第14話 初めてのライブ

 ライブまであと1週間。スタジオに入る時間も今日は長くした。ライブの前の最後の練習だ。午前午後スタジオをフルタイムで取っていて丸一日歌わされる状態だ。休憩時間に外の空気を吸いに携帯とフルーツジュースを持って外に出た。声がガラガラだ。

 ライブの前にのどが潰れそうだよ…いなくても勝手に演奏はしているだろうからしばらく休んでいよう。かなりやりずらい…徳長さんを避けたら変に思われるだろうし、普通にするのが大変だ。自然に振舞えているだろうか…鋭い河村さんに何か気づかれたらどうしようと不安になる。でも隠し通すしか無い…自分から言うことはありえない。あとは徳長さん次第…信じるしか無い。


 メールの着信音がなる。河村さんからだ。

『もう練習始まってるよ。どこにいるの?』

『今、喉の休憩中もうすぐ戻る。』

『わかった。ゆっくりしてていいよ。』

『ありがと。』

『ところで徳長と何かあった?』えっ何で?心臓がドキッとなった。

『何にも無いけどなんで?』メールでよかった…目の前で言われてたら態度に出たかもしれない。

『いや。なんとなくいつもより話さないから。喧嘩でもしたかと思って。』

 やっぱり鋭い…私が態度に出ていたのかも。

『別に。』怪しくなるから余計なことは書くのはやめよう。

『だったらいいけど。分かった。』なんか怪しまれている気がする…怖いけど今はライブの事だけ考えよう。一気にフルーツジュースを飲み干すと気合いを入れて練習に戻った。

 家に着くと疲れがドッと出た。神経も使いすぎて疲れた。ライブまでの辛抱だから頑張れるけど長くは無理だ。浮気するって疲れるもんなんだ。気持ちは行ってないから浮気じゃないか…いや浮気だよね。考えるのやめよ…とりあえずライブを考えよう。


 ライブ当日。


 出演者は3組。順番が1番なので早く入ってリハーサルを始めた。順番が後の方だと緊張している時間が少ないからいいかもしれない。今日は声も出るし調子が良さそうだ。河村さんとの最初で最後のライブ…一生懸命頑張ろう。


 会場の時間になると人がパラパラと入ってきた。その中には、好美と春香の姿もあった。来てくれたんだ…嬉しいな。聖香に伝わってしまうとまずいと思ったから高校時代の子は呼ばなかった。出番が終わったら2人に会いに行こう。


「こんばんはー。【クレセント】です。今日は初めてのライブで緊張しているので、多少の歌詞を間違えても許してくださいね。一緒に楽しめるといいな。」


 ライブが始まった。後から出演する2組とは知り合いなので盛り上げてくれ最高に楽しいライブになった。売れているミュージシャンって気持ちいいんだろうな。大きなステージであんなに大勢の人たちと楽しめるなんて憧れる。ライブが終わるとみんなでハイタッチして喜んだ。次のバンドを盛り上げるために今度は自分たちが客席に向かった。気持ちが高ぶっているからいつもよりハイテンションでノリに乗って盛り上げた。めっちゃ楽しかった。自分はまだまだ全然ミュージシャンじゃないけど音楽最高!久しぶりに心の底から楽しんだ。


 すべてのライブが終わったので、最後に好美と春香に来てくれてありがとうと声をかけた。2人とも楽しんでくれたみたいなのでちょっとホッとした。バイバイして控え室に戻ろうとすると、徳長さんが入口で女の人と親しげに喋っていた。もしかして彼女!綺麗なツンとした美人だった。会釈して通り過ぎようとしたら、彼女から声をかけられた。

「柚ちゃんだよね。初めまして裕美です。雅也からいつも聞いてるよ〜。歌上手かったね。」

「ありがとうございます。徳長さんにはいつもお世話になってます」ペコっと頭を下げた。

「この後打ち上げするんでしょ。私も行くからよろしくね。」

 申し訳なくて顔をまっすぐみれない。無理だ行けるわけない。

「あっはい。でもすいません。私友達と約束していていけないんです」とっさに嘘をついてしまった。

「えっそうなの。残念だなぁ。じゃあまたの機会にね。」

「はい。今度またよろしくお願いします」と言って控え室に入った。

「柚ちゃん行かないの?」理恵ちゃんに会話を聞かれていていた。

「あっうん。さっきの学校の友達にどうしてもって言われて。」

「友達も呼んじゃえばいいじゃん。」

「もう先に地元で待ってるって言われてるから。」

「そうなんだ。残念。じゃあ今度ね。」

「うん。」河村さんと児島さんが帰ってこないうちに逃げよう。

「理恵ちゃん。電車遅くなるからもう行くね。今日は楽しかったね。河村さんと児島さんによろしく言っておいて。」

「わかった。バイバイ。またね。」

「うん」荷物を抱え見つからないようにサッと外に出た。とりあえず早く地元まで帰ろう。

 河村が控え室に入ると柚の姿が見当たらない「理恵、柚は?」

「なんか友達と打ち上げするって帰っちゃった。」


 帰った?打ち上げするって言っておいたのに…おかしい。やっぱり何かあったんじゃないのか。河村は徳長の顔を見つめた。

 地元で打ち上げなんて嘘だからそのまま真っ直ぐ家に帰った。自分のせいだが短い時間に天国から地獄まで突き落とされた気分だ。誰よりも本当に彼女に申し訳なくてならない。徳長さんが彼女と普通に喋っているのが不思議だった。徳長さんにとってあの事はそんなに気にすることではなかったんだ…それはまあいいのだが、帰ってしまったことで河村さんはまた何か感じるだろう。目の前で聞かれたら嘘を付き通せるだろうか。自分だけ罵倒されるなら良いが、怒って徳長さんの彼女にまで知られてしまったら悲しませてしまう…絶対言ってはいけない。河村さんから連絡が来るのが怖い…。

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