第46話 姉の代わりにVTuber 46


穂高(ほだか)と春奈(はるな)は、当初の予定通り、春奈の撮った動画に対する意見の交換を終えると、話題は変わり、自分たちの身の回りの環境を主とした雑談へと移っていた。


取り留めの無い話題を春奈が、穂高に振る形で会話は続いていき、内容は将来の話題へと変わっていく。


「天ケ瀬(あまがせ)君はさぁ、将来の事とかもう考えてる?

天ケ瀬君頭いいもんね!

進学して、結構いいランクの大学でも目指してるの??」


「まぁ、もう三年だからな……。

決まってない事は無いけど、でもざっくりとしてるな。

とりあえず、大学には行く程度で、別に競争率厳しいところを目指してるわけでも無いぞ?」


「えぇ~~ッ!? そうなの?

――意外…………。

っとゆうか、勉強できるし、成績も優秀だから先生や親とかから、良い所目指せッ!とか言われたりしないの?」


「んん~~~、あんまないな……。

先生とかからは言われたりもしたけど、親はそもそも今、日本にいないしな……」


穂高の家庭の事情を知る者は少ないが、穂高自身も別に隠す程の事でも無かった為、春奈の質問には素直に答えた。


「えぇッ!? 今、お父さんとお母さん居ないのッ!?

じゃ、じゃあ、一人暮らし??」


「姉が一人いるな。

二人暮らしだ……」


穂高は余計な心配を掛けない為に、美絆(みき)の存在は伝えたが、入院している事は伏せた。


「へぇ~~、それはそれで、なんか楽しそうだねッ!」


「家事も分担制で面倒なだけだぞ?

早く母親だけでも帰ってきて欲しいよ……」


一人暮らしなどに憧れている為か、春奈は目をキラキラと輝かせながら穂高に話したが、穂高は面倒な現実を知っている為、春奈の意見には賛同できなかった。


「えぇ~~……、楽しそうなのに…………」


しかし、そんな穂高の言葉を聞いても、春奈は姉と二人で暮らす現状は楽し気に思え、呟くように答えた。


そんな自然の流れで発生する、他愛も無い会話を二人は話していると、不意に春奈は何かを感じた様に、足を止め、歩いてきた道を振り返った。


隣を歩いていた春奈が立ち止まった事に、穂高が気づかないはずも無く、春奈が振り向いた方向へと、穂高も少し遅れ気味に振り返った。


昨日も同じような事が起こり、同じように春奈の振り向いた先に、穂高は視線を飛ばしたが、そこには特に目を引くようなものは無く、今回も前回と同じように、気になるものは振り返った先には何も無かった。


「――――どうかしたか?」


穂高は今日色々な人と情報を交換し、何となく春奈が抱えている問題の一端を、見たような気がしていたが、それには確証は無く、素直に、立ち止まった春奈に対して、気遣う様に声を掛けた。


「え……? あ、あぁ、なんでもないよッ!

ちょっと、すれ違った人で見知った顔があったから、知り合いかな~~って……」


春奈は穂高に悟られないように、毅然といつもと変わらぬ様子で受け答えたが、穂高は、春奈がこちらに振り返った時に一瞬見えた、何かに怯えた表情を見逃さなかった。


(――どうしたもんか…………)


決定的な証拠は何一つないままだったが、穂高の抱いた憶測は何故か確信が持て、明らかに春奈は何かを隠しており、それが何なのか、穂高には何となく分かっていた。


ただ、デリケートな問題でもあり、同じ女子バスケ部の部員が、事情を知っていたような雰囲気も合わせて、春奈本人が何か対策を取っていないはずがなく、ここで自分が出しゃばるのは気が引ける部分もあった。


(確認だけはしとくか…………)


何事も無かったかのように、歩き始めた春奈に穂高は歩幅を合わせ歩き、漠然と色々と考えた結果、安全の確認だけはしようと心を決めた。


「――――なぁ? 杉崎。

今日、ちょっと時間あるか??」


「あ、うん……、特に用事とかは無いけど……?」


急な穂高の誘い文句のような言葉に、春奈は少し驚いたような、困惑したような表情を浮かべたが、素直に穂高の質問に答えた。


「そ……。 ならさ、ちょっと行きたい喫茶店あるんだけどいいか?

男一人だと入りずらいとこでさ」


「え? えぇ?? あ……、いや、まぁ……、私は全然問題ないけど……。

――その……、二人で? 大丈夫??」


(ん? 噂になる事を俺が嫌がってたから、気にしてんのか??)


妙にキョドったような、いつもの春奈らしくない歯切れの悪い返答に、穂高は何となく察し、噂になる以上に確認したい事もあった為、少し粘り強く、強引にお店に続けて誘う。


「じゃあ、決定だな!

行きたい喫茶店は有名ではあるけど、メジャーとは言い難い穴場スポットだから、多分、一緒にいられる所も見られないと思うぞ?

