第十話 ターニング・ポイント

       ~ 2004年8月2日、月曜日 ~

 今年は二週間早めの水泳連盟全国予選関東大会東京会場・・・、この大会に出るのも今年で三回目。

 冬のインターハイは夏の方に力を入れているから余りいい成績を収めていない。

 だけど、夏の方で有名になっているから別に気にしていなかった。

 今は全ての競技が終わり屋内プールの通路にあるベンチで弥生や他の部員が戻ってくるのを待っていたんです。

「涼崎翠さんですね・・・。女子自由形400m、ご優勝おめでとう御座います・・・。しかし、今年のオリンピック競泳選考会も出ないで、国内に残っていると勿体無い・・・?いい成績を収めたれたと言うのに浮かない顔をしておりますね」

 確かに私は優勝できても嬉しくなかった。それはどんなに頑張っても私の願いの一つである春香お姉ちゃんの目覚めが叶ってくれないからだった。

「・・・そんな事・・・・・・、そんな事ないです」

 そんな風に言葉を返してから話しかけてくれた人を見上げた・・・?

「お爺さんとどこかでお会いしたことありましたっけ?」

 見上げたの人がどこかであった事のあるようなご老人だったからそう口にしていた。

「いえ・・・、初めてです。ご紹介が遅れました私の名前は反町駈と申します。水泳選手のスカウトをやっています」

「私実業団に入る積り有りません」

「そうですか・・・、断るのは貴女が先ほどの陰りを見せていたのが原因でしょうか?出来ればその理由を教えていただきたいですね」

 家庭の事情なんって話す気になれなかったけどその老人のとても優しく純粋な瞳を覗いてしまったらなぜか自然に抵抗もなく理由を話してしまっていたんですよね。

「・・・、だから嬉しくないんです」

「お姉さんのために努力しているのですね・・・、お優しいですね」

「私は全然優しくなんかないです」

 だって、私はそんなに大事な春香お姉ちゃんに手を掛けてしまいそうになったのですから。

「・・・、そういうものは自分ではよく分からないものですよ。私が言ったところで何の意味もないと思いますけど・・・、近い内に貴女の努力が報われるのではないのですかね。それではまた改めてお会いしましょう」

