ここから見える君たちは

やっぱりピンク

ここから見える君たちは

僕は高校に入ってからずっと、二階の端にある音楽室のベランダからみんなを見ているが、誰かから見られたことはない。きっと自分のことしか考えられないくらい、忙しなく生きているのだろう。


 今日は良い天気だ。青空が広がってるわけじゃないけど。青の上を白い雲が泳いでるくらいの感じ。太陽に光をもらっているのは僕たちだけど、雲もあったかそうだ。まだやっぱり冷たい風も、これから夏に向かうことが分かってるから気持ちいい。グラウンドからのいつもより小さめの声は、鳥のさえずりみたい。

「秀人くん、今日は何部がやってるの?」

音楽室にはなぜか、カウンセラーの先生がいる。身長は女の人の中では高めで、茶髪で髪を巻いてて、ヘアゴムはしてない。肌は白い。まぁたぶん綺麗な美人先生。モテるだろうな。ちなみに独身。30代前半くらいかな。聞いたことないけど。

「サッカー部とその周りのトラックで陸上部がやってます。他の部は休みみたいです。」

先生に背中を向けて言うのは失礼だと思うけど、まぁいっか、後から来たのは先生だし。

「月曜日だからね。週末はだいたい試合だから、月曜は休みなんだわ。」

六花学園高校。僕が通う高校。県内でも上位の学力を持ってる人が入ってくる。僕はなんとなく家が近かったから入学した。この高校は真面目な人が多いから、だいたいの人は部活をしている。県大会とかコンクールとか表彰状とかトロフィーは校舎にたくさん飾ってある。

それにしても、なんか気持ち悪い。吐きそうとかむかつくとかそういうことじゃなくて。この二年と一ヶ月、放課後は僕しかいなかった音楽室、正確に言うとベランダだけど、そこに人が、しかもカウンセラーの先生がなんでいるのか、ちょっと気になる。

「加藤先生って、いや、なんで、カウンセラーの先生が音楽室にいるんですか。」

陸上部がアップでトラックをゆっくり走り始めた。体育のアップよりちょっとゆっくり。

とても綺麗な名前をお母さんとお父さんにもらった加藤美紀先生は、今年の四月から六花学園高校のカウンセラーになった。去年までは、一階にある職員室の隣の狭い部屋が相談室だったけど、加藤先生が来てから、放課後の音楽室が相談室になった。名前も変わった、「美紀の部屋」。

「あの部屋が狭いからよ。あんなところじゃみんなとおしゃべりできないわ。ここは広いし、木の良い香りもするし、気持ち良い風が吹く。だから秀人くんも好きなんでしょ。」

たしかに、あの部屋は狭い。壁も白いし、対面で机を挟んで椅子が並んでるし、今からカウンセリングの時間ですっていう感じがすごいする。

「はい。僕はここが好きです。入学してから、ずっと。」

「それにね。人間っていうのは誰でも痛みを持ってるし、君たち若い子はちゃんと痛む心を持ってる。でも、君たちはずっと歩こうとするからね、二階にあるこの場所にのぼって、ちょっと地球から離れてほしいのよ。」

先生はオレンジ色の哺乳瓶みたいな形の水筒に入った飲み物を飲んで、ちょっとトイレ行ってくるわね、と言って歩いて行った。

でもここだけの話、この部屋に相談者が現れたことはない。結構教室で加藤先生が美人ってことは話題になるのに。やっぱり悩みがないってことかな。

サッカー部がロンドを始めた。通称とりかご。ん、どっちが通称だろ。いじめみたい。みんなで周りを囲んで真ん中の鬼を振り回す。かわいそう。それをいじめっ子もいじめられっ子も楽しそうにやってるから、余計に怖い。そんなに世界は狭くないよー、って言いたい。

加藤先生が戻ってきた。

「進路希望調査出してないんだって?秀人くん。さっき職員室で聞いたわよ。」

あ、ばれた。

「はい。まだ出してません。一応、大学には行こうと思ってますけど。」

親には、自分がやりたいことをすれば良いって言われる。良い親なんだろうな。それなりに勉強はできるから、他の人よりは選択肢がある。そのせいでちょっと悩む。何かを選ぶってことは、その他を切り捨てるってことだから、僕にはちょっと寂しい。

