第二話 心の駆け引き
~ 2001年9月13日、木曜日 ~
貴斗のヤツから頼まれ事をされ四日目、正確には三日目。
ヤツが正直に話してくれたのが依頼を請けた次の日だったから・・・、な。
今日も又、宏之への交渉の為、奴のマンションに向かっていた。
あっ、そうそう、貴斗から与かったあのカード・キー試しに幾つかのドアに差し込んで使ってみたら・・・、マジで使えたぞ、スゴッ!
その際ちょっとオイシイ思いをしたのでヤツに感謝、感謝。
エッ、どんな事かって?
それは教えられない、秘密って事にしておいてくれ。
強いて言うなれば、健全の男だったら誰でも羨む鼻血ぶぅーーーな事かな?
えっ、エロい物を見たって実際鼻血なんか出さないって?
そうだけドサッ、あくまでも、表現、表現だよ。
それほど凄い物を・・・ってオッといけない、これ以上言ったら俺のイメージダウンだ。
ここまでにして置いてくれ!
頭の中でどうでも良い事が浮かんでいると宏之の家の扉が見えてきた。
〈・・・、ウンッ?誰か居る〉
その扉の前で虚ろに何かを眺めながら、一人の女の子が突っ立っていた。
その女の子を俺はよぉ~~~く知っている、知っていて当然の人だった。
こちらに気付いていない、だからこっちの方から呼びかけてみる事にするかな。
「ヨッ、隼瀬ジャンか。なに、突っ立ってんだ、こんな所で?」
俺の言葉にハッとなって彼女はこっちに気付いた。
「アッ、慎治!?」
驚いた風だけどそれとは裏腹に彼女の顔はなんだか辛そうだった。
「なんだか元気なさそうだな。それに、馬鹿明るいくせの隼瀬、最近クラスでもダンマリだし」
「ハハッ、ソッ、そんな事ないわよ、って、アンタ今失礼なこと言わなかった?・・・・、まぁいいけど。それより慎治こそどうして来たのよ?」
彼女は突っ込みを返しながら無理に笑って・・・、いる様にみえた。
何時も元気がとりえの彼女だから、余計に心配になる。
彼女の宏之に対する気持ちを知っている。だから、心配してここへ来たのだろうと。
そうとしか思えなかった。
「あるヤツからの依頼でここへ来た」
「はぁんっ?あるヤツって、もしかして貴斗事?」
〈鋭いですね、隼瀬さん、その通りです〉
然し、クライアントの秘密を守らねば駄目だという義務を親から学んでいる。だから、平静な表情と冷静な口調で返してやる事にしたのさ。
「何で、俺がアイツの依頼なんて請けないといけないんだ?ちがう、けして違うぞ、隼瀬君!」
「ふぅ~~~ん、そうなんだ」
「何だよ、その目は。疑っているのか、この俺を?」
「ククッ、べぇ~~つにっ」
彼女は戯けた顔で俺にそう返してきた。
幾分マシになったのか?さっきみたいな暗い顔ではない。
「信じる、信じないは隼瀬の自由だ!だが、貴斗に余計な事を言うなよな!」
「ハイ、ハイ、わかったわよ」
彼女は呆れるように、左手で右腕の肘を支えるようにし、その方のコブシを顎に当てながらそう返してきた。
「そうですか、それより宏之とはあったのか?」
「駄目・・・、見たい、だから私もう帰るわね。それじゃ、慎治、バイバイ」
彼女は何処となく、俺から逃げるようにこの場を去っていった。
なんだか悲しい気分がこみ上げてきた。
そんな事を思っていても仕方が無い、やるべき事をやらねば!
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ!』
『ピィーンポォ~ン、ピィーンポォ~ン、ピィーンポォ~ン、ピィーンポォ~ン♪』
扉を叩くと同時にインターフォンのボタンを連射する。
普通の奴ならこんな嫌がらせをされたら黙っては居ないだろう・・・、人が中にいればな。
不本意だと思いつつも心を鬼にしてそれを続けること約一時間。
何度か他の家の扉が開き、
『うるさいっ!』とお叱りを受けた。
ごもっともである。近所迷惑当然の行為だったから。然し、そんなお叱りにも負けないでそれでも続けた。
〈若しかしてある意味、俺って根性ある?〉とバカな事を考えていると
「迷惑だ、消えロッ!」
ヌッ!この声は?俺の行為がやっと報われたのか。少しだけ意中の奴の重い扉が開き、そこから声がした。
〈よしっ、しめたぞ。いまだっ!〉
そう思いドアの取っ手に手を当て渾身かつ強引に開けようとした。
『ガツッ!!』と重い金属音。
「ウッ」
腕に痛みが走る。
開かない扉を無理矢理、引っ張った所為で腕の筋肉が強制的に伸びてしまった。
開かなかったのはスライドロック(チェーンロックより更に強固な物)が掛かっていたからだと思う。
〈奴メっ、やるナッ!〉
「外に、出てこなくて良いからそこで聞いてロッ!」
「何だ?」
宏之の奴は聞く気になったのか、小さくそう呟いてくれた。
「クラスのみんなお前が来ないから心配してるぞ」
嘘を言ったつもりはない、宏之はなんだかんだみんなに言われているがクラスのムードメーカー的存在。
俺達は今年、受験だから普通はピリピリしている筈。
エスカレーター式だからといって全員が全て聖陵大学へ上がるわけでもなく、他校へ受験する奴らも当然いるわけで。しかしながら、他のクラスよりもその雰囲気は余り感じられない。
それは宏之という、ドアホゥが居る存在の御陰である。
〈宏之、ゴメン〉
扉の向こうのその奴に判らない様、頭を下げ、声を出さずにその中傷の意に対して謝った。
そんな事を思い終えた時、やっと宏之が言葉を返してきた・・・。
「それで?」
奴の反応は俺の限界を超えていた・・・、じゃなく俺の考える範疇の答えを返してきた。
予想通りの答えだった。
判っていた事、だから、気にもせず言葉を続けた。
「クラスの、みんなもそうだけど。貴斗、隼瀬、藤宮さんも皆すごくお前の事を心配している。いっとけどな、無論、俺もだからナッ!」と自分の事も忘れず付け足す。
「だから、なんだ」
「うるせぇ、突っ込むな!最後まで黙って聞いて置け!」
「続けてくれ」
意を解したのか?気のない返事を返してきた。
今度は突っ込みを入れられる余地のないテンポで話すことにした。
「貴斗、ヤツは涼崎さんの事故の事を凄く、悔やんでいる自分の所為だって」
アヤツに『言うな』と言われた事を三日にして破った。
三日坊主ってか?・・・、言葉の遣い方が間違っているぞ。
然し、交渉の為には仕方がない。
〈許せ、貴斗〉
ヤツに念を送ってみた。
意味無いこと百も承知。
宏之にアイツの口から聞いたことを出来るだけ正確に伝えた。
「オマエ、貴斗にそんな風に思わせて置いていいのか?お前はそれでいいかも知れない。記憶喪失中のヤツに負担かけさせるなっ!約束しただロッ?俺達で貴斗の存在を肯定してやろうって!」
『存在を肯定してやる』とはどういう意味なのかって?
前にも言ったけど貴斗は現在進行形で記憶喪失だ。
ちっと上手く説明できないけど、過去が無いという事は現在だけがヤツの存在を定義するものでその存在を証明する存在が俺達。
宏之や俺が貴斗を無視しちまえばその存在意義を見失っちまうという事か?
アぁーーーーーーーーーッ、上手く説明できない。
様は俺や宏之、藤宮さんに、涼崎さん、そして、隼瀬は貴斗にとって必要な存在だというこった。
詳しく知りたかったら貴斗にでも聞け。
おしえてくれる訳ないけどな・・・。はぁ、まったく気分が滅入って来た。だが、そんな気持ちを追いやって更に宏之に言葉を続けた。
「それに、そんな状態のヤツと付き合っている藤宮さんが可哀相だと思わないのか?藤宮さん、オマエのこと、心配している。だがな、それ以上にヤツのことを気に掛けているんだぞ。貴斗のヤツは如何であれ、お前は間接的にも藤宮さんを傷つけているんだぞ。なんとも思わないのか?ヒロヒロっ!」
今、宏之に言っている事はあくまでも想像。
貴斗に正直な話を聞かされた次の日、学校内で偶然、目撃した藤宮さんあの時のとても儚く、そして、切なげな表情・・・、勝手に判断して言った事。
要するに事実ではない。
でまかせ、然し嘘も方便、交渉の為なら何でも利用するぞ、俺はっ!
「それに藤宮さんだけじゃない。お前の目にどう映ってっか、知らねぇけど、隼瀬だって相当心配してんぜ。だからナッ、授業何って、まともに受けなくていい。顔だけでも出してくれよ、頼む宏之っ!」
一通り、話を言い終えた。その後の奴の反応はというと、
「話はそれだけか?」
「あぁ、大体こんなもんかな?なぁ、いい加減ドア、開けてくんねぇか?」
そう言うと『バタンッ』と音と共に俺に逆らった行動をドアはとってきた。
「ソッカ、帰れ、って事だな。判った、分かった、今日のところは退散だ。明日、学校、来なかったら、またここへ来るぞ、お前が学校、来るまで毎日嫌がらせに来るからな。いいな。それじゃあ帰るぜ、ヒ・ロ・ユ・キッ!」
ドアの前に向かってそう言ってからその場を移動してゆく。
こうなったら、奴が来るまでトコトン憑きやってやる。
ハハッ、なんか字が違うことを思ってないか?
似た様なもんか、相手の有無を言わせずにやっている事だからな。
交渉も、まったく?効果をなさず新しい週を迎えてしまった。
ちなみにゼミを六連休してしまった。
母さんにその事を話したら彼女、ニコニコした表情で、
「シぃ~ンちぁゃん、とぉ~~~ってもぉお友達思いなのねぇ~~~?ミコ、嬉し~~~イッ!」
そういいながら料理中だった彼女の手にタァ~~~ップリと小麦粉がついたその手で俺の頭を撫でてくれた。
そのせいで俺の頭は齢十七歳にして立派なナチュラルライクなシルバーヘアーになってしまった。
それは新手の嫌がらせか?
母さん天然ボケだから、イマイチそれが嫌がらせなのか、そうでないのか掴めなかった。
~ 2001年9月16日、日曜日 ~
今日初めて涼崎さんのお見舞いに行くことにした。
午前中はチョイトばっかし、立て込んでいたので結局、彼女の病院についたのは三時過ぎだった。
前もって貴斗に病室の番号を確認しておいたので迷う事はなかった。
何故ならガキの頃、母さんは仕事上の関係で度々この病院へ足を運んでいた。
その際、何度か半強制的に連れて来られた。
強制連行ってヤツですね。だから、この病院の事はよく知っている。
棟を隔てる空中廊下を渡って個人病棟の方へと向かって行く。
彼女の病室間に辿り着くと病室番号とある筈の名前プレートを確認した。
「バッチリ、正解だね!」
人に聞こえない程度の声の大きさで自己確認した。
誰が中に居るか分からなかったから失礼のない様入室させて貰う事にした。
『コンッ、コンッ』
ノックをした後、扉を開けずに挨拶をして、相手の出方を伺った。
「涼崎春香さんの友達の八神と言います。お見舞いに来ました」
「ハァ~~~イ、どうぞお入り下さいですぅ」
聞き覚えのない可愛らしい声が直ぐに返ってきた。
それに促されるように扉を開け中の人物に声を掛け軽く頭を下げた。
「お邪魔しますっる」
声の持ち主は窓際で椅子に座りながら自己紹介を兼ねた返事を返してきた。
「こんにちは、八神さんって言いましたよねぇ。私、お姉ちゃん、春香お姉ちゃんの妹の翠って言いますぅ」
かなり小柄のようだけどその声と同じで外見も可愛らしかった。
「こんにちは翠ちゃん」
苗字ではなく名前で呼んだ。
姉である涼崎さんと分けて呼ぶ為にでだ。
と言うよりチャン付けで呼んだほうが合っていそうな子だったからそうしたんだけどねぇ。
「お姉ちゃん、こんな状態ですぅので何も言えません。だから、私が代わって言いますねぇ。お見舞いに来てくれて有難う、ですぅ」
彼女は語尾がほんの少しだけ伸びる様だ。ハハッ、姉妹、そろって口調が面白い。
「とんでもない、友達だから当たり前、感謝なんていらないよ」
相手はどう捕らえるか判らないが正直な気持ちを彼女に伝えた。
涼崎さんの方に顔を向けた・・・!?
余計な物体が俺の視点と彼女の顔との間を邪魔していた。
今の、今までその存在に気付く事が出来なかった自分が情けない。
宏之の奴だった。そして、其奴の名を呼んだ。
「お前、来ていたのか宏之?」
「あぁ・・・」
奴は小さくそう言葉にするだけでこちらを振り向かない・・・。
覇気が無さ過ぎる。
〝ホントに此奴が宏之なのか〟と疑うくらい別人に感じてしまった。
相当参ってんだな。
涼崎さんの顔を何度か覗きながら翠ちゃんと名乗る彼女の妹と軽い世間話をしていた。
宏之の奴はただ黙って涼崎さんの顔を見ているばかりで翠ちゃんと会話には参加してこなかった。
ソロソロ会話を切り上げて、帰ろうとしたとき宏之が口を動かした。
「俺帰るわっ、また来ていいよな?春香のところに」
何か喉に突っ掛かる言い方で奴は翠ちゃんにそう聞いていた。
「ハイ、もちろんですぅ」
「・・・、そうか、それじゃな」
「俺も、ソロソロ帰ることにする。楽しかったよ、翠ちゃん、またね」
「楽しかったですよぉ~、八神さん。お二人さんとも、またねぇ~~です」
彼女の挨拶を聞き終えてから涼崎さんの病室から退出していった。
それから宏之の奴を追いかけた。
何の無理もすること無く、直ぐに奴を玄関前で捕捉。
宏之はノロノロと行く宛ても無く彷徨っている野良犬の様に見えた。
外に出てから奴を呼び止め言葉を掛ける。
「ちゃんと見舞いにだけは来てるんだな、お前」
そんな風に『だけ』を強調して奴に言ってやった。
「あぁ」
〈ハァ~~~〉
心中で重い溜息を付く。
全然張り合いナッシング。
ダメだ、駄目過ぎ、全然駄目すぎる。
どのくらい駄目かって?
例えるならア○パ○マ○の顔が敵に無残にも食いちぎられたくらい。
若しくは神龍にパ○テ○ー頂戴って言うくらいダメすぎ。
もう究極最終奥義を使うしかない。
失敗すれば俺も痛手を負うがこの際、仕方あるまい。
〈くぅらぁえぇーーーっ、究極最終奥義!背・水・絶・交・時・限・爆・弾〉
心の中で馬鹿を叫んでから奴にその奥義を実行してやった。
「いいかぁ~~~、宏之。取り敢えず口をは挟まねぇで聞け」
「あぁ」
それが俺への返事と勝手に解釈して、奥義を続けることにした。
「隼瀬も、藤宮さんも、貴斗も学校でテメエの来んのを待ってんだぞ。今回も同じ事を言うけど、もちろん、俺もだからナッ。テメエが口にする友情ってやつが口だけじゃないなら行動で示して見せロッ!明日は必ず学校来いやぁ。必ずだからナッ!・・・・・・若し、来なかったら、お前の関係もそんなモンだって解釈するからな絶交だからな。そんじゃぁアバヨっ!」
言いたい事だけ言って宏之を捨ててきた。
あれだけ言われて本当に来なかったら所詮、宏之もその程度の奴。でも、俺にはそうなって欲しくなかった。
〈だからぜってぇ来い宏之!〉
右手のコブシを握り締めながらそう思ったのであった。しかし、久しぶり、夏休み以来、宏之の顔を拝む事が出来たが、休み中の奴はすっごくヤル気に満ちていたのに今日あったあの顔はさっきの変なたとえじゃないけど、どん底って感じだった。
すっごく凹んでいる。
それだけ宏之にとって涼崎さんは大きな存在なんだろうな。
ハァ~~~、いいなぁ彼女がいる奴は。
ぼぉくぅもぉ~、恋人がほちぃでチュウぅ・・・・・・、俺って馬鹿?だけど、俺にも好きなやつ居るさ。だが、俺が想っている女の子は貴斗の事を想っていたし、宏之の事を想っている。
不公平だよなぁ・・・。だが、今の俺にとってはそっちの情より宏之に言ってやった情のほうが大事なんだな、これが。
翌日の9月17日、月曜日、到頭、奴を裁決に掛ける日が訪れてしまった。
奴が来る事を祈りながら今日の一日が始まる・・・・・・。だが、すでに三時限目の授業が終わろうとしている。然し、奴はいまだ現れない。
~ 三時限目の授業後 ~
「今日も・・・、来ないな、宏之」
貴斗の顔は平然としている様に誰もが見えるだろうけど俺以上に宏之の事を心配している。
顔からではなくヤツの口調と体から発する雰囲気、からそう感じた。
「今日は賭けの最終日だ、大荒れするゼェ、アッハッハッ」
ほくそえんで貴斗に答えてやった。
マジで掛けである。
アソコまで言ってダメだったら本当に手の差し伸べよう無い。
「長い付き合いの慎治でもダメなのか?」
「だから言ったろ、今日が最後の賭けだって」
「そうか・・・」
一瞬、ヤツは何かを考えていた様に思えてそれが聞きたくなってヤツに尋ねた。
「お前ぇ、今何、考えた?」
「フッ」
鼻で笑うその表情に形容しがたい怖ろしさを感じた。
危険な臭いがする・・・。
「タッ、貴斗。今、お前マジで何考えたんだ?」
「フッ・・・慎治がダメなら俺が無理矢理にでも連れて来ようと思ったまでだ」
「ジョ、冗談は顔だけにして置け」
コイツが暴れ様ものなら俺の姉貴に匹敵するであろう。
内の姉貴を総て無残に切り裂く円盤鋸と例えるなら、ヤツは全てを粉砕する削岩機。
恐ろしすぎる。
怪我人ならぬ死人が出るかも・・・、と勝手に想像しヤツにそう突っ込んだ。
何でそう思うかだって?
俺は見てはいけないものを見てしまったからである。
それは数ヶ月前までこの学校には藤宮さんの入学以来、存在していた藤宮ファンクラブ(男限定)というものがあった。
過去形である。それだけ彼女は人気があったという事。
聡明で且つ男女問わず親しげな彼女でもそのクラブだけは煙たがっていた。
貴斗のヤツと付き合うようになってからはそのクラブを更に嫌うようになっていた。
彼女本人曰く『プライバシーの侵害』と『それと貴斗君の事を何もお知りになりませんのに酷い事をお言いになるのですもの』だそうだ。
そして、藤宮さんの知らない所で事件は起きた。
ファンクラブ御一行約百名様に呼び出されたヤツは誰かが言った言葉に気が触れて何時もの冷静さを失って発狂!
バーサーカー状態に成ってしまったのだ。
そのファンクラブ会員の中にはこの学校で屈強で有名な格闘系部活に所属するやつ等が数名いた。だが、しかし、貴斗のヤツはそれらを瞬殺。
その後は言うまでも無く・・・。
はぁ~、思い出すだけで悍ましい。
それを偶然目撃したのだ。
本当は面白そうだと思ってヤツの後を着けたのだが後悔先に立たずとはまさにあの事だったと初めてその言葉に感慨を受けた。・・・でも、何故、貴斗はあんなにも強いのか?
それは推測でしかないがヤツの精神的な弱さが関係しているんだろう。
弱いココロを隠すために表面上は強そうに見せるってやつで。でもヤツはその心の弱さってやつでさえ他人に見せる事は無い。
本当に強がり君。
ヤツの事君付けしちまったよ・・・。
似合わねぇ。
笑っちまうよ。と、嫌な過去を思い出してしまった。って言っても夏休み、ちょい前の事だったけどね。
恐怖体験を回想していると貴斗、コイツが何か言っている。
「飯、さっさと済まそう。売店の変な余り物、買いたくない」
コイツが言う変なものとは何処の学校の売店でも存在するかどうか分からないが、誰が一体買う気になるかって言うパン屋さんから運ばれてくる人体実験用調理パン。
例えを上げるならカレー・パンならぬ、
クリーミーシチュー・パンorとろとろビーフシチュー・パン。
微妙に美味しそうに思えるけどソンナこたぁない。
中は最悪ドロドロっす。
味も・・・ゲロゲロゲェ~~~って感じ。
焼きそばパンならぬ、焼きビーフンパンと焼きうどんパン。
他にも色々あるけど最後に飲み物一つ『健康☆』と妖しい緑色でパッケージに書かれた濃縮青汁ミルク。
よく罰ゲーム用として重宝されているから有る意味人気高し。
これら変な物は日替わりで入って来る。
たまにまともに美味しそうな感じのも入って来るが・・・、本当にたまに、である事を追記しておくよ。
然し、それよりも俺は疑問に思った事があったからコイツに聞いた。
「なんだぁ?お前、藤宮さんと一緒に昼、食わんのか?」
「ハハッ、お前が気にする事ではない」
乾いた笑いをしながらそう返してきた。
「藤宮さんの事、泣かすなよ」
貴斗と藤宮さんの関係だ、俺がトヤカク言う事じゃないけど、そうコイツに言っておいた。
「判ってる」
「ホントに、分かってんのかねぇ」
からかう様に笑いながら貴斗のヤツに言ってやった。
くだらない会話をしながら売店に到着し物を手に入れた俺達は?
ヤツの手に持っている物と自分の手に持っている物を比較、確認してみる。
小悪魔の悪戯か神様の戯れなのか?
さっき言っていた人体実験用調理パンが俺の手に二つ乗っかっていた。
「ハハッ、俺、今日帰り病院、寄ってから帰らないといけないみたいだ」
心底苦笑しながらそんな事を口にした。
「冗談は顔だけにして置け」
コイツが突っ込み?を入れてきた。
珍しすぎ、今日は俺にとって厄日なのか?
「冗談顔の奴はお前だロッ!」と突っ込みを返すが、
「そうかもな」と返されちまった。
貴斗は俺の持っている物とヤツの持っている物を即座に交換し、その袋をあけその奇妙な物を口の中に突っ込み、噛み締めていた。
早業である。
「・・・・・・・・・・・すごマズっ」
コイツがそう言いながら二つ平らげる事、約二分。
本当に不味かったのだろうか余り表情変化を見せない貴斗、微妙に顔がゆがんでいる。
ホット・ドッグ・パンならぬ、ホント?ドッグ・パン。
犬の肉が使われているってのが専らの噂。
それとチョコ・コロネ・ロールならぬ、それ?ア○ロねッ!ロール。
お菓子の○ポロがふんだんに詰まったロールパン。
パンにお菓子を入れるのはご法度だろう。
ソンナ不味そうなパンをヤツは即座に平らげてしまったのだ。
本当にまずかったのだろう、持っていたスチール製の缶ジュースを飲み干し、空になったそれに簡単に握りつぶしていた。
「食っちまったから、返せない。代わりにそれくれてやる」
コイツが渡してくれたのは売店で一、二を争うほど人気がある焼きそばパンとチキンカツサンドだった。・・・しかし、よく買えた物だ。
コイツはいったいどんなトリックを使って買ったんだ?
「おい、貴斗良くこれ買えたな?どういうトリックをつかった?今後の参考の為にも俺にも教えろっ!」
「普通に頼んだら買えたけど」
「馬鹿、言ってんじゃねぇぞ、これは内らの購買部で三種の神器の二つだ!あんなひしめく戦場の場で簡単に買えるかよ!」
ちなみにもう一つの神器はフルーツサンド。これは女の子に人気が高い。
購買部の時の様子を少しばっかり思い出して見た。・・・、ハッ、なるほどね。
購買部、実は部と言うだけに部活の一つで学校の生徒がそこに立って会計をしている。
で、今日そこにいたのは、貴斗は知らなくて俺は知っている後輩のかわゆい女の子。
その子、実はこんな物騒なヤツに一目ぼれしているとの情報を掴んでいる。
だからかその後輩は貴斗のヤツが注文した時、なんの躊躇いも無く俺が持っているこの二つを渡したんだな・・・、と勝手に推測した。
「文句、言うな。買えたんだから仕方がない」
「・・・ハぁ」
色々な意味で短い溜息をした。
しかし、こいつなりの気の使い方に感謝。
変なもの買っちまったからコイツが俺の人体実験の身代わりをしてくれたって事。
本当に不器用なヤツ。
「サンキュな!」
「たいしたこと無い・・・・・・。俺がお前らに掛けている迷惑に比べれば、たいしたこと無い」
追従の言葉は小さかった。でも、聞き取れなかった訳じゃない。
貴斗・・・、宏之にもコイツぐらいの素直さがあればコイツの爪の垢でも飲ませてやりたいぜ。
飯の後に他の連中を外海に俺はヤツと昼が終わるまでヤツと変なやり取りをしていた。
午後の授業がもうすぐ始まろうとしていた時、宏之、奴はついにその姿を現せたのだった。
その奴の姿を人の言葉で飾ってみるなら・・・、次のようである。
奴の身に纏う黒きオーラは半径3mの総ての物質を憂鬱に染め、
彼の吐く息は人々のやる気の無さを誘い出し、
奴の澱んだ目は見るもの全てを深き眠りへと陥れる。
そんな感じだった。
そんな感じの宏之に勇者になった気分で声を掛ける。
「ヨッ、来たんだな、俺はお前が来てくれるって信じてたぜ!」
「そうかぁ」
奴の言葉は昨日あった時と全然変わっていなかったがそれでも良かった。
「それにシッ・・」
そこで言いかけて俺は言葉をとめた。
此奴に〝死人が出ずに済んだ〟何て言ったら最後だと思いそこでとめたんだ。
今の宏之に言葉の意味的に悪いものは口にしない方がいい。
だってそうだろう?余計落ち込んじまうかもしれないからな。
「宏之、ソンナとこで立ってないでさっさと席すわんなよっ!」
隼瀬の暗かった表情も一変し陽気な声で奴にそう呼びかけた。
現金な女、だが、俺の心にはソンナ彼女の態度も・・・、男がそんな事を思うのは女々しい。やぁ~~~めたっと。
貴斗の方を見る、ヤツが一番望んでいた事だ。さぞ嬉しかろう。・・・然し、ヤツの態度は俺の意を反していた。今まで以上に素っ気無い態度・・・。
今日、この日から俺は貴斗と宏之の辛辣であり不毛な泥沼の争いを何回も目の辺りにしなくてはならない事になる。
~ 2001年9月26日、水曜日 ~
宏之が学校に顔を見せ始めるようになってやっと一週間が過ぎた下校前の重役以外いない俺の教室。
俺達以外、誰も居なくなったこの教室で今日もまた不毛なバトルの幕が開く。
「宏之、お前、なにイツまでグズっている!だからあれは俺の所為でお前の所為じゃないって言うのがまだわかんねぇ~のかぁ」
「馬鹿、言ってんじゃね~よぉ。元はと言えば、俺が遅刻したからだ」
「二人とも止めろよっ!!!」
俺がこいつら二人の仲裁に入る。
効果の程はさしてないんだが、やらないよりまし。
正面切って、毎日、顔を会わせれば、こいつらはあの事件の事で喧嘩ばかりしている。
一体何処で歯車がずれてしまったのか?お互いに一歩も引かない言い争い。
それは二人がお互いを思うが故の事。
「貴斗君、柏木君も、もう止めて!そんなこと、言い争っても春香ちゃん、目っ覚まさないわよ。どうして?どうして二人とも争うの?私にはわからない、どうして、貴斗君?」
あぁ~っ、藤宮さん半泣き状態だ。
アレホド、泣かすなってヤツに言ったのに。
女の涙は心に訴えてくるぜ。
もう存在しない彼女のファンクラブが今の藤宮さんの表情を見たら相当動揺するだろうな。
卒倒するやつも居るかもしれない。
そのくらい心を揺さぶられる泣き顔だよ。しかし、貴斗、ヤツはそれに気付かないほど鈍感なのか?いや、超鈍感と言うべきかも知れないな。
貴斗の鋭い洞察力を持ってしても女心は解らんってか?
それとも違う方向への洞察力が特化し過ぎた為、女心を理解すると言う事を犠牲にしてしまったのか。
人の神秘、参ったヨ本当に人間って言うのは謎だらけだ。
「・・・・・・・・・・・・」
あらっ、貴斗ちゃん、藤宮さんの言った言葉でダンマリしてやんの・・・、
〝ククッ、ちゃん付けして言っちまった〟にっ、似合わねぇ、なんだか笑える。
「でも、今は春香ちゃんが一時でも早く目覚めることを祈りましょうよ」
彼女は懸命、必死にこの場を取り繕うとしている。
健気だねぇ~~~まったく。気付いてやれよ、ウルトラ鈍感、貴斗君。
「貴斗、いい加減にしなさいッ!」
色々とヤツの事を心の中で考えていたら隼瀬は貴斗のことを鋭い視線で睨み、凄みのあるいい口でヤツに言いかかっていた。
「うるさい隼瀬、お前は黙ってろ」
貴斗も負けじと睨みを利かせて隼瀬に言って返している。
「黙ってられないから言ってんのよ、アンタに宏之の気持ち分かって?アンタだって、宏之がどんな奴か知ってるんでしょ?どんな事があってもアンタに責任なんか擦り付けたりなんかしないわよっ!」
オカシイナ、隼瀬には貴斗のあの事、何も言ってないけど、知っているのか?それともハッタリ?
「分かってる、分かっているから言ってんだ。俺はこんな落ち込んだヤツを見るのはもう沢山だ。だから、俺に少しでも責任を押し付け、気分を楽にしてもらいたい」
貴斗は本音をぶちかまし尚も暴走中、止められねぇ!
でもヤツの言葉にどれだけ宏之を心配しているのかは理解できる。
理解できない連中の方がおかしいのかも知れない。
「宏之が俺の事、恨んでブッ飛ばしたきゃ幾らでも殴らせてやる!お前が死んで償えって言えば、俺の命なんてくれてやる!」
ヤツは言ってはいけない禁句〝死〟を口にしてしまった。
今までの馬鹿な考えを俺の頭から取り払い、冷静な口調と面で、
「オイ、貴斗、お前自分で言っている事、分かってるのか?」
「当然!」
さも当然という態度でそう言い張る貴斗に、俺は諫言を口にする。
貴斗の行動は見るに、見兼ねぬ。
ここで黙って居ちゃ、こいつの為にならない。そう思って、
「いぃ~~~や、分かってねぇよオマエ、テメエの暴走も見るにタエネェから言っておくぞ。仮令、宏之がお前に死を望んだとして、お前がそれを受け入れる。本当にそれでいいのか?その後に残される者の立場は?悲しいって思いをさせられる立場の者はどうなる?」
比喩的に俺達の立場を言って見せた。特に藤宮さんに関してな。
「笑止っ、宏之が立ち直るのならそんな事、微塵の価値も無い!」
何も言えない。ヤツは完全暴走している。
そして、突然、『ビシッ』と破裂音が聞こえると共に悲しみの表情を浮かべた藤宮さんが言葉を発した。
「どうして?貴斗君、どうして、そんな事を言うの?貴斗君の莫迦っ!」
藤宮さんはそう言って教室から出て行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
貴斗は藤宮さんに張り手を食らい沈黙をしている。
痛みを感じていないのか?頬を摩っている様子は無い。
「女の子を泣かすな、早く彼女を追いかけろ!」
「貴斗、アンタ何やってんのよ。ソンナとこに突っ立ってないでしおりンを追いかけなさい!」
隼瀬も俺と同じ事を貴斗のヤツに言った。
俺達の言った言葉に気付いたのか、ヤツは自分の鞄とそこに置き去りにされた藤宮さんのバッグを持って俺達に『スマン』と謝って来てから教室から出て行った。
「俺達も帰るぞ」
「ハァ~、そうね。宏之・・・行きましょ」
宏之の顔を覗いたとき奴の表情はいっそう暗くなっていた。
貴斗の依頼を安易に請け入れるべきではなかったのかもしれない。
そう思わせる日々がこれからも暫く続くのであった。
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