永遠の約束・アゲイン

 貴斗君は最後にワタシに彼と私の終わりを告げる言葉をくれた。

「イヤ、嫌、いや、貴斗君そんな事を言わないで私が大事だっていってよ」

〈最後にもう一度、アナタの言葉を確認させて、そして、諦めさせて。勇気を出して前に踏み出すために。最後にもう一度聞かせて・・・〉

「同じ事は二度言わない。宏之と凍りついた時間を取り戻してくれ。奴の元へ行ってやれ、宏之も待っているはずだから」

 彼の言葉に刺激されたのか胸の中にいっぱい宏之君と居た時の楽しい思い出が込みあげて来たの。

 泪を流しながらそれを思い出させてくれた彼に感謝した。

〈詩織ちゃん、後は頑張って。それと今までごめんね〉

 心で彼女にエールを送りながらこの場を静かに立ち去る事にしたの。

 貴斗君は彼の方から今の私との関係は間違っている、って言葉にはしてくれなかったけど、その思いは彼の言葉の重みで伝わってきたの。だから、それを受け入れられる。

 だってもうこれ以上、詩織ちゃんを傷つけたくないから。

 それに貴斗君の本心は詩織ちゃんを必要としているのを知っているから、だから、もう二人の邪魔をしないの・・・。でも、私が宏之君を選んでしまう事はもう一人の女の子を傷つけてしまう事なの。

 それだけは・・・・・・、それだけは絶対に譲れない。

 本当はもう一人の女の子との関係も戻したかった。でも、彼を選んでしまえばそれは多分、無理だと・・・、思うの。だから、

〈香澄ちゃん、今まで有難う。そして・・・、ごめんなさい〉と心の中で言葉を作ったの。

 泪を流しながら覚束無い足で芝生の上を校舎の方へ向かって走っていた。

 今、私が流している涙は宏之君の事を強く想う事が出来て嬉しいから?それとも貴斗君に別れを告げられて悲しいから?

 そう思った瞬間、何もない平坦な所で躓いてしまった。

 直ぐに立ち上がらず、しばらくそのままの体勢で芝生に埋もれながら静かに泣いていた。するとどこからか声がして来たの。

「ナンデ、こんな何にもない所で転げてんだ、春香?」

「アハッ、どじ、しちゃった」

「ほら、手貸してやるよ、つかまれ」

「有難う」

「よいっと」

 その人は掛け声を掛けながら優しく私を抱き起こしてくれた。

「フゥ~~~、有難う」

 立ち上がった私は正面に居るその人に向かってそう言ったの。

「大丈夫だったか?」

「うん、平気、平気だよ」

 そう言いながらお洋服についてしまった芝生を手で払っていた。

 それが終わってから、ちゃんと前を向いて彼の名前を呼んだ。

「どうして、宏之君がここに?」

「春香こそどうしてここにいる?」

「貴斗(君)に私(俺)はよばれた(の)」

 彼と私は同時に呼び出した人の名前を口に出していた。

「ウフフフフッ」

「ククッ、ハハッ、アハハハハッ」

 それが可笑しかったのか彼と一緒に笑ってしまった。

「でも、どうして?」

「春香こそどうしてヤツに呼ばれたんだ?」

「宏之君から先に教えてよぉ」

 懇願するような瞳で彼に訴えていた。

「アイツに呼ばれたけどまだ会っていないぜ。どんな事なのかも知らされていないんだよ」

「そうなんだぁ、私は今さっき会って来たばかりだよ」

「でっ?」

「どうしてたのかはヒ・ミ・ツ」

「チッ、何だよ、それ?」

「教えて上げないもん。でも今は貴斗君、詩織ちゃんと一緒にいるのは確かよ」

「ふぅ~~~ん、そっか」

「何よその含みのある相槌は?」

「べつにぃ」

「あっ」と私が声を彼に掛けようとした瞬間、

『トゥトゥトゥ~~~トゥットゥットゥ~~~トゥ~~~♪』とメロディーが宏之君の方から聞こえてきた。

「ワリィ、携帯が鳴っている様だ。ちょっと待ってくれ」

 彼は電話に出ると何かを話し始めた。しかし一分も経たない内にその会話は終わってしまうの。

「エェ、もうお話終わり?」

「用件だけ言うと直ぐ電話を切る相手だったからな」

「だれなの?」

「オマエもオレもよく知っているヤツさ」

「エェ~~~、誰よ」

「少しは考えろ!それより場所を移動しよう」

 彼はそう言うと高台の方へと歩き始めた。

「アッ、そっちは駄目っ!!」

 私の言葉を無視して彼は先に行ってしまった。

 彼を追い掛けるようにこの場から移動したの。

 彼が向かった先、高台の丘へと彼に後れて私は到着した。

「・・・・・・・・?」

 さっきまでいたはずの詩織ちゃんと貴斗君その二人はもうそこにはいなかった。

 宏之君は木の下をじっと見ている。私も彼に釣られてそちらを見たの。

 ペンライトがそこに置かれ弱々しく光っていた。そして、何か書いてある手紙がそこに有った。

 声を出して、それを読んでみたの。

『Remember your original intention! & carry out your original intention!』

 なんでこんな置手紙があるんだろう?

 これを書いた人は?・・・、さっきまでここにいたのは貴斗君と詩織ちゃん・・・、タイプしてある。

 なんとなく誰だか分かったような気がした。

 私が声を出して読んだフレーズに宏之君は不思議そうな顔をしていたの。

「???春香、どう言う意味だ?」

「初心を忘れず、初心を貫き通せ。そのままの訳だけど、多分、これの本当の意味は」

「それ以上言わなくても言い、それだけ言ってくれれば俺だって分かるよ。ッタク、アイツは一体何を考えてるんだ」

 彼がそう言ったので私は今一度その置手紙を心の中で読み返していたの。

 カレが私達に何が言いたかったのか、何を伝えたかったのかを。

 その意味は多分〝初めて逢った時のときめきを忘れないでその人の事をずっと想い信じろ〟って事だと思うの。

 日本語じゃなくて英語で、遠まわしの様な言い方。なんとなくカレらしいね。

 再びその置手紙に目を移すと、そのとき他に何か置いてある事に私は気付いた。

 それを手に取ろうとした瞬間、私より速く宏之君の手が伸びていた。だから、私はそれを取りの損ねてしまったの。

「宏之君、何を今手に取ったの?」

「はははっ、何の事かな?」

「宏之君の意地悪ぅ」

 何かを手にした彼は何故か押し黙ってしまった。

 そんな彼を見たら何だか私も何て声を掛けていいのか分からなくなって黙ってしまう。

 月明かりと多くの星々に照らされながら私達は静寂の中に溶け込んでいたの。

 どれだけ時間がたったか時計を見れば判るけど私はそれをしなかった。でも、私の気持ちを整理させるのには十分の時が過ぎていたの。

「宏之君、聞いても良い?」

「何をだ?」

「宏之君は香澄ちゃんじゃなくて私を選んでくれたんだよね?」

「ナッ!?ナンデそんな事を聞くんだ・・・」

「良いから答えてっ!」

「そうじゃ無かったら俺はここに来てねぇ~~~よ」

「信じて良いんだね?宏之君の事、信じても良いんだね?」

「モチロンだ、春香、俺の事を信じろよ」

 彼は力強い言葉で私にそう言ってくれた。

「宏之君の事を好きでいて良いんだよね?」

「当然の事を聞くなよ。だからオレの本真言ってやるぜ。三年も待たしちまったけど何度でも言ってやるよ。俺は春香の事が大好きだァ~~~、そして誰よりもお前を愛しているぞ!」

「有難う宏之君、男の人から、そう言葉に出して言ってくれると、とても凄く嬉しいよぉ」

 宏之くんの言ってくれた言葉に笑顔を造っているつもりだったけど涙を流していた。

「泣くなよ、春香!」

「そんな事を言わないでよ、女の子は嬉しいときでも涙を流すんだからぁ」

「しゃねぇ~~~なぁ」

 彼はそう言うと私を強く抱き締めてくれたの。そして、暫く彼のその抱擁を私も受け入れていた。

 宏之君の瞳を見詰める。

 とても澄んでいて優しい瞳。

 彼は私に微笑み掛けてくれる。

 まるで太陽のように。

「ねぇ、宏之君キスして」

 私がそう言うと彼は何も言わず私の唇を愛おしく吸い寄せてくれた。

 彼と私はその行為を飽きるまで続けていた。

 やがて、彼の方からそれを終わりにして来たの。

 私は彼の顔を見上げる。

「ここでもう一度あのオマジナイしヨッ」

「春香がそれを望むなら、いいぜ」

 彼はそう言って両手を私の前に出してくれた。

 私は彼の手に自分の手を添え、指を絡めるの。

 私がそうすると彼の方から言葉を綴り始めていた。

「目を静かに瞑り描いてごらん心の中に」

「目を静かに瞑り描いてごらん心の中に」

「夜空に瞬く星々を」

「夜空に瞬く星々を」

「幾星霜の時間を隔てても」

「その煌きは変りわらない」

「それは永遠であるように」

「キミのこころと解け合い煌めくオレの心」

「アナタの心と解け合い煌めく私のココロ」

「それはまるで夜空に煌めく星々のよう」

「それは私(キミ)と俺(アナタ)の永遠の約束かのように」

 最後まで言い終えると様々な私の記憶や想いが私の胸を埋め尽くしていった。

 喜びと悲しみ、辛さと楽しさ、安心と不安、希望と絶望、期待と失望、努力と挫折、決断と後悔、悲劇と喜劇、そして・・・、恩恵。その様々な記憶と想いが波になって私に押し寄せていた。

 声を出さなかったけど泪を流しまた泣いていた。

 そんな私を見た宏之君は黙って抱擁してくれた。

 彼の胸の中で今一度泣いている私。

 私が泣いている最中に彼は話しかけてくれていた。

「オレとお前がここでこうやって告白するのは二度目だな。そして、ここはなんと告白にとって伝説の場所って聞いているぞ。更に今、春香と俺は三度目の永遠の約束を交わしたんだ。三度目の正直ってやつか?これで俺達が上手く行かなかったら空で踏ん反り返っている神様の所まで行ってぶん殴ってきてやる」

「モウそんな罰当たりな事を言わないでよぉ~~~」

「フンッ、そんなもんオレが跳ね除けてやるよ!」

「勇ましいのねぇ」

「オウよ!春香のためなら幾らでも猛々しく勇ましくなれるぞ。勇ましいついでにもう一言、言っておくぞ!オレお前と一緒に大学、行く事にした」

 彼のその言葉を聞いて満面の笑みを創り見上げていた。

「春香、嬉しそうだな。良い顔してるぞ!」

「だって・・・、だって宏之君がとっても嬉しい事、言ってくれるんだもん」

「頑張ろうな、春香」

『うん』と力強く頷き私の方から彼を強く抱き締めたの。

 私の大切な思い出の始まりはこの高台の丘で始まり、一度はこの場所で終わりを迎えていた。でも、またこうして再び、彼との新しい思い出が始まるの。

 香澄ちゃんや詩織ちゃんとの仲はどうなってしまうのか今はわからないけど、出来るなら、これを機会に二人との仲も取り戻したい。

 それは凄く我侭な私の願いだってちゃんとわかっているの。でも・・・、でもね、かなうなら、叶うなら、そうあって欲しい。二人に嫌われたくないの。

 だって、今こうして私が居られるのは貴斗君のお陰でもあるけど、やっぱり、彼女たち二人に出会えなかったら、ありえなかったから。だから、詩織ちゃんと香澄ちゃんとの仲を終わらせたくないの・・・。


~ 2004年11月19日、金曜日 ~

『サァザァ~~~ン、ザザァーーーンッ、ザザァーーーンッ、サァザァ~~~ン』

 潮騒が聞こえてくる。

 海を眺める水平線は太陽が半分くらい沈みかけている。

 それ等から放たれる陽の光は海面を赤々と焼き、空を茜色に染めていた。

 今は昼が夜に別れを告げ様とする黄昏時。そんな時間だったの。

 そんな綺麗な景色を隣に立って居る宏之君と私以外誰も居ない浜辺の砂の上で眺めていた。

 海の方からソヨソヨと吹き流れてくる微風が私の頬と肩よりちょとだけ長めに切り揃えた髪を優しく撫でてくれる。

 退院してから一番初めに来たかった場所へ宏之君に連れてきて貰っていた。

「夕陽、綺麗ねぇ~~~」

「ああ、俺もそう思うぜ」

 その一言だけで会話が途切れてしまう。

 辺りが完全に暗くなるまでお互いに言葉を掛け合う事は無かった。

 そう沈黙が訪れていたの。

 その間、自分の事、宏之君の事、貴斗君の事、詩織ちゃんの事、香澄ちゃんの事、そして妹の翠の事を考えていた。

 他にも沢山の事を考えていた。

 これからの私、宏之君と一緒に大学を目指す私。

 大学に入ったら何を学ぶかを考えていた。

 どんな学部を選ぼうかその後はどん道を進もうかそんな事を考えていた。

 宏之君の事。

 今でも彼は私とずっと一緒に居てくれると言ってくれた。

 同じ大学に進んでくれるとも言っていたの。

 彼はどんな事を学びどんな道を私と一緒に進んでくれるのかな?

 貴斗君の事。

 彼は私の宏之君に対する気持ちを導いてくれた。

 とても感謝している。でも、疑問に思う事が一つ。どうして、そこまでして私と宏之君の仲を修復しようと努力してくれたのかな?

 詩織ちゃんの事。

 彼女はあの後ちゃんと貴斗君と仲直りできたのかな?

 その事に臆病になっちゃって、まだそれを確かめていないの。

 私、詩織ちゃんと仲直りできるかな。

 香澄ちゃんの事。

 結局、彼女から宏之君の事を取り返す形になっちゃったけど香澄ちゃん、彼女の事が心配。やっぱり、もう香澄ちゃんとはお友達でいられないのかな?

 そんな事を考えながら夜空を見上げ星空を眺めた。

「ねぇ、宏之君、少し歩かない?」

 そう誘って今、座っている場所から立ち上がった。

「ああぁ、良いぜ!歩こうか」

「手ッ、つないでも良い?」

 懇願する瞳と科を作って彼にお願いした。

 すると彼は何も言わず私の手を握ってくれる。そして、私はそれを握り返したの。

 暫く二人で星空を眺めながら浜辺を歩いていた。

 どれくらい歩いてからかな?宏之君の方から話し掛けて来た。

「なぁ、春香、陽が沈むまでお前、何を考えてたんだ?」

「何でそう思うの、宏之君?」

「アっハっハッ、お前って俺と一緒で行動が顔に出るんだよ。俺と違って言葉に出さない分まだましだけどな」

 笑いながら彼はそう言って私の疑問に答えてくれた。

「もぉーっ、宏之くぅ~ん笑わないってッたら、気にしてるんだからぁ」

「別に良いじゃないかそれくらい。誰でも短所は持っているもんだぜ」

「もォ~~~、そう言って宏之君、自分の悪いところを取り繕うとしてるでしょ?」

「そっ、そんなこたぁ~~~、ないぞ。それより一体何を悩んでたんだ?言ってみろよ」

「あぁーーーっ、宏之君、話しそらしたぁ・・・・・・・・・、ぅうぅ~~~ん、でもぉ~~~」

「何だよ、俺ってそんなに頼りないのか?」

「別にそう言う訳じゃないけどぉ」

「だったら話し聞かせろよ」

「うん、わかった」

 さっき考えていた悩み?を宏之君に聞かせて上げました。

「実は俺もう大学で何を学ぶかって決めてんだ」

「えっ、そうだったのそれは吃驚」

 彼がその事を既に決めていた事に驚き言葉に出して言っていた。

 多分、私の表情もかなり驚いていたと思うの。

「チッ、そこまで驚く事は無いだろ?どうせ俺は優柔不断で直ぐに物事を決めれない男だよ。フンッ」

「あぁ~~~ン、そんなに怒らないでよぉ悪気があって驚いたんじゃないんだからぁ~~~」

「ハイ、ハイッとぉ」

「ジャァ、だったら何を学ぶの?」

「それは教えられねぇなぁ、お前の方こそどうなんだよ」

「宏之君が教えてくれないなら私も秘密!」

「それならこの話はここまでだ」

 そう言葉にして彼はこの話を中断させてきた。

 彼が答えてくれないのなら大学に入るまでそれを知るのを待つ事にしたの。だから、話題を返るために私から彼に話しを掛けた。

「ねぇ、宏之君は貴斗君と仲直りしたの?」

「何訳のわかんないこと言ってんだ、春香?別に俺は貴斗と喧嘩なんかして無いぞ。仲直りもくそも、あるかよ」

「ジャァ、貴斗君が入院中、ちゃんと彼のお見舞いして上げた?」

「アハハハッ、ちゃんと行ったよ・・・」

「宏之君、嘘っ吐いてるぅ~~~」

「なっ、何を証拠にそんな事を言うんだ」

 彼も私と一緒で嘘がつけない。

 私は顔にそれを出しちゃうようだけど宏之君は無意識で鼻の頭を掻くって仕草でそれを教えてくれるの。でも、それがいつも当たっているとは限らないけどね。そして、さっきも宏之君はそれをしていたのよ。

 そんな嘘をついた彼にご機嫌斜めな表情を作って見せて上げた。

「アぁーーーっ、そんな顔スンナよ。俺が悪かった!話すから・・・」

 そう言ってから彼は貴斗君と今の関係を話してくれた。


*   *   *


「ってな、わけだ!」

 凄く驚いてしまう事を彼から聞かされた。

 それは宏之君と貴斗君が実は従兄弟であると言う事。

 血が繋がっているという事ね。

 道理で稀に貴斗君が見せる眼差しが宏之君に似ていても可笑しくない、そう思ったの。他にも何か隠しているようだったけど。

「ねぇ~~~、宏之くぅ~ん?他に何か隠してい・な・いぃ」

「ハッ?何を根拠にいきなりそんな事を言い出すんだ?」

「だって、アナタの顔に書いてあるんだもん」

「アぁーーーっ、駄目、駄目、これだけは教えられん。男と男の約束だからな・・・」

 そんな事を言われちゃったら余計に聞きたくなっちゃうけど、いくら問い詰めても答えてくれなかった。

 しょうがなく話題を変えて詩織ちゃんと貴斗君の事を聞いて見たの。

「私達はこうして今一緒にいられるけど詩織ちゃんと貴斗君は仲直りできたのかな?」

「それは問題ない。今回の事であいつも藤宮に対する明確な想いがわかったようだから」

「そうだったんだ・・・。良かった二人とも元に戻って」

「春香、嬉しそうだな」

「うん、だって二人にはそうであって欲しいんだもん。それに二人ともお似合いだからね」

「アッーハッハッハ、春香もそう思うんだな」

 自分で確認した訳じゃないけど宏之君の言葉を聞いて安心したから何だか嬉しくなっちゃった。

 だって二人が仲直り出来なかったら私、スッごく罪悪感に苛まれてしまいそうだもの。

「ねぇ、宏之君、私、詩織ちゃんと仲直り出来るかな」

「そ・れ・は・お・ま・え・の努力しだいだ。俺から言ってやれる事は頑張ってくれ、ってか」

 初めを区切り、区切り言いながら彼は〝努力〟と言う言葉を強く訴えていた。

「うん、頑張るね。私、努力するかなね」

 この前の宏之君の告白の時、詩織ちゃんと崩れてしまった関係を貴斗君の事を含めて嫌われてしまうかもしれないって思ったけど勇気を持って宏之君に話したの。

 でもね、それを聞いた彼は驚く事をしないで全ての話しを受け止め、そんな私の事を励ましてくれた。だから、その時に知ったそんな彼の心の広さがとても嬉しかった。

 それからまた暫く海辺を歩き、やがて私達は違ったアングルで海を一望できる丘の岬に辿り着いていた。

『ザァプゥ~~~ンッ、ザァプゥーーーン、ザァプゥーーーン、ザァップゥ~~~ン』

 切り立った崖を打ち鳴らす波の音が私達の所まで聞こえてくる。

 夜空には見えなくなってしまった太陽の光に照らされて蒼白く煌いているお月様が綺麗に浮かんでいた。

 海面にはおぼろげだけど水月を見る事も出来た。

「あのねぇ、宏之君・・・、最後に香澄ちゃんの事だけどさぁ・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・」

 私達は二人とも沈黙してしまった。

 私はそのあと何も言えなくて彼に背を向けて夜空に昇っている月を眺めてしまった。

 宏之君は水面に移る水月を見詰めていた。でも、少しも経たない内に宏之君はハッキリした言葉で私の一つの不安を取り除く言葉を聞かせてくれる。

「俺が言えた義理じゃないが香澄の事、何も心配は要らない・・・、はず。それについては貴斗のヤツが何とかするって言っていた。俺はアイツを心底信頼しているから後はヤツに任せるだけだ」

「貴斗君もそうだったけど宏之君も彼の事をとても信頼しているんだね。私は宏之君の恋人だからアナタを信じるの。だから、私も心配しない事にする」

「アッハッハッハ、春香がそんな事を言ってくれて俺、スッごく嬉しいぜ」

 そんな風な事を口にすると彼はとても陽気な笑顔を私に見せてくれた。だから、私もそんな彼に笑顔で返すの。そんな表情のまま彼に尋ねる。

「私、ちゃんと香澄ちゃんと仲直り出来るかなぁ?」

「ヤッパリ、それもお前の努力しだいだぜ」

「ぅぅウゥ~~~ん、酷いよぉ~~~、大丈夫だって言って安心させてくれると思ったのにぃ、裏切られたぁ~~~っ!」

 彼の返してくれた言葉が少しだけ不満だったからほんのちょっぴり双方の目尻に涙を溜め不貞腐れた顔を彼に見せて上げました。

「そんな顔しても駄目、頑張れよ」

 彼はそう言うと突然、私にキスをしてきた。

 突然で吃驚したけど私はそれに抗う事をしないで素直に受け入れた。

 その後は煌々と静かに月明かりが照らされるだけの誰も居ないこの岬で彼と。

 こうして宏之君と私は完全に縁りを取り戻す事が出来たの。

 私達の新しい未来に向かって努力してゆく。そして、決めたの。私のほうから、詩織ちゃんと香澄ちゃんとの仲を取り戻すようにしよう、って。

 宏之君や貴斗君、八神君の力を借りないで、私自身の頑張りでまた、仲良くなろうって。

 直ぐには元に戻らなくても、いつかきっと、いつかきっと、そうなるように。


~ 2005年3月5日、土曜日 ~

「ほらっ、はるかっ!さっさと準備しろよ。もうみんな集まっているはずだぜ、お前のためにな」

「キャッ、着替えている最中なのにぃ~、勝手に部屋に入ってきちゃいやだよぉ、もぉ」

「別になにいまさらそんな事いってんだ?隠して着替えることなんてないだろう?クククッ」

「ここは私のお家で私の部屋なのっ!宏之君のえっち、はやくでていってぇ、ばかぁ~っ」

 私がそういうと彼はにやけた表情を私に向けてから部屋を出て行ってくれた。

 今、私は聖陵高校の制服の袖に腕を通していた。

 えっ、どうしてかって?

 それはね、今日、わざわざ私のために私のためだけの卒業式をしてくれる、って私の大切な人達が計画してくれたの。

 学校側もそのために学校の敷地を使う事を許してくれていた。でね、それをやってくれる、って話を今日の朝急になって宏之君から電話を貰ってしまったから、こうして慌てて、仕舞っていた制服を探し出して、着替えている所だった。

 制服を完全に身にまとい大きな鏡に私を映し出す・・・。

 少しだけ、ゆるく感じる・・・。

 鏡の中の私をみると、今でも現役高校生って感じに見えなくもなかった。でも、それは私にとって嬉しくないの。

 だって、もう二十歳過ぎているんだもん、そんな子供には見られたくないよ。

 ははっ、そんな風に思っていること事態、まだ、まだ、私は精神的にお子様なのかも。

 鏡の前で小さなため息を自分に見せてから、廊下で待っている宏之君に声を掛けて、一緒に外へと向かった。

「ほらっ、これ、ちゃんとかぶれよ、春香」

「うん、ありがとね」

 宏之君は言いながら私の頭の上にキャラクター物のハーフヘルメットを乗せてくれた。

 それから、彼に促されて既にエンジンがかかっているバイクの後部座席に座り、彼が前に座ると彼の胴に手を回してしっかりとつかまったの。

「そんじゃ、飛ばすから、しっかりと掴まってろ、春香。いくぜっ!」

「うん、大丈夫。でも安全運転だよ、宏之君」

 フルフェイスのヘルメットをかぶった宏之君はバイザーを下げるとバイクを発進させた。

 そんなヘルメットをかぶっている宏之君。

 彼と会話ができるのは途中の交差点の赤信号で停止している時だけだった。

 声もかぶっているヘルメットのせいでくぐもっていた。

 数回の会話の後、私たちは坂を登り切った聖陵高校の正門前に到着していたの。

 バイザーを上げた宏之君、

「ここからは歩いて中に入るぜ、だから降りてくれ」

「はぁ~~~いっ」

 返事をしてから、バイクから降りる。

 かぶっていた物を脱いで彼に返していた。

 宏之君は私が渡したそれを彼がかぶっていた物と一緒に座席の下に仕舞いこんだ。

「さあ、いこうぜ」

「ねえぇ、宏之君?どこで、その私だけの卒業式をやってくれるの?」

「第二体育館だってよ」

「えっ?だって、いつものメンバーだけでそれをしてくれるんでしょう?広すぎだよぉ、第二じゃぁ~。それに歩いていくの?遠いのに」

「そんなこといってもなぁ、それをやろうっていった藤宮さんや香澄がその場所だって決めたんだからしょうがねぇだろう」

 私と宏之君はそんな事を話しながら正門から十分近くも歩く場所にある第二体育館へと向かっていた。

 彼と会話を交えながら歩いていると徐々にその場所の正面玄関が見えてきたの。

 そこに立っていた誰かが、私たちを見つけると走ってこっちに向かってくる。

「おねぇえちゃんのねぼすけっ!もう、みんなすっごくまっちゃっているんだからねっ!」

「翠?どうしここにいるの」

「みどり、じゃないのっ!せっかく、すぐに着替えられるようにこっそり制服、わかる様な所に出してあげてたのにっ、なにやってたのよ。ニュフフフフッ、もしかして、お姉ちゃんの制服姿に欲情しちゃった柏木さんといちゃついてたわけぇ?」

「なっ、訳あるか、翠っ!俺だってそれくらいの節度は弁えているぜ」

 道理でドレッサーの椅子の上にそれが乗っていたのか今わかった。

 でも、私はそれが椅子の上にある事を知らなかったから余計に探しちゃって手間取ってしまっていたのね。

「ぁああ、もう遅れてきたことなんてどうでもいいけど、みんな待っているんだから早くいこっ」

 私の物とは少しだけデザインの違う制服、翠も数日前まで着ていたこの学校のそれを身に着けていたの。

 そんな妹は私と宏之君の手を掴むと走り出す。

 体育館の入り口は開けっ放しになっていた。

 土足厳禁のその場所に靴を履いたまま入ってゆく・・・、私の瞳の中に体育館の情景が映し出されると・・・、私は口をぽっかりとあける様に驚きの表情を見せていた。

 隣にいる宏之君は私以上に驚いている様だった。

「まったく、何朝っぱらからそんな間抜け面しているわけよ、春香?やっと主役が来てこんな、情けない顔されちゃ、締まらないわね」

「おはようございます、春香」

「よっ、宏之、それと涼崎さん二人そろって似たような表情作って驚いてくれているな」

「二人が驚くのも無理はないだろう。俺だっててっきり身内だけだと思っていたのだが、これだからな。ほらっ、みんなお前たち二人に話したくて待っている」

 それから私の周りに香澄ちゃん、詩織ちゃん、八神君、貴斗君、以外のやっぱりこの学校の制服を着ていた私の同級生や香澄ちゃんたちのクラスの生徒たちが取り囲むように押し寄せてくる。

 私のクラスの担任の愼田先生や他にも何人か先生たちが居てくれていた。

 前の理事長も、貴斗君のお祖父さんの洸大前理事長も、彼のお姉ちゃんの翔子先生も。

 後で八神君から聞かされたことなのだけど、実は私だけじゃなくて、この卒業式は宏之君のためでもあったって教えてくれた。

「・・・、春香?ないてんの」

「だって、かすみぃちゃぁん、だってこんな、こんな・・・、こんなのって・・・」

 私の目じりの涙腺が緩む。

 香澄ちゃんが口にするように涙を流してうれし泣きをしていた。

 本当に嬉しいから。

 そんな私を見ながら彼女はまた言葉を掛けてくれる。

「この計画を持ち出したのは私だけど、いろんな場所に散らばっていたあんたのクラスの生徒全員を集めたのはしおりンなんだから、海外の出ている奴だっていたのよ。それをしおりンが頑張って探して集めたの。こいつにいっぱい感謝してあげてね。内のクラスはあたしと、慎治と貴斗で集めたわ。あたし達がいた頃の在校生も、もう卒業しちゃったけど少しだけ夏美が集めてくれたし、あんたなんかと全然関係ないけど、翠が、翠と同じ学年の子をできるだけ集めてくれたわ」


「感謝の言葉など必要ありませんよ、春香がそのような嬉しそうな表情を見せてくれるだけでいいのです、わたくしは。それに・・・」

「涼崎先輩、うちのお店いつも遊びに来てくれてありがとうございます。それと、今日は昔と同じ気分に浸ってくださいね」

「スズちゃん、おひさぁ~~~、三年ぶりだねぇ。スズちゃん、それを着ていても何の違和感もないわよねぇ。もう一回、三年生やってみたら、あははっ」

「くそぉ~~~、三年前よりもっとかわいくなってやがるよ。って言うかきれいだよなぁ。くぅ、なんで涼崎さんの彼氏がカッシーなんて納得いかねぇな、俺たちは!」

「サッキーが入院しているときはあたいらゼンゼン見舞いにいけなかったけどごめんしてね。だって、しぃ~ちゃんが〝そのことは私にお任せくださいまして、みなさんは勉強に専念してくださいませ〟って言ったからなのよ。委員長のしぃ~ちゃんがいう事なんだもの聴かない訳にはいかなかったんだよ」

「あぁああ、あのときの卒業式、今でも忘れられない。我々の思い出。われ等が藤宮嬢のあれには過半数以上の男子生徒の心がもろくも崩れ去った事件だった・・・」

「あはっ、確かにあれは誰もが予想つかなかった藤宮さんの行動だものねぇ」

「えっ、いったいなにがあったの、みんな?」

「だぁっ、あっ、それはだめ、だめです、もうそのことはみなさんくちにしないでくださいっ!」

「詩織先輩、いったい先輩の卒業式に何があったのですか?」

「ああ、それは俺もしっかりと記憶の中に留めている。公衆の面前であのような事を言える、詩織、お前に感服する。誰も周りにいない所でそんな事を叫ばれても嬉しいはずがない。だから、そんなこというな」

 さらに周りから言葉が続く。

 みんなの言葉に余計に泣きそうになってしまう。

 大きく嗚咽してしまいそうになるの。

 こんなに嬉しい事があるなんて夢にも思っていなかったから。

 逃げなくてよかった。

 辛い事も嫌な事も、迷う事も、厭な私になってしまう事もいっぱいあったけど。こっちの世界に戻って来てよかった。

 彼等、彼女等が私のお友達である事に本当に深く感謝した。

 私の友達は詩織ちゃん達だけじゃないって知る事が出来たのがとっても嬉しい。

 それでも、やっぱり詩織ちゃんと香澄ちゃん、その二人が私にとっては一番なのは変わらない。

「ほらっ、春香。今は泣かないの。式が終わったら命いっぱい。泣いていいんだから、それまでは我慢しなさい。それくらい出来るでしょう?もう、アタシたち子供じゃないんだから」

「あら、あら、陰でよくお泣きになります、香澄の言葉ではありませんわね」

「あんただって似たようなもんでしょうが、しおりン」

 香澄ちゃんのその言葉で声を出して泣くことだけは我慢した。でも、いくら我慢しても私の両頬を伝うものは止ってくれない。

 宏之君は鼻を啜りながら我慢しているようだった。

「ほらっ、お前たち、さっさと場所にもどれ、これじゃいつまでたっても二人の卒業式始められないだろう」

「そうですね、式が終わってからでも話す事は可能なのですから、すぐに整列しなさい」

 内の担任と物理の御剣先生がそう言葉にするとそれに従う様にみんなが移動した。

 私と宏之君のためだけにこれだけ大勢の人たちが集まってくれていた。

 そんな中で、涙を拭った私は緊張した表情で壇に上がり理事長が読み上げた卒業証書を彼から頂こうとする。

 上げる腕が緊張で震えている。

 腕だけじゃないの。

 指先も、膝も、そう体全身が震えていた。

〈泣いちゃ、だめっ!しっかり受け取って私。こんなこと二度とこなんだから、だから、しっかりと受け取るの、私。大切なみんなが見ているんだから、みんなが私と宏之君のために用意してくれた舞台なんだから、私、しっかり、しゃんとしなさいっ〉

 心の中で自身に自信を持つようにそう強く言い聞かせていたの。

 証書の両端を掴むと手の震えがそれにまで伝わり、たわむ小さな音を立てていた。

 私は震える頭でそれを受け取ったこと示すためにお辞儀をしたの。

 その時に一雫だけ、証書に涙が滴り落ち、その場所を仄かに濡らす。

 壇から降りる階段で震えのあまり転びそうになって仕舞いそうになったけど、先に段から下りていた宏之君、階段の前でたっていた彼に受け止めてもらい怪我をすることはなかった。

 少しだけ、周りから冷やかしのどよめきが聞こえてきた。でも、嫌な気分になることはない。寧ろ嬉しいこと。

 だって、こんな経験をすることが出来るのは一生に一度だけだから。普通に生きていたのならありえないことだったから。

 その後は当時の式どおりに私たちの一つしたの後輩、詩織ちゃんと香澄ちゃんの部活の後輩である河野さんって女の子が送辞を読み上げ、それに返すように詩織ちゃんが答辞を読み上げる。

 でも、その頃と違ったことといえば、私も一緒にそれを読み上げていた事。

 私一人じゃ無理だけど、彼女と一緒だったから、ちゃんと最後までやり遂げることが出来た。そして、それを読み終える・・・、

 私は大声で泣き始めた。

 嬉しくて、うれしくて、うれしすぎて。

 また、涙を流し始めたの。

 宏之君にすがりながら。

 声を張り上げて顔を真っ赤にして泣いちゃったの。も、泣き始めたのは私だけじゃない。

 詩織ちゃんも、香澄ちゃんも、宏之君も、八神君も、妹の翠も、周りのみんなも泣いてくれたの。・・・、けどね、一人だけ泣いてない人が居た、ただ、じっと双眸を閉じたまま、黙祷をしている様な感じの人。

 それは藤原貴斗君。

 詩織ちゃんも香澄ちゃんも言うの。

 今まで彼が涙を流した所を見たことないって。

 こんな状況であっても彼はそれを見せない。

 どうしてなんだろうね?・・・、・・・、・・・、・・・・、でも、私はその理由を知っていた。

 あの時、闇の淵から助けてもらった時に知ってしまったから。だから、私は彼が涙を流してくれなくてもいいの。

 私と宏之君は最後まで泣きやめなかった。

「二人とも、もう泣くな。嬉しくて泣くのは理解できる。だが、嬉しいなら笑え。嬉し泣きよりも笑顔だけの方が、まわりの心も温かくなるから・・・。ここに居る全員にお前たちの満面な笑みを見せろ。それがここ来てくれた連中への最高の感謝の手向けになるからな」

「貴斗、良くそんな臭い台詞が言えるぜ。・・・、これでいいか?」

 宏之君は貴斗君の言葉で制服の裾で涙を拭うと太陽のような笑顔を創って見せたの。

 私の隣に居る詩織ちゃんがハンカチーフを私に差し出す。

 それを受け取り、涙でくしゃくしゃになった頬と目尻を拭うとその場に居る全員に貴斗君が言ったそれをやって見せていた。

 ちゃんとできたかな?

「ふっ、それでいい。それで・・・」

「貴斗、今のあんたすごく気障っぽいよ。まるで龍一さんみたいにね。今のそんなあんたもあたしは好きだけどね」

「香澄っ、いくら香澄がそんな事、言っても貴斗は渡しませんからねっ!絶対、ぜったいだめなんだからぁっ!」

 詩織ちゃんのその言葉で周りのみんなに違った笑みがこぼれていた。・・・、・・・、・・・、それから、もう在校生じゃない私たちの後輩に見送られて体育館の外に出る。宏之君と手をつないで・・・。

 そのまま私たちはもう取り壊された旧校舎のある今まで以上に見晴らしが良くなった大樹のある高台の丘へと集まっていた。

「それじゃ、撮る、いいな?枠に収まらなくても俺のせいにするな・・・1+1は?」

「またそれかぁぁ、たかと?」

『にぃいいいいい』と宏之君の愚痴の後みんなの声が高台にこだました。

 私と宏之君を中心に私の後ろで私の両肩に手を乗せる香澄ちゃん、私の左腕に右腕を通す詩織ちゃん。

 八神くんが私と宏之君のちょうど間の後ろに立って、貴斗君が腕を組み明後日の方向を向きながら詩織ちゃんと香澄ちゃんの間に立っていた。そして、その周りに私のクラスメイト達、そのほか、写真の中に納まらないんじゃないかって数の友達みんながひしめき合っていた。

『カシャッ』とデジタルカメラの擬似的なシャッターを切る電子音がみんなの耳に届いてきたの。

 その中に写る私の笑顔、どんな風に取れているか楽しみ。

 現像された後の写真の中のみんなを見るのがすごく楽しみ。

〈みんな、ありがとう。とってもとってもありがとう、私の大好きな永遠の親友たち〉

 計画的に物事を立てる詩織ちゃんは私達の卒業式をやってくれたあとの事も考えてくれていた。

 それは同窓会。でも、別のクラスの皆も集まってくれて開いてくれた卒業式だから合同同窓会の様な物。

 立食式で皆それぞれ楽しく振る舞っている中、私は考える。

 私は、集まってくれたみんなの為に何かしたいと思った。

 まだ、私のあれが部室に置いてあるならと思って騒いでいる皆の中から抜け出して、吹奏楽部室へ駈け出した。

 部室の扉に手を掛けて、施錠されているかどうか確認してみた。

 ラッキー、仕舞ってない。

 中の様子を窺うように、ゆっくりと扉を開け、その中を覗く。

 誰もいに事を、確認してその中へと入って行った。

 部室中を見回しても、どこを探しても、私のフルートは見つからなかった。

 しょんぼりしている私へ突然、声を掛けてくる女の子がいて、私はドキッとしちゃって、声のした方へ振り向いた。でも、その相手は、

「春香、どのようなものをお探しなのかしらぁ~」

「もぉ、やだぁ、詩織ちゃん、おどかさないでよぉ」

「急に主賓が抜け出してしまうのですもの。心配してしまいます。私以外はどなたも気付いていらっしゃいませんが、で春香のお探しの物は?どのようなものか大凡見当はつきますけど」

「どこの行っちゃったのかなぁ、私のフルート。持ち帰っていないから部室に放置されたままかと思ったのに。ねぇ、お願い、詩織ちゃんも探すの手伝って」

 私が詩織ちゃんへそう答えると彼女は意味ありげに意地悪っぽく微笑んだ。

「こちらの事ですかねぇ」

「なんで、詩織ちゃんが持ってるのぉ~」

「どうしてでしょうかねぇ~、クスっ。春香単純ですもの。皆様へ何かをしてあげたい、何ができるのでしょう。そう思う春香の事ですからきっと」

「あぅ~~~」

「そのような情けない表情しないでください・・・」

 詩織ちゃんはそう言いながら、私の方へ近づいてきて、フルートケースを私へ差し出してくれた。

 彼女は差し出した方とは別の手に他のケースを持っていました。

「ハイ、春香。二人で演奏しましょう」

「詩織ちゃんとのデュオ?とっても久しぶりぃ~。でも、ちゃんとできるかな」

「自信を持ってください、春香。貴女の才能は律お父様も評価しているほどなのですから。大丈夫です。無論、私もですよ」

「もぉ、天才の詩織ちゃんにおだてられてもぉ」

 自身を卑下してしょんぼりしている私の手を引き、詩織ちゃんは皆がいる処へ歩きだそうとした。

「ねぇ、春香?覚えてらっしゃいます。あの曲を・・・、私達が一緒に作曲しましたあの曲を・・・」

 歩きながら、私は思い出す。

 エンジェルス・ティアー。

 天使の嬉し泣きって曲名の私達が高校二年生の時に一緒に作った曲。

 フルートとヴァイオリンの二重奏ってピアノとヴァイオリンやフルートとピアノの二重奏に比べるとかなりマイナー。

 詩織ちゃんピアノも出来るけど、ヴァイオリンの方が好みで二人が一緒に出るコンクールの事もあって、出来上がった曲。

「うん、あれなら・・・」

「それじゃ、行きましょう・・・。壇上での合言葉はあれですからね」

「ぇぇ、いうの?あれ」

「はいっ」

 上品は詩織ちゃんらしからぬ、セリフ。

 でもたまに私もそんな風に叫びたくなるのは、心に同じ想いを持っているから何だと思う。

 大同窓会を兼ねて、皆が集まる第二体育館へ、駆け走る私達、皆の中央辺りに来ると詩織ちゃんと背中を合わせる様に恥ずかしさを忘れて、

[春香&詩織]

「私達の曲を聴けっ!」

 声を張り上げ、皆が稀な声を出す私達に注目したのと同時に演奏を開始した。

 三年間、放置していたはずなのに私のフルートの主管と足部管の各キーの手触り、そのどれもが私の知っているのと変わらなかった。

 違和感を覚えることなく演奏できるように、手入れをしてくれたのは多分、詩織ちゃん。

 そんな彼女に深く感謝した。

 曲の長さは五分と二十一秒。

 一心不乱、私の今の想いを載せ、ここにいる、みんなに感謝したいこの気持が届くように懸命に演奏した。

 かなり久しぶりなのに、私の指先が、私の唇が、それぞれ意識を、記憶を持っていたかのように間違わず律を奏でてくれる。

 私達はただ演奏するだけじゃない。

 楽器を奏でながら、この曲の為の振り付けの動作をしていた。

 ただ、背中を向けるだけじゃないんの。

 お互い向かいあって、微笑みかけたりとか、過剰な演出とか、いろいろ。

 私達にとっては普段出来ない自分を演出できる曲。

 そんな私達を見て皆、驚く事間違いなしです。

 演奏している私達は気がつきませんでしたが、誰かが、私達の動きに合わせてスポットライトを浴びせてくれていた。

 エンジェルス・ティアーのフィナーレを迎える。

 聞いてくれたみんなの反応は・・・。

 あたりはしばらく静寂を保つ。

 どれだけ過ぎたかなんて分らないくらい。

 でも、場の沈黙は一気に反転。

 賛美、拍手喝采の嵐。

 私達の曲に泣いてくれる人もいた。

 勿論、褒めてくれる皆の声が私もうれしくて泣いちゃっていた。

 それから、私達二人は二人で一緒に演奏できる曲目を飽きるまで披露した。



 それから十二年の歳月が流れ、彼とは同じ場所で働いていた。

「ゥウ~~~~ン、ハァ~~~~」

「お疲れ様、宏之。お茶どうぞ」

「アッ、有難う春香」

「そんなに根を積めて大丈夫なの。お仕事の方に支障ない様にして下さいね。貴方は人の命を預かっているんですから」

「もう少しなんだ、もう少しでこの研究が完成する。そうすればアイツを助けられる。だから、ここでへばれないんだよ、俺は」

「私に手伝える事が有ったらいつでも言ってね、宏之」

「オゥ、期待しているぞ、春香」

 宏之が言う〝アイツ〟と言う人は藤原貴斗さんのこと。最近になって宏之から彼の事を聞かされました。それまで私も知らなかった重大な事を。

 十一年前、人として一度死を向かえ、そこから再び甦った貴斗さん。彼は一つの悪性を持って舞い戻ってきたようでした。それは彼の脳に判り辛い損傷が有り、その時の医療技術では直す事も出来ない状態であると言う事でした。その事を貴斗さん本人は知っていたようです。

 生きているのが不思議なくらいでいつ死んでしまってもおかしくない状態だと宏之に聞かされました。しかし、奇跡は続き彼は今でも元気で一生懸命働いています。

 それは傍に詩織がいるからかしらね?彼のその事実を知っているのは現在でも宏之、私、と香澄。そしてここの院長の調川先生のはずです。

 宏之と私は毎日寝る暇も惜しんで必死になって努力し2005年のセンター試験に合格して見事に大学に入学する事が出来ました。

 でも、そこまで頑張れたのは宏之だけが一緒に居たからじゃなかった。香澄もそばに居たから叶えられた。

 香澄が本当は医者を目指していたなんて知らなかった。私達の所為でそれを先送りにしちゃっていたなんて申し訳なかったけど、三人で勉強する事は私の励みになった。

 だって、それは私と香澄が友達でいられるんだって、これからもずっと一緒に居てもいいんだってことがわかる事でしたから。

 私達が頑張れたのは香澄の精神的な支えだけじゃなく、詩織や貴斗さん、八神さんが居てくれたからこそ短期間で前に進む事が出来たんです。

 私達三人が入学した大学は詩織、貴斗さん、八神さん達が通っていた所と一緒の大学。ですが、キャンパスは三戸の街の中ではなくて東京でした。

 専攻、宏之は脳外科、私は精神科、香澄は整形外科でした。

 彼がその道に進んだのは紛れも無く貴斗さんのためだと後から聞かされました。

 私が選んだ道、それは精神科医。

 自分は大事な人達の関係で凄く苦しみました。そして、人の関係の難しさと言うのを知りました。ですから、私は精神的な悩みを持っている人達を救ってあげたい、そう思ったのでこの道を選んだのです。

 今、宏之と私、香澄の三人は同じ職場、私がとてもお世話になりました医療法人済世総合病院で働いています。

「これが一段落したら式、挙げような、春香」

「ウフフフッ、待ちどうしいわ」

 私はそう言って左手に六年近くも嵌めている婚約指輪を眺めていました。

 他のみんなさんの事を思い出してみました。

 藤宮詩織、私の親友。勿論、その関係は今でも続いています。

 彼女は大学卒業後、彼女の恋人である貴斗さんの秘書として彼を心身ともに支え彼の事業の成功を手助けして今に至っています。

 詩織はよく私の所に貴斗さんの事で相談しに顔を見せてくれるのよ。

 未来の旦那様はとても奥手の人の様ですから詩織、彼女は女性としてかなり気苦労が堪えないと私に愚痴を溢していました。

 藤原貴斗さん。

 彼は祖父の仕事の一部を引き継ぎ、自分の事など省みず、率先して企業内を活発化させているようです。彼の為にも詩織に為にも無理をしないで欲しいといつも願っていました。

 彼は現在、藤原科学重工の関連会社で藤原宇宙科学エネルギー開発事業団代表取締役と、とても長い名前の役職についている様でした。

 先日、彼と詩織の結婚式の招待状を戴きました。 やっと二人も式を挙げるみたいです。とても喜ばしい事ね。そして、もう一通別のカップルからも戴いていました。それは隼瀬香澄と八神慎治さんの二人からです。

 詩織、香澄、貴斗君、八神君達四人は何でも合同結婚式を開くそうです。何だか羨ましいですね。

 現在、その香澄、私達と同じ病院に席を置きながら八神さんと一緒になって世界中を飛び回って各地の医療を学んでいます。

 彼女は宏之と私が縁りを取り戻したとき笑ってそれを許してくれました。それは影ながら貴斗さんが動いてくださったからです。

 彼女との関係も詩織と一緒で昔と変わらず楽しく付き合っています。

 唯、詩織と違うのは彼女自身、私達と大学を卒業後、八神さんと一緒になって世界中を飛び回っているので会う機会が最近少なくなってきました。

 八神さん。

 彼は貴斗さんが持つ企業の一つに入社し彼をサポートするかのように奮闘して働いていると香澄から聞いています。

 宏之、香澄と私がまだ大学にいる頃は四人でよく外に飲みに出かけていましたが彼の海外人事が決まってからは中々そう言う事が出来なくなっていたのです。

 最後に妹の翠。

 妹との仲は私達に関係の深いアノ方が彼女にお叱りをしてくださったらしく翠の方から謝ってきてくれたのです。だから、それからは直ぐに仲直りして、以前より強い姉妹の絆で結ばれました。

 その妹は2008年のオリンピックで銀メダルを取ると水泳の世界から引退しスポーツトレーニングコーチとして新しい未来のある選手達の育成に励んでいました。

「どうしたんだ、春香?悩み事か?」

「違うわ、みんなの事を思い出していたの・・・それと、詩織と香澄の合同結婚式いいなぁ~~~~って思っていたのよ」

「なんなら貴斗に頼んで俺達も一緒に混ぜて貰おうか?」

「フフッ、それも良いですね」

「ハハッ、聞いて見るよ。若しかしたら披露宴のお金も出してくれたりして」

「そこまで彼にして貰わなくても私達にだってちゃんと結婚資金、蓄えてあるでしょ?」

「バァ~~~カ、アイツあれでも大々企業の社長だぞ、俺達とは額がダンチだぜ」

「貴斗さんよ、きっとシンプルな式だと思いますけど、私は」

「藤宮と香澄がそれを望まなかったら?」

「あははっ、それもそうですね貴斗さん何だ、かんだいっても詩織には甘いようですしね。まるで敷かれている様で」

「アイツ、春香が言ったことを聞いたら絶対『フッ、それは違う、俺が詩織を甘えさせているだけだ』とか言いそうだぞ」

 宏之は貴斗さんの口真似をしてそう言って来ました。

「ハハハハハッ」

 彼の言った事が可笑しくて私達は二人して笑ってしまいました。

 そうやって、笑っていると・・・、

「たっだいまぁ~~~」

「えっ?香澄」

「なに、ハトマメな顔してんの、春香?」

「何時戻ってきたんだよ?迎えくらい行ってやったのにさ」

「合同結婚式の招待状送ったでしょっ、春香?その中に何時こっちに戻るかって手紙入れたのに見なかった訳?」

 私と宏之どちらにも同じ物が送られてきたので中身は一緒だろうと思い、私の方は中を開いていませんでした・・・。

 言われて、苦笑しながら中身を確認した時に宏之が飲んでいたお茶を勢いよく吹き出し、せき込んでいました。

「なにむせてんのよ、宏之」

「だっ、大丈夫です、宏之?」

「うぉっ、ゲホゲホ・・・、ちょっ、ちょっとマジでぇ・・・、おい、香澄。結婚式の日取代えられねぇ?」

「なんでよ?無理に決まってんでしょう」

「くそっ、あのバカ・・・、この日は貴斗の手術日なんだっ!!香澄も知ってんだろうがよ、今、貴斗が病んでるの。なんで、俺も春香お前も気が付かなかったかな・・・」

 頭を抱えながら、私達へそう告げる宏之に驚きを隠せる筈もない。

「えぇえぇぇぇぇえええっぇぇえええぇぇっ!!!!!!」

「ちっ、もうこうなったら、俺達もその式に混ぜてもらって、終わったらすぐ手術だ。春香、それでいいな?香澄、色々と手間かけちまうと思うけど、手伝ってくれ」


 ここで私の物語は幕を閉じます。

 私が事故に遭ってしまったため。

 私が取り巻く多くの人々の関係が急変させてしまいました。

 そして、一回目の覚醒時、そんな風になっている事を認識できないまま、昔の様に皆を振舞わせてしまいました。

 それを知らせてくれたのは貴斗さんだでした。

 カレはその行動の所為で命の危険に晒されてしまいます。

 そんな状態にも拘らず、彼は私を現実の世界へと繋ぎとめてくれる行為をしてくれました。自分の命を惜しむこと無くです。

 私はカレによって本当の覚醒をする事が出来ました。しかし、私は現実の苦悩にさいなまされ時を過ごしていました。

 それでも私が私でいられたのは宏之と貴斗さんが私の傍にいてくれたから、更に香澄と詩織と言う二人の心友の存在や妹の翠、私の見えないところで動いていた八神さん、それらの存在が有ったからかもしれません。

 短い時間の中で多くの事を学んだような気がします。そして、これからも刻が過ぎて行く分だけ、自分の出来る限りの事を学んで行きたい。

 宏之と共に歩んで生きたい。

 大事な人たちと時間を共有して生きたい。

 私の沢山学んだ事で沢山の人達を助けて差し上げたいのです。

 大事な、大切な人達と一緒なら挫けず前に進む事が出来るとそう思います。だから、これから辿る未来も私達の仲が永遠であるように願います。


~ それは永遠の約束であるように ~


春香 編 END

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