第17話 それぞれのこれから

 その後、ディルクが戻ってくるまでにどうにか落ち着きを取り戻し、押し麦と細かく刻んだ野菜との浮くコンソメスープを飲みながら、自分が眠っている間の出来事をかいつまんで聞いた。


 まず初めに彼が口にしたのは、母と姉の処遇だった。


 禁術に関してはデボラが救命措置のためにやったことではあるが、ベアトリクスが私利私欲のために継続したことは掟に反することであり、隠居勧告が出されているという。

 軽い処分のように思えるが、まだまだ現役の年齢で隠居生活を送れと言われるのは、結構残酷なことだ。


 当初は里を追放するという案もあったようだが、本人が全面的に非を認めて反省していることや、ロイドが必死に取りなしたおかげで、最悪の結果は免れた。

 マナがないと生きていけない魔女が里から出されるということは、死刑と同義だ。


 ただ、長年の被害者であるオフィーリアが望めば追放もやむなし、という但し書きが付いていたようだが……恨みがないとはいわないし、これまでの扱いを完全に許せるわけではないが、死んでほしいとまでは思わない。

 よって、里の判断に物申すことはしないつもりだ。


 マリアンナは直接祖母や母に加担したわけではなく、禁術の存在すら知らなかったものの、禁術で得ていた余分な魔力のせいで傲慢な性格が形成されたのが懸念され、性根を叩き直すべく別の里へ修行に出されることになった。

 期間は決まってないようだが、数年は戻ってこられないだろうということだ。


 長年培った優等生の外面を駆使し、里の重鎮たちに問題ないことをアピールしたようだが、あの時発した言動のすべてをディルクやベアトリクスが証言したため、修行コースが確定したようだ。


 今さらあの性格が矯正されるのか疑問ではあるが……違う環境に置かれれば何か変わるかもしれないし、禁術で能力を底上げしていたと周囲に知られた状態では、里にはいづらいだろう。ほとぼりが冷めるまでここを離れるというのは、悪くない選択だと思う。


 だが、ふとこの間見たデートの光景がよぎる。


「そういえば、マリアンナ様はお付き合いをしてた人がいたみたいですが、修行に出る前に結婚してしまうんでしょうか?」

「ああ、あれは破談になりそうだな。禁術が原因というより、別の女との間に子供ができたっていうのが理由みたいだが」

「ええ……?」


 伝聞であるという前置きをして、ディルクは知っていることを話してくれた。


 マリアンナのお見合い相手は予測通り、大きな町に店を構える薬問屋の若旦那で、交際はまあまあ順調だったようだ。しかし、魔女との恋は基本遠距離恋愛であり、男性側が浮気や不倫をするというケースは事欠かない。


 その例に漏れず、彼もマリアンナと付き合っていながら別の女性とも交際し、子供ができるような関係を持っていたようだ。どちらが本命だったのかは本人のみぞ知ることだが、二股をかけていた事実は揺るがない。


 婚前交渉の是非はさておき、妊娠させて結婚しないなんて選択肢はない。

 若旦那はバーディー家に自ら足を運び、正直に浮気の事実を告解して、結婚話はなかったことにしてくれとマリアンナに頭を下げに来たという。


 その誠実さは美徳ではあるが、どうしてそれを貞操に充てられなかったのか。

 彼女に対しあまりいい感情を持っていないが、同性としては同情を禁じ得ない。


 しかも、禁術を解いたことで今まで見下していた妹に追い抜かれ、大魔女になるという夢を一方的に奪われ、口では好き勝手に喚いていたが内心はひどく傷ついただろうに、その傷口の上から塩を塗りたくられるような仕打ちだ。


「……言っておくが、俺はそんな節操なしじゃないぞ。君一筋だ」

「は、はあ……」


 子供の顔で言われても、と思いつつも、さっきのキスを思い出したらドギマギする。

 動揺を悟られないように前髪をいじって顔を隠し、話題を変える。


「ほ、他にはどんなことがありました?」

「そうだな。これまでの君に対する仕打ちへの慰謝料と、他の魔女たちと共に踏み倒してきた薬草の代金などを合わせて、君専用のマナテリアル工房を用意すると長老から打診があった」


「工房を?」

「ああ。魔女としての能力があるなら、工房は必要だろう? 実家にはベアトリクスもいるから不都合もあるだろうし、悪い話じゃないと思うが」


 あの老獪で陰湿なロレンヌがそんな殊勝なことを言うだろうか……というオフィーリアの懸念は実は的中していて、彼女は一貫してしらばっくれようとした。


 しかし、愛しい人が被った待遇の悪さや代金の未払いの事実を知ったディルクが、そう簡単に許すはずもない。

 怒りの感情が魔力の波動となって、そこら中の家具やら調度品をガタガタ揺らしまくり、怯え切ったロレンヌが工房の建設で手打ちにしてくれと懇願したのが真相だ。


 だが、ディルクはそのことを口にせず、「きちんと話し合った結果だ」とのたまった。

 実際には話し合いではなく恐喝だったが、オフィーリアが知らなくていいことだと黙っていた。

 オフィーリアもただの話し合いではなかっただろうなとは思いつつ、あえて突っ込んで聞かなかった。


「嬉しい申し出ですけど……なんだかピンときません。マナテリアルを作るより、薬草の世話をしてる方が性に合ってるような気もしますし」

「確かに、外で仕事をしている君は生き生きしてたから、きっと天職なんだろうな。だが、工房はあって困らないと思うぞ。普段は薬草園の管理人をして、気が向けばマナテリアルを作ればいいんじゃないか?」

「贅沢ですね、それ」


 苦笑しながらも、そういう生活を想像してみると、意外に悪くない感じがした。


「まあ、俺がどうこう言っても、君の人生だから君が決めるべきだし、急いで結論を出すことでもない。体を休めながらじっくり考えればいい。夜明けまでまだ時間があるから、もうひと眠りしたらどうだ?」

「そうですね……」


 おなかが膨れたせいか、さっきまでよく寝ていたはずなのに、再び眠気が襲ってきた。

 もぞもぞと横になると、ディルクが肩まで布団をかけてくれる。


「おやすみ、オフィーリア」

「お、おやすみなさい……」


 柔らかく髪を漉かれながら耳元でささやかれると、恥ずかしさのあまりギュッと目をつぶる。


 いたずらっ子のようにクスクス笑うディルクの声を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

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