迷宮のハック&スラッシュ

雨宮タビト

縁起

 さて、どこから話をしたものかね。

 お前さんがこの話をどこまで知っているか、そんなことはどうだっていい。よくある話さ。剣と、魔法と、そうそう、少しばかり謀略もある。決してつまらない話ではないと思うよ。まあ、わたしも全てを知っているわけではない。知らないこともあるさ。そういうところは、適当に想像して話しているよ。いいかい?

 真実か面白いかと言ったら、面白い方を選ぶよ。そういうものじゃないか?

 まずはジギタニアについて話をしよう。昔のジギタニアは、お前さんが知ってるようなジギタニアではなかった。もっと平和だった。貧しかったけど、農耕と牧畜で生計を立てている、穏やかな国だった。

 周りはそうだな、南にバダニア、西にラトリア、どちらも強大な国家だ。海を隔てて反対側にはコータスの都市国家群があるね。これらとはうまく貿易をしていく必要がある。東に行けばキタンがある。油断ならない奴らさ。

 だからその頃のジギタニアは、よくいえば平和外交、悪くいえば長い物には巻かれろ的な、穏やかな外交方針でなんとかやり過ごしていたんだ。本当だよ。

 まあ、待ちなよ、ものには順序だ。ことの起こりは北の街だ。

 王国の北、サンデルの山脈にテリスという山がある。そこの麓にタリスマンという街があった。

 あったんだ。今はないよ。

 タリスマンの街は良くも悪くも普通の街さ。山の民と交易したり、羊の放牧をしたり、農業や酪農をしたり、そりゃ穏やかに過ごしていたんだ。ところが、ある時さ、街が一つ飲まれちまった。

 飲まれたんだよ。街ごと一つ、巨大な黒い雲みたいなのに覆われてさ。それが晴れたと思ったら、街の真ん中が綺麗になくなったんだ。更地になっちまったのさ。

 信じられないよな。わたしにも信じられないよ。住んでた人たちはほとんど消えちまった。死んだかどうかもわからない。

 ただ、消えちまった街の真ん中に、四角い井戸みたいな穴が、ぽっかりと開いたんだ。

 当時の王はガリウス、そう、四世の方ね。慌てて調査に乗り出した。その時の宰相がまだ若かったロンバルディール、そう、あの「鉄血の」ロンバルディールだ。

 宰相閣下は騎士団を穴に送り込んだ。いずれ劣らぬ精鋭だったよ。いくらジギタニアが平和国家だと言っても、一人で一分隊くらいは始末できるような連中だよ。

 だけど十六人送りこんだ精鋭たちは、一人を除いて全滅したんだ。

 生き残った一人はこう言った。


 閣下、この穴は、人を食らいます。


 ロンバルディールの偉いところはさ、恐れすぎることもなく、慌てすぎることもなく、軽く見すぎることもなかった、ってことさ。生き残った男が回復するのを待って、その穴の下に何があるのかを尋ねた。

 一つ、穴の中は迷宮になっている。

 一つ、迷宮はずっと下層まで続いている。

 一つ、迷宮に対処するには魔法が必要である。

 ただしジギタニアには魔法晶石が少なかった。まああんなのそう簡単に取れないから、魔法をバンバン使うことなんて普通はできないんだけど、生き残った騎士は大きな魔法晶石を二つ、持ち帰ってきていたんだな。

 つまり、迷宮の中には魔法の源である晶石が山のようにあるってことだよ。

 ただし、中にいる魔物には気をつけなければいけない。魔法晶石の影響でおかしくなった生き物や、動く死体や、なんだかわからない生き物を蹴散らしながら、調査隊は進んだ。そうやって少しずつ、迷宮を攻略していったんだ。

 だけど王国の力だけで迷宮を攻略するなんてこと、できやしないだろ。そこで宰相は入り口を塀で囲み、各地から人を雇って中に入らせる仕組みを作った。

 つまりこうだ。各地から腕利きを集める。騎士や魔術師だけじゃない。夜盗やならず者だって構わない。そいつらに金貨を貸し付け、装備を整えさせる。そいつらを送りこんで、取ってきた魔法晶石やお宝を買い上げる。潤ったそいつらはまた迷宮に向かう、という寸法さ。

 宰相は国に迷宮攻略省ラームを作って、その任にあたらせることとした。そしてその下に各地から集めた奴ら、ーー攻略者ハンターって呼んだんだが、それを管理をさせる組合、ギルドを作って支配下に置いたんだ。

 いつの間にかその迷宮に向かって人が集まり始め、街ができた。その街はラームに因んで、ラームシティと呼ばれるようになった。

 そしてその迷宮は、失われた街の名をとって、タリスマンの迷宮、と呼ばれるようになったんだ。


 さて、そこから何年か過ぎた。迷宮は潜っても潜っても限りがない。訳のわからない噂や伝説が勝手にできるようになって、それがまた人を呼ぶんだ。

 そうするとおかしなことが起こった。迷宮から魔法晶石がゴロゴロ取れるものだから、ジギタニアはだんだん強くなっていった。そりゃあそうだよ、魔法晶石ってのはいろんな魔法品の原料になるんだ。北の山のドウェルグたちは喜んで王国のためにいろいろな武器や道具を作る。そうするとどうなる?ジギタニアはほとんど無限の魔力を手に入れることになるわけだ。

 いや、まあそうだよ。どんな武器があっても使う兵隊がいなくちゃ意味がない。言いたいことはわかる。

 でも、いるんだよな。兵隊がさ。

 迷宮は最大の練兵場になるんだ。

 魔物相手に腕を磨いている奴らが、ただの人間に負けるはずがないだろう?

 そうなるとジギタニアは連戦連勝さ。四世が亡くなって王子が跡をついでからは、そう、五世だよ。「大ガリウス」ガリウス五世だ。かっての弱腰で平和主義者のジギタニアはもうどこにもいない。

 かつて少なからぬ野心を持ってジギタニアを見ていたバダニアもラトニアも、領土を今や次々とジギタニアに明け渡すようになってしまった。

 ジギタニアは今もどこかで戦をしている。その戦を支えるのは迷宮だよ。よくやったもんだよね。

 ジギタニアは厄災をとんでもない力に変えてしまったんだ。

 もしかしたらゴドワナを統一してキタンに迫る初めての国になるかもしれない、とさえ言われたんだ。


 そうなんだよ。


 ここでやっとあの話になるわけ。


 さあ、わたしの話はここからが本番だよ。


 迷宮が生まれて15年経った、ラームシティ。

 ある女の子がギルドで困り果てていた。

 女の子の名前はミルラ・コイ。サンデルの山村の生まれさ。サンデルっぽく愛称で、ミルコ、と呼ぶことにしよう。


 さて、ミルコの話をしようじゃないか。

 お前さんは退屈したら戻って他の話を聞いてもいいし、他の世界を見にいってもいい。

 でももしよければ聞いていきな。きっと損はしないよ。


 ミルコはそれだけのことをしたんだからさ。

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