第13話 綿中蔵針

■作者のねらい:綿中蔵針めんちゅうぞうしんとは、太極拳の特徴を表す四字熟語。12歳のサミュエルが龍人りゅうじんに拾われてダイバーシティで暮らしていた時、そこで太極拳など武術の基礎・応用を身につけた。龍人と縁のあるトワも、同様の武術を身につけている。

主一無適しゅいつむてきも太極拳からとっている。

クライマックスの伏線。


■登場人物

   シエラ

   シエラ(N)

   ユーリ

   サミュエル

   トワ



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



◯サミュエルの小屋(朝)



シエラ(N)『サミュエルと出会った翌日、わたしとユーリはトワに戦い方を教わることになった。やる気満々、竹刀しないという切れない剣を持ってきたトワは、登ったばかりの太陽に負けないくらい元気だ』


トワ「はーい! 生徒の皆さん準備はいいですかー? 今日は拳法の基本、綿中蔵針めんちゅうぞうしんから練習しまーす。ユーリ君、まずけんを構えてみてください」


ユーリ「……こうか?」

 

トワ「そしてそのままパーンチ!」


ユーリ「エイッ」


トワ「はいだめー!」


ユーリ「うゎっ! いてっ!」


シエラ(N)『トワが竹刀でユーリのお尻を叩いた。パシーンッといい音が響く』


ユーリ「な、なんで⁉︎」


トワ「そんなに力んではうまく力が伝わりません。見てて。どの技も基本は、綿わたのように柔らかく、それでいてきちんと針のように芯を持つこと。綿中蔵針めんちゅうぞうしんです。攻撃も防御も同じ、じゅうを持ってごうを制す! 綿中蔵針ー!」


サミュエル「ぬ……!」


シエラ(N)『トワが小屋から出てきたサミュエルに向かってパンチした。怪訝な顔をしたサミュエルが、トワの手を払い落としてそそくさと去って行く』


トワ「はい、やってみて」


ユーリ・シエラ「綿中蔵針ー!」


トワ「よろしい。そのまま続けて」


シエラ「えーいっ!」


ユーリ「えいっ、えいっ!」


シエラ「ふぅ。なんか、ユーリだけ覚えるのが早くない?」


ユーリ「そうか? 素早さはやっぱりシエラが上だけどな」


トワ「うふふ、きっと血の差かも知れないわね。元々、ライオットは魔力がない代わりにものすごく体が丈夫なのよ。単純に魔力なしで戦えば、技を磨いたライオットがどの人種より一番強くなると思うわ」


ユーリ「そ、そうなのか! へへっ」


トワ「シエラちゃんは魔力があるみたいだから、魔力の使い方も練習してみましょうか」


シエラ「はいっ!」


トワ「魔力の場合は主一無適しゅいつむてきと言って、いかに魔力の循環に集中できるかどうかが大切なの。体の中で巡ってる魔力を掴んで、指先に集めてみて」


シエラ「わかりました! 主一無適、主一無適、……んぅ、難しい」


トワ「頑張って!」


シエラ「主一無適、主一無適、えぇぇぇいっっっ!」


シエラ(N)『なんとか魔力を指先に集めたわたしは、敵に見立てていたまきを指差し、指先から魔力が出るようにイメージした。そして「えいっ」と飛ばす』


SE コロン


シエラ「うはぁっ♪ やったっ! できました先生!」


トワ「うふふ、上手ね」


ユーリ「お、やるなシエラ。もしかして、その調子で石を投げてみたらもっと早く投げれるんじゃないか?」


シエラ「よし、試しにやってみよう」


シエラ(N)『まずは石に魔力が流れるようにイメージする。……主一無適、主一無適。よし、行けそうだ。わたしは指先がじんわりあったかくなったところで再び「えいっ」と石を投げた』


SE はじける音


シエラ「きゃっ」


ユーリ「うわぁっ」


シエラ(N)『薪が粉々に爆発した。予想外の威力。飛び散った木の破片が、驚くわたしとユーリの頭にパラパラ降ってくる』


トワ「あら。シエラちゃんは投げるのが上手なのね」


シエラ「ちょっと、上手く行きすぎました……」


トワ「最初は魔力のコントロールが難しいみたいだから、そのうち慣れると思うわ。ただ、シエラちゃんは魔石がないみたいだから、あんまり頑張りすぎないようにね」


シエラ「どうして?」


トワ「魔石って魔力を循環させる以外にも、魔力を貯蔵する役割もあるのよ。魔石があればある程度補充が可能なんだけど、万が一魔力を使い切ると命に関わるの。だから、シエラちゃんは使い過ぎるときっと体に良くないんじゃないかな?」


シエラ「そっか……。気をつけるね」


シエラ(N)『そう返答はしたものの、生まれてこのかた魔石なんて持ったことがないから実感がわかない。そのままわたしたちが稽古けいこに励んでいると、サミュエルが自分の体の倍くらいはありそうな大獅子を狩って帰ってきた』


トワ「あ、ちょうどいいところに! サミュエル、私じゃ魔法のお手本を見せられないから、ちょっとやってちょうだい!」


サミュエル「ぐっ……。なんで俺が。お前が教えるって言っただろう。俺は疲れてるんだ」


トワ「まさか、そんな大獅子一匹であなたが疲れるわけないでしょう。つべこべ言わずにきてちょうだいな」


サミュエル「はぁ、勘弁してくれ」


トワ「じゃあシエラちゃん、見本を見せてもらいましょう!」


シエラ「お願いします!」


サミュエル「一回だけだぞ。まったく。魔力を放出するときは、できるだけ細くした方が威力が上がる。太い方がダメージがでかいが、それだけ魔力が必要になる。最初はできるだけ細く出すようにするんだ」


シエラ(N)『そう言ってサミュエルが人差し指の先端から緑色の光を放った。ピュンっと飛んだ光は、ヒラヒラ舞っている落ち葉の真ん中を貫いて消える』


シエラ「ほわぁ……!」


サミュエル「あとは、相手の気の隙間を狙うことだ」


シエラ「気の隙間?」


サミュエル「生き物には気というものが流れている。気の流れが多いほど強い。ただ、全身均等に気を流すにはかなりの熟練が必要だ。だから、よっぽどの達人でもない限り気の薄くなっている隙がある。そこを狙え」


シエラ「わかりましたっ!」


トワ「じゃあシエラちゃん。もう一度この薪に向かってやってみて」


シエラ「はいっ!」


シエラ(N)『わたしはトワが指さした薪を睨みつけて、できるだけ魔力が細くでるようにイメージを作った』


シエラ「主一無適主一無適主一無適……えぇぃっ!」


SE コロンコロン


シエラ「わっ! できたぁ!」


サミュエル「ふん。まだまだだな」


トワ「すごいわ、シエラちゃん。きっと先生がいいのねっ」


シエラ「コツが分かってきた気がする! ……そういえば、サミュエルは主一無適って言わなくても魔力が出るの?」


サミュエル「当たり前だ。あんなのはただの精神統一だ。難しい魔法でもない限り、俺は言わなくても魔力を集中して操れる」


シエラ「へぇー、そうなんだ。サミュエルはすごいね!」


シエラ(N)『わたしが褒めると、サミュエルはまたしても怪訝そうな顔をして、そそくさときびすを返しその場を去って行った。トワが笑いながらサミュエルを見送る』


トワ「うふふ、照れちゃって」


シエラ「あれって、照れてるの?」

 


◯サミュエルの小屋、キッチン(昼)



BGM 楽しげな感じ


シエラ「んー! 美味しい!」


シエラ(N)『わたしはサミュエルが狩ってきた大獅子のステーキを口いっぱいに頬張った。柔らかくってジュワッとして美味しい〜!』


ユーリ「シエラは本当に肉が好きだなぁ」


シエラ「肉だけじゃないよ、フルーツもお野菜も全部好き! でもやっぱり一番はジャウロンかなぁ」


ユーリ「お前、孤児院でもジャウロンの時は絶対おかわりするもんな」


シエラ(N)『ユーリが笑いながら言うと、サミュエルがさりげなく次元停止庫からジャウロンの肉を持ってきて焼いてくれた』


サミュエル「食べ切れない程あるから食え」


シエラ「ほわぁぁぁぁ! サミュエルありがとう!」


サミュエル「大袈裟なやつだな」


トワ「うふふ! 喜ぶシエラちゃん可愛い!」


シエラ「きゃぁ」


シエラ(N)『トワとサミュエルのおかげで戦い方が分かり、前よりも自信がついた。これでお母さんたちを助けられるかもしれない。わたしは来たるべき時を前に、一時の平穏を楽しんだ』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る