第11話 姉の代わりにVTuber 11


 ◇ ◇ ◇ ◇


復帰配信当日。


予定の二時間前から穂高は世話無しなく、配信の準備を行っていた。


世間にとってはなんてことない、二週間休んでいたVTuberの復帰を報告する配信であったが、穂高にとっては初めての配信であり、心持も緊張感もまるで世間とはかけ離れていた。


そして『チューンコネクト』にとっても、新人をデビューさせる事と、また意味合いが変わり、既存のVTuberの中の人だけを一時的に替えるという、前代未聞の作戦に、社内中が緊張感で満たされていた。


(一先ず、裏では姉貴に動いてもらってるから、ズイッターやジスコードは無視……。

配信の設定と、休止中の事情説明の確認……。

リムとして配信することは大前提として、この配信で言わなければならない事は、全部メモして、モニターに貼り付けよう)


穂高はとにかく準備に穴が無いかを常に考え、念には念を入れていった。


そこまで気を使う必要の無いようにも思えたが、穂高は準備を怠わらなかった。


というよりも、じっとはしていられなかった。


ここでただ時間が来るまで、静かに待つこともできたが、それをしてしまうと緊張に押し潰されてしまう様に思え、少しでも何かをし、緊張を紛らわせる意図もそこにはあった。


それでも、いくら準備と言えど、一週間にも渡る特訓の最中に、ある程度初日の準備や注意事項はあらかた頭に入って有り、既にメモしている事も多くあった。


その為必然とふとした瞬間に、何もすることが無く、ただ茫然とこの後にある配信の事を考える時間が出来る。


(今までやってきたリムの配信……、本当に俺に出来るんだろうか……。

第三者を交えてやった練習でも、危ういところは何カ所もあった。

そのたびそのたび、修正してきたけど、新しく修正する箇所は見つかり、一向に修正点は減らず。

結局当日になっても、自信は付かなかった…………)


何もすることがない時間は、穂高にネガティブな事を考えさせる。


(姉貴がしてきた事で、昔から何一つ勝てた試しのない俺に、姉の変わりなんて、最初から務まるわけ…………)


穂高のマイナスな考えは頂点まで達し、いよいよ、あの日あの時、姉の病室で約束をした事さえも後悔し始めた。


そんな時だった。


軽快な音を立てて、パソコンはジスコードの着信を知らせた。


暗い思考に飲み込まれつつあった穂高は、項垂れていた顔を上げ、ジスコードを確認した。


「――――ふッ……、ほんとエスパーかよ…………」


ジスコードの着信を確認するとそこには、今病室で裏のやり取りをしているはずの姉から、一通のメッセージが送られてきていた。


穂高~~ッ! 大丈夫か~~? 多分顔死んでるだろ~~??www

緊張と不安でそんな頃合いかと思ってなッ!

もし失敗する事を怖がっているとしたら、気にすんなッ!!ww

まぁ……、こんなこと言われても気休めにしかならないから、一つ、私の恥ずかしい話をしてやる。

あんまり、緊張とかしない私だけどな? 実は、私も初配信の時は凄く緊張した……。

今までにない程に緊張してたと思う。

配信前からずっとそわそわしてたし、お腹も痛くて一時間以上トイレに籠ってた……。

ほんと、何かの病気になったのかと思ったよッ!www

まぁ、今病気で入院してるんだけどねwww

なにわともあれ、そんな私でもデビューしてそれなりに活動出来てる!

だから、あんまり気負うな!


一方的な長文メッセージだったが、美絆のメッセージは穂高を落ち着かせるには充分なメッセージだった。


姉のメッセージを受け、落ち着いた穂高だったが、メッセージには追伸があった。


もし、失敗して世間に入れ替わりがバレたとしたら、一緒にみんなの前で謝ろうッ!

まぁ、誤っただけで許されるわけじゃないけど、許されたとしたらそれでラッキーだし、もし引退って事になったとしても大丈夫だから!

日本では一度失敗しちゃった分、他で活動とかも難しいかもしれないけど、英語学んで、海外でもデビューって事も出来る!

