終 章 良友に恵まれし私へ、皆に感謝を

第十七話 精神の中に眠る本当の想い

~ 2004年9月30日、木曜日 ~


 リハビリのあと、貴斗君のお見舞いに足を運んでいた。退院してから彼に会うのは三日ぶり。

 退院して外に出れば彼との関係を断ち切れるとそう私は安易に思っていた。でも、私の考えはすごく甘かったみたい。距離が離れれば離れるほど彼を強く求めてしまう。それは何故?

 それと、それに釣られて宏之君に対する感情も増すばかり。

 どうしてなの?

 心の中に抱くこの感情は宏之君に抱く感情と同じモノなの?

 貴斗君、彼に抱く〝好き〟という感情は〝愛情〟と言う感情と一緒なの?でも、今の私にはそれらの明確な答えを出せないの。

 一人では見つける事は出来ないの。

〈詩織ちゃん、香澄ちゃんゴメンね〉

 心の中で彼女達に謝っていた。

 そんなこと心の中で言ったって意味ないのに、ちゃんと二人の前で言葉に出さないと意味ないのにそんな風に思っていた。でも、実際、そんな事を二人の親友に言ったら私、どうなっちゃうんだろう・・・。

 今、貴斗君の病室の前に立っていた。

 ドアをノックして心の中で彼との関係に躊躇しながら返事を待っている。

「どうぞ」とそう声が聞こえてきたから、それに促されるように彼の居る病室に入って行った。

「貴斗君、こんにちは」

「春香だったのか?名前、言ってくれればよかったのに」

「貴斗君を驚かせようと思ったの」

「ハハハッ、俺を驚かすのは簡単ではないぞ。それより、無事退院、出来た様だな、遅ればせながら言わせてもらう。退院オメデトウ、春香」

「有難うね。貴斗君」

「退院したからって無理はしないでくれよ」

「どうして?」

 彼にそう聞いたけど私は彼の答えがなんとなく判っていたの。

 多分、私の身体を気遣ってくれている。そう思うの。

「心配だからだ、無理して倒れてしまったら俺、凄く悲しいぞ」

「優しいんだね」

「どうだろう、自分でそう言う事は分からない。だが、父さんが生きている時に何度か聞かされた言葉がある。『優しさだけが本当の優しさじゃない』ってね。残念ながらその意味をいまだ理解出来ていない」

「ハハッ、何だか、難しい謎かけみたいだね。でも、心配しないでここに来たのはリハビリの帰りだったからそのついでなの」

「そっか・・・、ならそれでいい」

 私が返してあげた言葉に彼は淡々と相槌を打ってきただけだった。だから、その返事に小さな不満を感じた私は顔を少し膨らませ文句を口にしたの。

「何で、そんなに淡々と言うの?もぉーっ、折角お見舞いに来てあげたんだから、私の言った悪戯にもう少し不満な顔して答えてくれてもいいのにぃ」

「言葉が足りなかった。リハビリのついでなら何も心配しないで春香を安心して迎えられる。俺のために態々ここに来て途中で・・・その・・・、また事故でも起こされたら嫌だからな・・・。それがオレの本意だ」

「だったら初めからそういってよ」

「悪かった、でも許せ、俺は馬鹿だから余りこう言う表現得意じゃないんだ」

 貴斗君は徐々に私が知っていた頃の彼に戻ってきていた。

 それでも彼が詩織ちゃんに対する気持ちは変わらないのかしら?でも今の彼のそんな事を聞く勇気なんて私には無い。だから、私はそれを口に出しては言わないの。

「私が知っている昔も今のそう言う所は余り変わらないね。フフッ」

「そうなのか?」

 全部じゃないけど新しい記憶を失っている彼は不思議そうな顔をしてそう答えてきた。

 暫くの間、貴斗君と会話をしていた。その会話中フッと思い出したことがあった。

 まだ、事故に遭うずっと前に詩織ちゃんから貴斗君の誕生日を聞いた事を思い出したの。

 そして、今日は9月30日・・・・・・?

「ハッ!?」

「どうした?いきなり驚きの顔と声を出したりして」

「ねぇ、今日って貴斗君のお誕生日よね?」

「確かそうだったな」

「ハァ~、何でそんな他人事のような答え方するの?」

「今日で俺も21歳か、祝ってワァ~、ワァ~、言う歳じゃないだろ」

「ジャァ、祝って貰っても嬉しくないの?」

「祝ってくれる人にもよる」

「私だったら?」

「恥ずかしいから、そう言う答えを返しにくい事を聞かないでくれ」

「貴斗君って随分遠回しな言い方するのねぇ」

「わっ、悪かったな」

 彼はバツが悪そうにそうそう答えを返してくれたの。

 今、何も用意して上げられなかった私は今できる事を彼にしてあげようと思う。

『クスッ』とそんな貴斗君を軽く笑ってから、ある行動を起こす為に言葉を彼に掛けたの。

「ねぇ、貴斗君、私なんにも用意できなかったけどこれで許してねぇ」

「はっ、うぅうぅうううぅううん」

 そう言葉にすると彼の唇を奪った。

 彼のキスをしている間の吐息が間近に聞こえる。

 彼と一緒にいると何だか自分が大胆になってしまう・・・。

 詩織ちゃんも彼といるとそんな風になってしまうって私が闇の中に閉ざされている間、何度か聞かされていた。

 私のそのプレゼントを拒否する事なく彼は受け入れてくれた。

 その瞬間、ドアの開く音がして、一人の女性の声が聞こえて来た。

「ナッ、何で、どうして?」

 私と貴斗君のキスを見た彼女は驚きの声を上げていた。知っている人、私の親友、それとも親友だった?詩織ちゃんが今ここに現れた。

 貴斗君と逢う時は出来るだけ彼女がいない時間帯を考えて逢っていたのに・・・、何で今日に限って貴女はいつもと違う時間に来てしまったの?

 でも、彼の唇から自分のそれをゆっくりと離し彼女の方に振り返った。そして、私が彼女に向けた言葉は、

「あら、詩織ちゃん、来てたの?」

 平然とした表情と言葉で彼女に挨拶をしていたの。どうして、こんな平然とした態度が出来てしまうの?

「春香、どういうことなの、ご説明して欲しいわねっ!」

 彼女は怖い表情を創り据わった目で私を見ていた。

 彼女と居た高校の頃そんな表情は一度も見た事がなかった。

 でも、そんな彼女の顔などお構いなしに酷く傷付けてしまう様な言葉を私は口にしてしまっていたの。

「どうもこうもないよ、貴斗君は私の恋人だもん。キスくらいしたって当然よね、ねぇ~貴斗君。」

「春香、ハッ、恥ずかしいからそんな事、言わなくてもいいだろ」

「ウソだと言って、春香ッ!二人して、私に冗談を言っているのよね?そうでしょう、冗談なのでしょう?」

「嘘も、何もないよ。見てわからないかなぁ?私と貴斗君はコ・イ・ビ・ト、恋人よ」

 詩織ちゃんの言葉を否定するように簡単にそう口にしていた。

〈止めてよ、何でこんな事を平気で言えるの?詩織ちゃんを傷つけて何の意味があるの〉

〈彼女と私の仲の溝を深める一方じゃない〉

〈止めてよ、私ぃーーーーーーーーーっ〉と心の中が叫んでいた。ただ、心の中だけで。

 何かを言葉に出そうとした丁度その時に詩織ちゃんは目に涙を溜め始める。

「うっ、うそよ、ウソ、うソ、嘘にきまっておりますっ!」

 その言葉を言った後に手で口を押さえながらこの場から出て行ってしまいました。

 彼女を追いかけようとした時、貴斗君が私の腕を掴んで来た。

「春香、追いかける必要はない。詩織が俺の事をどんなに想ってくれても、その想いに答える積もりはない。だから、行くな」

「貴斗君がそう言うのなら・・・」

 彼がそう冷静に淡々とまるで詩織ちゃんを突き放すような言葉を口にしたので彼女を追いかけるのを止めてしまった。

〈でも、どうして?どうして貴斗君、貴方はそんなにも冷静に言えるの?〉

〈何で、そんなにも自分の想いを押し殺せるの?それは取り戻してしまった過去の所為?本当は私、貴斗君がどれだけ詩織ちゃんの事を大事に、大切に想っているか知っているのに・・・〉

〈アナタがそんな事を言ったら私は本当に貴方から離れられなくなっちゃうよ〉

 心の中で自分自身に言葉を綴っていると彼が話し掛けてきた。

「春香、宏之とは上手くいっていないのか?」

「何で急にそんな事、聞くの?」

「前もいったが、俺はアイツの代用品でしかない。彼奴との関係が上手くいっているなら俺に逢うのはよくない。というより、俺に逢う必要はないだろう?宏之がそれを知れば絶対妬く。それに奴に顔向けできなくなる。それに俺と宏之は・・・だから」

 彼は自分を使い捨てか、何かの道具のように彼自身を貶めていた。

 最後になんて言ったのか聴こえなかったけど、貴斗君は宏之君と私を想ってそう言ってくれたと思うんだけど、そんな彼の言葉に酷くショックを受け悲しい気持ちになってしまった。

「貴斗君?なんで自分をそんな風に言うの?私はやましい気持ちで貴方に接しているわけじゃないのにぃ」

 今、私がいった言葉は本心なの?やましい気持ち、やましくない気持ちって何?

 この疑問に対して自分自身になんて答えていいのか見つける事が出来るはずもなかった。

「・・・俺が悪かった、だから、そんな悲しそうな顔するな。春香自身がちゃんと気持ちを整理してくれないと俺自身本当にどう接するべきなのか判断できない。俺は女性の悲しんでいる顔を見たくないんだ。だから、俺の事を少しでも想ってくれるなら今は笑っていろ」

 不安と悲しみの顔をしていると思われる私の顔を見て、彼は懇願する表情は見せてくれないけどそう口にして言ってくれた。

〈詩織ちゃんには悲しい顔をさせる事を強いているのに、なぜ私にはそんなに優しい顔で言ってくれるの?それはあなたの古い記憶の所為なの?それとも何か?詩織ちゃんに試練でも与えているの?私にはわからないよ〉

 でも、今の貴斗君の気持ちが十分伝わってくるような気がしたの。だから彼に笑顔を創って応えて見せるの。

「うん、判った。でもねぇ、貴斗君、自分を蔑むような事を私に絶対言わないでねぇ・・・、私だけじゃないほかのミンナにもだよ。約束してくれる?」

「判った努力する」

「ウフフフッ」

 貴斗君のその言いように笑ってしまった。私のその表情を見た御陰なのか彼の顔も少しだけ笑っていたような気がしたの。

 彼の顔を覆っていた包帯は私が仮退院したその日の午後にヤッと外して貰ったと言っていた。

 彼の顔にはそんなに目立たないけど左頬と眉間に整形しきれなかった傷が残っていた。

 彼の顔を見ると同時に彼の近くに置いてあった置時計に目が行っていた。

「貴斗君、パパがお迎えに来る頃だから私そろそろ帰るね」

「分かった、気を付けて帰れよ。それと無理はするな」

「うん、じゃあ、げんきでね。バイバイ」

 そんな風に声にして彼に別れに挨拶を告げて、ここから立ち去った。

 病院の玄関に行く途中、病院の手すりに手を掛けながら移動していたの。

 詩織ちゃんと貴斗君の事を考えていたの。

 彼女が彼の病室から出て行ってしまう前なんて言葉を掛けようとしたんだろう?でも、どんなに考えてもその言葉を見つける事は出来なかった。

『はぁ~~~』と私は溜息を吐いていた。

 詩織ちゃんと私の関係は泥沼。

 この事は彼女の幼馴染みである香澄ちゃんにも伝わっているのかなぁ?でも、その事実を私が知る事は叶わなかった。けど、彼女はその事を香澄ちゃんに口にしなかったようだった。

 貴斗君、彼はどうしてあんなに宏之君を信じきれる様な言い方をするんだろう?

 その想いは何だか私が宏之君を想っている以上な気がするの。

 貴斗君のそれは宏之君との〝友情〟と言う感情から来るモノ?本当にそれだけ?でも、何だか他にも理由がありそうな気がするのはどうしてなの?

 だけどね、私が宏之君と貴斗君を想う気持ちはそれとは逆にクリアーだったの。

 お家に帰ったら、また再び彼の病室へ戻ってくる事になったの。

 どうしてかは、宏之君から連絡があって仲間内で貴斗君の小さなお誕生会をしようって。

 でも、みんなちゃんと集まるのかなって心配に思ったけど、詩織ちゃんも香澄ちゃんも、それに八神君もちゃんと来てくれていた。

 六人がそろって暫くの間、私達は三年前のあの頃のようにとても楽しいひと時を過ごす事が出来ていた・・・。

 多分、それはね、みんなお酒を飲み交わし談笑していたからだと思うの。

 貴斗君は怪我人だから飲んではいなかったけど、何だかみんなを見ている表情がとても嬉しそうで安堵しているような笑みを浮かべていた。

 高校の時には見られなかった笑顔。

 途中で学校帰りだった翠がお友達二人を連れて貴斗君の病室を訪れたの。

 その二人は私の知っている人たちだった。そして、その二人は貴斗君の事を知っているみたいだった。

 いくら個人病室だからって九人で騒いでしまえば他の病室の人たちに迷惑をかけてしまうと思っちゃったけど・・・、騒ぎは増す一方だった。でも、その終焉が近付いた頃に私は耳を疑ってしまいそうな事を聞いてしまった。

 それは詩織ちゃんが貴斗君に対するとても強い想い。

 それと彼が彼女にとる頑固な姿勢。翠が貴斗君に対する・・・・・・・・・、想い。

 更に、私達に向けていた妹の気持ち。

 これだけ狭い人間関係の環なのにみんなそれぞれ複雑な想いを持っているんだって知らされた。現実の厳しさを知らされたの。

 この日から数ヶ月、翠との間には小さなわだかまりが出来てしまう。だけど、それを解決させてくれたのは・・・。

 これから先、私の未来は良い方向に収束するの?

 すべてのことは良い方向で解決できるの?

 みんなとの関係はこれから先もずっと続けられるの?でも、今の私に明日の事でさえ見えないのにそれより先のこと何って分かるはずもなかった。

 だけど、一つだけ余り嬉しくない事を私は悟ってしまった。

 それは宏之君、貴斗君もそうだけど、どうしてこんなに女の人を惹き付けるの?

 二人が惹きつけるのは別に女の人ばかりじゃないんだけどね。

 高校時代、宏之君、彼自身は殆どといっていい程に気に掛けていなかったみたいだけど、彼は男の子からも女の子からも人気を集めていたの。

 何度か告白されている事も香澄ちゃんから教えてもらった。

 それに私が宏之君と付き合っているからって、彼を好きだった女の子に虐められそうになった事もあったの。でも、それを助けてくれたのは他ならない香澄ちゃんと詩織ちゃんだった。

 殆ど学校の生徒と人付き合いしていなかった貴斗君、彼は知らないだろうけど〝謎の転校生〟って事で密かに彼の人気は上っていたの。特に下級生たちに。

 八神君の話によると、わざわざ大学進学の際に彼と同じ専攻の科に変えてまで、進級してくる子もいたらしいの。

 だから、詩織ちゃん、他の誰かに彼を取られちゃうんじゃないのか、ってすごく心配していたのを知っていた。

 学内一のアイドルだった彼女をそんな気持ちにさせてしまう貴斗君、ってすごいのかも。

 そんな彼に私は今、惹かれている。

 はぁ~~~、いずれにせよ、宏之君と貴斗君どちらを選んでもその悩みだけは一生消えそうもないのを悟ってしまったの。


~ 2004年10月17日、日曜日 ~

 今日はリハビリもなく今、国立中央図書館に来ているの。

 ここの図書館内にある勉強室にいるのよ。

 ここに来るのはホントに久しぶり。

 最近、大分歩行の調子も良くなってきたのでここまで足を運ぶようになっていた。

 今、ここで勉強をしている最中だった。

 勉強している理由は大学に行きたいから、それから、もっと、もっと色々な事をそこで学びたいからなの。

〈出来れば来年2005年の試験で合格出来れば嬉しいけどもっともっといっぱい努力しないと厳しいかな、もうほとんど時間もないしね?アハハッ、ハァ~~~〉とそんな事を思っていた自分に苦笑と溜息を同時にしていた。

 大学を受験する事を宏之君に知らせていた。可能なら彼と一緒に大学に進みたかった。

 私が事故に遭わなかったらそれも可能だったのかもしれない。でも、今は違う。

 宏之君には今の生活がある。

 彼のそばに香澄ちゃんがいる。

 私と彼女の間を行ったり来たりする彼。

 今はそれでもいいけど、いつかは私か彼女のどちらかを選んでくれないと・・・。

 でも、私の事を選んで欲しい。

 それとも・・・、私が・・・った方がいいの?

 若し、彼が私の事をずっと好きでいてくれるなら、私は大学に行く事を強く臨める。

 若しも宏之君が私の気持ちに応えてくれなくても貴斗君がいる・・・・・・・・・、私ってずるい女。嫌な女性、最低の女の子。

 香澄ちゃんや詩織ちゃんに嫌われてもし方がないよね。でもね、それでも私は彼女達とも友達であり続けたいと思っている。

 心の中は酷く矛盾している。

 私の振る舞いは私の周りの関係をドンドン壊し、崩して行っているだけなのに。でも、私にはどうしたら良いか分からない。

 違う、判っているの。

 私が宏之君と貴斗君から身を引けばいいだけの事なの。

 だけど、それは出来ない。貴斗君、宏之君のどちらか一方でも傍に居てくれるなら安心して私は生きて行けるけど、二人ともいなくなってしまったら・・・・・・、生きては行けない。

 私の存在なんて意味をなささなくなっちゃう。

 そう思えて仕方がないの。

〈知らない人が私の事を見たらヤッパリ私は嫌な女の子に見えちゃんのかなぁ?私と似たような境遇の人はいないの?ハハッ、いる訳ないよね、そんな人〉と心の中で自嘲していた。そんな事を考えていたらいつの間にか勉強している手が止まっていた。

〈いけない、いけない勉強再開しないと〉と心に言い聞かせ勉強を再開する。

 勉強に集中していれば嫌なこと忘れられるなんてそんな器用な事、私には出来ないみたい。

〈集中して嫌なこと何て忘れるのが出来る人〉

〈何だか羨ましい特技だなぁ〉と心の中でそう思っていた。

 確かに何かに集中して嫌な事を忘れるのはいい事かもしれない。

〈でも、それって現実逃避なのよね?〉

〈唯、現実の問題から逃げ出しているだけなのよね?〉

〈それって解決を諦めて逃げ出しているだけなのよね?〉

〈それって本当にいい事なの?〉と自問自答している私がそこに居たの。

 しかし、今の私には簡単に答えを出す事ができないようね。

 私自身の気持ちも確りと理解出来ていないのに、他の人の気持ちを理解するなんて難しすぎるよ。

 人の心と心がもっと深く簡単に理解し逢えたらこの想いも直ぐに晴れるのかな?

「ハァ~~~、私の想いは混沌、カオス君ねぇ」

 そんな感じで溜息をつき、意味不明な言葉を小さく口にしていたの。

 何だか最近溜息が多くなったような気がするのは気のせいなのかな?

「ハァ~~~、余計な考えで頭がいっぱい、でも今度こそ本当に勉強を再開しないと」

 そう口に出して本当に勉強を再開した。


*   *   *


 それから、やっと集中して勉強をする事、約三時間。

 今日の目標を完遂していた。

「ウゥ~~~ん、良く頑張ったわね、私」

 小さく言葉に出しながら椅子に座ったままの状態で体をストレッチしていた。

 腕時計で時間を確認していたの。

 [5時20分]とアナログ時計の針はさしていた。

 陽もすでに落ち辺りはスッカリ暗くなっていた。

 今日の目標を成し遂げ、帰る事にした私はリュックに持ってきた勉強道具をしまい、静かにここを後にしたの。

 外に出ると歩く人々が自分の家路に向かうのか?それともこれからどこかへ遊びに行こうというのかな?色々な方向へと向かって行く光景が私の瞳に映っていた。

 これから直ぐ家に帰ろうかどうしようか迷っていたの。

〈そう言えば、宏之君、駅の近くの喫茶店で働いているって言ってたけど?〉

〈今日はお仕事に出ているのかなぁ?〉

〈これから彼に逢いに行って見ようかなぁ?私が顔を出したら宏之君驚くのかなぁ?〉

 宏之君は駅の近くにある喫茶店トマトでバイトしていると彼が教えてくれた。

 高校の時よく香澄ちゃんや詩織ちゃんと足を運んだ事があるから場所は知っているの。

 彼がいるか、いないか、分からなかったけどそこに顔見せに向かう事にした。

 そこに向かう途中、周りの建物を眺めていた。

 三年前と余り変わってない様子だったから何だかホッとする。でも、その中の幾つかは私の知らないお店に代わっていたし、建物はあるけどその機能を失ってしまったかのような状態のモノもあったの。やがて、私は目的のお店へと到着していた。

【Open】と書かれた英語のプレートが入り口前のドアにぶら下がっていた。

 その隣には今日のお勧めメニューの蝋細工が飾ってある。

 私の目の前にある喫茶店は喫茶店と言うより、どちらかと言うと、

〝ぷち・レストラン〟と表現した方が合っているのかも知れないと思う様な場所だった。そのお店の扉を押し中へと向かって行くの。

「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」

 一瞬、瞼を閉じ、今声を掛けてくれた人の声を判別していた・・・、それは宏之君の声。

 瞳を覆っていたそれを開き彼に言葉を掛けたの。

「宏之君、遊びに来ちゃった」

「ハッ、春香?こんな時間に外、出歩いて大丈夫なのか?」

 彼は私をテーブルに案内しながら心配するようにそう言ってくれて来たの。

「もう大分なれたの、後一月もすれば、宏之君と一緒に色んな所に行けるようになるよ」

「そっか、よかったな、春香」

 彼は優しい眼差しでそう答えてくれた。

〈その表情は香澄ちゃんにも向けているの?宏之君、香澄ちゃんの事はどうでもいいの?〉

 心の中でそう思うだけで、やっぱり勇気を出して彼にそれを聞く事は出来なかった。

「どうした春香?」

「ウゥン、何でもないの気にしないで宏之君」

 小さく頭を横に振ってそう言葉にしていた。

「ソッカ、そろそろ俺、今日のバイト終わりだから家まで送っていく」

「有難う」

 確認を聞き返す事も拒否をする事もしないで即答で彼にそう答えていた。

「それじゃ、俺仕事、戻るから終わるまでなんか飲んでまってろよ」

 彼はそう口を動かすとフロントの方へ戻って行った。

 彼の代わりに来た高校生くらいのウェイトレスにケーキセットを頼み、暫くするとそれが私の前に運ばれていた。

 それを手頃な大きさにフォークでカットし口に運ぶ・・・、懐かしく、そして、とても美味しい。

 ここは男性より女性に人気がある喫茶店。

 理由は今食べているケーキ。ここは手作りケーキを出しているお店でその種類もケーキ屋さんと変わらないくらいあるのよ。

 ケーキセットは大きめにカットされたケーキと飲み物付きで550円。

 値段も高くなくないから詩織ちゃんとはよくここへ食べに来ていたの。

 残念ながらお持ち帰りは駄目みたい。

 男性の方がここを利用するのは大抵お昼時。ランチスペシャルみたいなのがあってそれが人気ある見たい。

 安い、多い、美味しいの三拍子が彼等の好評を博しているようね。

 そう言えばよく見ると店内の広さが変わっている。

 私が入院している間、改装でもしたのかな?

 ここのお店の独り解説をしていると私服姿になった宏之君が私の所にやってきました。

「お待たせ春香・・・?ケーキ、食ってたのか?」

「そうだよ、だってここのケーキ、美味しいからねぇ」

 今丁度二つのケーキを食べ終わったところだった。

 一つはメロンショートケーキ。

 苺の代わりにメロンを使ってあるの。

 もう一つはアップル・フェルシュトゥルーデルって言う発音に舌が絡まってしまいそうなパイよ。

 これはオーストリアのパイでずっと昔、そのパイの造り方で王宮の中で争いが起きたって曰く付きのパイなの・・・、ってどうでもいいことだよね、今は。

「・・・、・・・、皿が二つ。夕食前だろ、大丈夫なのか?」

「うん、これくらい平気よ」

「もう少し休んで行くか?」

「大丈夫よぉ、宏之君を待っている間、足の疲れは大分取れたから」

「そっか、じゃあ行くか?」

「そうだね」

 そう返事してから立ち上がった。そして会計の方へと彼と一緒に向かう。

 会計の時、自分で払おうとしたんだけど、宏之君に『奢ってやるよ』と言われたの。

 その申し出を拒否しようと思って言葉にしたんだけど『久しぶりなんだから奢らせろ』と強要された。だから、彼の行為に甘える事にしたの。

 会計が終わるまで宏之君を待っていたんだけど、その時なぜかレジをしていたウェイトレスの子が私の顔を見て不思議そうな顔を浮かべていたの。

 どうしてなのかなぁ?支払い終わり彼が私の所に戻ってくる。

 そのまま私達はここを後にしたの。

 駅まで歩き始めたとき少し疲れていたのかそれともまだ私の体が本調子でないのか分からなかったけど足元が覚束なかった。

「春香、大丈夫?・・・、そうじゃないな。ほら腕、貸してやる」

「有難う、宏之君」

 そう答えを返して彼の腕につかまり、凭れながら歩き始めた。

 宏之君は優しくしてくれる。

 若し、今ここで自分の気持ちを伝えたら彼は本意で受け入れてくれるかな?

 言いたい・・・、でも、怖くて言えない。

 どうして?表層の私の心は彼が私の元を離れ、香澄ちゃんの元へ行ってもしょうがないと言っているけど、深層のココロではそれを拒み拒否しているの。しかし、その深層のココロを自分では理解していなかった。だから苦しんでいるの。

「どうしたんだ、黙ったりして」

「ちょっと、疲れただけ、心配しないで」

「ハハッ、余計心配だ。俺はオマエの性格、知っているからな」

 宏之君はそう言って優しい言葉を掛けてくれる。でも、彼はどれだけ私の事を知ってくれているの?それに私は彼をどれだけ知っているのだろう?

 柏木宏之君、私の恋人?1983年4月18日、月曜日生まれ。現在21歳。

 身長171cm、体重61kg・・・、でも、これは彼が高校の三年生の時の記録。

 今は少し痩せて見える。

 身長は彼と並んで歩いているから分かる。変わっていないみたい。

 血液型はAB型。

 宏之君の性格は血液型性格判断と比べるとあっている所とそうでない所が半々くらいかな。付け加えると少しだけO型の性格もある見たい。

 一番の特徴は誰にでも優しい事、だから彼は他の人の痛みや苦しみも親身になって共有しようとしてしまうの。

 宏之君に聞かされた事も私から彼に聞いた事もないけど、その優しさの所為で彼は深く傷付く事が今までも何度もあったと思うの。

 宏之君、彼は私が事故で眠ってしまったとき、精神疲労で潰れてしまう位に心配してくれた様だった。

 それは記憶を取り戻しつつある貴斗君から聞いた事なの。

 それを救ったのは香澄ちゃん・・・。

〈ねぇ、香澄ちゃん、貴女はどんな気持ちで宏之君とお付き合いしているの?〉

〈好きだから?愛しているから?それだけなの?〉

 心の中で思っていること、何度か彼女本人に会って聞こうと思ったんだけど恐くて実行出来ないまま時間だけが過ぎてしまっているの。

 この前の貴斗君の誕生日のときもそう、お酒が入っていたからその勢いで聞いちゃおうかなって思ったけど結局、出来なかった。

「どうしたんだ、さっきから一言も喋ってくれていないぞ」

「ゴメンね、宏之君。貴方に寄り添っていたら何だか安心しちゃってボォーっとしちゃった」

 彼はずっと黙っていた私を心配してそう言葉を掛けてくれたの。

 そんな彼に私の返した言葉は嘘だった。だって私が考えていた事を彼に言ったら嫌われてしまいそうだから。

「ソッカ、だったら春香の好きなようにしな」

「有難うね」

 宏之君はいつもの優しい瞳でそう言ってくれた。

 彼のその瞳を見ると安心するそしてより一層彼への想いが強くなってしまうの。

 いつの間にか彼と一緒に電車に乗り、私が降りる町についていた。そして今、彼とその駅から降りて私の家に向かっているの。

「なぁ~、春香。勉強、頑張っているか?」

 ずっと黙ったままの私に彼から言葉をかけてきたの。

「頑張ってるけど一人じゃ心細い」

「そっか」

 暫く静寂が訪れ、また彼の方から私に声を掛けてくれる。

「若し、若しもだ、俺も一緒になって頑張るって言ったらどうする」

「エッ!?宏之君が一緒だったらどんな大学だって頑張って見せるよ。一緒に行ってくれるの?」

「わからない、まだ自分の気持ちが判らないんだ。それが整理できるまでハッキリと言えない。こんな優柔不断な俺でゴメンな春香」

 そんな曖昧な言葉だったけど嬉しかった。

 彼の中にまだ私がいる事がわかったから、彼を好きでいる事、愛していられる事が判ったから嬉しい。

 彼の傍でこんなにも嬉しい気持ちなのに私の心に一瞬だけ別の男性の顔が過ぎったの。

 その人は・・・・・・・・・。

「春香、家に着いたぞ」

「宏之君、久しぶりに家に上がって行ってよぉ」

 懇願の瞳でそう彼に尋ねていた。

「そうしたいけど、今のオレのままじゃ春香の両親にも翠ちゃんにも顔合わせ出来ないから、遠慮しておくよ」

「駄目なのぉ?」

「駄目だ、俺にもそれなりにプライドってモンがあるんだ」

「無理言って、ごめんなさい」

「春香が謝る事じゃないだろ」

「うん、でも今度誘ったときはオーケーしてくれないと泣いちゃうんだからね」

「ハハッ、それは困る」

「ネェ、宏之君、貴斗君には会ってくれたの?」

「うんっ、あぁ、あったよ。なんだか、あいつ相変わらずで安心した」

 彼の言葉をどうしてだか曖昧だったから嘘だと感じていた。

 その後玄関口で彼と少しだけ話してから、私の方から挨拶し、今日のお別れしたの。

 玄関を開けたときそこには翠がいた。でも、妹は私の顔を見ると不機嫌そうな表情を浮かべ、彼女の部屋の戻ってしまった。

「翠、どうしてお姉ちゃんを避けるの・・・、どうしたら許してくれるの?」

 去ってゆく妹の背中を見ながら小さな声でそう口にしていた。

 翠は私を避けるばかりで姉妹関係の溝はなかなか埋まっていなかった。

 新たな想いが膨らむ一方で何の問題も解決できずに今日も終わろうとしていた。


~ 2004年10月24日、日曜日 ~

 最近のサイクルは月曜から土曜日まで病院に通いリハビリを受け、そのあと貴斗君、彼に対する想いを断ち切れないままに会いに行っていた。

 先月、詩織ちゃんと会ってからその後ずっと彼の病室で彼女と顔を合わせる事がなかった。貴斗君本人からも彼女がお見舞いに来ていない事を教えてももらっていた。

 しかし、その時の彼の表情はとても平然としていて、詩織ちゃんが来てくれない事を淋しがっている様子はなかった。

 貴斗君は最近殆どの記憶を取り戻しつつあると言っていたけど、詩織ちゃん、彼女が彼の恋人だったと言う事は一切思い出せていないと教えてくれました。

 若しも、それを思いだしたら彼は本当に詩織ちゃんの気持ちに応えてあげる事はないの?若し、彼がその事をハッキリしてくれたら私と彼の関係を止める事が・・・、出来るかもしれない・・・・・・。でも、その気持ちが本当かどうか今は判らない。

 貴斗君と顔を合わせた後、病院からバスで今いるこの図書館に来て三時間勉強して家に帰っていた。

 余り私の身体が疲れていない時、宏之君のいるバイト先に顔を出したりもしていた。

 今週の土曜日でリハビリを終了する事が出来ると正式に調川先生から教えてくれたの。

 今日は日曜日、リハビリがない日。

 だから朝早くからいつものこの図書館で勉強をしていた。

 時計の針を確認していた。[12時3分]を指していたの。

 今が昼食の時間だと知ると勉強道具を片付け、それを一階のカウンターに預けると図書館の近くにある〝Oh!チャヤ〟と言うファミリーレストランでお昼を取る事にした。

 最近、やたら多く食べるようになったの。

 どうしてかは昔の体型に出来れば戻したかったから。

 でも、ホッソリとしたまま、まだまだ以前の体型に戻すには難しいみたい。

 体型を戻したいって言うのは本意なんだけど体重が増えてしまうのに抵抗を感じてしまうのは女性のサガなのかなぁ?

 一人前と少しを食べ昼食を終えていた。

 食後の休憩中、窓の外をずっと眺めていた。

 街行く人が沢山歩いている、それを眺めていた。

 特別な街だけど、商業都市だけあってお店もこの周りには沢山ある。

〈彼ら、彼女らはどこに向かっているの?〉

〈彼等彼女等は一体何を思って今を進んでいるの?〉

〈みんなどんな悩みを持っているの?〉

〈そしてそれをどうやって解決したの?それとも解決して行くの?〉

 外を眺めながらそう心の中で窓の外に映る人々に語りかけていた。

 時間を確認してからまた図書館に戻っていった。

 カウンターから預けていた荷物を受け取り、今は仕切りのないオープンなテーブルで勉強をしていた。

 それをして一時間ぐらい経ってから珍しい人が顔を見せにやってきました。

 彼と会うのは私が退院した時以来です。

 でもどうしてここに?そして、彼が私に挨拶をしてくる。

「ヨぉッ、勉強、頑張ってんのか?」

「あれ、あれ、八神君、どうしてここに?」

「アァ、ちょっとばかし涼崎に聞きたい事があって探してたんだ」

「何の事かなぁ?」

 なんだろう?八神君が聞きたい事があるなんてホントに珍しい。

「宏之と貴斗の事だ」

 彼は静かに冷静な声で二人の名前を告げてきたの。

 もしかして、いま、私たちがどんな関係か知っているんじゃないかって、思ったら内心ドキドキと動揺してしまったけど何とか表情に出さないで答えていたの。

「宏之君と貴斗君がどうしたの?」

「ハッキリ、言わせてもらう、俺の親友たちを惑わすなっ!」

 八神君、声は冷静だけど、私に向ける目が恐かった。

 私が今一番気にしている事を〝惑わすな〟と言う言葉を使って突き刺すように口にしてきたの。

「どうして、八神君にそんな事を言われなくちゃならないの?八神君には関係ないじゃない」

 でも、私の口から出て来た言葉はなんとも強気なものだった。

「大有りだ!涼崎、お前の所為で今二人の女性が泣いてんだぞっ!」

「だから?」

「だから?ッテ涼崎!」

「その二人が泣かなかったら私は泣いたって八神君には関係ないって言うの?そんなのおかしいよね?香澄ちゃんは私から宏之君を奪ったのよ!」

〈辞めてよ、私ッ、何でそんなこと平気で言葉に出来ちゃうの〉

「だから、今度は私が奪って上げたの詩織ちゃんから貴斗君を・・・・・・、香澄ちゃんの幼馴染みの彼女から」

〈しょうがないじゃないっ!好きになっちゃったんだもん・・・。でも、奪うつもりなんてなかったの・・・・・・、そんなつもりで・・・・・・・・・、彼を貴斗君を好きになった訳じゃないの・・・。本当に彼の事を・・・〉

「それに貴斗君は私をとても優しく受け入れてくれた。彼、言っていたのよ、私が事故にあった原因は自分に有るって。だから私の望む事は何でもしてくれるって」

〈貴斗君には原因はないの・・・、悪いのはむしろ私の方なのに〉

 私の口から出る言葉、心の中の言葉は躊躇しないで次々と形を創り続けていた。

 でも、八神君に聞こえているのは人の耳で聞く事の出来るほうだけだった。

 私のどの言葉も八神君の苛立ちを増大させるものでしかなかったの。

 そんな事を自分自身で止める事が出来ない私。最後まで言い終えると私は見据える様に彼の顔を覗いたの。

 彼の目に一体どんな風に今の私が映っているのかな?

「だからってっ!」

 私の言葉に苛立ちを感じたのか冷静でいた八神君は声を荒立ててそう叫んできたの。

 その声に気付いた、近くの館内警備員二人が私と八神君が言い争いをしているのだと思って彼を連行しようとしたの。

 直ぐに理由を説明して彼をこの場に引き止めようとしたのでも声が出なかった。

 八神君はそのまま連れて行かれてしまったの。

 そんな彼に謝罪の意を込めた顔を向けていた。果たして、私の気持ちは八神君に通じたのでかな?


*   *   *


 八神君が私の場所からいなくなった後、さっき彼に言ってしまった言葉を思い浮かべていた。

〝その二人が泣かなかったら私は泣いたって八神君には関係ないって言うの?〟

 八神君にそう口を動かしていた。でも、私だって香澄ちゃんと詩織ちゃんに泣いて欲しいなんて思っていないの。でも自分だけ傷付くのは嫌。

〝香澄ちゃんは私から宏之君を奪ったのよ!〟

 彼女は私から宏之君を奪ったんじゃないの。私がいない間、彼を支え助けてくれたのよ。でも、私だって宏之君の事が好きなのは変わらないの。変えられないの。変えるなんて嫌。

〝だから、今度は私が奪って上げたの詩織ちゃんから貴斗君を〟

 彼女からそんな事する積もりなかった。奪う積りなんて無かった。そんな気持ち全然なかった。でも、貴斗君は私の事を受け入れてくれた。そして、私もそれに甘えてしまったの。いまさら彼を嫌いになるなんてイヤ。

〝それに貴斗君は私を優しく受け入れてくれた。

 彼、言っていたのよ、私が事故にあった原因は自分に有るって。だから私の望む事は何でもしてくれるって〟

 私が本当に望む事って何?私の心の中は矛盾だらけで、埋め尽くされている。

 どうやたらその矛盾がいっぱい詰まった壺の中から私は本当の答えだけを見つけ取り出すことが出来るの?このままじゃ勉強に手が付かないよ。

 暫くの間、頭を休ませ、すべての想いをココロのおく底、壺の中に押しのけそれに蓋をして勉強を再開していた。

 今日も色々な事に悩み解決出来ないまま一日の終わりを向かえていた。

 後一体どれだけこんな迷いの日々が続くの?出来るなら早く解決したい。

 それを解決するにはヤッパリ私自身が強くならなければ駄目なのかな?でも、今の私にはそんなこと出来ないよ。そんな力はないの・・・。

~ 2004年10月27日、水曜日 ~

 それは私が図書館での勉強を終わりにして、帰り支度をしている時の事だったの。

 時間にして午後六時二十分ごろ。

「はるかっ、あんた一体、どういうことよっ!」

 香澄ちゃんがものすごい剣幕で、私の目の前に現れたの。

「あんたなに、その何も分かってないような表情は、あんたねぇ、やっていい事と悪い事の区別もつかないほど浅ましい子だったわけ?」

「香澄ちゃん?」

「しらばっくれないでっ、あんた宏之だけじゃなく、貴斗まで、一体何様よ、ハルカッ」

 香澄ちゃんのその言葉でどうして彼女がものすごく怒っている表情を私に見せたのか漸く気がついた・・・。違う、気付かない振りをしていただけ。

 とうとう私と彼との関係が彼女の耳にまで入ってしまったみたいね、随分と遅く今頃になってだけど。

 今まで香澄ちゃんがその事を知らなかったのが不思議。でも、私はどうしてなのかとても冷静な態度だった。怖いくらいに。

「香澄ちゃん、ここじゃ、皆の迷惑」

 言って、私はその場から動き出して、図書館の外へと歩き出した。

「まちなさいよっ、あんた」

 香澄ちゃんはそう言うと私を止めようと手を伸ばすけど、運悪く私がよろけてしまい、彼女の手は宙を掴む。

「はっ、春香?大丈夫なの」

「えっ、うん、ちょっと最近無理しすぎちゃったのかな・・・」

 私が床に倒れてしまった事を心配してくれたのか香澄ちゃんのさっきまでの憤慨していた表情は私を気遣う表情へと変わっていた。

「香澄ちゃん、・・・、ありがとう。でも、ここで話すと香澄ちゃん絶対声張り上げちゃうし、私は回りの目が気になるから・・・」

「わかったわよっ、ほら、腕貸して上げるから、つかまりなさい」

 その行為に甘えて香澄ちゃんの腕にしがみついて一緒に歩いてもらい、そのまま、図書館の外に出ていた。

 空はもう完全に日が沈んでいる。

 遠くにある街灯、車のヘッドライトやお店のネオンが人工的な光を発していたから真っ暗って事はない。

 図書館の外にあるベンチに腰を掛ける。

 人通りの多い図書館。そこを歩く人たちは自分のためだけに行動しているように見えたの。だから、私たちがここで何を話したって気にも留めないでしょうね・・・。

「香澄ちゃんも知っちゃったんだね。私と貴斗君の事・・・」

「春香、聞かせて、あんたどういうつもり?宏之だけじゃなくて、どうして貴斗とあんたが・・・、あたしやしおりンに何か怨みでもあるわけ?」

「恨み?そんなのある訳ないじゃなっ!私は香澄ちゃんや詩織ちゃんがお友達になってくれた事をずっと感謝しているのにどうして、貴女たち二人を恨まなくちゃいけないの?そんな事、絶対ないのに・・・、酷いよ・・・」

「ふぅぅうぅ~~~ん、怨んでないんだぁ、だったら直ぐに貴斗の事は諦めて欲しいわね。貴斗だけは絶対、あんたには渡せないものなのよ。貴坊だけは絶対にあんたには・・・」

「それは香澄ちゃんの幼馴染だから?それとも詩織ちゃんのため?」

「関係ないわよ、春香には」

「だったら、香澄ちゃんこそ、宏之君から手をひいてよっ!おかしいじゃない、そんな一方的ないい方。ずるいよっ!」

 香澄ちゃんは私のその言葉に一瞬退く、私はそれを見逃さず畳み掛けるように言葉を続けていたの。

 多分、彼女もこんなに凄く気を張った私を見た事のないような感情の波で。

「私が何も知らないとでも思っているの、香澄ちゃん?貴斗君、どうして入院する事になっちゃったの?あんな生死を彷徨う酷い怪我をして。宏之君に原因の発端はあるかもしれないけど、でも、でも、香澄ちゃん、貴女が、詩織ちゃんに貴斗君を置き去りにさせる様なまねしなかったら、貴斗君、あんなに酷く痛い思いはしなかったはずなのに、そんな原因を作った香澄ちゃんに何が言えるって言うの?確かに、今の私はおかしいって私自身で思っているのっ!でも、でも、どうしようもないくらいに二人が好きなの、この感情は止められないの・・・」

 私は強気で香澄ちゃんにそこまで言いきってしまった。でもね、貴斗君が事故にあって入院しなかったら今の私はありえなかったのかもしれない・・・。

 言い争いだけどね、今、私はこうして香澄ちゃんと会話を交わすこともなかったのかもしれない。

「あんたが、どうして貴斗の事を好きになったのかなんて私には分からない。でも、お願いっ!貴斗だけは絶対だめよっ!絶対駄目なんだからっ!」

 香澄ちゃんの目に涙。私にすがるように必死に訴える彼女の姿。どうして、そこまで彼の事を言うのか彼女の気持ちを見通せない。

 彼女にとって正しい答えなんか返せない。だから、私は思ったままの事を口にするしかないの。

「それは無理。だって、貴斗君の方から私の恋人になってくれるっていったんだもん。私を護ってくれるとも言った、私の願いなら何でも叶えてくれるって。彼の方から嫌いになってくれない限り、私からは嫌いになる事は出来ないの、貴斗君の事が好きだから。それに貴斗君は宏之君とは違った優しさを持っているの。ねえ、香澄ちゃんは思わない、今の貴斗君の行動は香澄ちゃんと似ているって?」

「どういうことよ、それは・・・」

「貴斗君ね、今でも私が事故に巻き込まれたの、彼が原因だって思っているの。だから、彼の行動はその償いだって言うの。私はそんな事思っていないのに・・・。私は全然気にしてないって言っても彼は・・・」

 香澄ちゃん私の言葉を聞いて何かを思っているようだった。そして、その何かを噛み締めて、口を動かし声を出す。

「馬鹿、貴斗・・・、本当にアイツは記憶喪失だろうが、関係なしに昔からそう言うところは変らないんだから・・・、本当にばかよっ、アイツは」

「貴斗君の事を馬鹿なんていわないでよっ、香澄ちゃんに彼の何が分かるって言うの?」

「あんたなんかよりも、よっぽど深く誰よりも、詩織よりも、アイツの事は私が一番よく知ってんのよっ、似たもの同士だから・・・、にたものどうしだから・・・。だったら、いくら春香、あんたに貴斗と別れろって言っても無駄なのかもね。でもっ、貴斗を春香、あんたには譲れないのよっ!絶対絶対ニッ!」

「同じ事言うことになるけど、じゃあ香澄ちゃんが宏之君と別れてよ」

「それは聞けない話ね。あたしだって宏之の事好きだもん、あんたよりもずっと長く付き合っていたのよ。いまさら・・・ハッ、このまま話していても平行線なのは目に見えてきたわ。」

「宏之の事はあいつがあたしとあんたどっちを選んでも恨まないけど、宏之があたしの方に振り向いても貴斗だけは絶対あんたとはどんなことがあっても、力尽くでも一緒にさせないわよ。じゃあねっ!」

 香澄ちゃんは今日、最初に会った時の剣幕以上の表情を私に向けると、怒りを全身に放ちながら私から放れて行く。

 そんな彼女を呼びとめられる程の度胸は今の私にはなかったから、そのまま行かせてしまうの。

 私はベンチに腰掛けたまま独り悩む。

 香澄ちゃんや詩織ちゃんとはずっと友達でいたいけど、宏之君や貴斗君との今の関係を崩したくないの。

 皆が皆、お互いに近しい関係だから、拗れ合うばかり、私の妹の翠だって・・・、貴斗君の事を・・・。

 翠が今の状況を知ったら・・・、事態はもっと収拾がつかない方へ行ってしまいそう。だから、妹だけには知られないように・・・、って言っても今、翠は私の事を避けているみたいだから大丈夫にも思える。

 はぁ、何時になったら全てが正常に、元通りになるんだろう・・・。

 全ては私の決断しだいなのかな?でも、今の私に唯一つだけの答えを選んでそれを実行する勇気なんてどこにもなかった。だから、また悩む日が続く。

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