第85話 姉の代わりにVTuber 85


 ◇ ◇ ◇ ◇


東橘(ひがしたちばな)総合病院。


「――元気か~~?」


穂高(ほだか)は、姉である美絆(みき)の病室へと訪れると、部屋で横になる美絆に声を掛けた。


「有り余ってた元気も失せる程、暇疲れしてるよ」


カーテンで仕切られた美絆のスペースに、穂高が入ってきたことに気付くと、美絆は暇そうに、悪態を付くようにして穂高の言葉に答えた。


「疲れてんのか? まぁ、疲れてくれてる方が、変な気起こさなそうだから、佐伯(さえき)さんも俺も安心だけど……」


「おいおい、穂高…………。

それが退屈そうな病人に掛ける言葉かね……?」


「はいはい。

着替え、またここ入れとくぞ?」


美絆の悪態を穂高は軽く流し、今日訪れた最大の目的を、すぐさま行い始める。


「――あ、そういえば、昨日のリムの配信見たか?

六期生のコラボの奴」


「見た見た! 面白かったね!!」


「はぁ~~……、面白かったねじゃねぇよ……。

一般視聴者みたいな事、聞きたいわけじゃないから」


あまりにも見当はずれな感想に、穂高は思わずため息を漏らし、呆れた様に続けて話した。


「どうだった? その……、俺がいなかった期間の話題とかだったろ? ほとんどが……。

一応、備えてはいるから変な事は言ってないかと思うんだけど」


「んん~~? まぁ、まんまアタシだったし大丈夫じゃない??

――とゆうか、もう成り替わって数か月経つんだよ? 今更、心配するような事、起こらないでしょ~~」


「――自分のキャラクターだろ……。 もうちょっとなんか、危機感とかないのか……?」


少し不安げな穂高に対して、美絆はまるで心配していない様子で、携帯を弄りながら答えた。


そんな美絆の様子を見て。穂高は増々、呆れかえり、ため息ばかりが零れた。


そして、そんな会話をしながらも、穂高は着替えと洗い物の衣類を纏め終わり、ようやく、美絆の隣にある椅子へ腰を降ろした。


「なぁ……、五期生の一周年記念って、今回限りしかないイベントじゃないか?

姉貴は、何かやりたい事とか、残したい事とかないの??」


穂高は腰を据え会話ができる環境になった事で、今日一番に、美絆に尋ねたかった事を尋ねた。


「――え? あ、まぁ……、やりたい事とか、無いわけじゃないけど……」


「俺に出来る限りの事であればしてやるぞ?

最近は余裕もあるわけだし」


穂高は美絆から視線を逸らさず、真剣な面持ちで尋ね、美絆は少し考えこんだ後、ゆっくりと答え始めた。


「――う~~ん、とりあえずは大丈夫。

五期生へのお祝いは、ジスコードでしてるしねッ!」


「ホントに良いのか……?」


「うん! 大丈夫!

ありがとッ! 穂高」


美絆がリムの配信を出来なくなって数か月、穂高は大きな美絆からの要望をまだ受けた事は無く、時折、自分が自由にやり過ぎていないかと、不安に感じることがあった。


そんな不安を感じる事もあり、穂高はここぞとばかりに、美絆がやりたい事、やって欲しい事を尋ねたが、美絆は特に要望を出すことなく、曇り気の無い笑顔できっぱりと、無いと答えた。


(――相変わらず読めねぇよなぁ~~。

遠慮してんのか、本当にそう思ってるのか……)


穂高は三度(みたび)、聞き直そうかとも思ったが、流石にしつこいかと思い留まり、美絆の言葉を呑む事にした。


そうして、リムに関して、何か要望が無い事が分かると、穂高はもう一つ、美絆に尋ねたい事を尋ね始める。


「――あ、そういや、少し話は変わるんだけどさ?

姉貴の『チューンコネクト』の二次試験……、面接試験ってどんなだった??」


「え? 何急に……。

穂高も『チューンコネクト』入るの?」


「ちげーよッ! その……、知り合いに目指してる人がいてさ。

一次の試験通ったんだと。

二次の試験、何か対策取れないかと考えててさ」


穂高の質問に、美絆は「ふ~~ん」と興味深そうに穂高を見つめながら呟き、弄っていた携帯から、完全に穂高へと興味は移っていた。


「まぁ、二次試験の内容を教えてもいいけどさ……。

それを穂高が知っても、その子にアドバイス出来ないでしょ?

『チューンコネクト』の関係者ってバレるわけにもいかないし」


「う~~ん、まぁ、そこは何とか誤魔化せるだろ?

