夢日記

まんごーぷりん(旧:まご)

第1話 間取り(不思議系、不快指数高め)

 あるところに新婚夫婦が居た。


 おっとりして大変優しいけれど、どんくさい夫。


 おおらかで細かいことは気にしない、どんくさい妻。


 そんなふたり、ほとんどケンカもしない。互いにドジである自覚があるために、家事の分担をすっぽかしたり、忘れ物をしたりして相手に助けてもらうことを「お互い様」と認識しているかららしい。



 そんなふたりに起きた、奇妙な事件である。




 とある土曜日。その日の晩ごはんの準備のため、ふたりでスーパーへと出掛けた。暑い夏の日だった。重い荷物を持ち、汗だくだくで帰宅する。ドアを開けるやいなや、妙な匂いがした。


「やーだー! 昨日生ゴミ出し忘れたからかな? ウケる」


 何が「ウケる」なのか甚だ疑問だが、夫は妻が「ウケる」と言って笑い転げれば、たちまち楽しい気分になって連られて笑ってしまうのだ。昨日のゴミ出し当番は、妻のはずだった。


「夏は怖いねぇ」


 極度の異臭は暑さが招いたものだろう。心優しい夫はゴミを出し忘れた妻ではなく、例年より暑い夏を責めた。



 妻は冷蔵庫を開き、スーパーで買ったものを次々と冷やしていく。卵に牛乳、鳥モモ肉。


「あっくん、見てよ。珍しく余裕で収まった」


 そんなはずはないと、夫は妻のいる方へと目線を向ける。一人暮らし時代に使っていたものを、今の生活にも再利用している。だから、一人分の容量の冷蔵庫はいつもパンパンで、如何に効率よくスペースを使い、すべての食料をしまうかということに、毎日頭を悩ませていた。


 そのはずだったのに、そこには今日買ったものが整然と並べられ、かつ余分なスペースまでできている。


「俺ら、そんなにちょっとしか買わなかったっけ?」


 疑問に思う夫。妻は全く気にしている様子がない。買い物に行く直前ですら、冷蔵庫はほぼ満杯だったのに。――それらは一体、どこへ行った? 夫は首を傾げつつも、すぐにネットニュースに夢中になり、冷蔵庫の謎なんてどうでもよくなってしまうのだった。



 それにしても臭すぎんか、と妻は夫に言う。


「消臭スプレーでもかけてみるか。……あ、ないから私のヘアコロンでいいや」


 鞄に入っていたピンクのボトルを手に、口の閉まったゴミ袋に吹き掛ける妻。しかし、こんなにきっちりと口をしばっても、匂いが出るものなのか。


 妙な匂いは消えなかった。


「そもそも生ゴミの匂いなのか? これ」


 夫は怪訝な顔をし、そう呟いた。刺激のある、やや酸味の強い異臭は、1日や2日、生ゴミを捨て忘れた程度で部屋中に充満するようなものではないと思った。それに、ゴミ袋に近寄ったからといって匂いがキツくなるわけでもない。――匂いの元が、違う?


 そのとき、にゃあという声が背後から。振り返ると、そこには茶トラのスリムな猫が。


「あらー、きゃわきゃわだねぇ。待ってね、今ちゅーるあげるから」


 大の猫好きである夫。わしゃわしゃと撫でると、茶トラは気持ち良さそうな顔をした。妻も動物は嫌いではないので、いつかふたりで猫を飼いたいという話をしていた。


「ほんとにきゃわいい」

「やっぱうちの子サイコー」


 なにも考えていない夫妻は、しばらく茶トラを自分たちの飼い猫だと錯覚しつつじゃれていたが、唐突に妻が冷静になる。


「待って、うちらちゅーるなんて持ってないじゃん」

「……そうだっけ」

「そうだよ。ってか、猫はまだ飼ってない。ほら、家探しの時にそこは妥協したんだよ、いつかお金を貯めてからペット可物件に引っ越ししようって。その証拠に、うちら茶トラちゃんの名前も知らないじゃん、茶トラちゃんは、うちらの子じゃないよ」