「そうね。大学って言うのは良い場所よ。かわいい女の子もたくさんいるしね。まだ悩んでるの?」

「はい、学部とかどこの大学とか。決められないです。」

「秀人くんも悩むんだね。もう少し、担任の先生も待ってくれるみたいだか、考えてみて。」

先生も良い人たちなのかな。他の学校に比べて。

時計を見たら、針が五時になりたそうにしてたから、今日は帰ろ。教室の中に入って、窓を閉めて、ちゃんと鍵も閉めた。まぁ二階だから、登ってこれた人がいたら素直に褒めてあげるけど。じゃあ帰ります、って言って首をちょっと曲げた。

「秀人くん、綺麗なお姉さんからのアドバイスだから覚えてて。人生って案外長いから、今日くらい帰ってお昼寝しても時間は怒ったりしないわよ。」

いつもは勉強するけど、今日は帰ったら寝よかな。あ、六時になったらテレビ見よかな。あんまり面白くない芸人がロケやってるのとか。まだあのコンビがやってるのかな。あの人たち、スベってばっかりだったけど、売れてゴールデン行ったかな。


 次の日の放課後、「美紀の部屋」に初めての来客が来た。僕もちょっとは気になったから、振り返ってみた。

僕と着てる制服が違うから、一葉の人かな。日にも焼けてるし。あ、僕の学校、ちょっと変わってて、同じ敷地にもう一個高校がある。六花学園高校は普通科で、一葉農業高校はまぁ農業です。あ、読み方は、りっかといちよう。生徒数もこっちと比べたら少ない。結構少ない。畑とかで作業してるらしい。僕が見てるグラウンドと反対の方にある。敷地が同じで校舎は別。いろんなとこでなるべく生徒同士が出会わないようにしてるっぽい。

「おめでと。あなたが最初の来客者ですよ、つむぎちゃん。」

艶のある黒い髪をお団子にして後ろに乗っけた彼女は、少しだけ顔が疲れてる感じがした。

「やっぱり六花の方に私は入らない方が…。」

一応、一部の教室は共用ってことになってるけど、ほとんど行き来はない。学力差とか、そーいうのが理由だと思う。たぶん、散歩好きの先生がどこかで捕まえてきたんだろな。

「そんなことないよ。ほら、私に仕事を与えてあげたと思って、話聞かせて。ね?」

あ、はい。と言うと、彼女は僕を見てきた。え?なに?あ、いや、悩みとかあるんだから邪魔ですよね。はい。

「あ、僕出ま…」

「あー、彼優しくて良い子だからあんまり気にしないで。グラウンド見てるだけだから。」

やられた。これはまずい。悩みは人に言いたいだろうけど、たぶん相手は僕じゃないほうがいいのに。

「わかりました。美紀先生が言うなら安心です。私、麦山紬って言います。初めまして。」

女子高生ってこんな声、っていう感じの声。でも、尖ってなくて聞きやすい。ちょっといろいろ焦ったけど、自己紹介くらい僕にだってできる。十七年人間やってきたからそのくらいできる。楽に生きてきたわけじゃない。

「早崎秀人です。初めまして。あ、邪魔だったら消えるんで、言ってください。」

今言ってくれてもいいんだけど。

「いえ全く。こちらこそ、聞きたくなかったらごめんなさい。」

礼儀正しい。普通は男子に悩みとか聞かれたくないものじゃないのかな。一応、とりあえず、お決まりの首曲げだけしとこ。

「じゃあ、とりあえず、今話したいこと話してみて。」

先生が、椅子のコロコロを転がして、彼女の隣に行った。

やっぱりカウンセラーだ、とその時思った。人は、悩んでることとかマイナスな話を、向かい合うと言いにくいらしい。反対に、嬉しいこととかは、向かい合って目を見て話すと良いらしい。

「あ、はい。私、ちょっと前まで彼氏いたんですけど、別れちゃって。彼のことを引きずってるとかじゃなくて、彼が別れたいって言った理由がちょっと引っかかってて。」

先生はあいづちを挟むことなく、頷きながら彼女の話を聞いてる。その距離感相談相手が男子でもやるのかな、近い。見すぎるのもダメだと思ってグラウンドを見る。

サッカー部は今日は走りっぽい。トラックの内側を一人一人が静かに走ってる。

「彼はもうちょっと、私と、から、だで、関わりたかったみたいなんです。キ、スとか、ハグ、まぁあれ、とか…。」

聞いちゃいけないことだと思うけど、聞いちゃった。一応男子だよー。邪魔って言ってほしいな。グラウンド見てるだけでまだ良かったけど。セーフ。

「でも私、あんまりそういうの得意じゃなくて。体もこんな感じだし。私が違ったのかなって思って。」

確かに、細い体だった気がする。けど、君は悪くないと思うな。

「話してくれてありがとね。今からは私の考えを話すから、とりあえず聞いてね。まず、間違ってるとかで言うと、紬ちゃんは何も間違ってない。恋愛の傾向としてね、男の子は直接的な関係、まぁ体とかの関わりを持つことで、愛情を感じるの。でも女の子は、言葉とかそういうところに愛情を感じる。だから、男の子と女の子で違ってくるのは当たり前のことなの。だから、彼も紬ちゃんも、悪くはないの。」

保健の授業で習った気がする。男女の恋愛観は違う。

「じゃあ、恋愛ってやっぱりうまくいかないんですか。」

そうですね、って加藤先生は言うのかな。

「紬ちゃんは、彼に別れ話をされた時、どう思った?」

「え、私は嫌でした。彼にも言いました。でも、どうしてもって、話聞いてくれなくて。」

「そう。うまくいかない恋愛の方が多いのよ。初恋の人と結婚して、一生を生きていく人なんてほとんどいないわ。うまくいかないことを分かってて、それでも、恋をして、愛を探すのが人間っていう生き物だと私は思うわ。紬ちゃんも彼も、この恋愛が経験になって、また素敵な恋ができるといいわね。」

鼻をすする音が聞こえた。振り返ってはないけど、たぶん彼女だと思う。

グラウンドでは、一番にゴールした人が、よっしゃー!って、笑いながら叫んでた。他の人もなんとか足を回してる。二番目の人とか、ゴールした人たちはハイタッチしてる。しんどいはずなのに、頑張ってる、笑ってる。気持ち悪い。人間はやっぱり面白い生き物だと思った。

それからしばらく、試合形式の練習を見てた。見てると案外面白くて、全部見た。結果は全然覚えてないけど。

ジュース飲みたいなぁと思って教室を出ることにした。ここの学校自販機の品揃え悪い。校長室にクレーム入れないと。

悩みは話すべきって言うけど、本当だった。もう加藤先生と彼女は、向かい合ってお菓子を食べてた。

「秀人くんどこ行くの?」

「ジュース買いに行こうかなと思って。」

りょーかい、と言って先生は手を振ってくれた。手を振られても、なんて返事したらいいかわからない。先生に嫌われたかな。たぶんもう、手を振ったことも忘れてるだろな。

ん、そういえば、何食べてたっけ。オレオ?カントリーマウム?何色だっけ。まぁいっか。ジュース買ったらもらお。大人気加藤先生のことだから、職員室でたくさんもらったんだろーな。みんな人からいろんなものをもらってる。だから僕もお願いしてもらったらいっか。


 結局買ったのは冷たい麦茶。むだすぎる。横の野菜ジュースにしたらよかった。後悔。自販機の前まで行って、財布まで持って、帰るのは、なんか勝手に恥ずかしいから焦って買った。マクドとか行った時もだけど、パニックになってだいたいミスる。落ち着いたらそんなに忙しくないのに。

