第11話 少年たちのように-11

 晴天の下、涼子とあざみは野球部外野席の芝生に横たわり昨日のライブを語り合った。あざみは次第にテンションが上がって、まるで今ライブを見てきたばかりかのような状態になった。涼子はそんなあざみに満足しながら、体を大きく伸ばした。

「あたし、絶対、ファンクラブに入っちゃう」あざみ

 あざみは、まだプロでもない流に憧れ、まだありもしないファンクラブに入る決意を涼子に訴えた。涼子は、プロになった流を想像することはできなかった。あまりに昨日の姿が印象的で、まだ高校生ながらライブソロを演奏する流の姿だけが思い浮かんだ。

 涼子はあざみの話を聞きながら体を起こし、グラウンドを見つめた。今日は練習はないのかと見ていると、一人の男子がグラウンドに入ってきた。遠目ではあったが、涼子にはそれが江川だとすぐにわかった。涼子は、あざみの目も気にせずに、江川に手を振った。江川はそれに気づくとゆっくりと走ってきた。

「やっほぉ、江川君。これから、練習?」涼子

 近づいてきた江川に、涼子は外野席から訊ねた。あざみは、その時の涼子の笑顔が珍しくて、黙って涼子の顔を伺っていた。

「今日は、練習ないんだよ。自主トレみたいなもん」

江川は隣にいるあざみにも注意を向けながら、そう答えた。

「ひとり?」涼子

「うん、まぁね」

「じゃあ、今日は、ここにいてもいいのね」涼子

「ああ、別にいいよ。俺はバッティング練習はしないから」

「ここ、気持ちいいのよ。芝生の上って。じゃあ、応援しててあげるね」涼子

「べつに、いいよ。そんなことしなくても」

 江川は柔軟体操をしながら応えた。と、涼子の目線がベンチの方に向けられているのに気づいて、江川もその方を見た。すると、一人の選手が、またグラウンドに入ってきた。

「なんだ、他にも練習するんじゃない」涼子

「あぁ」江川は静かに言った。「三沢だな」

「三沢君?カレもピッチャー?」涼子

「そうさ」

江川が静かに答えるのを見て、涼子は思いついた。この間、江川の隣でピッチング練習をしていたのが、きっと彼だと思った。

「ひょっとして、ライバル?」涼子

からかうつもりで言ってみたのだったが、江川はくるっと涼子の方を見ると、そうさ、と言い切った。涼子はそんな江川の態度に圧倒されてしまった。

「ライバルなんて言うと、変かもしれないけど、少なくともスゴイやつさ」

「でも、江川君がエースなんでしょ」涼子

「今はね」

「…じゃあ、いつかは追い越されるかもしれないってこと?」涼子

「そうじゃないよ。今でも、三沢の方が上かもしれない」

 江川の様子が真剣だったので、涼子はもうからかうことはできなかった。江川は体をほぐしながら、三沢が近づいてくるのを見ていた。三沢は、ニコニコしながら手を振って近づいてくる。涼子は二人の様子に刺々しい雰囲気がないことが意外だった。

「よぉ、三沢。あいかわらず、練習熱心だな」

「江川こそ。そっちのは、誰?」

「あぁ、去年おんなじクラスだった朝霧さんと、友達、だね」

涼子は改めて紹介されて緊張してしまい何も言えず会釈した。あざみも緊張していたようで、ただ黙って頷いただけだった。

 二人は笑顔を浮かべながら体をほぐしていた。そして、一緒に練習を始めた。そんな二人の姿に昨夜の流の姿が重なって見えて、目が離せなくなった。あざみは、涼子の脇を小突くと、

「リョーコ、いつのまに、あんなカレつくったのよ」と言った。

涼子は、そんなじゃないよ、と言いながら、二人の姿を追っていた。あざみは、少しあきれた様子であったが、涼子に合わせるように黙ってグラウンドを見た。

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