 駈さんって人は一方的にそう言うと私の言葉も聞かないでここから立ち去っていた。

 それから直ぐして弥生とこの大会に出場していた女子部員、後輩の七人が戻ってきた。

 自由参加だった応援に来ていた他の部員は一足先に帰っていた。

 弥生と一緒にその後輩達と地元へと帰宅する。

 今回の大会で歴代の部長三人、詩織さん、陽子さん、夏美さんが応援に来てくださいました。

 詩織さんは来ていたけどヤッパリ今回も貴斗さんは来てくれていなかったんですよ。

 でも、彼は必ず全国大会には応援に来てくれるから今年もばっちり優勝狙ってこれからの練習も頑張ることにした。


        ~ 2004年8月3日、火曜日 ~


 関東大会が終わった翌日も私は必死になって泳ぐ練習をしていた。

 だって二週間も経たないうちに直ぐ全国大会があるからなんです。

 詩織コーチに見守られ、クロールの動きを少しずつ変えながらプールの中を何度も往復していた。

 どれだけ往復したかなんって自分では数えていなかったけど頃合を見てくれていた詩織さんがプール中腹にいる私に聞こえる様に大きな声で呼んでくれる。

「はいっ、そこまでですよ、翠ちゃん」

「ハッ、ハァーーーイッ、今そちらに行きまぁ~~~ッス」

 泳ぎを止め元気よく返事してからまだ泳いでいる部員に邪魔にならない様に一気に詩織さんのいる所まで泳いでいった。

「とぉ~~~ちゃぁ~~~くっ」

「お疲れ様でした」

 詩織さんは私に優しく言葉を掛けながら手を差し伸べてくれる。だから、遠慮しないでその手に掴みお礼をいった。

「センパァーイ、有難う御座いまぁ~ッス」

 すると私の言葉と同時に先輩は私を引き上げてくれるんです。

「詩織先輩、着替えてくるまで待っていてくださいねぇ」

 彼女から少し離れて体に付いている水気を簡単に払ってからそう口にした。

「ハイ、わかっております」

 その言葉を詩織さんから受け取ってから手を振って、更衣室へと向かった。




            *   *   *




 シャワー室で弥生と全国大会のお話をしながら体と髪の毛を洗っていた。

 そうそう、弥生も全国大会に出場する事になっている。

 内の学校で今回全国大会に出るのは私を含めて五人もいるの。

 男子の方は何と十二人、殆どの種目に参加状態。

 今年は私がいた三年間の中で男子女子共に一番多く全国大会に出場になっていたんですよ、すごいでしょう。

 親友より早く着替え終わった私は彼女に別れの挨拶を告げる。

「弥生ちゃん、それじゃなぁねぇ~~~」

「ああぁっ、待ってよぉ~~~、弥生も詩織先輩と一緒に帰るぅ」

「駄目よぉっ、私と詩織お姉さまの邪魔をしないでネェ~~~」

 悪戯口調で言ってあげると本当に弥生の事を置き去りにして、詩織さんの所へと向かった。

「お待たせいたしました、それではぁ詩織先輩、帰りましょう」

 詩織さんは私の言葉と同時に歩み始めた。そして、私もそれに追いつく様にお姉さまの隣に立って歩く。

「全国大会も間近に迫ってきましたわね。体調、お崩しにならないようにしてください」

「はい、今年も優勝して三連覇です」

 三連覇なんって元気よく調子のいい事を言ったけど結果は終わって見るまで分からない。

「頑張って下さいね、応援していますから」

 そう言葉を掛けてくれる詩織さんにニッコリと微笑み返した。

 それから暫くして駅付近に近づいたとき、私は貴斗さんの事を尋ねていた。

「先輩、今日も貴斗さんの所へ寄るんですか?」

「ええぇ、そうですよ、それがどうかしましたか?」

〈やっぱりそうなんですねぇ、わたしも行っこっかなぁ〉

「私もお邪魔しちゃおうかなぁ」

「フフッ、別にかまいませんけど。貴斗なら遅くまでお帰りになりませんよ」

「そうですか、残念ですぅ、れじゃ、今日はや~めヨッと」

〈なぁ~~~んだやっぱり今日もバイトで遅くまで帰ってこないようですネェ。だったら行くの、よそっと〉

 駅前交差点に指しかかって信号が変ると詩織さんに別れの挨拶を告げる。

「それじゃァ~~~、詩織先輩。また、明日ぁ~~~」

        ~ 2004年8月4日、水曜日 ~

 夏休みに入ると部活が始まる前に春香お姉ちゃんの所へお見舞に来ていた。

 丁度お姉ちゃんのストレッチが終わってお布団を掛けて上げたときにこの時間に珍しいお客様が来てくれた。

「藤原です」

「おはようございまぁ~~~す」

「貴斗さん!」

〈ワッ!こんな時間に貴斗さんが来るなんって吃驚しかも詩織さんとご一緒〉

「詩織先輩もご一緒なんですね!オハヨウございます」

 二人の先輩さんに元気よく挨拶した。

 貴斗さんは病室の真ん中辺りで動きを止め春香お姉ちゃんの傍までは来てくれない。

 詩織さんは春香お姉ちゃんの頬を優しく撫でてから窓際で私とお喋りを始めてくれる。

 お話の話題は最近、私も詩織さんも見ている〝フォー・ユー~傍に居たいから~〟と言うタイトルのラヴ・ドラマ。

 どんな内容かは皆さんで勝手にご創造してくださいねぇ。

 そのドラマの話も終わって今度は流行の話しを開始していた。

 でも、そんな私達を無視している様に貴斗さんは全然話に乗ってきてくれません。

 それを見かねた詩織さんが貴斗さんに声をかける。

「タ・カ・トぉ、貴斗ってばぁ!」

「なっ、なんだよ」

「私タチの話ちゃんと聞いていました?」

「・・・」

「ほぉ~~~らね、翠ちゃん、最近、私とお話していている時でも直ぐこうなるんだから」