遠いけど屋上まで行くことにした。

吹奏楽部とか書道部とか合唱部とか放送部とか、放課後の校舎も結構おもしろい。というか、なんで吹部が音楽室使わないんだろ。吹部より先に僕が使ってたわけないし。普通の教室とか廊下の方がやりやすいってことなのかな。放送部がやってるラジオ、加藤先生がやったら人気番組できそう。次はなんの部屋かな。

屋上も結構来る。グラウンドの人は、小人に化けるけど、学校の外まで見える。緑が綺麗とか山がよく見えるとか、言ってみたいけど、俳優にでもならないと言えなそう。ま、そういう景色ってこと。屋上の地面は灰色のコンクリートで、周りは白いフェンス。僕はそういうキャラじゃないけど、飛ぼうと思ったら飛べる。羽がある人しかできないけど。羽がはえたから飛ぶのかな。羽がちぎられたから落ちるのかな。あんまり僕には分からないし、人とも話し合えなそう。

今日は珍しく、屋上に先客が。三学期くらいからあんまり来てなかったから、先輩の常連さんかな。来てしまったから帰るわけにもいかず、そのまま入店。男子っぽい。その人が寝ているベンチの横に座る。正確にはそこにしかベンチがなかった。なんで二つしかないのか。この状況って、何分経ったら帰っていい?話しかけないといけない?

「ん、秀人やん。なにしとん。」

寝転びながら顔だけこっち向けて関西弁は海くんの証。イケメンにしかできないんだろな。カッターシャツ姿で、上の方のボタンは外してる。ネクタイも緩めてる。きっとモテてる。

「自販機でジュース買おうと思ったけど、なんか麦茶買って落ち込んでる。」

「なんやそれ、わからんわ。ちょ、俺喉乾いてん。ちょうだいや。」

あげる。って言って渡すと、海くんはすぐに飲み干した。どうやって喉回転させたんだろ。それに、ペットボトルを捻って潰すのが上手だった。職人技。ん?海くんって。

「あれ、海くんってサッカー部じゃなかったっけ?」

「まぁいろいろあったんや。スルーしてや。」

小学校の時に引っ越してきた海くんとは、近所だったから僕の数少ない、というか唯一の友達。どっちでもいいけど。未だに変わらない関西弁が、当時から面白かった。サッカーが上手くて、ずっと活躍。

「秀人、なんか食うもん持ってへん?腹減ったわ。」

「持ってないけど、貰える人いるよ。」

もちろん加藤先生。女子生徒まだいるかもだけど、まぁ海くんだったらいいか。端っこにあった赤いゴミ箱に海くんは投げてペットボトルを捨てた。うますぎる。上に蓋がついてるタイプだから入ったけど、穴が違う感じについてたらどうなんだろ。またジュースあげよ。

校舎に入って、音楽室まで歩いた。僕が人から逃げるみたいに早足だから、海くんはめっちゃゆっくり歩いてる気がした。ん?あれ…。あ。なんとなく気付いたけど、確認したところでどうにかなったり、どうにかできることじゃないからまぁええか。うわ、関西弁がうつる。標準語の仲間のもとへ。


 音楽室に入ると、女子生徒はいなくなっていて、加藤先生がコーヒーを淹れていた。音楽室中に香ばしい匂いが充満していた。窓空いてるけど。机に置いてあったお菓子袋がなくなっていたから、食べ切ったかのかな。そうだったら女性って怖い。しかも今からコーヒー飲むんでしょ。

「おかえりー。お、そちらのイケメンはどなた?」

「お腹減ったらしくて、お菓子食べに来ました。」

こういうのは正直に言った方がいい。カウンセラーの先生もメンタリストみたいな気がするから。

「素直ね。分かりやすくていいわ。まぁ座ってお話ししましょうよ。いらっしゃい、美紀の部屋へ。」

僕はベランダに出ようとしたが、3人で食べましょうよ、って先生が譲らなかったので、仕方なく座った。海くんも一緒に食おーやーって言ってきたし。できるだけ黙っとこ。いろんな話をしたけど、クリーンなキャバクラとかスナックとかってこんな感じなのかなって、高校生に想像させる美紀の部屋は、まぁ恐ろしい。そのうち地下に追いやられる。それはそれでダメか。職員室の隣?それは一番ダメ。

