第17話 シジミちゃんのお城

■作者のねらい:今まで自信がなく自己肯定感の低かったシエラが、自分の気持ちを受け入れて前を向いた。人は完ぺきではないけれど、どんな側面も含めて自分であり、そのままで十分愛すべき存在なのだということを表している。

胸にあいた穴が閉じる感覚は、アイデンティティがポジティブに確立した証拠。


■登場人物

   シエラ

   シエラ(N)

   ユーリ

   サミュエル

   トワ



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−




〇サミュエルの小屋、キッチン(夜)


シエラ「ん~っ、おいしいっ! 本当、サミュエルって料理が上手だね」


シエラ(N)『何時間もコトコト煮込まれた肉が、ホロホロと口の中で崩れるジャウロンのデミグラスシチュー。煮込まれた野菜もホクホクしているし、一緒に出てきたパンがお母さんの味に似ていてとてもおいしい』


トワ「いっつも一人ぼっちだから、二人に美味しそうに食べてもらえて嬉しいのよね?」


サミュエル「あ? 馬鹿にしてるのか」


トワ「おーこわっ!」


シエラ「サミュエルの作ったご飯、本当に全部美味しいよ。孤児院ではこんなにお腹いっぱい食べたことがないから、すっごく贅沢! お母さんたちにも食べさせてあげたい……」



SE 鳥の音


ユーリ「あ、シジミちゃん!」


シエラ(N)『シジミちゃんがサミュエルの手の甲に止まった。サミュエルがジッと顔をのぞき込む。きっと記憶を覗きながら話をしているのだろう。わたしは食べる手を止め、その様子を固唾かたずを飲んで見守った』


サミュエル「とりあえず、昨日と様子は変わらないようだ」


シエラ・ユーリ「よかったぁ……」


サミュエル「……ん?」


シエラ「ど、どうしたの?」


ユーリ「もしかして、母さんたちになにかあったのか?」


サミュエル「……あれは、奴隷商人だな。書類を交わしている」


シエラ「奴隷……商人⁉︎」


サミュエル「日付けが見えた。3日後だ。ファ、ネルラ?」


シエラ「ファネルラ⁉︎」


サミュエル「ああ。多分、その子の売買の書類だろう。人質をずっと置いておいても仕方がないと思ったのか」


シエラ(N)『ファネルラは十歳の女の子だ。おでこが広くて、ハーフアップの髪がとても似合う。孤児院の中ではユーリの次に歳が近い。よくわたしと一緒にお母さんの手伝いをしていて、女の子同士というのもありとても仲が良い子だ。早くしないと、ファネルラが売られてしまう!』


シエラ「どうしよう、絶対止めなきゃ……!」


ユーリ「大丈夫だシエラ。俺が強くなったの、見ただろ? 次は絶対負けないから。俺を信じろ」


トワ「そ・れ・に! 私がいるのも忘れないでね」


シエラ(N)『ユーリとトワが微笑みかけてくれた。なんだか、わたしだけ弱いまんまみたい。ユーリだって一生懸命訓練したんだ。わたしも魔力の使い方を習ったし、前回とは違う! わたしは首を振って不安を払拭ふっしょくした』


シエラ「わたしも負けない! ……主一無適しゅいつむてきぃぃ!」


シエラ(N)『習ったとおり魔力を手に集め、立ち上がると同時に空を指さした。青い光が細く伸び、高々と空に打ち上がる。それを見たトワが拍手をして喜んだ』


シエラ「うまくいった!」


トワ「んー! 上手!」


ユーリ「ははっ、本物の鉄砲みたいだな」




〇サミュエルの小屋の前(夜)



SE 夜、虫の声



シエラ(N)『すっかり暗闇に包まれた小屋の前。わたしは窓から漏れる明かりと手元に置いた灯花の光をたよりに、サミュエルにあげるプレゼントの続きを作り始めた。明日、みんなを助けに行く前に仕上げてしまいたかったのだ。なぜなら、一度出てしまえばここに戻ってこれるかどうか分からない。救出が終われば、わたしたちと関わりたくないと思っているサミュエルとは、もう会えないかもしれない。それに、万が一ということも……。作業をしているところに、ユーリが様子を見にやって来た』


ユーリ「シエラ、まだ眠れないのか?」


シエラ「ユーリ。先に寝てていいよ。もう少しだけ作りたいの」


 ユーリが隣に来て座った。


ユーリ「うーん。なかなか個性的な作品になったな」


シエラ「もー、下手くそって言いたいんでしょ? 下手でもなんでも、シジミちゃんが気に入ってくれれば良いんだもん」


 確かにあちこちいびつで、最初の設計図とはだいぶ形も変わってしまった。でも大切なのは、シジミちゃんへの感謝の気持ちと、餌が乗る台があるかどうかなのだ。

 しばらく無言が続き、虫の声と釘を打つ音だけが響いていたが、おもむろにユーリが話し始めた。


ユーリ「……俺、シエラがいてくれて本当に良かったって思ってる」


シエラ「え?」


ユーリ「俺一人だったら、きっと頑張れなかったと思う。お前がいるからしっかりしなきゃって思えたんだ。母さんと別れた時も、なんとかお前を守りたい一心で走れたんだ。じゃなきゃ、最初に盗賊に襲われた時、諦めてたかもしれないなって、そう思ってさ。だから、一緒にいてくれてありがとう。へへへっ」


