第47話:灼ける

エドガーとロナは来た道を余裕を持って歩いていた。エドガーは手をコートのポケットに突っ込み、ロナは手に持った包みを弄っていた。



「で、それがあいつらの持っていまアグナの心臓にあった"賢者の石"だな」



「そうね、怒りやすい"ボス"にこれを渡さないと私たちが……あら」



 ロナはハコミから奪った包みを解くと、ぽつりと声を上げた。そこには赤く光る宝石はなく、不思議な紋様が彫られた拳大の石があった。『賢者の石じゃない』、ロナはそこで気配を感じて咄嗟に振り返った。その瞬間、何か筒のようなものが投げつけられたのが目に入る。



「あっ……」



飛沫を上げて飛来する"それ"。

ロナは反応出来ずにただ目の前に飛んでくるそれに目を向けるだけであったが、その刹那にエドガーが硬直したロナを引き倒して盾となる。そして筒は飛沫を撒き散らしてエドガーの肩へとぶつかり、跳ねる。そのぶつかった勢いでエドガーの肩だけではなく、帽子やコート、そして顔にまで液体が跳ねる。強いアルコールの臭いがエドガーの鼻腔に突き刺さる。筒に入っていた液体が度数の強い"酒"であることに気がつくと同時に、引き倒したロナの持つ松明の明かりが届かぬ暗闇で何かが蠢いた。



 カチッ。

金属同士がぶつかり合う音が静かな地下迷宮遺跡アグナの心臓内に響いた。その瞬間、離れた暗闇から小さな火花が上がったかと思うと、蛇のようにうねる導火線が宙で形作られていきすぐさま筒と、そして大量に酒がかかったエドガーへと引火する。



「ぬうぅぅぅっ!?」



 エドガーはすぐさま燃え盛るトレンチコートと帽子を放り捨て、身体に纏わりつく火炎は顔を両手で押さえながら転がって鎮火する。燃えながらも火のついた帽子はコロコロと地面を転がっていき、そして暗闇に潜む影を照らした。




「あーらら、あんまり効いてないか」



「テメェ……クソガキ。なんで生きてやがる?」



 顔にいくつも水疱を作り、前髪が完全に焼けて無くなった顔でエドガーは叫ぶ。一方で燃えた帽子の灯りによって照らされた小さな幼女―――ハコミが楽しそうな表情を浮かべて立っていた。そして足元に落ちた帽子をハコミはエドガーの方へと蹴り飛ばす。帽子は焼けた繊維を撒き散らしながら勢いよく飛び、地面を跳ねて暗闇へと消える。



「あー、普通に脱出したよ。それで、あんたらは一体何が目的で、どういう集まりなんだ?」



 そしてハコミが尋問をしようと一歩踏み出した時、首に違和感を覚える。松明の明滅する明かりに照らされたのは、己の首にぐるりと巻かれた細いワイヤーであった。それを軽く指先でなぞりながら、ワイヤーの先を見るといつのまにか体勢を立て直したロナが居た。ロナが嵌めていたドレスグローブから金属製のワイヤーが伸びており、ハコミの首のワイヤーが絡んだ部位はもとより軽く触れた指先もまた薄く切れて血が滲んでいた。




「死ね」



 ロナは冷たく言い放ち、力を込める。同時にエドガーは胸から大型のナイフを抜くとハコミへと斬りかかったのだった。



 


 

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