん丸お目目が確認できる。天辺にある白っぽいヒレを含めれば、水深と合わせて高さは一メートル五十センチ程だろうか。全体的に青と水色の中間のような色をした楕円形のフォルムをしており、淡く照らし出されている水面の光が鱗に反射してなんとも艶めかしい。


「………………」


 展開についていけないコアを差し置いて謎の魚はゆっくりと移動を始める。スポーンしたモンスターはとりあえず集合するように指示が出ているのでそれに従っているのだ。緩やかな傾斜になっている泉の底を上っていくと段々とその全容が明らかになってきた。


 まず、魚に腕が付いていた。細すぎず太すぎない腕もやはり鱗に覆われていて、関節部分は細かい鱗が複雑に組み合っておりその動きを邪魔することはない。四本の指をした手には黒っぽい色をした材質のわからない三又の槍を所持している。泉の端までくるとヌッと水面から脚が出てきて地面を踏みしめる。脚もまた鱗で覆われていて四本の指であることは腕と一緒だが、足には水かきが見て取れた。


 謎の魚の全体像が明らかになる。一目見た印象としては、ヌーンとしている、と言ったところか。まん丸お目目と開きっぱなしの口が何とも締まらない雰囲気を醸し出している。


 新しいモンスターが出現した。その事実にいつものコアだったら大騒ぎするところなのだが、あまりの展開とヌーンとした雰囲気に目が点になってしまっている。しかしそこはコア。再起動は早かった。


「取りあえず、わお!! と言っておこうか。でも待って、整理させてくれ。えー、ゴブリンがスポーンしたと思ったら違うモンスターだった。本来ならこの時間帯はゴブリンしかスポーンしない。今は宵の間ではない。冒険者たちもさっきまでダンジョンにいたからな。うん、要するにだ。新モンスター出現の原因がわかりませんってことだな! 何だまとめると実にシンプルじゃないかハッハッハ。今は新モンスターを迎えられたことを喜ぼうか! やったぜ!!」


 いくら新モンスターである謎の魚がヌーンとしているからといって、今回起きた事象の重大さは変わらない。コアも少しずつその事実が頭に染み込んできた。


「さて、新しいモンスターは『サハギン』か。慣れてくるとキュートに感じる部分も……いや、考えろ。戦闘中はあの顔のまま槍で貫いてこようとするのか? ……こわっ。ホラー級の恐怖を感じること間違いなしだろ! 夢に出てくるレベルだわ。というか武器!! そうだ武器だよ! 始めから武器持ってるのはサハギンが初めてだな! 見た目はちょっとアレだけど、貴重な戦力になりそうだぜ!」


 サハギンの雰囲気にのまれて大事なことをスルーしそうになってしまったが重要なことだ。武器を持ってるということはそれだけで戦闘力アップに期待できるし、武器を扱う程度の知能を有しているということでもある。頭が良い生物ほど手強くなるのが普通だ。そういった意味でもサハギンは有望といえる。


「そして、どうしてサハギンがスポーンしたかだが。なんだろうな。直近の変化としてはエネルギーの大量獲得。それによってダンジョンが成長して変化が起きた……? あのアイテムの中に特殊な物があったとか。……駄目だな、視点を変えるか。どうしてスポーンしたのがサハギンだったのか。ん、今、何か引っかかったな。スポーンモンスターが決まる法則はランダムだと思っていたがそうではない? 思えば、水場にスポーンしたのが水生生物であるサハギンって都合が良すぎないか。だとしたら……、そうだ、召喚!!」


 コアはハッとして召喚を発動させる。そこにはゴブリンの他にサハギンが追加されていた。モンスターの種類が増えたことについ喜びそうになってしまうが、後回しにしてサハギンを選択する。


 するとサハギンを召喚する場所を選択するのだが、その場所は水場しかなかった。他の広場に召喚することはできなかったのだ。同様にゴブリンも水場に召喚することはできなかった。まさかという思いがコアによぎる。コアの考えている通りなら、とんでもないことを発見したことになる。


