再会と秘密と (3)
ダリルとアシュレイが庭に散策に出かけてから、十日過ぎた頃。
「アシュレイ、今の生活には慣れた?」
執務の最中、思い立ったように、ダリルは尋ねた。
「まだ夢心地ですが……まあまあですね。あなたの支えになっていられれば、良いのですが」
「そばで笑ってくれるだけでも嬉しいけど……アシュレイは飲み込みが早いし、仕事に抜かりがないから、助かってるよ」
「ふふ。ありがとうございます」
二人は微笑み、見つめ合う。
「全く、この二人は」
パットはにやりと笑いながら、二人の様子を眺めていた。
「パットまで、兄上みたいなことを! ……もしかして、羨ましかったりする?」
「違うし!」
「ふふ。私は二人の仲が良いのも、いいなと思いますよ?」
「ダリルとは仲がいいっていうか……腐れ縁、って所か」
「まあ、そんな所だろうね」
三人が会話を交わしていると、突然、大きなノックの音がした。
「ダリル様はいらっしゃいますか!」
騎士と思しき、男性が声を張り上げる。
「何でしょう?」
アシュレイは即座に応じ、騎士を執務室に招き入れた。彼は、深刻そうな表情でダリルに向き合う。
「ダリル様! 報告があります!」
「どうしたんだい?」
「魔物による、村の襲撃が相次いでいるのです。場所は、王都北東部の村落。第一師団の第二小隊、第三小隊が支援に向かっていますが、魔物の親玉の足取りは追えず、被害は広がる一方です。つきましては、ダリル様に復興支援と援護を請いに伺いました」
騎士は地図を開くと、目的地を指し示した。
「わかった。それは放っておけないな」
ダリルは即答し、パットとアシュレイも不安半分であるものの、彼の指向には賛同した。故に、その後の彼らの仕事は、旅程の計画を立て、旅支度を済ませることであった。
そして、旅立ちの日、三人は玉座に座るダリルの父―ソルシア国王ギャレットに挨拶をした。
「行ってきます、父上」
「生きて帰ってくれ。それだけだ」
ダリルと父との間に、言葉は少なかった。それでも、何も言わずに送り出してくれることが有難いと感じながら、ダリルは出立した。
***
馬車はダリル一行と支援物資を乗せて街道を進み、三日かけて村に到着した。
村は、魔物によって畑や家が荒らされ、見るも無残な状態となっていた。
畑の作物を失った住民には、食料を。現場の医師には、宮殿に備蓄された薬を。そして、荒らされた家の瓦礫回収と修復を。ダリルたちの仕事は、山のようにあった。
「おい、その食料、全部よこせよ」
ダリルたちが食料を村の住民に配っていた所、一人の男がアシュレイに詰め寄っていた。
「そうする訳にはいきません。他の村にも、救援を待ってる人たちはいるのです」
アシュレイは、毅然と答える。
「このクソアマ!」
男がアシュレイに殴り掛かろうとした所、彼の腕を掴んだのは、ダリルだった。
「僕の部下に手を出すのはやめてほしい」
ダリルは男に対して睨みをきかせる。
男は、ちっと舌打ちをして、どこかに行ってしまった。
「王子様、慈悲をありがとうございます」
一方で、配給の列に並んでいた女性は、ダリルとアシュレイに深々と頭を下げた。
「お姉ちゃん、怖かったよ……」
女性の娘であろう、ぬいぐるみを手にした少女が、アシュレイのもとへと駆け寄ってきた。アシュレイは、黙って少女を抱きしめて、わんわんと泣く彼女に、ぽんぽんと頭を撫でていた。
「王子様に魔法士様。どうか、魔物を懲らしめてください。私たちのような者を、これ以上出さないために」
少女の母親は、祈るように、ダリルに懇願する。
「わかった」
まっすぐに、ダリルは女性へと答える。その様子を、影ながらアシュレイは見つめていた。
その後も、ダリルたちは村の支援を行いながら、魔物の行方を探っていた。
「ダリル様。襲撃した魔物は群れだったそうです。あなた方に何かあっては困ります。私たちも、お供いたしましょう」
騎士たちの協力も得て、戦力としては申し分ない。
魔物の群れは行く先々で人を襲っているらしい。これ以上、連鎖を起こすわけにはいかないと焦りを含みながら、ダリル一行は馬を進めた。
地図と土に残された魔物の足跡などを頼りに、次に魔物たちが向かう場所を探っているうちに、日は傾いていた。そのため、ダリルたちは、野営の準備を始めることとした。
いくつかテントを設置し、薪を積み上げる。それに火をつけようとした瞬間―彼らを取り囲んだのは、狼の群れだった。
数にして、二十匹ほど。最奥には、ひときわ大きい者もいた。この個体が群れの親玉だろう。
「まさか、村を襲ったのは君たちなのかい?」
ダリルは、狼たちに問いかける。けれども、狼は、ぐるると唸り声をあげるのみだった。
「ダリル様! ここは私たちにお任せください!」
騎士たちは、剣を構え、狼の群れを相手取った。
「なら、俺たちは親玉の相手をしてきます!」
「パットさん、行きましょう!」
パットは槍を、アシュレイは短剣を手に、抗戦する騎士たちをかいくぐって親玉の元へと向かった。
「僕も行くよ!」
ダリルも剣を抜き、二人の後を追った。
多勢に多勢。騎士たちの健闘を祈りながら、ダリルたちは親玉のもとへと駆けた。