それに、女子同士の来店ならあるかもしれないけど、男だけなら興味があってもまず近寄れないから。

雰囲気的に……」


「――そ、そうなんだ…………。

そうゆうことなら別に、問題も無いね」


穂高の気遣いが功を奏したのか、少し歯切れの悪かった春奈の物言いも、普段通りなものへと戻っていき、春奈は穂高の提案を受け入れ、二人でその店へと向かう事になった。


◇ ◇ ◇ ◇


喫茶店 Polaris(ポラリス)


春奈は穂高に連れられるがまま、目的の喫茶店へと訪れていた。


「Polaris(ポラリス)…………。

ここかぁ~~……、確かにここは男子一人じゃ入れないだろうね」


オシャレな店を前に、春奈は苦笑いを浮かべながら、穂高が一人で来れなかった理由を察した。


春奈の口ぶりは、目の前の喫茶店を知っているような口ぶりであり、穂高の言ったように、polaris(ポラリス)は有名な喫茶店であり、桜木高校の生徒でも訪れた事のある生徒は沢山いた。


「やっぱり、女子は知ってるか。

有名だもんなここ……」


「有名だねぇ~~、特に地元民には……。

――まぁ、私も数回しか来たことは無いんだけどね……。

ほら、ここ……ってさ、女子も入りずらい雰囲気……、少しあるからさ」


春奈はそう呟きながら、既に喫茶店に訪れているお客へと視線を向ける。


polaris(ポラリス)は有名な喫茶店で、風貌がオシャレな事から、女性を中心に人気であったが、高い女性人気から、彼女を喜ばせる為に連れていく男性が増え、いつしかカップル御用達の喫茶店のようになってしまっていた。


そのため、以前であれば女性数人のグループで、喫茶店に訪れるお客も多かったが、カップルの多さに、足が少しだけ遠のいているのも事実だった。


「――でも、なんで天ケ瀬(あまがせ)君がここに?

あんまり、こういう喫茶店とかに興味無さそうなのに……」


「前に一回だけ来たことがあってな。

スイーツも上手かったけど、一緒に出された苦いコーヒーがもう一度飲んでみたくて」


穂高がこの喫茶店を選んだ理由は別にあったが、もう一度訪れたかったのも事実であった為、ぼかしながら春奈の質問に答えた。


「――前に一回…………、そうなんだ……」


穂高の言葉に何かが引っ掛かったように、春奈は小さく意味深に呟き、穂高はそんな春奈の行動に気づきはしたが、特にそれに関して、深堀して考える事も無く、「入ろう」と一言、春奈に伝えると、喫茶店へと向かって歩いていった。


「なんか……、久しぶりだなぁ~~、polaris(ポラリス)……。

――あ、案の定……。

周り、カップルだらけだね?」


お店の外からでは確認できなかった席ですら、カップルで埋まっており、春奈は妙な居心地の悪さを感じ、乾いた笑みを浮かべながら話した。


「まぁ、お店の外から見ても男女のカップルばっかだったからな~~。

――――でも、別にそこまで居心地悪く感じる必要も無いんじゃないか?

杉崎と俺とじゃ釣り合いは取れてないけど、一見そう見えなくもないだろ??」


「――――え? えぇッ!?」


「いや、悪い……、冗談だ。

ただ、気を使ってるように見えたからそう言っただけだから……。

あんまり、深い意味に捉えないでくれ……」


場を和ませる意味でも、気を使って穂高は答えたつもりだったが、思った以上に春奈に驚かれてしまった事により、穂高は弁明し、これからも交流がありそうな相手に、気持ち悪がられ、関係の悪化も想像が付いた為、すぐに謝罪した。


「え……? あ、いや……、うん……。

天ケ瀬君って、偶にビックリするような事を言うよね」


「彰(あきら)達と話すときの癖で、いらん事言ってしまった」


「――あ、いや、別にそこまで嫌じゃないし、だ、大丈夫だよ……。

うん……大丈夫…………」


気を使わせまいとした発言で、逆にぎくしゃくした雰囲気になってしまい、穂高は軽率な発言を心底後悔した。


そして、ぎくしゃくから二人の間に、少しの間会話は無く、注文した料理を静かに待つ時間が訪れた。


(や、ヤバい……、変な空気にしちまった……。

これじゃ、ただ喫茶店に来て、スイーツ食ってコーヒー飲んで帰る事になっちまう…………。

――し、仕方ないか……。 話さず帰るよりはマジだッ!)


穂高は覚悟を決め、会話の無い空気の中、傍から見ればかなり奇妙にも思えたが、ここに訪れた目的を果たす為、本題を切り出した。


「――な、なぁ! ちょっと、聞きたい事があるんだけどいいか?」


(ば、馬鹿かッ、俺はッ!?

き、気合が入り過ぎて、気持ち悪い前置きをしてしまった!!)


「――え? あ、うん……。

いいよ? なに??」


穂高の気持ち悪すぎる前置きに、春奈は少しだけ首を傾げ、不思議そうにしながらも、穂高の質問を尋ねた。


春奈の言葉を聞き穂高は、これからは真面目の話の為、とちることの無いように一呼吸置いてから、冷静に淡々と本題を話し始める。


「――――ここなら、誰かに話を聞かれることも無いかと思うから、単調直入に聞くぞ?

今、杉崎は厄介な面倒事に巻き込まれてたりしないか?

――――ストーカー……とか…………」


「――――え?」


穂高の真面目な表情から発せられた言葉に、春奈は表情が固まり、声が零れた。

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