海外にはお父さんもお母さんもいるし、思い切ってあっちに移住しちゃってもいいしねッ!ww

だから、リムではあっても穂高らしく配信すればいいよ。

声真似して、私に似せてんのに自分らしくって……、無理かwww。


最後にどうしても締めきれず、ふざけれしまう文がいかにも姉らしいと穂高は思ったが、その文に元気を貰えた事は確かだった。


「海外行って、英語学んでから配信って……、デビューまで何年掛かんだよ……」


文字で読む分には無理としか思えない美絆の計画だったが、美絆ならばやりかねないと、そして成し遂げかねないと本気で穂高はそう思えた。


しかし、そんな姉の計画だったが、実現したとしても、歳月がかかってしまうのは必然的で、美絆がデビューする時、美絆がいったい何歳になっているのか、そこは想像できなかった。


(姉貴は頭と要領はいいけど、計算出来ねぇからな……)


完璧と言える姉の唯一の弱点は、昔からちっとも変っていない事に、穂高は薄ら笑いを浮かべ、美絆にそんな道は歩ませられないと強く思い、覚悟も決まった。


何度、様々な人に気合を入れられ、ここまで頑張ってきたか分からないが、穂高は再び決意を新たに、復帰の配信へと臨んだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇


キタ!!!

おかえり~~ッ!!

二週間もいなくなりやがって! 待ってたぞ!!


穂高(ほだか)が配信を始まると、途端にリスナーはコメントを書き始め、次々とコメントが流れていく。


コメントは様々なものがありながらも、基本的には堕血宮(おちみや) リムの復帰を歓迎するコメントが多く流れていた。


『チューンコネクト』に限った話ではないが、有名な配信者になればなるほどに、配信してすぐに何かが始まるというわけではなく、数分の待機画面が視聴者には映し出される。


それは、映画館で上映前に予告が流れる時間と似ており、その待機時間で配信者は最終準備、あるいは予告の配信時間までの時間の調整等を行う。


堕血宮 リムの復帰配信は13時の予告を打っていた為、穂高はそれよりも前、12時55分に配信を始めていた。


5分の間、穂高は目をつむり気持ちを落ち着かせる。


(最終確認は済んだ……。

もうこれ以上じたばたしてもしょうがない。

姉貴やここまで付き合ってくれた『チューンコネクト』の社員も見守ってくれてる。

覚悟……決めるぞッ!)


待機時間の5分はあっという間だったが、穂高が冷静になり、覚悟を決めるのには充分な時間だった。


待機画面から画面は切り替わり、配信画面には堕血宮 リムのキャラクターと雑談配信等でよく使う見慣れた背景が映し出される。


穂高は息をゆっくりと深呼吸をするとマイクのスイッチを入れる。


「あ、あぁ~~テステス……。

聞こえてますか~~」


穂高がマイクを入れると、堕血宮 リムはいつもの配信のように話し出す。


キターーーーーーッ!!

復帰早々からゆりぃ入り方!!

安定のマイクテスト……聞こえてるよッ!!


「ん? あ、あぁ聞こえてる? オシッ!

傀儡(かいらい)の皆々、二週間ぶりだね~~!

おはこんばんにちわ! 堕血宮 リムで~す!」


リムの元気な声が聞こえた為か、コメントの勢いは増し、どんどんと古いコメントは流されていく。


穂高の頭に徹底的に叩き込まれた設定は外さず、姉とリスナーで取り決めた(姉の強すぎる要望)、リスナーを総称した名称も外さない。


二週間の放置プレイをかまして、未だ傀儡呼び……

全く反省の色なしだな……、突然休止の謝罪あく


「あぁ~、流石に本題早いね~。

そうだな~、まぁ普通にちょっと体を壊しちゃってね?

今はもう平気なんだけど……。

それと、やっぱり傀儡呼びって嫌??」


リムはわざと弱って見せるかのように、反応を返す。


嫌なわけないだろ!! 

彼女にも傀儡呼びさせてるぞッ!! もちろん振られたッ!!

傀儡呼びをやめるつもりもないのに、わざと弱って見せて同情を誘うなんて……


「フフフッ! だよね~~、君たちがそう呼んでほしいって言ったのに~~。

リアルではできない遊びを、私を通して体験してるんだね……。

大丈夫、社会は許してはくれないけど、私は広い心で受け入れてあげるよ」


リスナーが総じて犯罪者予備軍に……

リムと話すといっつも俺たちが悪者だよ

またこれだよ……、ダメ人間製造機


リムとの慣れたやり取りではあったが、久しぶりな事もあってか、リムの冗談にもリスナーは乗ってきてくれていた。


「ホントに傀儡達は面白ねぇ~~。

私のくだらない話にも乗ってきてくれて、ありがとねッ」


ッ!!! リ、リムが優しいッ!!

アメがうめぇ~~~~~

もう俺、一生傀儡でもいいや…………


リムはここまでで一度、リスナーとの絡みをやめ、違う話題へと話を振り出す。


「えぇ~と、この復帰配信は一時間くらいやるつもりなんだけど、ちょっと今後の配信にも関わる話もするから、出来れば傀儡のみんなには、最後まで聞いてほしいかな」


リムが真面目な雰囲気でそう話すと、少し心配性なコメントも流れたが、そのコメントに流される事もなく、配信を続けていった。

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