「こ、これってつまり、つまりだ。モンスターの種類の増やし方。ダンジョンの広場を、罠設置とか使って、テーマに沿った改造、装飾を施して、それをダンジョンに認められると名前が変わる。そして、名前が変わった広場にモンスターがスポーンすると、増えていくのか……? 少なくとも、前回の宵の間からゴブリンに変わるタイミングまで、召喚モンスターにサハギンはいなかった。そして水場にモンスターがスポーンしたのも今回が初めてのはずだ。溺れてモンスターが死んだなんて記憶にないからな……。そうなのか? だとしたら……ククククックク、ハッハッハッハッハッハッハ、ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」


 狂ったような笑い声がダンジョンに木霊する。この感情を何と呼んだらよいのかコアには最早わからなかった。内から次から次へと溢れ出る衝動は決壊したダムの如く。その流れを止めることなどできない。ダンジョン内に冒険者たちがいなかったことが救いだろう。いたら確実に異常に気付かれていたはずだ。それほどまでに狂喜に染まるコアを、やはりゴブ座衛門は微笑ましく見ていた。


「試されている!! 俺のダンジョン愛がッ! 無限の可能性を持つダンジョンに!! その未知を引き出してみせよと! 俺に語り掛けている!! 最高だ! こんなに楽しいことなんかない! なんという誉れか。なんて偉大な存在か!! 俺の持つ最大限の力と知識をぶつけてもなお解き明かせぬその奥深さ! これがダンジョンだッ!! ダンジョンを好きになってよかった! 本当によかったあ!!」


 思いの丈を叫ぶだけ叫ぶと大分スッキリしたのか、清々しそうにしているコア。心なしか若干キラキラしているようにも見える。


「モンスターを増やすにはダンジョンに認められる必要がある。これは燃えるな。気合が入らないわけがないじゃないか。ダンジョンの景観にもバッチリ力を入れていかないとな! そのためには拡充と罠設置を如何に創意工夫を凝らして使っていけるかに掛かっている。そして気付く力も大切か。本当に今の能力について理解できているかどうか、今一度確かめる必要があるかもな」


 元々ダンジョンの景観にはこだわり抜くつもりだったコアとしてはおあつらえ向きなシステムだと言える。自分がやりたいからそうしているだけなのに、立派なものができたら褒美がもらえるのと同じだ。しかもその褒美がコアが一番欲しがっているものとくればもう何も言うことはない。


「水場の通常スポーンがサハギンだから、宵の間のモンスターが別にいるわけだよな。まあ一種類の場合もあるようだが、ランダムでモンスターが決まっているとしたら種類が被る確率は低いだろう。つまり一つの新しい広場が認められる度に二種類のモンスターが期待できるってことだ。いやあ、楽しみですなあー」


 では早速この喜びの感情のまま広場の改造を、といきたいところだがそうもいかない。広場の改造にはどうしたってエネルギーを使う。そして今ある罠は落とし穴と泉だけ。正直、散々試して収穫無しという結果は普通に有り得る。まだ見ぬモンスターは魅力的だが、ダンジョンを管理する身としてはそこだけを重視するわけにはいかなかった。


「そしてサハギン、最初っからエネルギー吸ってるんだよなあ。こういうこともあるから新モンスターを出現させる時は注意が必要なんだな。あっちを立てればこっちが立たない。全く。すげえバランスしてるよダンジョンは! アッハッハッハ!」


 ダンジョンに相応しい管理者かどうか試すようなバランスで成り立っているダンジョンにコアは感服し、楽しくなってしまって笑う。キツイ条件があろうともそれがダンジョンに関してのことであれば苦にはならない。むしろ自分の力がどこまで通じるか喜々として挑戦するだろう。


 今まで幻想に過ぎなかったダンジョンにすら人生を捧げてきたのだ。今コアは最高に楽しんでいた。


「よし。新モンスターは水場の宵の間モンスターに期待して我慢するか。一つしか場所がないからいつ見れるかわからないけどな! じゃあサハギン君の戦力確認、いってみますかっ」


 サハギンを一体召喚し、恒例となっている試合に移っていく。ダンジョン内にはサハギンの予想外の活躍に興奮するコアの歓声が響くのだった。

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