第3話 邪神の復活(1)

 リプコットシティはいつものように賑わっている。多くの人が行き交い、女神竜の像には多くの人が集まり、その素晴らしさに見とれている。まるで世界の危機に気付いていないようだ。


 リプコット駅は今日も多くの人が行き交っている。今は夕方のラッシュアワーで、仕事もしくは学校を終えて帰宅する人が多い。彼らは何事もなかったかのように歩いている。


 ジーダとシンシアはリプコットシティにやって来た。アンリス火山は街のはずれにある火山だ。リプコットシティのシンボルであるが、まさかそこにサラマンダーのオーブがあるとは。


 2人は空からリプコットシティを見た。本当に世界が危機に陥っているんだろうか? リプコットシティの大都会を見ると、そんな感じがしない。だが、女神竜サラの言うとおり、世界が危機に陥っているのは確かだ。


 2人は女神竜の像の前にやって来た。女神竜の像の前には多くの人が集まっている。彼らは、世界を救った英雄の女神竜サラに祈りを捧げている。彼らは世界の危機を知っているんだろうか? それを知って祈りを捧げているんだろうか?


「これが女神竜の像・・・」


 シンシアは女神竜の像を見上げた。とても大きい。女神竜サラがどれだけ大きな事をしたかがわかる。


「ああ・・・」

「女神竜サラ様、どうか人間をお守りください」


 2人は女神竜の像に祈りを捧げた。遠い空から女神竜サラが見守っていると信じて。そして何より、王神龍を封印して、世界を救えるように。


 気が付けば、もう夕方だ。アンリス火山に行くのは明日にしよう。今日は自分の住んでいるマンションで一緒に泊まろう。


「今日はうちの家で泊まりなよ」

「あ、ありがとうございます」


 2人はジーダの住んでいるマンションで1夜を過ごす事にした。ホテルもあるが、そんな贅沢はしていられない。


 シンシアはジーダの背中に乗って、ジーダの自宅に向かった。シンシアがジーダ背中に乗ると、ジーダは翼をはためかせ、飛び立つ。自宅はここからほど近い所にある。


 数分後、2人はジーダが住むマンションにやって来た。2車線の道路に面していて、その真ん中には伏線の路面電車も走っている。隅の歩道には多くの人が行き交い、賑やかだ。


 ジーダはマンションの前に降り立った。そのマンションは7階建てで、屋上からはアンリス火山がよく見える。シンシアはマンションを見上げた。とても立派な建物だ。これが都会なのか。開いた口がふさがらない。


「ここが住んでるマンション?」

「うん。ここの3階なんだ」


 2人はマンションに入った。マンションのエントランスロビーは広くて豪華な造りだ。天井からは大きなシャンデリアが吊り下げられている。シンシアはしばらくそのシャンデリアに見入った。


「きれいね」

「ありがとう」


 シンシアは驚く間もなく、ジーダの後に続いてエレベーターに向かった。


 エレベーターは3階に着いた。廊下には誰もいない。みんな仕事に行ったり実家に帰省しているんだろうか?


 10mぐらい歩いて、2人はジーダの部屋にやって来た。


「ここに住んでるの?」

「うん」


 2人はジーダの部屋に入った。単身用の小さな部屋で、決して広くない。右にキッチン、左にユニットバスがあり、その奥には右に机、左にベッドがある。一番奥にはリビングがあり、外の様子が見える。


 ジーダは部屋の明かりをつけて、くつろいだ。久々に自宅に帰ってきた。嬉しくなりたいところだが、まだ嬉しくなる時ではない。明日、アンリス火山に向かうために泊まる。




 2人は屋上で夜景を眺めていた。この日は晴れで、星空がよく見える。その下には夜景が広がり、その先にはこれから向かうアンリス火山が見える。


「きれいな夜景ね」

「ああ」


 2人はその夜景に見とれていた。その夜景は人々の家の明かりだ。それを絶やさないためにも、世界を救わねば。


「この夜景がこれからも見られるといいね」

「そのために私たちが頑張らなくちゃね」

「うん」


 ジーダはその夜景をじっと見ている。初めてリプコットシティの夜景を見た夜の事を思い出した。あの時と同じように美しい。


「ジーダはどこで生まれたの?」

「ペオンビレッジ。もう廃墟になってるんだけどね」


 ジーダは下を向いた。今思い出しても辛くなる。あの時、焼き討ちに遭っていなければ、自分はもっと幸せな人生を送っていたのに。家族や友達に囲まれていたのに。焼き討ちでみんな失ってしまった。


 けれども、それによってクラウドや教会に住む孤児と仲良くなれた。だけど、やっぱり家族や友達に囲まれるのがいいな。


「そう」


 シンシアはその話を静かに聞いていた。こんなに苦しい人生を送ってきたとは。自分は両親に捨てられたけど、育ての父がいて、魔法を教えてくれて父と慕っている閃光神ルーネがいる。


「男に焼き討ちに遭って、家族みんな失っただけでなく、友達も故郷も失った。それ以来、僕はサイカシティの教会で暮らしているんだ」


 それから教会で暮らしていたのか。寂しくはなかったけど、やはり故郷で平和に暮らすのがよかったんだな。


「大変な人生を送ってきたんだね」

「ああ」


 シンシアはアンリス火山の方を向いた。明日はあの山に行き、サラマンダーのオーブを取りに行こう。どんな困難が訪れようと、2人なら乗り越えられる。だから恐れず進もう。


 シンシアは横を振り向いた。ジーダは空を見つめている。星になった家族や友達を想っているだろうか?


「家族や友達の事を考えてるの?」

「うん」


 ジーダは寂しそうだ。教会でいろんな人にお世話になったので、寂しくないけど、やっぱり両親がいいな。


「レイラ大丈夫かしら?」


 シンシアは空を見上げて、レイラの事を思い浮かべた。今も生きているだろうか? 生贄に捧げられていないだろうか? 世界が救われるまで、どうにか生きていてほしい。


「レイラ?」


 ジーダはシンシアの方を見た。シンシアにはこんな友達がいるのか。だが、シンシアは知らなかった。あの時生贄に捧げられたのがレイラだと。


「神龍教に連れ去られた私の友達よ」


 サイカシティまで移動している間、シンシアはレイラの事を考えていた。どうにか無事であってほしい。また一緒に遊びたいな。


「心配なの?」

「うん」

「生きてるよ、絶対」


 ジーダはシンシアの肩を叩いた。きっと生きているから、世界を救うために頑張ってほしい。そして、世界を救ったら、シンシアに会いに行こう。


「だったらいいけど」


 シンシアは下を向いた。もし、それまでに生贄に捧げられていたらどうしよう。


 横にいたジーダも心配になった。あの時、生贄に捧げられたのはレイラじゃないか? 自分はあの時多くの人を救ったけど、あの女を救う事はできなかった。そう思うと、とても申し訳ない気持ちになる。


「そんなに心配するなよ」

「ありがとう」


 シンシアは少し笑顔を見せた。だが、本当はレイラの事が気になってしょうがない。何としても救わねば。そして何より、この世界のすべての人間を救わねば。




 その夜、シンシアはジーダが用意した敷布団で寝ていた。ジーダはベッドで寝ている。普通は敷布団はいらないが、今日はシンシアが寝るので必要だ。


 寝ている途中、ジーダは物音で目が覚めた。レイラが何かにうなされているようだ。汗をかいている。どうしたんだろう。ジーダは気になった。


「どうしたの?」


 ジーダにゆすられ、シンシアは目を覚ました。シンシアは辺りを見渡した。目の前にはジーダがいる。シンシアはほっとした。


「レイラが生贄に捧げられた夢を見て」


 実はシンシアは、レイラが生贄に捧げられる夢を見ていた。司祭の手で脳を取られ、白い龍の炎を浴びて魂を食べられる。見ているだけで涙が出てくる。こんな事で友達が死ぬなんて、絶対に許せない。


「そっか・・・、きっと大丈夫だよ」


 ジーダは必死で励ました。だが、ジーダは不安になってきた。あの女性はひょっとしてレイラじゃないのか? もしそうだったら、申し訳ない。


「だったらいいけど」


 シンシアは再び眠った。ジーダは眠るシンシアはじっと見つめている。あの女を救えなかった。それを挽回するために、世界を救わねば。待ってろ王神龍。必ず封印してやる!




 翌日、ジーダは目を覚ました。シンシアはまだ起きていない。悪い夢を見ていないんだろうか? いい表情で寝ている。ジーダは笑みを浮かべた。


 ジーダは窓を開けた。今日は快晴だ。夏の夜明けは早い。もう明るい。下を見ると、朝早くからあわただしく人が行き交っている。彼らは社会人だ。もう夏休みなどない。いずれ自分もそうなるんだと思うと、今のうちにある夏休みをしっかり楽しまないとと思ってしまう。


 ジーダは翼を広げ、飛び立った。今日も変わらないリプコットシティの朝だ。だが、あと何日かしたら見られなくなるかもしれない。それを阻止するために王神龍を封印せねば。


 冷たい風を感じ、シンシアは目を覚ました。シンシアは辺りを見渡した。ジーダがいない。どこに行ったんだろう。


 シンシアは窓から外を見た。よく見ると、黒いドラゴンが飛んでいる。ジーダだ。何度見ても思う事だが、ドラゴンの飛ぶ姿は本当に雄大だ。まさに魔獣の王と呼べる雄大な姿で、ほれぼれする。


 約10分後、ジーダが戻ってきた。シンシアはじっと見つめている。このドラゴンが世界を救うんだ。これからあと3人の仲間と出会うんだ。まだまだ先は長い。もっと頑張らねば。


「おはよう」

「おはよう」


 今日はアンリス火山に向かう日だ。サラマンダーのオーブを取りに行かなければ。シンシアはすでに出発の準備を終えている。


「行きましょ?」

「うん」


 ジーダは昨日の夜に準備を済ませていて、荷物の入ったリュックを背負った。2人は玄関に向かった。


 2人が廊下に出ると、ジーダは部屋の扉を閉めた。まだ朝が早いためか、廊下は静かだ。世界を救って、またここに帰ろう。そして、いつも通りの生活ができたらいいな。


 2人はエレベーターに乗って、マンションの入口に向かった。まだ朝早く、誰もいない。フロントにも誰もいない。とても静かだ。


 2人が玄関を出ると、ジーダは黒いドラゴンに変身した。シンシアはジーダの背中に乗って、アンリス火山に向かった。サラマンダーのオーブを取りに行くために。




 約10分後、2人はアンリス火山の麓の住宅地にやって来た。徐々に夜が明けてきて、ベッドタウンは多くの人が行き交っている。ちょうど朝ラッシュのようだ。


「ここが火山か」


 ジーダは山を見上げた。リプコットシティに住んでいてよく見る光景だ。近くで見るとやはり雄大だ。ジーダはしばらく見入ってしまった。


「そうね」


 シンシアも感動していた。図鑑でしか見た事のない火山で、『リプコットシティの象徴』と言われている。本当に雄大だ。


「毎朝のように見てるんだけど、まさかここにサラマンダーのオーブがあるなんて」


 ここにサラマンダーのオーブがあるなんて。シンシアに聞いた時、ジーダは信じられなかった。


「麓の雑木林に向かおう」

「うん」


 2人は麓にある雑木林に向かった。そこに炎の洞窟の入口があるという。早く見つけてサラマンダーのオーブを取りに行かないと。


 約10分歩いて、2人は雑木林の入口にやって来た。住宅地に隣接しているが、ここには誰も行こうとしない。とても広くて、入ったら二度と出られないと言われているそうだ。


 と、2人は雑木林の中で怪しい男女を見つけた。その男女は怪しいしぐさを見せている。明らかに何かを隠しているようだ。


「見張りご苦労」


 そして男は消えた。その男は白い魔法服を着ていて、顔のほとんどを頭巾で隠している。


「あの男って王神龍かな?」


 シンシアはその男に見覚えがあった。王神龍だ。閃光神ルーネに教わった。確かこんな服を着ていたと聞いている。


「王神龍だって?」


 ジーダは驚いた。もう復活しているのか?


「えっ、知ってるの?」

「女神竜サラと出会った祠の壁画にあったんだ」


 ジーダは女神竜の祠の壁画を思い出した。壁画の王神龍はこんな姿じゃなかった。三つ目の白い龍で、人間の魂を食らうそうだ。


「まさか、あれが王神龍」


 そう言ったその時、王神龍と思われる男が霧のように消えた。明らかにその男は普通の人間じゃない。


「あっ、消えた」


 2人は驚いた。王神龍がこんな能力を持っているなんて。


「もう王神龍は復活してるのかな?」

「かもしれない」


 ジーダは拳を握り締めた。絶対にこの手で封印してみせる!


「早く行きましょ」

「うん」


 2人は進もうとした。だがそのとき、後ろから女が話しかけてきた。


「ちょっと、何してるの?」

「えっ!?」


 2人は驚いた。誰もいないと思ったら、後ろに女がいる。王神龍とみられる男と話していた女だ。いつの間にいたんだろう。


「な、何でもないよ」


 ジーダは戸惑っている。本当は気になっている。この女は一体誰だろう。


「そう・・・、ここは危ないから、近づかない方がいいわよ」

「は、はい・・・」


 女はクールな表情で雑木林に去っていった。2人は女をじっと見つめている。この女は何かを隠している。明らかに怪しい。つけてみよう。


「あの人、何か怪しいわね」

「うん」


 女はどんどん小さくなっていく。早くつけないと。


「どうしてここに近づいちゃダメなんだろう」

「わからない」


 シンシアは首をかしげた。行かなければならないのに、どうして行ってはいけないんだろう。


「ひょっとして、火山に近づかないように見張っているのかな?」


 ジーダは考えた。この女は神龍教の幹部で、サラマンダーのオーブが取られないように見張っているのでは?


「そうかもしれないわね」


 そう考えると、シンシアも納得した。こいつについていけば炎の洞窟に行けるかもしれない。


「後をつけてみよう!」

「うん」


 2人は密かに後をつける事にした。この女についていけば、炎の洞窟にたどり着けるかもしれない。

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