CRoSs☤MiND ~ 過ぎ去りし時間(とき)の中で ~ 第 二 部 柏木 宏之 編 ▽ 迷い、そして葛藤 △

DAN

第 一 章 ブロークン・ハート

第一話 言い知れぬ不安

「繰り返し連絡いたします」

「被害者氏名、野村隆、35歳、新橋製薬勤務・・・」

「続いて聖陵大学付属学園、高等部三年生、普通科B組・・・、・・・、・・・、凉崎春香、17歳・・・続いて・・・」

「最後に成城大学医学部四年、清川浩二、21歳・・・」

「以上7名が事故に巻き込まれた模様です」

「繰り返し連絡いたします・・・」

 事故現場にいた一人の警官は事故の内容を繰り返し冷静な声で本部へ連絡していた。

 現場の状況に動揺すること無く、そんな態度で話している警官の姿は宏之が抱き始めた不安を余計に煽り立てていた。

〈ハハハッ、冗談だよな?春香が事故の巻き込まれた何って、冗談だよな〉

 心の中で乾いた笑いを立てながら今さっき聞いた言葉を打ち消そうとしていた。

 だが、それが事実であると再度、通告してくるように近くにいた警官が無線に向かって言葉を吐いていた。

「繰り返し・・・、普通科B組、凉崎春香」

 その警官は、はっきりした声で俺の彼女の名前を口にしていた。

 あまりの動揺でしばし、身動きが取れなかった。

 気付いた時には野次馬も少なくなりさっきまで作業をしていた多くの警官達も今は殆ど見当たらなくなっていた。どうしていいのか、訳も判らずその場に残っていた私服の警官らしき男に声をかけていた。

「あっ、あの聞きたい事があるんだけど?」

「なんだぁ?坊主そんな時化た面なんかして」

 その声はその歳相応のドスの効いた声でそう言ってきた。

 俺はその警官に事情を説明してどこに春香が行ってしまったのか聞こうとして自分の事を其奴に話していた。

「って訳なんだ、彼女の居場所判らないですか?」

「おぉ、そりゃ可哀想に、その嬢ちゃんの顔写真か何かないか」

「あっ、えっ、・・・、ちょっと待っててくれ」

 そういうとさっき揉みくちゃにされたとき落としてしまったバックパックを探しに来た道を戻って行った。

 俺のそれは難なく見つける事が出来た。だが、それは心無い野郎どもに足蹴にされ無数の足跡がついていた。それを持ち上げて汚れを払い、バッグの中を確認した。

 その中には今日、春香にプレゼントしようと思っていたオルゴールと貴斗から渡されたこの前の祭りの時に撮った写真がガラスのフォトスタンドに収められ入っていた。

 その写真を手にとって確認してみる・・・、無残にもちょうど写真の真ん中から全体にわたってひびが入っていた。

 まるでそれは俺と春香の関係が壊れてしまうのではないかを予兆するように亀裂が出来ていた。

 オルゴールの方は既に原形を留めていなかった。

 せっかく貴斗が教えてくれたアンティークショップで見つけた春香が気に入りそうな物だったのに。

 湧き上がる怒りと悲しみを抑えて、その写真を見せるため警官のいる場所へ戻っていた。

「これがその写真」

「おぅ、おぅ、無残にも割れちゃってるなぁー、で?どの子がオマエの彼女ちゃんなんだい?可愛い嬢ちゃんたちが三人も写ってるようだが」

 その警官にそう言われたので俺は指をさして春香を教えた。

「ほぉ~~~、このこも可愛い嬢ちゃんだな。坊主、ちょっとここで待っていろ」

 その男は俺にそう言うと近くに停めてあった車に向かい、窓越しから無線を使って何かを話していた。

 その車は黒と白で塗られたパトカーじゃなかった。覆面パトカー?若しかして俺が話していた男は刑事なのか?

