第7話 疑問

父であるディーファン公爵当主ランベール・ムントがサラの物をこの部屋へ移すようにと言ったのはついさっきだが、いくら何でもすべてが整いすぎている。

「……クロヴィス?サラの部屋の物はいつ移動したのかしら?」

「旦那様のご命令がありまして、すぐでございます」

「そう……これで全部なの?」

ルエナが与えた自分の服のおさがりも、装飾品も、いつも読んでいる本や何か書きつけているノートや筆記具など、見落とされている物などないはずなのに、敢えて食い下がる。

「はい。すでにお嬢様の隣室は整えられ、シーナ・ティア・オイン子爵令嬢のお荷物はあちらに入れられております」

「もう?!」

さすがにこれはおかしい。

両親や兄と応接室にいたのは半時ぐらいしか経っていないはずだ。

まるで前々から計画され、実行したのが今日だったに過ぎないほどの手際の良さに、ルエナは自分だけ知らない何かがあるように思えてならない。

「部屋を見ます」

「畏まりました」

今度はクロヴィスの先導で自分の部屋まで戻り、その隣にある扉が開けられると──

「な……」

そこにはベッドだけでなく、何故かイーゼルと椅子が置かれ、新たに本棚まで据え付けられて何冊ものスケッチブックが収まっている。

端が折れたり木炭の汚れが付いていたりするのは、学園の美術教室に置いてある各人のスケッチブックで見たことはあるが、その汚れ具合は尋常ではない。

何枚も紙が挟まり、あり得ないほど膨らんでいるノートも立ててあり、一瞬シーナ嬢がとてつもない勉強家なのかと錯覚した。

「……見ても良いのかしら?」

「シーナ嬢から、こちらのは見てもいいと許可を得ている」

後ろから兄の声が響き、ルエナはビクッと肩をすくめた。

「本来は部屋の主が到着してから、許可を得て入室するべきだと思わないか?」

「も、申し訳ありません……」

公爵令嬢らしからぬ振る舞いに及んだことに今更気が付き、ルエナは顔を赤くする。

だがそれを咎めることなく、アルベールはピンク色のリボンが巻かれた真新しいスケッチブックを棚から抜き出し、ルエナに差し出した。

「いい……のですか……?」

「本人が先に許可を出しているんだ。お前も見たかったんだろう?」

取るに足らない存在のはずの子爵令嬢に、公爵令嬢であるルエナの行動を先読みされたような気になり、そのスケッチブックを受け取ろうとしていた手を引っ込めると、兄は溜息をつきながら勝手にそのリボンを解く。

「あっ……」

「ほう……これは、なかなか……」

ルエナが思わず声を上げたが、その前にアルベールはスケッチブックを開いて何枚か捲って手を止めた。

「ほら」

くるりと回して広げられた部分を見たいとは思わずルエナは咄嗟に顔を背けて目を瞑ったが、その後ろから息を飲む音を聞いて、恐る恐る目を開ける。

「え…………」

そこにはそんなポーズを取った覚えのない、ルエナのスケッチが描かれていた。


横顔のルエナ。

斜め下を向くルエナ。

上を向き、祈りを捧げるルエナ。

夜会服を着たルエナ。

リオン王太子に手を引かれ、階段を登ろうとするルエナ。


「な……何ですの……これは……」

一言で言ってしまえば、気持ち悪い。

どれもこれもルエナが画家に描かせた覚えのないポーズ。

夜会服や学園できた覚えのある服が描かれているが、王太子に手を引かれて節操なく笑みを浮かべるようなはしたない真似をした覚えはない。


こんなものを、一体誰が──


「うむ。さすが、シーナ嬢。ルエナに贈りたいと言っていたが、ラフなスケッチでもこんなに繊細に描けるとは……」

「なっ……何ですって……こ、こんな気持ち悪いことを、あの方がなさっていたの……?」

「気持ち悪い?」

「だ、だって、そうじゃありませんか!ここに描いてあるのは確かにわたくしですけど……わたくし、あの方の前でこんなふうにポーズを取ったことなどありませんわ!!」

「それはそうだろう」

事も無げに兄はルエナの言葉を肯定すると、肩を竦める。

「彼女は、天才なんだから」


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