お金は音よりも紙よりも重い
シヨゥ
第1話
「気持ちだけで結婚したらぼくはきっと結婚生活に心が折れてしまう。だから、身の丈に合わないぐらい高い指輪を買って、馬鹿みたいに金をかけて結婚式をしよう」
プロポーズの熱も冷めやらぬ夜、ぼくは奏にそんな提案をした。
「なんでいきなりそんなこと言うの」
雰囲気ぶち壊しなこの発言に奏は嫌な顔をする。
「まぁ聞いてほしい」
ぼくは背筋を正した。
「ぼくはね、たしかな覚悟ってやつを持ちたいんだ」
「たしかな覚悟?」
「そう。たしかに僕は数時間前に『結婚してください』と告白した。そして明日にでも結婚届を提出するつもりだ。もちろん旦那になるという覚悟の元に行動した。これはわかってくれていると思う」
「そうね」
「ここからはちょっと理屈っぽいはなしになるけど、いいかな?」
「うん」
「それじゃあ話すけど。まず告白。これは気持ちを音として表現したに過ぎない。音はその場限りで消えてしまう。もちろん奏の中には残ってくれていると思うけども」
「それはもちろん」
「良かった。それを否定されたら泣いちゃうところだった。話を戻すけど、その場で消えてしまう誓いをぼくは誓いとは思えないんだ」
「たしかにね」
「次に結婚届。これは正式に夫婦になるという公的な手続きだから告白よりは残る感じがする」
「そうだね。たしかに実感は結婚届のほうが上な気がする」
「でも言ってしまえば紙切れだ。吹けば飛ぶようなもので誓ったものをなんてと、奏には申し訳ないけど思ってしまうんだ」
「ちょっと残念だけど、わかってしまう気もする。この契約書なんて守って何の価値があるんだろ、とか仕事で思うからね」
「わかってくれてありがとう。そんな感じだからさ、結婚にするにあたってお金をかけたいんだ」
「えーっと、なんで?」
「お金は音よりも紙よりも重い。重いからこそ使った分だけどうにか取り戻そうと必死になる。その気持ちが覚悟になると思うんだ。
もちろん大好きで、離れたくなくて、長い同棲のなかで奏となら暮らしていけると思ったから結婚を申し込んだんだけどさ。ぼくは弱いから、もうひとつ最期までいっしょに暮らしていけるような何かが欲しいんだ」
「それが『高い指輪を買って、馬鹿みたいに金をかけて結婚式をしよう』て言った理由なのね?」
「そうなります。もちろん奏の気持ち次第だからね」
「分かった」
「えっ」
「高い指輪を買って、馬鹿みたいにお金をかけて結婚式しようよ」
「いいの?」
「それで不安がなくなるならね」
ぼくが尋ねると奏は笑う。
「ぶっちゃけ私も不安なんだよね。ただ関係性が変わるってだけなのにさ。そこで一つ節目があったらと思うの。何かが変わるようなさ。その点お金がまったくなくなるっていうのはすごい変化じゃない。結婚式も節目だけどさ、悲しいけどお金がなくるほうが節目感強いよね」
「そうだね」
「だからやろう。徹底的にやろう」
「分かった。それじゃあ明日、結婚届を提出したら情報を集めよう」
明くる日、ぼくらは正式に夫婦になった。穏やかに続く同棲の延長を選ばない僕らの日常は忙しさを増していくことになる。
結婚して半年が過ぎた。
すべてのことにひと段落がつき、ぼくらは一応の平穏を手に入れた。
ただ貯金はゼロを振り切っていて、借金生活がこれからはじまる。
きっとぼくがこんなだから節目ごとにぼくらは借金生活に突入するのだろう。
それでも2人が最期まで笑いあえればなと思うのだ。
お金は音よりも紙よりも重い シヨゥ @Shiyoxu
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