狼の親玉は、他の狼よりもひときわ大きい体格をしていた。
素早い動きに、ダリルとアシュレイが翻弄されている所に、パットは槍を真っすぐ振り、一撃を加える。彼は流れるように狼の爪をかわしつつ、的確に狼の身体へと突きを繰り返していた。
「やべっ」
パットが攻撃を外した隙に、狼は後方支援に徹していたダリルとアシュレイのもとへと飛びかかる。
「危ない!」
アシュレイはダリルをかばうように、狼に立ちふさがった。
彼女が魔法陣を描こうとしたその瞬間、狼の爪が一閃。
アシュレイは、負傷した右肩を抑えながらも、魔法陣を描きなおし、光の矢によって応戦した。それでも彼女の爪で服の下までえぐられた傷跡と、どくどくと流れる血がダリルの瞳に痛々しく映っていた。
「アシュレイ!」
「大丈夫か!?」
ダリルとパットは、アシュレイのもとに駆け寄る。
「この程度、大したことではありません」
アシュレイは右手を再び宙に舞わせ、再び魔法を行使しようとするが、真剣な表情の裏に苦しみが見えた。
「僕はアシュレイの手当をする。パット、親玉は任せてもいいかな?」
「もちろん」
ダリルの指示を元に、パットは槍を手にして、再び狼の前に立ちはだかった。
間合いを保ちながら、一人と一匹は、攻撃の機会を窺っている。
彼らの攻防の傍らで、ダリルに治療を受けながらも、アシュレイは土の槍で応戦していた。
狼も、だんだんと前脚を振るう速度を落としている。パットとアシュレイの攻撃が、じわりじわりと体力を奪っているのだろう。
「これで決める!」
パットは、隙を見せた狼の心臓を狙って、一直線に槍を貫いた。
狼は呻き声をあげて、二度と動かなくなった。
「仕留めたぜ、ダリル」
パットは槍を狼の心臓から引き抜くと、刃についた血を振り払う。
「助かったよ、パット」
ダリルはパットとハイタッチを交わした。
「パットさん。見事です」
「すまない。俺がしくじってなければ……」
「いいのです。親玉を仕留められたのも、あなたのおかげですから」
ダリルの手で応急処置を受けていたアシュレイはパットをねぎらった。苦しいはずなのに、何故彼女は微笑むのか。ダリルの心はちくりと痛んでいた。
遠くを見ると、騎士たちも狼との戦闘を終えているようだ。彼らのもとへと戻ろうと歩き出したところ、アシュレイの右肩の血に紛れて魔法陣がちらりと見えた。ダリルはそれが少し気にかかったものの、彼女の治療を優先させるため、前を向いて歩みを進めた。
***
翌日、近場の村の診療所に向かったダリルは、医師にアシュレイの治療を頼み込んだ。
アシュレイの意識はあり、命に別状はないが、それでも傷が深いことには変わりない。彼女は立ち上がり、村の救援に向かおうとしたが、医師とダリルとパットには止められたため、安静にしていた。
「ダリル様、パットさん。私のことに構わないで、村の皆さんの所に行ってください」
「そうしたいのはやまやまだけど……パット、先に行ってもらえないかい? 僕はアシュレイと話をしたら、すぐに合流する」
「わかった」
パットは一度だけ振り返ってから、病室の外へと出た。
「アシュレイ……無事でよかったよ」
残されたダリルは、アシュレイの右手を握る。
「いいえ。ダリル様にお怪我がなくてよかったです」
アシュレイは左手で、ダリルの手をそっと包み込んだ。
「ダリル様。支援が終わりましたら、どうか私を置いて、パットさんと宮殿にお戻りください」
「だめだ。あなたを置いて、戻るわけにはいかない」
「ですが、あなたたちには執務もあるでしょう?」
「この村でやるべきことはまだあるし、部下を見捨てる訳にはいかないよ」
「なら、私の怪我が早く治るよう、祈ってくれますか?」
「もちろん。じゃあ、お大事にね」
ダリルはアシュレイの病室から外に出て、パットと合流しようとしたところ、まっすぐな黒髪の女性とすれ違った。
「こんにちは、ダリル様。娘がお世話になっているわね」
「こんにちは、ローザンさん。奇遇ですね」
紅の瞳を持つ年齢不詳の女性は、ダリルと目が合うと、にっこりと微笑んだ。
アシュレイの母親は、魔物の研究をしている魔法士だという。そんな彼女であれば、調査のために村を訪れていてもおかしくはなかった。
「ダリル様にお伺いしたいことがあるのですけれど、構わないかしら?」
「はい。手短にお願いします」
「アシュレイについて、どう思っているのかしら?」
「大切な部下で、そしてかけがえのない友人です」
「そう。それは良かった。それとして、私の愛娘を従者とするなら、忠告することが一つあるの」
「何でしょうか」
「あの子を魔法士として側に置きたいのなら、決して口づけを交わさないことよ」
「……はい?」
「言った通りのこと。あの子が好意を持ってる相手と口づけを交わすと、彼女は魔法士ではなくなるの。だから、羽目を外さないでちょうだいね」
口角を上げて笑いながら、ローザンはふらりと去ってしまった。
「どういうことだ」
ダリルが抱いた疑問は、風に乗って消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます