第22話 手紙を綴る
どうにか住めるようになるまでになったのは、どっぷり日も暮れたあとだった。
簡単な夕食を済ませ、あとは寝るだけとなり、ディルクは自分でもすっかり見慣れてしまった小さなドラゴンへと転じる。
個人の私室として割り当てられた部屋があり、そこには成人男性用のベッドも用意されているので、今さら姿を変える必要もないが、すっかり習慣になっているし、人化しているより魔力の戻りが早いし……何より、妄想を現実に変えないためだ。
勢い余って彼女に嫌われるようなことをすれば、一生立ち直れないかもしれない。
「じゃあ、おやすみなさい。ディルク」
「おやすみ、オフィーリア」
寝間着姿のオフィーリアと廊下で別れ、一旦自分の部屋に入る。
真新しい家のにおいは慣れないなと思いつつ、ベッドでゴロゴロ寝返りを打つうちに浅い眠りに落ちていたが、ふと何かの物音で目が覚めた。戸締りはしっかり確認したし、そう簡単に他者が侵入したとは思えないが、なんとなく気になってベッドを降りた。
ドラゴンは夜目が効くので、ランプがなくても不自由はない。
そっと廊下に出てあたりを窺うと、オフィーリアの部屋の戸の隙間から明かりが漏れているのが見えた。
深夜に女性の寝室を訪ねるのは、紳士としていかがなものかとしばし悩んだが、室内に入らなければいいだろうと割り切って戸をノックした。
「オフィーリア? 眠れないのか?」
戸越しに問いかけると、少しの間があってオフィーリアが戸を開け、顔を覗かせた。
「ごめんなさい、起こしちゃったのね。今、手紙を書いてて……すぐに終わるから」
「手紙……マリアンナにか?」
「うん……」
オフィーリアは苦笑を浮かべながらうなずいた。
彼女は定期的に姉へ手紙を書いている。ベアトリクスとは直接交流があるが、マリアンナとは会うことも話すこともなく離れ離れになった。
初めは無理せずお互いに距離を保つべきだと思っていたようだが、母と言葉を交わすことで溝が埋まっていくのを感じたからか、手紙で積極的に交流を図ろうとしている。
だが、マリアンナからの返事はこの半年で一通もない。
ディルクの知る限りでも、二十通以上投函されているにも関わらずだ。
返事が書けないほど忙しいのか、書く資格がないと悩んでいるのか、あるいは読まずに捨てられているのか……その真相はディルクにも分からない。
ドラゴンになればマリアンナが身を寄せる里へもあっという間に行けるし、会って直接確かめてやろうかとも思ったが、オフィーリアがその必要はないと言うので実行はしていない。
ありのままの姉と向き合いたいと思っても、真実を知るのが怖いのだろう。
でも、いつか自分の気持ちが通じることを願って、自己満足だと分かっていても、手紙を書き続けている。
ディルクとしてはまだ時期尚早なだけだと思うが、母と良好な関係が築けているだけに、余計に焦りが出ているのだろう。
一旦手紙を出すのをやめるというのが最善ではあるが……家族の問題に他人が口をはさむべきではないし、自分がすべきなのはオフィーリアを支えることだ。
「……その、よければ書き終わるまで、ここにいてもいいか? あ、部屋には入らないぞ。廊下で待ってる」
「え。でも、ディルクも疲れてるんじゃ……」
「一人でいると、よくないことを考えがちだ。特に夜中はロクなことを思いつかない。手紙の内容も暗くなるぞ」
諭すように言うと、オフィーリアは小さく笑った。
「あ、ありがとう。じゃあ、外は悪いから中で――」
「ダメだ。ここで見てる」
どっしりと廊下に腰を下ろしたディルクを見下ろし、きょとんとしながら首を傾げるオフィーリアだったが、おとなしく戸を開け放って机に向かう。
ペンが走っては止まり、止まっては走る音だけが聞こえる。
どんな顔で何を書き綴っているのか、ディルクからは見えない。
でも、ランプの明かりに浮かび上がる後ろ姿からは、前向きな雰囲気が感じ取れる。きっといい手紙が書けるだろう。
それからしばらくして、ペンを置く気配がした。
「書けたのか?」
「うん。付き合ってくれてありがとう」
「君の役に立てたなら光栄だ。じゃあ、今度こそちゃんと寝るんだぞ」
「ふふ、はーい。おやすみなさい」
机から立ち上がり、戸を閉めるために来た彼女の頭を撫でると、はにかんだ微笑みを浮かべてこちらの頭を撫で返してきた。子供扱いどころか小動物扱いだ。
でも、愛しい人に触れられて嬉しいので不服はない。
「……おやすみ」
ほのかにインクのにおいがする手が離れるのを名残惜しく思いながら、戸が閉まるのを見つめ、隙間から明かりが消えるまで見守ると、欠伸をしながら自分の部屋に戻った。
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