 しばらくするとその男は俺の所へ戻ってきた。

「おぅ、坊主、嬢ちゃんの居所が判ったぞ」

「あっ、ありがとうございます」

 その男に感謝の言葉を述べていた。

 それを聞き終わった男は俺にプリントアウトされた地図を渡してくれた。

「その地図の場所、嬢ちゃんが入る所だ」

「若しかして、あなたは刑事さんですか?」

「オウそうだ、鋭いな、坊主」

「失礼は聞き方してすまなかったです」

「んなぁこと気にスンナよ、坊主」

「それより場所が判ったら、さっさと嬢ちゃんの所へ行ってやりな」

「刑事さん、本当に有難うございました」

 もう一度感謝の言葉をその刑事に伝えると躊躇無く近くに停車していたタクシーを捕まえ地図にかかれている病院へと向かってもらった。

 タクシーに乗っている時、さっきまで忘れていた不安と言う感覚を思い出してしまった。

 これに乗る前までは春香の居場所を探すため必死になっていたからその感覚が麻痺してたんだろう。

 でも今は言い知れない不安が俺を支配していた。

 走行中、俺は春香の両親に連絡しようと思って電話を掛けてた。

『トゥルルルルッ♪×15』

「クソッ、何でこんな時に誰もでねぇんだよ、ちくしょう」

 俺は声を荒立ててそんな言葉を出していた。

「お客ハン、何があったか知らへんけど、落ち着いた方がいいでっせ」

「・・・、大声を出して悪かった」

「別に気にしてなんかおらへんよ」

 そして、しばらくの静寂が訪れたが俺は居ても立っても居られなくて運転手にせかすように声を掛けていた。

「おい、運転手!もう少しスピード出せないのか?」

「無理、言わんといてください。これでも目いっぱい飛ばしてまんがな・・・・・・・・・、ほらもう見えてきたようでっせ」

 そいつが俺にそう言うと確かに窓の外から大きな病院が見えてきた。

 タクシーが停車すると今日、遣うはずだった金を即行で出して運転手に手渡していた。

「釣りはいらネェからとっといてくれ」

「おおきに」

 それを聞くとダッシュで病院内へ駆け込んだ。しかし、病院内に入ったのはいいが、それからどうしていいか判らず、辺りをキョロ、キョロと見回してしまった。

 そんな俺を不審に思ったのか一人の看護婦が声をかけてきた。

「慌てている様ですけど、どうかなされましたか?」

「えっと、その急患なんかで運ばれた患者ってどこに入るんですか?」

「急患の方ですか?もし手術中であればその赤いラインに沿ってまっすぐ進み、突き当たりを左に曲がれば救急手術室と待合所があります」

 彼女からそれを聞くと俺は走ってそちらの方へ向かっていた。

 場所を教えてくれた看護婦に何か言われたが俺の耳には届かなかった。

 あの事故から既に一時間以上が過ぎようとしている。

 不安でたまらない。

 かなり長い廊下を、息を切らせながら他人にぶつからない様に走っていた。だが、ぶつかっていたとしても気付く事さえ出来ていなかっただろう。それくらい、俺の心は不安でいっぱいになっていた。そして曲がり角に達し左に折れ、最後の突き当たりでへばってしまった俺は下を向いて息を切らせていた。そんな俺に誰かが声を掛けてきた。

「あら、宏之さん?どうしてここに」

 聞き覚えのあるおっとりした声、その言葉を聞いて顔を上げる。

 その人は春香の母親の葵だった。春香の母親の存在が、この場に居る事、それが春香の身に何か遭ったと言う事実を俺に突きつけた。

 俺は男のくせに本気で泣きながら自分の仕出かしてしまった事を悔やむように口を動かした。

「俺の所為で、俺の所為で、春香が、ハルカが・・・・」

「どうっ・・・」

と彼女が何かを言葉にしようとしたその瞬間、荒立てるような声で別の人物が俺に言葉を放ってきた。

「宏之、何馬鹿な事を。凉崎さんが事故ったのはお前の所為だって?違う、俺の所為だ」

〈・・・ん?何で貴斗がここにいるんだ、何でそんなに荒立てた声でそんな事を言うんだよ〉

「貴斗、何でお前がここに居るんだ!?」

 俺が冷静で無かったのは明白だが直ぐにコイツがここにいることを疑問に思ってそんな事を口走っていた。

「お前には関係ない・・・」

 ヤツの言葉はさっきと違い冷静になりそんな事を言っていた。そして、さらにコイツの口の動きは続き、

「それでも、凉崎さんが事故ったのはお前の所為ではない」と言葉にしていたんだ。

「ハァン?なに言ってんだ」

 コイツは一体何を言っているんだ?