シエラ「ユーリ……!」


ユーリ「わ! シエラ!」


スチル挿入


シエラ「すぐに泣いたり不安になったりするわたしを見捨てないで、いつも隣にいてくれてありがとう。ユーリがいなかったらもっと昔に絶望していたよ。わたしが自分を嫌いにならないで済んだのは、お母さんとユーリのおかげ。だから、家族にしてくれて……どうもありがとう!」


ユーリ「なんだよ、大袈裟だな。俺がお礼を言おうと思って来たのに。これじゃ逆じゃないか」


シエラ(N)『涙目のユーリがわたしの目尻を優しく人差し指で拭ってくれた。この時、正直に気持ちを打ち明けてくれたユーリにわたしも本当の自分を見せたい。そんな感情がわいてきた。それがユーリの気持ちに応えることだと肌で感じたから』


シエラ「実はわたし、まだ言っていないことがあるの」


ユーリ「なんだよ、急に」


シエラ「本当はわたし、自分がいらない子なんじゃないかって、心のどこかでずっと思っていたの。本当の親がいなくて、自分だけみんなと見た目が違って、村のみんなからも嫌がられて。だから、せめて優しくしてくれるユーリやお母さんの負担になっちゃだめだって、無意識に思ってた。わたしの居場所は、ここしかないからって」


ユーリ「シエラ……」


シエラ「だから、孤児院が襲われて自分の居場所を失うかもしれないって思った。トワに遺伝子の異常があるかもしれないって言われて、異常なわたしはやっぱりこの世に必要ないって感じた。それが不安で不安でたまらなくて、今はそんな場合じゃないってわかっているのに、怖くて押しつぶされそうだったの。でも我慢しなきゃって。ユーリはいつも優しくしてくれるのに、わ……わたしは、いつまでもそ……そこから、抜け出せ……なかった。ご……ごめ、んね……ユーリ」


ユーリ「なんだよシエラ、様子が変だと思ってたら、そんなこと考えてたのか? バカだなぁ。シエラは俺の大切な妹だって、まだわからないのか? お前が何色だって関係ない。なにが起きても、俺も母さんもシエラが大事だよ」


シエラ「わかっ……ご、ごめ……ユーリ」


ユーリ「もういいって」


シエラ(N)『涙でぐちゃぐちゃになったわたしを、何も言わずにユーリが撫でてくれた。詰まっていた気持ちを吐き出して、十三年間ポッカリ空いていた胸の穴が、静かに閉じて満たされていくのを感じた。やっと、人としてこの世に生まれたみたいな、心地よいけど恥ずかしい、変な感覚だ』


ユーリ「さあ、仕上げちゃおう。俺もまた手伝うから」


シエラ「うんっ!」


シエラ(N)『夜更けまで二人で作業し、なんとか歪な餌台と歪な鳥の巣箱のお城が完成した。良かった! でき……た………………』





トワ「あら? ふふふ! 二人ったら」


サミュエル「なんだ、どうした」


トワ「見て見て、あれ! 二人で寄りかかって寝ちゃってる。かーわいい!」


サミュエル「……あいつら、一体何をやってたんだ?」


トワ「シジミちゃんにプレゼントを作ってたみたいよ。あなたが欲しい物が無いって言ったから」


サミュエル「はぁ? なんでそうなるんだ」


トワ「あなたに喜んで欲しかったんでしょ? コミュニケーションが下手くそなあなたに合わせて、二人なりに気を使ってくれたのよ」


サミュエル「…………」




シエラ「ふわぁぁ。あれ、いつの間に寝ちゃったんだろう」


シエラ(N)『気がつくと、いつの間にか布団の中にいた。隣にはユーリも転がってる』


シエラ「……あっ、シジミちゃんのお城!」


シエラ(N)『昨日のことを思い出したわたしは、あわてて外に出た。昨日作業していたあたりを探したが、それらしいものは見当たらない。使っていた道具もきれいに片付けられている』


シエラ「おかしいなぁ。確かに昨日ここで作ってたはずなんたけど……。ない。ない。ここにもない」


シエラ(N)『あちこち探してみたがやはり見当たらない。小屋の周りをぐるっと一周してふと顔を上げた。サミュエルの小屋の正面で、わたしは針金で括り付けられたシジミちゃんのお城と、餌をつついているシジミちゃんを見つけた』


SE 鳥の声

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