第31話 追放者サイド・ガイオの失脚と逆転
金銀、赤青……鮮やかな紙吹雪が穏やかな日差しに輝く。
すらりとした体躯の金髪の青年が、大勢の大人に囲まれ、口々に賞賛の言葉を貰っている。
少し前までその場所にいたのは自分だったはず……腹違いの兄で、低レベルの呪い持ち。
「スキル辞典」と蔑まれていたはずの兄は、いまや「唯一無二のスキル辞典」と呼ばれており、世界中から注目されていた。
アルベルト帝国の次期皇帝であるランドルフが親しげに歩み寄り、その胸に勲章を着ける。
二本の剣が交差した帝国の象徴……誰もが憧れるその輝きは……。
ふと、兄がこちらを見た気がした。
「どうしたのガイオ? キミはマリノ王国の宮廷魔導士筆頭だったはずじゃ……」
見下していたはずの兄と自分の社会的立場が、いつの間にか逆転していたことに気づいたガイオは絶叫し……。
「うわああああああああああっ!?」
大声を上げ、ベッドから飛び起きた。
「はあっ……はあっ……くそっ、夢か……!」
ベッド脇のサイドテーブルに置いた冷水を一気に煽る。
がっ……がしゃん!
寝ぼけていたのだろう、ガラス製のウォーターサーバーに腕が当たり、床に落下したウォーターサーバーは粉々に砕け散る。
「ちっ……おい、早く片付けろ」
呼び鈴を鳴らしても、手を2回叩いても、ガイオの世話をするメイドはもう来ない。
そう、ボクは宮廷魔導士筆頭を解任され、謹慎中の身……先ほどまで見ていた夢が現実であることに否応なしに気づかされる。
「くそ……このボクが、リーノなんかよりもっと才能あふれるボクがこのまま終わって良いはずがない……なにか、何か策があるはずだ」
部屋の中を右往左往し、ただ酔いつぶれている父上とは違うのだ。
必死に頭を巡らせるガイオ。
ふわり……
その時……枯れ木のように細い、ひんやりとした両腕がガイオの身体を抱きしめる。
「!? イゾールさん!? どうしてここに……」
「うふふ……お静かに、ガイオ様……」
魔法照明の無い薄暗い部屋。
隅にわだかまる闇からにじみ出るように現れたのは、王国魔術顧問のイゾールだった。
そういえば、リーノ襲撃の発案は彼女だった。
なぜ彼女は処罰されないのか……今さら気づいた疑念を口にしようとした時、そっとイゾールの人差し指がガイオの唇を押さえる。
「はい、ガイオ様のおっしゃりたいことは分かります……実は」
昏い部屋の中、赤いイゾールの唇がどこか煽情的に映る。
彼女の唇が紡ぎ出したのは、驚くべき事実だった。
*** ***
「王宮内部に傀儡魔術を展開している……ですって?」
「はい……しょせん国王もフランコも、ガイオ様の才能を理解しない低能な輩」
「ガイオ様が”力”を手に入れられた暁には尻尾を振ってきましょうが……たった一度の瑕疵でこの仕打ち」
「もはや遠慮なさることはないかと」
確かに……本来なら圧倒的な力を身に着け、正々堂々と父上と国王を跪かせ、王国を乗っ取ってやるつもりだった。
だが、このボクの凄さを理解しない父上と国王……イゾールさんの言う通り、遠慮することはない!
ぼうっ……沈み込んでいた気持ちが、熱に浮かされたように盛り上がる。
結局、イゾールがなぜ処罰されなかったのか、”傀儡魔術”なるものが禁呪法に属するものであること……脳裏に浮かんだ疑問は身体じゅうを駆け巡る熱に吹き散らされてしまう。
ガイオはイゾールに頷き返し、ありったけの魔力を彼女に渡すのだった。
*** ***
(は、ははっ……なんだこれは? 素晴らしいぞ!!)
数日後、ガイオは謁見の間にある玉座に納まっていた。
いまだ目の前の光景が信じられない。
「……我らの新たな君主ガイオ様……ご命令を」
虚ろな眼差しをした近衛兵たちがガイオのそばに控える。
国王をはじめ、各大臣に軍のトップ……王国の重鎮が王宮に集まるタイミングを狙い、イゾールが傀儡魔術を発動させたのだ。
その途端、哀れな彼らはガイオの操り人形と化した。
「ふふっ……トップを押さえてしまえば、末端などボクの思うがまま……ああっ、最初からこうすればよかったんだ」
沢山の宝石で装飾された、黄金の王冠が自分の頭に載っている。
その事実を改めて嚙みしめ、ほくそ笑むガイオ。
ガタッ
その時、慌てた様子で一人の中年男が謁見の間に転がり込んできた。
最近のストレスでずいぶん薄くなった頭髪にみっともなく膨らんだ腹。
バルロッツィ家の当主として絶対的な権力をふるい、自分を管理してきたフランコだ。
目の前の男が急に矮小に見えてくる。
ガイオは軽蔑の眼差しをフランコに投げると、冷たく言い放つ。
「今さらバルロッツィ家など、どうでもいい……おい衛兵! コイツを牢にぶち込んでおけ」
「なっ!? ガイオ……お前!?」
「……ふん」
なすすべもなく引き摺られていくフランコに興味を無くし、王宮の天井を見上げるガイオ。
「待っていろよ……目にモノを見せてやる、リーノ!!」
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