第188話 姉の代わりにVTuber 188
◇ ◇ ◇ ◇
日曜の文化祭練習、準備から日が経ち、月曜の放課後、例も洩れず、穂高(ほだか)は本日も劇の練習に駆り出された。
学業が終わり、下校時間になってから一時間が経過していた。
(――長い………………)
穂高は、相変わらずの練習に、不満を抱いていた。
佐伯と約束した事もあり、あまり文化祭に、春奈の時間を割かせたくなく、現状をよく思ってなかった。
「――え、えっと、もう今日は終わりにしない??」
通しの練習をしていた最中、穂高は劇の練習に集まった生徒全員に聞こえるよう、そう告げた。
穂高の発言に、一同は驚いた表情を浮かべ、中でも春奈は珍しそうに、穂高を見つめていた。
穂高のこのような提案は初めてであった為、劇の練習を取りまとめる生徒は一瞬反応に遅れたが、穂高の言葉を認識すると、すぐさま返事を返した。
「駄目。
纏まってきてはいるけど、今、休んでるメンツが多いし、その人達をバックアップする為にも、出ている人たちは完璧にしないと……。
復帰したらその人達に付きっきりになるわけだから」
余所行きな声で、気遣うように声を掛けた穂高の提案は、すぐに却下された。
しかし、穂高は引き下がる事は無かった。
「――じゃあ、全体練習で完璧に出来る人は、上がらせようよ?
これからより付き合わせる事になるんだから、今くらいはさ? 楽させるじゃないけど」
引き下がらない穂高に、苛立ちを感じたのか、まとめ役の生徒はムッとした表情を浮かべる。
「それじゃ、全体練習にならないじゃない。
劇は役と役の掛け合いなんだか…………」
「掛け合いなのは重々承知だよ。
でも、この全体練習って、最初から通しでやる練習多すぎじゃないかな?
主役である、春奈なんかは一人で演技する事も多いわけだし、そこをこの練習でやる意味は無いんじゃない?
そこを省けばもっと、皆で合わせる部分も練習できるわけだし。」
「省くのは無理、出来栄えを確認するのも踏まえてるから」
穂高は、今まで練習方法に口出すことは無かったが、状況が変わった為、今までの練習方法に関しても意見を言った。
しかし、穂高の意見は認められることは無く、きっぱりと否定された。
そして、このまとめ役の一言で、穂高も怒りが少しだけ耐えきれなくなる。
「出来栄えの確認って必要かな?
少なくとも、俺と春奈の掛け合いの所に関しては、指摘も無いし、ソロパートも無いよね?
時間を喰うだけだと思うんだけど……」
クラスでは大人しい穂高が、ここまで食って掛かるは珍しく、少し口論になりつつある二人の、その周りの生徒達は、ソワソワとし始める。
「それがどうして完璧な人が、もう上がっていい理由になるの?
まだ、自信の無い人、出来ない人がいるわけだから、出来るようになるまで、全員で協力しようっては無いでしょ??」
まとめ役の女子生徒は既に、キレかかっている雰囲気があり、口調はトゲトゲしかった。
女子生徒の言い分は、もっともな部分もあり、劇を成功させるという目的にとっては、理に適う所があった。
しかし、穂高は劇の成功、失敗はもはやどうでもよく、いかに早く、この練習から春奈を上がらせるか、その事しか頭に無かった。
「出来る出来ないは、復帰組が来た時に、纏めて練習すれば良いんじゃない?
それまでは個人練習で制度を高めて貰って……」
「天ケ瀬君、早く帰りたいの?」
穂高は自分の意見を言っている最中、女子生徒にそれを遮られた。
そして、その瞬間、穂高の堪忍袋の緒が切れた。
「誰しもが早く帰りたいだろ?
――第一、後から代役で入った俺が出来て、本番演じる奴がどうしてまだ出来ないんだ??」
「ほ、穂高君ッ……!?」
穂高は、武志(たけし)や春奈と話すような口調に変わり、明らかに女子生徒を睨んでいた。
そんな穂高の豹変に、春奈は心配そうに声を漏らした。
「そ、それは、自分勝手じゃん!
出来が遅い早いは、人それぞれだし、皆で協力する事でカバーしていけば……」
「学生の学芸会で何言ってんだ?
こんなのは、ただ個人で時間を割いてるか、割いてないかの違いだけだ。
高3で受験も控えてる状況だから、自主練を強制は出来ないが、だからってしてる奴の時間まで奪うなって話だ」
穂高は、手段を選ぶ事を辞め、自分が悪役回ろうとも、目的を達する為には、引き下がらなかった。
「――――わ、私jは、良いものを作ろうと……」
凄まれるとは思わなかった人物から、強い口調で言われた事で、纏め役の女子生徒は面を食らい、瞳が潤み始めた。
「お、おいッ、穂高、落ち着けって」
教室で起こった出来事であったため、穂高達はしだいに注目を集めており、ヒートアップしだした事で、楠木 彰(くすのき あきら)が仲裁に入った。
彰に庇われた事で、安心したのか、穂高に恐怖を感じていたのか、纏め役の女子生徒は涙を零し、周りから同情される事で、余計に泣き出してしまった。
劇の練習の中で、穂高と同じことを思う生徒もいたが、この教室の雰囲気では完全に、穂高は悪役であり、穂高の嫌いな悪目立ちをしてしまっていた。
「悪い。
お前も、こんな状況の中、まとめ役を任されて、一生懸命やってたんだよな。
お前に対して、強く言う事じゃ無かったな」
穂高は、手段を選ばないとはいえ、本来攻めるべきではない相手に、強く言い過ぎたと謝罪した。
そして、事績に置いてあったカバンを取り、一人先に教室を後にした。
普段の穂高の様子からは、想像も付かない様子に、戸惑う生徒や、少し強引かつ、結果的に一人の女子生徒を泣かせた、穂高を悪く言う生徒がいた。
大貫(おおぬき)の代役という重要な役割の穂高が抜けた事と、トラブルもあった事から、その日の練習はいつもよりも早く切り上げられ、春奈は結果的に早く下校できる事になった。
騒然とする教室の中、一足先に出て行った穂高を追うように、愛葉 聖奈(あいば せな)は急いで教室から出ていき、茫然とする春奈に、友人の瑠衣(るい)が駆け寄る。
「――あ、天ケ瀬(あまがせ)君、どうしちゃったの??」
「え……? わ、分からない…………」
春奈は瑠衣の質問に受け答えながら、穂高の出て行った方向を茫然と見つめた。
「は、ハルも追いかけないとッ!」
聖奈が追ったのを見て、瑠衣は春奈にそう呼びかけるが、春奈は一瞬、ハッとした様子を見せた後、追いかけようと考えるが、その行動は取れないとすぐに思い知らされる。
「無理、追いかけられない……」
「え……?」
悲しそうな表情を浮かべ、そう答える春奈に、瑠衣は困惑した表情を浮かべた。
「――――ごめん、瑠衣、私ももう帰らないと……」
「ちょ、ちょ、ハルッ!?」
瑠衣の制止を振り切り、春奈は瑠衣に一言告げると、自分の鞄を持ち、教室を出て行った。
「――――ハル……。
どうしちゃったのよ、二人共……」
瑠衣は、自分から離れて行く春奈を見つめながらそう呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます