第20話 近況報告

 禁術の一件から、あっという間に半年の月日が流れた。


 マリアンナは遠方の里へと旅立ち、ベアトリクスは静かに隠居暮しをしていて、ウォードはすっかりこれまでの落ち着きを取り戻していた。


 そしてオフィーリアは……取り戻した魔力とたゆまぬ努力の甲斐あって、着実に一人前の魔女への道を歩んでいた。


 朝夕は薬草園の世話をし、昼間は実家の工房を借りてマナテリアル薬を作る。

 普通の魔女よりも多忙ではあったが、やりたいことをやる毎日はとても充実しているようで、愚痴をこぼすどころか、以前にもまして笑顔が増えたようにも思える。


 それに、今の彼女は一人ぼっちではない。傍にはいつも使い魔となったディルクがいるし、学びに行き詰った時はベアトリクスが手を差し伸べてくれた。

 母子の溝が完全に埋まったわけではないが、自然と笑顔を交わせるようになり、遠くない日に普通の母子に戻れる気がする。


 彼女を取り巻く人間関係も変わりつつあり、過去の確執からまだギクシャクはするものの、事務的なやり取りは問題なくこなせるようになった。

 中には虐げた過去をすっかりなかったことにして、手のひらを返したようにすり寄ってくる者もいたが、聡明なオフィーリアは一定の距離を置いて対応している。


 無論、何もかもがうまくいくことばかりではなく、里の外では落ちこぼれ魔女というレッテルが貼られたままで、せっかく出来のいいマナテリアル薬を持ち込んでも、横流しだと疑われて門前払いを食らったり買い叩かれたりと、商売にならないことも多々あった。


 ただ、薬の売れ行きは全然芳しくないが、ハーブティーは意外に売れている。

 元々オフィーリアのハーブティーは安価でおいしいと評判だったらしく、そこに美容や健康の付加価値を付けたマナテリアルを開発して、“魔女のハーブティー”として売り出したところ、女性を中心に注文が増えている。

 駆け出しにしてはいい滑り出しだと言えるだろう。


 そんなある日。

 十七歳になったオフィーリアは、ついに自分だけの工房を手に入れることとなった。


 正確にいえば、自宅兼工房。

 ロレンヌが約束したのは工房だけだったのだが、そこに他の魔女から徴収した未回収金とベアトリクスの個人資産を加え、工房付きの一戸建てを建てる計画に変更されたのだ。


 建物自体は半月前に仕上がっていたが、そこに運び込む調度品や工房の器具を揃えるのに時間がかかり、何日かに分けて運び込んでいて、それが今日ようやくそれが終わることになっている。


「――えっと、その棚はこの部屋にお願いします。このテーブルは……」


 今まで住んでいた管理小屋とは薬草園を挟んで反対側に建てられたレンガ造りの家の前で、図面を見ながら搬入業者に指示しているのは、ここの主となるオフィーリア。


 彼女は半年前とは見違えるほど美しくなった。

 十分な魔力が体を巡るようになり、本来あるべき美しさが浮き彫りになったのだ。


 腫れぼったかった一重まぶたはパッチリとした二重に変化し、外で仕事をしているとは思えないほど色白になった。顔中に散っていたそばかすも薄くなって目立たなくなったし、このままいけばきれいに消えてしまうだろう。

 栄養不良もあって痩せぎすだった体にもふっくらと肉がついて、少女から大人の女性へと目覚ましい変化を遂げている。


 だが、彼女は自身の美しさに頓着しないというか自覚がないというか……他の男性から熱い視線を向けられても、まったく気づいてない。

 今も男たちが重たい荷物を運びつつ、その美しい横顔をチラチラ窺って鼻の下を伸ばしている。


 とはいえ、それもほんのわずかな間だけ。

 人化して腕を組んで立っているディルクに睨まれれば、みんな冷や汗を流しながら目を逸らし、仕事に勤しんでいく。


 着実に本来の姿を取り戻しつつある彼も短期間で劇的な変化を遂げており、すでにオフィーリアと変わらない年齢に見えるまでになった。

 背も彼女より頭半分は高くなったし、筋肉がついた逞しい体つきになったし、そうでなくとも精悍な顔立ちと金色の三白眼が合わさるだけで十分な威圧感があるので、十把ひとからげの男たちを退散させるなど造作もない。


 それに、この大きさになってからはドラゴンの姿でオフィーリアを背に乗せて町へ行くことが増え、ディルクがそのドラゴンであるという認識も広まった。


 ……普通なら伝説級の生き物が現れれば相当な騒ぎになるはずだが、周囲の町に顔が効くベアトリクスが前もって事情を説明してくれていたため、これといった混乱はおきなかった。


 それに、最初に紹介した時がいつものぬいぐるみサイズだったので、「なに、この可愛い生き物!?」という高評価から始まり、原寸大を披露してもまるで巨大客船でも見るようなキラキラとしたまなざしを向けられ、恐れていたような差別や偏見に晒されることはなかった。


 ディルクとしては人間にどう思われようと気にしないが、自分のせいでオフィーリアが悪く言われるのではと心配していたが、杞憂に終わってよかった。


 それはともかく、ドラゴンと周知されている彼に直接喧嘩を売ろうとする者は、まずいない。

 ごく少数だがドラゴンをも恐れぬ命知らずもいたが、丁重に相手してどちらが上かを教えてやった。オフィーリアに「暴力はダメ」とお説教されてからは、殺気を飛ばすだけにしているが。


 そんな強力なドラゴンを従えている魔女ということで、オフィーリアの評価も上向きになり、落ちこぼれの汚名が返上されつつあるのは喜ばしいが……なかなか二人の関係が進展しないのが彼的には悩ましい。


 多忙な生活を送っているし、ディルクも最近ようやく釣り合う見た目になってきたところだし、時期尚早だとは分かっているが、こうしてディルクが傍にいても無遠慮な視線を向けてくる輩がいると、どうしても焦ってしまう。


 しかし――

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