Magical Wars 2 ~Friends~

口羽龍

第1章 5人の物語

第1話 故郷の過去(1)

 あれから200年、リプコットシティは何事もなかったかのように復興した。世界の危機が起こった時、空襲によって廃墟と化したことがまるで嘘だったかのように。だが、その時に現れた英雄の話は、絵本や小説で語り継がれていた。


 英雄のリーダーだったサラがこの世を去って10年後、リプコットシティにはサラの功績をたたえ、女神竜の像が建てられた。女神竜の姿は、世界を救った時の姿を模した巨大な銅像で、街のシンボルとなっている。毎年、この銅像には多くの観光客が訪れ、写真を撮っている。


 だが、その話は真実ではなく、遠い昔の作り話だと思う人も少なくない。そして、王神龍の封印がどれだけの効き目なのか、それを知る人はほとんどいない。


 ある夏の夜、生暖かい風が吹く。リプコット駅はいつものように賑わっていた。様々な通勤電車や急行、特急、夜行列車、大陸横断特急が発着している。世界の危機だった頃と変わらない賑わいだ。


 そんなリプコット駅で、1人の色黒の青年が夜行列車を待っていた。サイカ行きの夜行急行『セイント号』を待っているようだ。


 青年の名は、ジーダ・デルガド、16歳、高校2年生。ドラゴン族の青年だ。リプコットシティの私立高校に通っている。家はサイカシティにある。


 ジーダはホームに向かった。夜行急行が来るまであと5分だ。ホームには多くの人が集まっていた。セイント号は12両編成で、前から1号車だ。1号車から3号車が2段ベッドの2等寝台、4号車から8号車までが3段ベッドの3等寝台、9号車と10号車が指定席、11号車と12号車が自由席だ。


 ジーダは自由席を取っていた。ジーダは12号車の停車位置で待つことにした。自由席車の停まるホームには多くの人が待っている。その多くの観光客だ。ジーダはそれを見て、うらやましいと思った。本当の両親はいないし、家庭は貧しい。それでも生活を楽にするためにリプコットシティの私立高校で学んでいる。いつかいい所に就職して、育てた父に恩返しできればいいなと思っていた。


 ジーダは携帯電話を見た。時間は19時30分。夜行急行はもうすぐホームに到着する。


 待っている人々はのん気に暇をつぶしていた。トランプをしたり、テレビゲームをしたり。その中には、顔が赤く、ふらついている人もいる。近くの居酒屋で飲んだ後だろう。夜行急行には食堂車も自動販売機もない。ジーダはおにぎりと飲み物をあらかじめ購入していた。


 ジーダは今年の春からリプコットシティで生活を始めた。最初は寂しかったが、だんだん慣れてきて、友達がたくさんでき、寂しくなくなった。


「まもなく、15番線に、夜行急行『セイント号』、サイカ行きがまいります。黄色い点字ブロックの内側にお下がりください」


 アナウンスが聞こえ、推進運転で夜行急行がやって来た。客車は少し古く、最後尾の貫通扉が開いたままだ。待っていた人々は立ち上がり、乗る準備を始めた。


 夜行急行はホームに停まった。それと共に、乗客は扉を開け、車内に入った。ジーダも車内に入った。この客車の扉は自動扉ではなく、手で開け閉めする。


 ジーダが車内に入った頃はほとんど乗っていなかった。だが、後から多くの乗客が入り、車内はあっという間に満席になった。座れなかった自由席の客は、立ったり床に座る。この日は夏休みの初日で、旅行や帰省で多くの人が乗っていた。そのため、夜行急行は普段8両のはずが、今日は12両だ。自由席は後ろ1両だけだが、この時期は2両だ。


 ジーダは貫通扉の近くの通路に体育座りになり、発車を待っていた。初めての帰省だ。両親はどんな顔をして待っているんだろう。ジーダは初めての帰省を楽しみにしていた。


 ジーダは買っておいたおにぎりを食べ始めた。ジーダはホームを見た。ホームには多くの人が待っている。この後来る電車を待っている乗客だろう。


「お待たせいたしました。夜行急行『セイント号』、サイカ行き、まもなく発車いたします」


 それと共に、扉の近くにいた駅員は扉を閉めた。機関車は長い汽笛を鳴らした。発車の合図だ。ゴトンと大きな音を立てて、夜行急行はリプコット駅を発車した。


 夜行急行はしばらく同時発車した普通電車と並走したが、次の駅が近づくと、普通電車は夜行急行に抜かれた。普通電車にはそこそこ人が乗っていたが、ラッシュアワーほどではない。