 妻に言われて、そういえばそうだったと夫も思い出す。そう、ここはペット不可のアパート。猫がいるこの状況は非常にまずいのだ。この子は、自分たちの飼い猫ではない。


 夫は茶トラを抱き上げた。非常に軽く、毛並みもイマイチ。――俺だったら、もうちょっとちゃんと可愛がってあげるのに。赤い首輪をつけたその子の、知りもしない飼い主に腹を立てた。



 夫が鳥モモ肉を少しだけ炙り、よく冷ましてから茶トラにやると、美味しそうに食べてくれた。お腹が空いたから夫妻に声をかけたのだろう、満足した様子の茶トラは、てててっと可愛らしい足取りでキッチンを後にする。


 なんとなく、夫妻はその後をついていった。3LDKの間取りの、――


「部屋、ひとつ多くない?」


 妻の疑問に、夫はそうだっけと答える。夫妻が住んでいたのは、2LDKの部屋だった。襖が一個多い、妻はそう感じたのだ。


 その、一個多い襖は僅かに隙間が空いていた。茶トラはその隙間に身体を滑り込ませる。夫妻は違和感に気づいていた。例の悪臭が、徐々に強くなっているように感じたのだ。


 夫は、襖を開けた。


 そこには、十匹を越える猫と、犬が。皆痩せ細り、ぐったりとしていたのだ。茶トラは最も元気な類いだった。中には病気の可能性のある子まで居た。


「……保健所に、連絡」


 妻があわてて保健所のサイトを検索する。


「その前に、ある程度自分たちで部屋だけでも掃除しよう。他人に迷惑をかけるのは、最小限にしたい。自分等でやったことは、自分等で片付けなきゃ」


 夫の言うことももっともだ、とは思った。でも、と妻は叫んだ。


「でも、うちら絶対にこんなことしないじゃん! おかしいよ、この家」


 ずっとおかしいんだ。生ゴミとはいえないような悪臭に、身に覚えのない多頭飼育崩壊。間取りだって、冷蔵庫の中身だって――


「ねえ、あっくん。冷蔵庫だって、うちらのはこんなに大きくなかった!」


 そう、そもそも冷蔵庫が大きいんだ。なんとなくやり過ごしていたけれど、中身もほぼ空で、色も大きさも、何もかもが違って。


「うちらの部屋なの? 本当に」


 妻はそう叫ぶと、だだだっと外に駆け出した。


――403号室。夫妻の住む部屋は、402号室、つまり隣室だった。


「あっくん! やっぱり部屋間違えてるって。信じられない、そもそもどうして鍵もないのに入れちゃったんだろう」

「鍵は、空いてたんだ。俺自身もたまに鍵を閉め忘れるから、そういうこともあるかなって、特に疑問にも思わなくて」


 このときばかりは、妻は夫の間抜けさを呪った。しかし、そんな間抜けな夫について入ってしまった自分も同罪か。とにかく、このままでは不法侵入になってしまう。


「とにかく、出よう」

「でも、あの部屋どうするんだ」

「分からない、あとで考えよう。家主が帰ってくる前に、早くここを出よう」


 妻は冷蔵庫の中身を回収し、夫と共に部屋を出ようとした。そのとき、多頭飼育崩壊の部屋とはまた異なる異臭がすることに気づく。


 そんな怪しいものに近寄る義理はない。一刻も早くここを出なければ、家主に怒られる。いつもの妻ならそう考えるはずなのに、そのときばかりは、謎を究明したいという気持ちが勝ってしまう。異臭その二の大元おおもと、風呂場に、おそるおそる近づく。


 息を止めて、扉を開く。


 そこで夢は終わっている。


『間取り』――fin.



(注)

 ちなみに作者は、茶トラ猫目線で夢の中に参加してます。なんで??!!

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