第5話 鉄砲玉

■作者のねらい:第一章、第二章、第三章と、シエラの内面が変化していきます。第一章は、唯一の安全基地である孤児院を失って不安定になる一面、そして孤児院、母、ユーリに依存する一面を見せて、今後の成長と比較しやすくしています。

コチニールの実はフルーツトマト。


■登場人物

   ユリミエラ

   ユーリ

   シエラ

   シエラ(N)

   盗賊A

   盗賊B



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



〇孤児院の裏山(夕方)



ユリミエラ「男達が大勢で押しかけてきて、守ろうとしたけど、子どもたちはみんな連れていかれてしまったの。……せめて、まだ見つかっていないあなたたちだけでも遠くに逃げてちょうだい!」


シエラ(N)『お母さんは、紙が握られたユーリの手を両手で力強く包んだ。そんな二人のやりとりをぼんやりながめるわたしの脳裏に、孤児院での平穏な日々が浮かぶ。優しく頭を撫でてくれる母、孤児と囲む食卓、石を投げて遊んだ日々。それらが音を建てて崩れ、血の凍るような感覚が襲い、わたしははじかれるように立ち上がって孤児院の方を向いた』


ユーリ「おい! 何をするつもりだ!」


シエラ「わたしがやっつけて来る」


ユーリ「無理に決まってるだろう! 相手は盗賊だぞ、どうやってやっつけるって言うんだ」


シエラ「どうやってって……!」


ユーリ「俺を見ろ。いいか。これで終わりじゃない。絶対みんなを助けてやろう。母さんがくれた地図、ここに行けばきっと俺たちの助けになるはずだ。そうだろ、母さん?」


盗賊B「おい、こっちで声がするぞ」


盗賊A「へへへ、俺たちから逃げようったってそうはいかないからな!」


シエラ(N)『聞き覚えのない声に、3人は息を呑んで固まった。山のふもとに目を向けると、大きい体の男が二人、山を登ってくるのが見える。威嚇いかくするように大きな鎌をわざと振り回し、はじき飛ばされた草が白くなって雪のように舞った』


ユリミエラ「早く、早くお行き!」


ユーリ「行くぞシエラ!」


シエラ「お母さん!」


ユーリ「振り返るなシエラ!」


シエラ(N)『わたしはユーリに手を引かれて走り出した。思わず母に伸ばした手がくうを切る。突然の出来事に混乱する頭。通りすぎる景色は何も見えてこない。どこにいるか分からないままユーリの手だけを頼りに、足が動かなくなるまでひたすら走り続けた』


シエラ「ぅわ!」


ユーリ「大丈夫か! はぁ、はぁ……ちょっとだけ……休もうか」


シエラ(N)『ふらふらの足を引きずって、二人は木陰こかげに隠れる様に腰を下ろした。喉がカラカラに乾燥して貼り付き、息がうまくできない。わたしとユーリの間をひんやりした風が吹き抜け、この時はじめて空が暗くなっていることを知った』

 

ユーリ「……へへ! シエラは……足が……早いな。早すぎて……途中で俺、転ぶかと思った!」


シエラ(N)『ユーリは、近くにっているコチニールの実をもいでわたしにくれた。一口かじると甘い汁が口に広がり、のどが潤おう。一息つくと、止まっていた思考がやっと動き始めた。きっと母は、わたし達を逃すために捕まってしまったのだろう。大好きな母の犠牲に後悔が押し寄せ、胸がつぶれそうになる』

 

ユーリ「見てみろよ。この地図によると、この先の白い鳥を右に曲がるんだって」


シエラ「白い鳥を……右?」


ユーリ「うん。白い鳥を右……サミュエル?」


シエラ(N)『ユーリは母からもらった紙を見ていた。くよくよしているだけのわたしと違い、こんな状況でもどう切り抜けるか考えているのだろう。やっぱりユーリはすごい。兄の姿に気持ちを持ち直したわたしは、食べ終えたコチニールのヘタをポイっと捨てて地図を覗き込んだ』


シエラ「暗号かな?」


ユーリ「んー……きっとサミュエルって人? が住んでるってことだろ。もしかして、五メートルくらいの大男だったりしてな! 恐竜も倒せるかもしれないぞ!」


シエラ「恐竜……?」


ユーリ「だとしたら、盗賊なんてすぐやっつけられるぞ! いや待てよ、こんな山奥にいるってことは、武術をきわめた仙人かもしれない。もしそうなら、本当にかすみを食ってるのか聞いてみたいよな!」


シエラ(N)『わたしと同じく不安もあるはずなのに、わざと明るく振舞って元気付けようとするユーリ。わたしもくよくよしてばかりじゃいけない。そう気持ちを切り替えて目じりを拭った。そして、ユーリに負けじと思いついたことを口にする』


シエラ「もしかして、怖〜いお化けだったりして!」


ユーリ「それって……こ〜んな感じかぁ〜?」


シエラ「ひぃっ、こ、こわいからその顔やめてよ! ……あとはそうだなー。隠れ家とか?」


ユーリ「んー……ないな。だって俺とシエラだぜ? 俺だけならともかく、鉄砲玉のシエラが大人しく隠れるわけないじゃん。母さんがそんな無謀むぼうなこと言うわけないよ」


シエラ「鉄砲玉⁉︎ 何それ! わたしそんな呼ばれ方してるの⁉︎」


SE 鳥が飛ぶ音


ユーリ「シー! 声が大きいって!」


シエラ「ごごごご、ごめん」


ユーリ「隠れ家なら鉄砲玉を捕まえておく味方くらいはいてほしいよ。俺だけじゃシエラは手に負えないもんな」


シエラ(N)『ユーリは笑顔で手を差し出し、わたしとわたしの気持ちをグイッと引っ張って立たせた』


シエラ「もう、人を子ども扱いして」


ユーリ「はははっ、違ったか?」


シエラ「違いますぅ」


シエラ(N)『今はお母さんの地図を頼りに、精いっぱいできることをしよう。そう心に決めたわたしは、ユーリとはぐれない様に手を繋いだまま、目的地を目指して暗闇を走り始めた』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る