第43話:黒い滴
光る木―――大地の知識は光り輝き、そこだけはここが地下奥深くであることを忘れさせるほどであった。ハコミとクライブは松明を近くに置くと、背中の鞄から水筒を何本も取り出す。
「…焼いて早くここから出よう」
クライブは直視できない程光り輝いている木を手で光を遮りながら呟く。手に持った水筒には強い酒が詰め込んでおり、酒を木へと掛けて混乱させた後にハコミが光る木を前と同じく幹へ食らいつき、倒木させるという作戦であった。
「前に木についてたのはゴブリンの死体だったけど、今回は人間の女みたいだな…」
ハコミもまた光を手で遮りながら呟く。逆光になって非常にわかりづらいが、そこには薄布を纏い、地面まで垂れるほどの長さを持った女らしきものが
1歩、2歩。ハコミたちは足音を殺してゆっくりと光る木へと近寄っていく。そのとき、ぽとりとハコミの頭に液体が
ぽつり。
ぽつり。
(……地下水でも垂れてきているのか?)
ハコミは酒の入った水筒を腋に挟み、空いた手で滴の垂れてきた頭部へと触れる。そして
(なんだ、この黒い液体。水じゃないぞ……?)
指先でその黒い滴を指でなぞる。ヌルヌルとした感触が指先から伝わり、卵の腐ったような---硫黄の臭いが鼻についた。その瞬間、ハコミはようやく気がつき、上を見る。
「黒犬だっ!」
ハコミは叫んで飛び退く。飛びのいた目と鼻の先を、熊ほどの大きさの黒犬の頭部だけが牙を剥き出しにして落ちて、地面で爆せる。黒犬の頭部は地面に落下した衝撃で腐った果実のように飛び散り、タールのような液体となって地面へと広がる。硫黄の強い臭いが辺りに立ち込めるが、ハコミやクライブにはそんなことを気にする余裕などなかった。
「ま、また降ってきた!?」
クライブもまた天井を指差しながら叫ぶ。
天井にある石と石との僅かな隙間から、真っ黒な液体が押し出されたかと思うとそれは動物の頭部を形作る。犬、猫、カラス、トカゲなどといった大中小のさまざまな大きさの動物の頭部が、ハコミとクライブに向かって降ってくる。雨、とまでないかないものの、それでも回避を優先にしなければならない量であった。
「クライブ、下、下っ!」
「えっ?」
2人は光る木に近寄れずにいた。特にクライブなどは上ばかりに注意がいき、下などに碌に見てなどいなかった。地面に薄く広がり、靴裏にねちゃねちゃと緩いガムのように糸を引く黒犬たちの粘液が、上ばかり見るクライブの足元で黒犬の頭部へと"再形成"されていた。
「ひぇっ…」
「クライブ、そこを動くなっ!」
ハコミは腋に挟んでいた酒入りの水筒の蓋を噛み切ると、そのまま地面に生えた黒犬へと投げつける。クライブの目には酒入りの水筒は上下に酒の
ゆっくりと水筒は縦に回転しながら上下に強いアルコールを含んだ酒を撒き散らしていく。そしてハコミは息を吸い込むと高熱の吐息を宙に舞う酒へと吹き掛けた。
一気に宙で酒の滴は燃え盛る。
そしてそれは宙に浮かぶ導火線のように、滴から滴へと引火していく。そしてコツンと黒犬の頭部へと水筒がぶつかり、僅かに跳ねたときにとうとうまだまだ中身の残る水筒へと導火線のように燃え盛る炎がたどり着いた。
「ギャンッ!!」
水筒は熱で爆せて、中身が黒犬の頭部へと降り注ぐ。炎を伴いながら、黒犬へと掛かった酒は激しく燃え盛る。黒犬の頭部だけではない。床に広がったタール状の粘液も熱で焼けていき、茶色の粉のようになっていく。クライブはそれに目を奪われていたが、ふと天井から降り注ぐ頭部がないことに気がつく。そしてハコミのほうへ視線を向けると、ハコミは既に駆け出しており、溶鉱炉のように燃え盛る口内を思い切り広げて、光る木の幹へ飛びかかるところであった。
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