第36話 姉の代わりにVTuber 36
◇ ◇ ◇ ◇
「一体、どうゆう事ですか?」
luckyとのコラボを終え、穂高(ほだか)は翼(つばさ)に通話を掛けていた。
本来であれば、穂高は悠長に通話を掛けられる状況では無かったが、それは翼の一言によって状況が変わっていた。
「どうもこうも、公表しなくていいと思ったから、条件を変えただけです。
ここで弟さんに恩を売っておくのもいいかなと……」
相変わらず淡々と話す翼に、穂高は不安しか感じていなかった。
「――ひ、ひとまずはありがとうございました。
そ、それで? なにか、条件があるんでしょ? あんなシチュエーションボイス収録で終わるわけが……」
「弟さん……、何か私を勘違いしてらっしゃいませんか??」
立場が依然として弱い穂高は恐る恐る尋ねると、その言葉を翼は遮った。
そして、続けるように話し始める。
「別に弟さんに何か今すぐ対価を求めたり、理不尽な要求をしたりしません。
外道じゃありませんし……。
まぁ、でも、そうですね……、もし、お気持ちとして何かなさりたいなら……、
お、お姉さんの病院と病室を教えていただく程度はしていただいても…………」
(こいつ……、正気か!?)
穂高は依然、テキトーに出した条件を、いまさら持ち出してきた翼に一瞬呆然した。
「じょ、冗談とかですよね?」
「――――弟さん? 誠意は見ておいた方が良いですよ??」
声は大きくなかったが、語気鋭く翼は言い放ち、表情は見えなかったが、声だけで彼女が本気な事を穂高は感じ取れた。
「え、えぇ~~と、それは別に構いませんけど…………。
それが目的で今回の勝負を引き受けたわけじゃないですよね?」
「当たり前でしょう? 本気で公表させるつもりでした。
先週までは……」
「先週………………」
穂高は先週の事を頭の中で思い返したが、翼の気持ちを変えるような主な出来事が思い浮かばなかった。
「先週、チャットで会話したでしょ?
あの時に既に、この人であればリムを任せてもいいと、そんな風に思い始めました。
そして、今日の配信……、一番目のお題で負けた時点で貴方の敗北は決まった。
なのに、最後まで貴方はリムを全うしようとした、約束通り、リムの中身を公表しようともした。
それで私も気持ちが決まりました。
貴方と同じように美絆(みき)さんの願いを叶えるのを手伝おうと……」
「――でも、先生にとってメリットなんて…………」
「弟さん……、何を言ってるんですか?
美絆さんへの印象も良いものになるでしょう??」
一連の事を踏まえると、翼の言っている事は冗談にしか聞こえなかったが、彼女の声色から、冗談の様にはまるで聞こえなかった。
「そ、そうですか…………、ま、まぁ先生がそれでいいならいいですけど……」
「むッ……、何か引っ掛かる様な物言いですね……。
別にその利点だけで協力するわけじゃ無いですよ。
今日の配信でも思いましたけど、ただあの場所を壊すのは惜しいと思った事も理由です。
リムというキャラクターをあそこまで愛してくれる人たちがいる……、リムの配信を楽しみにしてくれる人がいる。
そんな場所をただ私一人に漏洩しただけで、壊すのは惜しいとそう思ったんです。
まぁ、貴方と同じです…………」
穂高は翼のその言葉を黙って聞き、以前、自分も似たような事を考えた事を思い出した。
「そんな事はさておき、私も貴方に一つ尋ねたいことがあります。
私が最初、公表はせず、リムから手を引くといった時、
何故それを止めて、無理にでも私を担当から降ろさせないようにしたのですか?
理由はまぁ、一つ思い付きはしますが、それでも、私を無視する事も出来たはずでは??」
続けて質問する翼に、穂高は少し間を置き考えた後、その問いに答え始める。
「まず、第一にリムの生みの親はlucky先生一人だから、どうしてもそこは変えたくなかったって事があります。
絵師を変えて他の人に描いてもらうって事は出来るかもしれないですけど、lucky先生の名前は使えない。
絵も変わります。
それを見た時、ファンが動揺したり、変な心配をする事を避けたかったのが一つの理由です。
そして、もう一つは、俺が原因で姉貴と先生を引き裂くのは違うなと思ったからです」
「――引き裂く…………」
穂高の言葉に引っ掛かったのか翼は呟き、そんな翼を気にせず、穂高はそのまま話し続ける。
「姉貴がデビューする前の事はよく知ってます。
俺から見ても優秀な姉が、余裕のない様子で、のめり込むように準備をしてました。
きっとそれに関わる人たちも同じなんだと、傍から見てもそう思いました。
俺は、リムの正体がバレないのももちろんですけど、それに関わる周りの関係も崩したくなかったんです。
先生にとってもその時期は苦しくも、かけがえのない時間だったはずです。
だからこそ、成代わりがバレた時、より一層ショックに感じた……」
「――――なるほど……、よく分かりました。」
穂高の話を遮る事無く、翼は黙って話を聞き終えると、納得したように呟いた。
そして、少し間を空け、翼は話し始めた。
「――――穂高さん。
これで私は晴れて、貴方に加担した共犯者です。
私も巻き込んだんですから、最後まで全うしてもらいますからね?」
翼の声色は明るく、声だけの通話だった為、お互い顔が見える事は無かったが、彼女が微笑んでいる事は声色から理解する事ができた。
「よろしくお願いいたします。
一先ずは、リムの新衣装期待してます」
「生意気ですね?
共犯とは言いましたけど、私はその気になれば知らぬ存ぜぬで、しっぽ切り出来るんですからね?
このまま美絆さんとの関りは無くならず、リムの母親としてもいられる。
それに加え、デメリットも無い」
「それが本音ですか?」
「当たり前でしょ? 貴方の正体がバレて私まで炎上したらたまってもんじゃありません。
――っていうか、早くお姉さんの病院と病室教えなさい!」
(この女…………)
食えない人である、翼にムッと感じながらも穂高は、自分の立場を知ってもなお、協力してくれる彼女をありがたいと思った。
「姉貴に変な事するつもりでしょ?
いくら女とはいえ、変態に簡単に教える事はできません」
「はッ!? わ、私は淑女です!!
へ、変態呼ばわりなんて…………。
相変わらず、立場を理解してないようですね? 穂高さん??」
少し言い返したくもなっていた穂高は、翼に言いたい事を伝えると、翼は苛立ちながら反論する。
「――わ、分かりました。 今は立場が弱いので教えます。
ただ、一気にすべては教えません。
県名からです。
リムとのコラボ、あるいわ新衣装一つに付き、段々と詳細にしていきます」
「なッ! 生意気ですよッ!!」
穂高と翼の醜い争いはその後も数時間続き、結局、翼は穂高の根気に負け、条件を呑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「まったく、なんなんですかあの男はッ!!」
長い通話を終え翼は大きい悪態を付きながら、ベッドに倒れる。
何度も脅した翼だったが、頑固な穂高が折れる事は無く、結局条件を飲まされ、翼は頭にきていた。
(ああいった頑固なところは、美絆さんそっくりです!!
ほぼ無償で協力している私に対して、あんな態度…………。
しかも、ちゃっかり私を配信に呼んだり、新衣装作らせようとしたり、リムにとってプラスになるような事ばかり…………)
「はぁ~~、ムカつきます!!」
翼はいつもの丁寧な口調が崩れかかっていた。
そして、このまま苛立っていても仕方ないと思い出し、落ち着く為に自分の好きなアロマを炊き始める。
「ふぅ~~~……」
その効果もあってか段々と落ち着きを取り戻し、翼は大きく一息つき、冷静になった為か、頭が冴え始め、色々な事を考え始める。
(そういえば、こんなに長く男性と話したのも久しぶりだった。
少し、雰囲気が美絆さんに似てるからかしら…………)
「流石、美絆さんです。
もう遺伝子レベルで惹かれあうんでしょうね……」
段々と穏やかに気持ちよくなる翼はそんな事を考え、口走り始める。
そして、美絆と初めて会った時の事を不意に思い出す。
lucky先生! これから私たちは運命共同体です!!
先生となら一番のVTuberになれると思ってます! 世界一ッ!!
これから、コラボとかもして、楽しい思い出作っていきましょう!!
打合せに現れた美絆は、目を爛々と輝かせ、翼の手を取りそんな事を言っていた。
(人との関りが少なく、友達もいない私にあんな事を言ってくれた……。
嬉しかったなぁ…………)
美絆さん……、世界一は無理ですよ。
でも、美絆さんが演じるリム……、楽しみですッ!!
翼は美絆の底抜けの明るさに感化され、彼女と話すと自然と笑顔になれた。
そして、そんな彼女とこれからもずっとリムを通じて、仲良くなれるとそう思っていた。
「弟さんとは共犯者で、美絆さんとは運命共同体ですか……。
ふふふッ……、待っていますよ、美絆さん…………」
翼は小さくそう呟き、自分にとって夢のような時間を思い返し、まだ見ぬ夢のような時間を恋焦がれた。
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