ネットで経験者見つけたとか、ブラフとか挟めば」


「――まぁ~~ねぇ~~、やりようはありそうだけど……。

でも、なんでそんな面倒な事を穂高が??」


穂高の聞きたい質問から話題はどんどんと逸脱していき、穂高はそれに気付きながらも、淡々と美絆の言葉に答えていく。


「色々あったとゆうか、なんとゆうか……。

まぁ、協力したいって気持ちが一番の理由だろうな」


「女の子?」


「『チューンコネクト』は女しかなれねぇだろ……」


穂高の言葉の合間合間に、美絆は意味し気な合図地を打ちながら、質問をしていく美絆は、楽し気だった。


何故かテンションが上がっていく美絆を見て、穂高は嫌な予感と、面倒臭さを感じながら、聞き事はまだ聞けていない為、素直に質問に答えていた。


「どんな子なの!?」


「うわッ! めんどくせぇ~~。

思ってた通りの展開になったわ」


「面倒じゃないでしょ! 盛り上がる話じゃない~~

学校の子でしょ? 可愛いの??」


穂高の予感していた状況になり、穂高は思わず口から本音が漏れ、面倒くさそうにしている穂高とは打って変わり、美絆は楽しそうに、明らかにテンションが高くなっていた。


「学校の子だよ……。

てか、姉貴も知ってるよ。

一時期協力してもらったろ? カグヤのストーカーの時に……」


「――――あ、あぁ~~ッ! そんなこともあったね!

え? その騒動に巻き込まれてた子なの??

あ……、でも、私、顔知らない……。 可愛いの??」


「可愛いんじゃないの? 学校じゃマドンナ的人気の人だし……。

まぁ、でもアイツは可愛いというより、凛々しい? カッコいい系? 美人系だと思うけど」


「えぇ~~~ッ!!! 会いたぁ~~~いッ!!

今度連れて来てよッ!」


「ふざけんな! 連れてくるわけねぇだろ!」


聞きたいことは結局聞けないまま、テンションの高い美絆に、終始振り回されている状況だった穂高は、強めに断ったが、美絆はそれでもまるで引く事は無かった。


「いいじゃ~~ん! あの件、私結構裏で動いてあげてたんだよ??

あの日は、カグヤにいつでも配信できるようにスタンバらせてたし?

夜型人間のカグヤをあの時間に起こしておくのは、大変なんだからねッ!?」


「知るか! リムの中身なんだからそれぐらい協力して当然だろ!

それに、それは俺への借りか?? おかしくないか?」


「穂高に頼まれたんだから、当然、穂高の借りでしょ??

――とゆうか、そうゆうの関係なく、姉弟なんだからそれくらいいいじゃ~~ん」


美絆のダル絡みは収まらず、穂高は今日何度目か、分からないため息を付く。


「はぁ~~……。

とにかくッ! 杉崎(すぎさき)は連れて来ることはないから」


「杉崎ちゃんか~~……。

下の名前は??」


「――もう、勘弁してくれ……」


穂高はその後も、美絆から激しい追及を受け続け、何とか春奈を呼ばなくても済んだものの、根掘り葉掘り、春奈の事を美絆に聞かれることになった。


そうして、一通り穂高から春奈の事を聞き、美絆は満足していた。


「――――なるほどねぇ~~。

四天王とも呼ばれるほどの人気者が、穂高をそこまで頼りにしてるとは……」


「別に頼りにされてるわけじゃないけどな。

協力はしてるけど……」


「いやいや、二次試験の話もするくらいには信頼されてるじゃん!

――――穂高も隅に置けんなぁ~~?」


美絆は満足しても、穂高をからかうような調子は変えず、穂高はそんな美絆を諦めていた。


そして、疲れ切った様子の穂高に、美絆は今まで様子とは少し違い、真面目な雰囲気を漂わせながら、質問を続ける。


「――穂高はさ~? その杉崎ちゃんの事、好きだったりするの??」


「――――は?」


からかう様子では無く、淡々とした様子で尋ねた美絆に、思わぬ事を聞かれ、穂高は思わず声を漏らし、一瞬だけ呆然とした表情を浮かべた。


そして、少しの間、二人の間に沈黙が流れ、少し間を置き、穂高は少しも動揺した様子を見せずに、飄々とした様子で答え始める。


「――考えた事もなかったな~~。

立場が違うし、有り得な過ぎて……」


穂高は容姿や性格の事では無く、スクールカーストに当てはめた際の立場で、春奈を好きになる事など考えた事も、想像も付く事は無く、そんな穂高の様子に、今度は美絆が大きなため息を付く。


「――はぁぁぁぁぁ~~~……。こりゃ前途多難だね……。

昔から、そうゆう事に疎いと思ったけど……。

もういっそ、男であるかどうかも疑わしいよ」


「何言ってんだ?」


美絆の言葉の意味は、当然穂高に伝わる事無く、穂高の様子に増々、美絆は呆れた様に落胆した。

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