「ひっどぉ~~い、詩織先輩、可愛そうです。次から詩織先輩に同じことしたら、詩織先輩が許しても私が赦しませんからね!」

「何で、翠ちゃんにそんな事を言われなきゃならないんだ」

「駄目なものは駄目なんです!」

 最近私はちょっとだけ思うことがあった。

 それは叶わない片想いなら貴斗さんに私の尊敬する詩織さんだけを大切にしてもらいたいなって思う事です。

「ハイ、ハイッ」

「貴斗さん、返事は一回だけでいいんですよ」

 なんだか貴斗さんのそれは空返事だったような気がするからつい生意気なこと言ってしまいました。

 黙ってしまった貴斗さん、お話とかしてくれなさそうだったから残念だけどまた詩織さんと二人だけでお喋りするのを再会。

 私の時計で10時13分を指したとき貴斗さんがヤット口を開いたんですよ。

 それも、やっと言葉を出したと思えばお別れのお言葉だったんです。

「詩織、ソロソロお暇するぞ」

「それじゃ翠ちゃん、午後の部活でお会いしましょう!」

「今日も来てくれるんですネェ~~~、待ってまぁ~~~す」

 私がそう言ってから二人の先輩は扉の方へと向かって行く。

 貴斗さんがここから出る前になぜか春香お姉ちゃんの様子を確認したみたいだった。

 彼は不思議そうな顔を浮かべる。

「ぅん?」

「どうかいたしました、貴斗?」

「いや、今一瞬・・・、涼崎さんが動いたように見えたから」

「まさかっ」

 私の声と詩織先輩の驚きの声が上手い具合に重なったんですよ。

「悪い、俺の見間違いだった様だ・・・、行くぞ、詩織」

 でも貴斗さんの聞き違いだったのか、申し訳無さそうな表情を私に向けてからそう言って立ち去ろうとした・・・。

 しかし、彼のそれは間違いじゃないみたいです。

「ぅっ、うぅぅ~」

〈ぇえっ、えっえぇええぇ~~~、本当に春香お姉ちゃんの声なの??〉

 驚きすぎて身動きが取れなくなってしまったんですよね。

 どんなときでも冷静な貴斗さんがそんな私に言葉をかけてくれる。

「翠ちゃん、早くナースコール」

 貴斗さんの言葉に従い、手元にあったナースコールボタンを押してそれを医局に知らせた。

 一分も経たない裡に春香お姉ちゃんの担当医、調川愁先生がお見えになったんです。

「君達は外で待機していて下さい。それと、出来れば彼女の両親に連絡お願いいたします」

「ハイ、直ぐに連絡します」

 廊下に出てから二人の先輩に電話を掛けに行く事を伝えその場を離れたんです。

 病院の外に出て携帯電話を取り出して秋人パパの携帯に連絡を入れた。午前中はママも一緒に居るはず・・・。

『トゥルルルッ♭×18』

 こんな大事な時だって言うのにパパは直ぐに出てくれなかった。

 十八回目のコールでヤット出てくれる。

「パパ、翠だけどどうして早く出てくれなかったの」

「翠、どうしたんですか、そんなに慌てた声を出して」

「もぉ、パパそんな呑気な感じで話さないで、よく聞いてね。春香お姉ちゃんの意識が戻ったみたい。だから直ぐ病院まで来てね、直ぐだからね」

「分かりました、葵と一緒にそちらに向かいますから」

 春香お姉ちゃんが目覚めたって言うのに秋人パパは本当に冷静な声でそう言ってから電話を切ってきた。

「もぉ、秋人パパッたら」と愚痴をこぼす。

 暫く、両親が来るまで正面玄関で待っていたけど中々来ない様子だったから一旦、病室へ戻ろうと思ってそちらへと向かったんです。

 六階の階段を登り終えた時、帰ろうとしている貴斗さんと詩織さんに遭遇。

 二人を呼び止めたけど貴斗さんが〝よろしく〟って言葉を私に向けると詩織さんを引っ張る様にして二人して去って行ってしまった。

 両親が来るまで病室の外で看護婦さんと一緒に待っていた。

 どれだけ、待たされたのか時計を見れば分かるけどヤットのことでパパとママがご到着。

 それから、看護婦さんはそれを確認すると病室に居る調川先生を呼び出した。

「涼崎さんのご両親おそろいのようですね・・・、三年間長かったようですけど娘さん、彼女が目をお覚ましになりました」

 調川先生の言葉にパパもママも大喜びの表情を浮かべていた。

 勿論、私も。関東大会でお会いした駈さんの言った通りヤット私の願いの一つが叶った。

 でも、春香お姉ちゃんの目覚めは両手を上げて喜べるものじゃなかったの。

「娘さんの目覚めで嬉しい気持ちは分かりますが一つだけ心苦しい事があります・・・、耳をふさがないで確り聞いてください」

 調川先生は冷静にそう言ってから春香お姉ちゃんの容態を私達に告げた。

 それはお姉ちゃんの記憶のことだったの。

 春香お姉ちゃんが事故に遭ってからもう三年も経つのにそれに気付けない様子だと調川先生は口にしていた。

 ようは春香お姉ちゃんの周りの時間だけ三年前の夏の終わり頃の時間が流れていると言う事ですね。

 そのため時間的なギャップを与えショックでまた倒れこまない様にするため三年前の通りに春香お姉ちゃんの前では演じなければいけないと言うことだったんです。

 私はそれを聞いた時にどうしていいのか分からなかった。混乱してしまった。

 全てを聞き終えた頃、部活に向かわなければいけない時間が迫っていた。

 私はそんな頭が混乱した状態で今日の学校へと向かう。

 詩織さんの前では平静に保ち、春香お姉ちゃんのことを軽く話した程度で余計な事は一切口にしなかった・・・。

 口にしたくなかったんです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る