第31話:それぞれの夜
夕食後、ハコミはソフィーに連れられてソフィーの部屋に招かれていた。理由はハコミが旅立つに際して、替えの服がないためにソフィーの古着を譲ってもらうためためだけであった、
「これもきっと似合うわ! あっ、これも!」
「いや〜ソフィーさん…気持ちはすごいありがたいんですが」
「あっ、このスカートにはこっちの上着も合いそうね!」
ハコミのウェーブかかった肩まで伸びた黒髪はソフィーの手によって丁寧に編み込まれて、いわゆる"ポニーテール"となっていた。そして薄い黄色のシャツと淡いピンクのスカートを穿かされていた。
(あー、スカートってめっちゃ足がすーすーする)
ハコミはそんなことを考えながら、ソフィーの"ハコミの着替え選び'を無感情で受け入れていた。ゴブリンの襲撃以前も、生贄の時にウェディングドレスを着た時もズボンやスカートの下に短パンを履いて誤魔化していた。ハコミにとっては初のスカートであった。
「じゃあ、次は―――」
「あっ、あの!」
ハコミは終わらないお着替え会を終わらせる為、声を上げる。ソフィーはベッドや椅子、そして自分の腕に衣類をかけた状態でキョトンとする。
「どうしたの、ハコミちゃん?」
「あー、あー、ええと」
声を上げたものの、何を話すかまでは考えていなかった。ハコミはしどろもどろになるが、ふと頭に思い浮かんだのはクライブの姿であった。
「えーっと…あ、クライブさんにお別れとか言わなくてもいいんですか?」
ぴたりとソフィーは動きを止める。そして一拍を置いてクスクスと笑い始める。
「ハコミちゃん、そんなことまで気を回してくれるの? でも大丈夫、平気よ。アイツ、普段頼りないけど、それでもここぞってところじゃ出来るんだから。だから、私、アイツのこと心配してないんだー」
「ソフィーさん…」
ソフィーの口調は穏やかであったが、物悲しげさを含んでいた。ハコミは何も言えずにいると、ソフィーの表情がパッと切り替わり、明るいものとなる。だが、ハコミから見て、それはただの空元気であることは丸わかりであった。
「じゃあ、次はこれを試そうかしらっ!」
「あっ、はい…」
何も言えなくなったハコミはその後、夜が更けるまでソフィーの着せ替え人形と化すのであった。
―――一方で、自室にて帳簿をつけていたビンベの部屋にはクライブが訪れていた。
「お前、明日は朝早くに出発だろう。こんな時間にどうした?」
「いや、その…」
扉の前で何か言いたげな表情をクライブは浮かべるが、なかなか口を開けない。少しばかり、沈黙が流れるがクライブは意を決したように口を開く。
「叔父さん、今まで育ててくれてありがとう」
「はっはっは、そんなことを言いにわざわざこんな夜更けに俺の部屋にきたのか?」
ビンベは小さく笑うと、椅子から立ち上がってクライブの元へと歩く。そして、クライブの頭をガシガシと力強く撫でると、軽く胸を小突く。
「クライブ、俺はな。お前のことをもう1人の俺の子供だと思ってるよ。まあ、大変だったがな」
くっくっと小さく笑い声をビンベは上げながら、さらに話を続ける。
「親心としては、旅に出てどっかで死んじまうのは本当に嫌だ。だがな、お前は冒険好きの姉ちゃんの1人息子だもんな。いつかはこんな日が来るかもとは、思ってたよ」
「叔父さん…」
「2つ、約束しろ。1つ、必ず生きて帰ってこい。2つ、お前自身が言い出したんだ、ハコミちゃんと旅をするならあの子を守ってやれ。いいな?」
「わかったよ、叔父さん。約束する。 (ハコミに関しては僕が守らなくても大丈夫だと思うけど…)」
「よし、じゃあ言いたいことを言い終わったなら早く寝ろ」
「うん、じゃあおやすみ、叔父さん」
クライブが部屋を出てパタリと扉が閉まる。
足音が遠ざかっていき、辺りは静かになる。それを確認すると、ビンベは戸棚からグラス2つと酒のボトルを取り出すと、グラスへと注ぐ。
「あの2人が無事に旅して帰ってこれるように願おうじゃねぇか。なぁ、姉ちゃん?」
そしてビンベはグラスの酒を一気に煽るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます