第一話 それぞれの悲しみ

 春香はいつの間にかどこかの病院のベッドで寝かされていた。

 肉親達らしき人達が忙しく彼女の世話をしている。しかし、今の彼女にはそうしてくれる彼等に掛けてあげられる言葉すらない。


~ 日付と言う言葉が意味を成さない日 ~

「おねぇちゃぁ~ん、いつまでそんな涼しいかをして寝てるのよぉ。みんなに心配、かけさせないでヨネェ・・・」

 眠っている彼女に呼びかけているのは春香の妹である翠であった。

「明日からもう新学期、何だか気がめいちゃうよぉ。はぁ~、宿題ちょっと残っているけど、どうしようかなぁ、やだやだ、それさえなければ夏休みって楽しいのにねぇ」

 翠は終わってしまう夏休みに名残惜しそうな口調で静かに寝ている姉に問いかけていた。だが、話しかけられている春香は翠に対して何も言ってやれない。

「そんな、涼しい顔して寝ているとお顔に悪戯書きしちゃうんだからぁ」

 そう口にしている割に彼女の表情はどことなく暗かった。

「だから早く、起きてよぉ~~~~、柏木さんとっても心配してるんだからぁ」

 翠は唐突だが不満そうに姉、春香の恋人の名前を上げた。やがて、病室にいるのが飽きた彼女は姉に次の来訪日を報せる言葉を残しそこを後にした。


~ 日付と言う言葉が意味を成さない日 ~

 春香が眠ってから幾日が経つであろうか?

 今日は春香の恋人である柏木宏之が彼女のそばにいた。

 彼は恋人の手をそっと握りながら何も言葉にする事なく、じっと彼女を見詰めている。

 それを窓際で見守る翠がいた。しかし、二人とも会話を交える事はない。

 宏之の目には人が本来持っている輝きと言う物を失っていた。澱んでいた。

 翠の表情は普通の人が見たら判別できないだろうが辛そうであった。

 意味のなさない時間が過ぎ宏之はその場から去ろうとした。

「柏木さん」

 翠は退室して行く彼に一言だけそう言葉をかけた。だが、彼は振り向きもせず出て行く・・・。ただ振り返る気力すらないのだろう。


~ 日付と言う言葉が意味を成さない日 ~

 一人の男が悲痛と罪悪感を同居させた表情で春香を見ていた。

 涙は流していない。今日も同じようにその男性に声を掛ける翠。

「貴斗さん、どうして、そんな顔をするんですか?」

「どうしてだろうか?」

 その男は唯、淡々と彼女の問いに答えるだけであった。その言葉から藤原貴斗の心理は図れない。

「そう言う、翠ちゃんこそ翳っているぞ」とその男は無表情、無感情で彼女にそう返した。

「そっ、それは・・・・、」

 翠の表情はその言葉で一層翳りを見せた。しかし、彼は知っていた何故彼女がそう言う顔をしていたか。

「・・・、スマン配慮が足りなかった」

 自分の言葉で顔色を変えてしまった彼女を心配して彼は表情を変えず彼女に謝罪した。

「いっ、いえ・・・」

 少しだけ彼女の顔に明るみが戻る。しかし本当に少しだけである。

 居場所をなくしたと感じた彼は、

「邪魔した・・・・・・・・・、また来る」と言ってその場から気配を消した。

 そして、翠が病室の窓から外を覗けば今日も当たり前のように陽が沈む。


~ 日付と言う言葉が意味を成さない日 ~

 今日は春香を含む四人の女の子がその場にいた。

 楽しい雰囲気で談話などが聞こえてくるはずもなくその場の空気は重く澱む一方であった。

「ゥうくっ、ひくっ、うううぅう、はるかぁ~~~」

 隼瀬香澄は春香の手を握り、声を押し殺して泣いていた。

「香澄センパァイ?どうして泣いてるんですか?」

 翠は香澄が泣く理由を知らなかった。

「・・・・・・」

 藤宮詩織は黙したまま翠を優しく見詰め〝聞いては駄目〟と合図を送っていた。

 現時点で詩織、彼女自身も香澄が辛そうな表情で泣く理由を聞かされていない。

「・・・・・・、香澄先輩、変な事、聞いちゃいましたね。お姉ちゃんが心配だから泣いてくれているんですよね」

 詩織の意を介したのか翠は自己完結し、そう香澄に言葉をかけていた。

 暫くして香澄が泣きやむ。その後に彼女、詩織、翠の三人は少しだけ談笑した。

 詩織と香澄、二人はもう一度、春香の状態を確認してからその場から去って行く。


~ 日付と言う言葉が意味を成さない日 ~

 今日は乗りの良さそうな男性が彼女の見舞いに来ていた。

 八神慎治である。彼は何かを確認するように春香を眺めていた。

 彼は他の来訪客と違い表情には悲しみの色は見られない。

 しかし、表情から読み取れないけど彼も春香の事を心配していないわけではなかった。

 何時ものようにお見舞いに来ていた翠と数十分談笑した後、彼もその場から去って行く。

 コレで一通り春香と彼女の近しい友達は面会を果たしたのであった。

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