 おにぎりを食べ終えたジーダは流れる車窓を見ていた。ドラゴンは空を飛べるので、普通はひとっ飛びでサイカシティまで行く。だが、今回はのんびりと夜行急行で帰ろうと思っていた。


 夜行急行は心地よいジョイント音を立てて進んでいた。この辺りは住宅地を縫うように走っている。家々の光を見て、ジーダは寂しくなった。ジーダは両親だけでなく、故郷も失った。本当の両親がいる家庭がうらやましかった。どうしてこうなってしまったんだろう。ジーダはいつの間にか涙を流していた。


「お客様、乗車券と急行券を拝見します」


 その声に気付き、ジーダは顔を上げた。ジーダの目の前には車掌がいる。ジーダは乗車券を急行券を出した。車掌は乗車券と急行券を見ると、持っていたスタンプを押し、ジーダに返した。


 ジーダは再び車窓を見た。電車はいつの間にか高架線に入っていた。ジーダは高架線から街の夜景を見た。ジーダは驚いた。こんなにもきれいなんだ。まるで蛍のようだ。ジーダはしばらくその夜景に見とれた。


 しばらく走ると、夜行急行は駅に停まった。地上駅で、夜行急行は駅舎寄りのホームに停まった。ここでも多くの乗客が入ってきたが、リプコット駅ほどではない。座りきれない客が、ますますデッキに入ってきた。ジーダは彼らの中に家族連れを見つけた。家族連れは楽しそうだ。ジーダはその様子をうらやましそうに見ていた。


 このホームには架線柱が張られていない。ここから先は非電化路線が分岐するので、このホームはその路線専用のホームと思われる。


 駅を出ると、夜行急行は複線の電化路線と別れ、単線の非電化路線に入った。ここからは本数がぐっと減る。列車の両数も減る。


 非電化路線に入ると、夜行急行のスピードが落ちた。線路がよくないんだろうか? ジーダは最後尾から別れる電化路線を見ていた。


 次の駅は交換可能駅だ。列車を待っている人はそんなに多くない。夜行急行は少しスピードを落として通過した。


 やがて夜行急行はトンネルに入った。入る直前、機関車は大きく長い汽笛を上げた。奥に進むと、その夜景は見えなくなった。ジーダはトンネルの中に消えていく夜景をじっと見ていた。


 トンネルを抜けると、そこは田園地帯だ。所々に家が点在している。その風景を見て、ジーダは生まれた村のことを思い出した。こんなのどかな風景だった。でももうそこには何もない。ただあるのは、廃墟だけだ。


 楽しい生活だったのに、あっという間に奪われてしまった。どうしてあんな目にあわなければならないのか。どうしてそれから孤児院で暮らすことになったのか。全てはあいつが悪い。あいつはどこに行ったんだろう。絶対に許せない。父を、母を、姉を、弟を、そして、大好きな友達を殺された。今思い出しても、涙が出てくる。


 しばらく走ると、駅に着いた。だが、扉が開かない。乗り降りもない。目の前の腕木式信号機は赤だ。どうやら運転停車のようだ。ここからは単線で、リプコットに向かう列車を待っているようだ。


 駅員がタブレットを肩にかけて歩いている。そのタブレットは車掌から渡された。駅員は駅舎に入った。列車がこの駅に着いたのを知らせるようだ。


 しばらくすると、向こうから列車がやって来た。単行の気動車だ。向かいのホームに着くと、扉が開いた。だが、乗り降りする人はいない。駅員と車掌はタブレットを交換した。駅員は次のタブレットを駅に持っていった。気動車がこの駅に着いたことを知らせるようだ。


 間もなくして、駅員がやって来た。駅員はタブレットを車掌に渡した。駅員はてこで腕木式信号機を青にした。夜行急行が出発する準備は整った。


 夜行急行は大きな汽笛を上げて、駅を出発した。その先には何も見えない。この先も田園地帯のようだ。まだまだサイカシティまでは長い。この先の高い山の向こうだ。


 ジーダは下を向き、レールをじっと見ていた。レールはまっすぐ続いているようだ。その向こうには暗闇がある。リプコットシティの明かりはもう見えない。明かりが見えるのはあの先の山の向こうだろう。


 ジーダは時計を見た。もう10時を回っている。疲れたのか、ジーダはいつの間にか眠ってしまった。目を閉じると、楽しかった故郷での日々を思い出す。楽しいけど、辛い思い出。忘れることができない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る