第4話 姉の代わりにVTuber 4


 ◇ ◇ ◇ ◇


美絆(みき)の成替わりを引き受け三日目。


穂高は連日の動画の作成に未だ悪銭苦闘していた。


姉貴のマネージャーである佐伯(さえき)と約束を交わした当日、試しも兼ね、姉貴の声真似で一本、適当にゲームをしている動画を撮ってみたところ、全くと言っていい程に本人に似ているとは思えなかった。


そこから穂高の特訓は始まり、まず声は依然真似をしていた事もあり、美絆(みき)の声の音程を取ることはできたが、それだけで簡単に似る程、モノマネと言うのは簡単では無く、話し方のリズム、言葉遣いと色々と注意することは沢山あった。


そしてその注意すべきことは、意識して話すレベルでは、確実に配信で通用することは無く、理想としてはとても自然に、何か咄嗟のアクシデントが起きたとしても、一ミリも自分の素を出さない事が理想的だった。


少しでもストリーマーの経験が穂高は、リスナー、ファンを侮ってはいけない事をよく知っている。


時には本人以上に、配信者の異変に気付き、美絆の配信は基本的には声だけのつながりになる為、余計にファンに気付かれる可能性があった。


「とりあえず、今日も学校はいけねぇな……」


穂高はそう呟きながら、数日の作業し続けで寝不足気味になった重い瞼をこすりながら呟いた。


『チューンコネクト』と佐伯から出された課題から三日経っており、その課題を達成する為に、穂高は既に佐伯との約束を破っている。


学校に行きながらの課題達成がルールとしてあったが、そんな悠長な事をしては確実に落とされ、この話は無かったことになるのは目に見えた。


姉も人生掛けている以上、穂高も他の何かを犠牲にしなければならないと本気で思っていた。


(提出した動画はどうなったんだ……。

佐伯さんからは何も連絡がないけど…………)


穂高は既に動画は二本、佐伯へ提出しているが、その動画に付いての批評等はまだ聞けていない状況にあった。


(駄目だったらすぐ連絡が来るだろうし、まだ上も悩んでるんだろうな……。

ここでクオリティを下げるのはもちろんアウトだし、どんどんと姉貴の配信に似せないと無理だろうな。

それに、怖くて評価なんて聞けねぇよな…………)


佐伯の話から、『チューンコネクト』の社員が割とドライに、駄目だったらきっぱりと、すぐに連絡を出すようなタイプだったのはよく知っていた為、何の連絡も無いという事は、まだ希望があるんだとそういう風に考えていた。


少しでもポジティブに考えなければ、自信が無さ過ぎて、今も作っている三本目の動画への影響も出る為、嘘でも騙し騙しやっていく他なかった。


それほど、数日だが穂高にとっては壮絶な数日だった。


(ライブ配信……いけんのか? 俺…………)


穂高は今までにも何度もあった、突発的な不安を無意識に感じながら、動画作成に取り掛かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


天ケ瀬 穂高(あまがせ ほだか)の課題三日目。


美絆のマネージャーを引き受けた佐伯 唯(さえき ゆい)は、穂高から送られてきた動画を確認していた。


もう何度見たか分からないほど見た動画だが、何度見ても足りないくらいに確認する必要があった。


確認しては、気なる点をひたすら上げていき、小さな点でも見逃さず、、より姉の美絆の配信に近づくように、時間も気にせず全力を注いだ。


佐伯は上司に確認してもらう動画も、もちろん何度も確認したが、上司に確認しては貰わない、穂高が撮影し終え、確認した時点で没だった動画も全て、送るよう穂高に指示していた。


「お~~いッ! 佐伯!!

もう21時を回るぞ!? 墜血宮(おちみや) リムの三本目の動画はッ!?

今日中の約束だが、あまりに遅ければあの話は無しだぞッ!!」


「す、すみませんッ!! さっき連絡を取ったらもうすぐ送るそうです!!

おそらく何本も取って、その中で出来の良い物を送っているので、もうそろそろ送られてくると思います!」


少し離れたデスクから、上司が焦った様子で、若干苛立ちを含んだ声色で佐伯に言い放ち、そんな上司の不安を和らげる様、すぐに返事を返した。


(穂高君……、まだなの……?)


咄嗟に上司の言葉に反応した佐伯だったが、まだ穂高から本命の動画が送られてくるめどは立っておらず、最悪の場合も考えていた。


(この中で一番、成長の見込みが見て取れる動画を、最悪こっちで選んで上に提出するしかないわね……)


これまで送られきた動画を何度も見返していた佐伯は、その中で何点か既に目星は付けていた。


(動画の精度は、日を追う事に増してる……。

そして、この練習量……、おそらく学校も休んでる。

本人は上手く動画を何点か送らず、学校は行っているように装ってはいるんだろうけど……、流石に分かる。

全部送れとは指示はしてないけど、実際には送っては無い動画が何本も手持ちであるはず)


佐伯は、穂高に確認したことは無かったが、この熱の入りようなら、学校も休み練習をしているのは簡単に予測できた。


精神的な理由以外にも物的理由として、何本も送られている動画だが、変に出来が良いものばかりが遅れている気もしていた。


それは初日に疑いとなり、二日、三日と続けば確信へと変わった。


本来であれば、全部と定義している以上、たった数分でアクシデントを起こし、没になってしまったような動画や、思わず彼自身の素が出てしまい没になった動画も、その中に含まれているはずが、それは一切なく、きちんと動画として完結されているか、完結間際まで収録された物ばかりが佐伯の元に届いていた。


(穂高君としては、全部送れと指示した私に対しても、この成替わりが不利になるような材料を見せたいと思ってない。

マネージャーとして信用はしてくれてはいるんだろうけど、今回は審査もする立場でもあるから信頼はしてくれてない。

学校に行っていないという事も本人の口から来たわけでもないし……。

私との約束も破っている。

――――ただ、この三日間での成長……。

本来ならすぐにそこを指摘して、今回の話をなかったことにするべきなんだろうけど……)


佐伯は迷っていた。


三日間、美絆のパートナーとして、穂高を出来る限りサポートしてきたが、彼の成長には目を見張る物があり、約束を破ったからと言って、この話を無かった事にするのは、あまりにも勿体ない程の成長を穂高に感じていた。


佐伯も上司に動画を提出している身ではあったが、上司の判断は聞いておらず、中間発表のようなものも無い。


穂高と同様に、どのように評価されているのか全く分からない状況にあった。


(ここを乗り越えたとしても、まだライブ配信の審査がある。

それを乗り越えたとしても、今度は本番。

心休まる瞬間はこれから先もまだまだない。無謀だし、希望はほとんどない。

だけど…………)


「頑張ってッ……」


佐伯は声は小さく、それでも力のこもった声で呟くと、再び穂高の動画を再生し始めた。


そして、その数分後、佐伯は穂高の3本目の提出用の動画を受け取った。


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