 全然理解できねぇぞ?そして、さらに言葉を続けようとした時、俺、俺達の行動を諌める様に一人の男が俺と貴斗の前に立ち言葉をかけてきた。

「二人とも止めなさい!今はただ、娘の安否だけを気遣ってくれると有り難いのですがね」

 その人は春香の父親、秋人だった。それと同時に他の存在も気付く、それは春香の妹の翠。

 不安な気持ちのままじっと赤く点灯しているランプを眺めていた。

 どれだけの時間が流れたのだろうか?だがそれを自分の持っている腕時計で確かめようとする気力が起きなかった。ただずっと春香の安否だけを願っていた。

 時折、貴斗の方へ眼をやっていた。そして、どうしてここへ来たのかと考えるが春香の事の方が気になってそれも直ぐに消えてしまう。さらにまた時間だけが過ぎる。

 気付いた時、いつの間にか秋人と貴斗のヤツが話をしていた。一体何を話しているのだろうか?ヤツとの距離を置いてしまった為、それが聞こえなかった。

 二人の話が終わったのか春香の父親は俺の方へ振り返り、歩み寄ってきていた。

 俺に声が掛けられる範囲内にはいるとその人は言葉を掛けてくる。

「娘、春香の事が心配ですか?」

「秋人さん、馬鹿なこと聞かないでくださいよ。当たり前じゃないですか、世界のどこに自分の彼女を心配しない奴がいるって言うんですか?」

「そうでない方もいるんですよ、世の中には・・・、そこまで、娘の事を想ってくださって有難うございます」

「それと宏之君、貴方がここへ来た理由をお聞かせ願えないでしょうか?」

 春香の父親のその言葉に俺は鬱積した、膿みを吐き出すように正直に声を返していた。だが、俺のその声の質に何時もの明るみは全く感じられなかっただろう。

「今日、俺と春香はデートするはずだった」

 その言葉の後、何の躊躇いも無く、春香が事故にあってしまった原因を俺である事を秋人に伝えた。

 春香が事故った責任が俺にある筈なのに彼は俺を叱る事も怒る事も無く、目を瞑り、何かを考えてから言葉を掛けてくる。

「娘の為に心を痛めているのですね。申し訳なく思います」

「どうして、秋人さんが謝るんだ!謝るのは俺のほうだ!」

「君の様な人が娘の恋人でよかった。有難うございます・・・。私の娘が無事であるように祈っててください」

 秋人はそれだけ言うと俺の答えも聞かないまま、葵と翠、家族の所へ戻って行った。そして、また暫くの時間が過ぎて行く。

 今、隣には貴斗が座っていた。俺はコイツに言葉を掛けようと思ったがこいつはその行為を許してくれる雰囲気ではなかった。

 見た目は凄く、冷静だった。でも、俺にはどうしてもアイツが何かに苦しんでいるように思えた。

 昔っから、俺は無意識に他人の深い部分に係わらないようしていた。だから、何も話さず、時間がたつのだけを待っていた。

〈春香、無事でいてくれ、早くお前の元気な顔を見せてくれ〉

 そう思っていると今まで開かずの扉だったそれが開き、中から医者が出てきた。

 その医者と春香の両親二人が会話をしている。

 やがてその会話も終わり、秋人が俺と貴斗の前に移動して来た。

 それから、俺達に声を掛けてくれる。

「娘の容態は、君達が思っている程、深刻ではない、だから後は私達に任せて二人は帰って休みなさい」

 それを聞くと今までの不安が嘘だった様にどっかへ消え去り胸を撫で下ろしていた。

 貴斗のヤツは秋人に再来する事を簡潔に言い残すと風のようにこの場から去って行った。

「それじゃ俺、帰ります。あっ、それと春香の見舞いに来ても良いですよね」

「よろしくお願いいたします」

 秋人のその返事を聞いた俺は小さく頭を下げ、ヤツを追うような形でこの場を後にした。

何とか貴斗に追いつこうと病院内を走ったがソイツの姿はどこにも見当たらなかった。

 結局、ヤツがここへ来た理由を知る事が出来なかった。

 まぁ、今はいい、後であいつに会った時にでも聞けばいいさ。

 この時、俺はそんな悠長な事を思っていた。だが、事態はそんなにうまくいかないことに今は気付けるはずもなかった。

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