「海くん彼女は?」

怖っ。さすが。

「おらへんかなー。あんまうまくいかへんくて。」

モテる男にも悩み事があるとは。ちょっと安心感。別に恋愛に興味はないけど。

「そう。海くんはかっこいいから、相手は美人じゃないとね。…って周りに言われない?」

「まぁそうですかねー。大体顔目的で来る人が多いかなー。」

なんか標準語っぽくなる。そういえば、関西の子供っておままごとの時は絶対標準語になるらしい。テレビとかの影響らしい。演じるスイッチが入って標準語になるって。海くんにまたやってもらお。

「かっこいい人には、女子の掟でかわいい子が近づくんだけどね。恋愛って、中身でやるものだから、外見で進む恋愛ってちょっと寂しい気がするのよね。恋愛だけじゃないかもね。見えないものはどうやっても見えないけど、中身も大事かもねぇ。」

「良いこと言いますやん。」

「最後の方は自分に刺さっちゃったわ。」

胸に手をあてて言った。

気づいたら教室が暗くなってきた。電気つけたほうがよさそう。2人が楽しんでるから僕がつけます。

「先生付き合ってやー!」

「まだだめよ。もっと大人にならないと。」

色っぽい。ジョークがドキドキするペアがジョーク言い合ったら焦るんだ。勉強になる。

「お、ナイス電気。ごめんなぁー、長話に付き合わせて。」

大丈夫大丈夫って答えてたら、廊下から足音がして、また近所の人が。

「うわめずらし。秀人と海が一緒とか。」

「たまたまやって。なっ?秀人。」

蘭ちゃんも近所。小学校の時とかは大体三人で帰ってた。ほとんど二人が話してたけど。ん、叫んでたって感じか。

「なになにぃ。秀人くんのガールフレンドぉー?」

いや違います!あ、言わないと否定できないか。

「噂通りだ。加藤先生きれー。いや二人とも!キャバクラから帰ってきなさいっ。特に退部やろーぅ!おばさんが早く連れて帰ってきてって言ってたんだからっ。」

凄いスピード。返事しないことで否定したのかな。いつも通りだからあんまり違和感ないけど。

「秀人は一緒に行かへん?」

久しぶりに3人で帰りたい気もするけど、このまま帰るのがなんとなく寂しいし、先に帰ってもらお。

「んー、もうちょっと学校いたいから先帰ってて。」

「俺ももうちょいおりたかってんけどなぁー。ばいばい先生。」

と言って海くんは歩いて行った。

蘭ちゃんは海くんの背中を叩いた。これも普通。

「紬ちゃんと別れたからって美人に甘えてんじゃないわよっ。」

えっ。加藤先生と僕は顔を見合わせて、笑ってしまった。

「世界は狭いものね。」と先生は微笑みながら言った。


 そろそろ帰りなさい、夜になると美人は変身するわよ。というパーフェクトなセクハラ発言を投げかけられた。帰らないわけにもいかないから子供は大人しく帰ろ。

「今日の美紀の部屋は大繁盛だったわね。忙しかったわ。」

と言いながら先生は飴を口に入れた。

「楽しかったです。人がよく見れて。」


 僕は明日もここに来る。別に綺麗で色っぽい先生に会いに来るわけじゃない。ただただグラウンドを見て、おまけに人生相談を盗み聞きして、人のことを勉強する。面白いことがあるわけじゃない。二階に登って、地球から離れて、忙しく生きてる人を見る。加藤先生とか、海くんとか蘭ちゃんみたいに器用じゃないから、僕は自分に全力にはなれないし、他人にも全力になれない。でも僕は人間が好きだし、知りたいし、繋がっていたいと思う。これが僕の人間らしさでもあるし、明日も学校に来る理由でもある。だから、僕は明日もここに来る。


「先生、また明日。」








 

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