第26話 追放者サイド・ガイオの暴挙

 

「くそっ……リーノはどこへ消えたんだっ!」

「先に父上に見つけられてしまっては、ボクの立場が危ない……」


 がしゃん!


 満月が美しい夜、なんとか気を紛らわせようとワインを傾けていたのだが、それくらいでガイオのいら立ちが治まるわけはなく。壁に投げつけられ、砕けたワイングラスが分厚い絨毯に染みを作る。


 もう少し自分のレベルが上がれば、父上ごとバルロッツィ家……ひいては王国さえ乗っ取って見せるのだが。


 ギルド長であるアントが”事故死”した後、直接冒険者ギルドを使い、八方に手を広げて探させているが、いまだにリーノは見つかっていない。


 遠くの国へ逃れた可能性もある。

 王国の宮廷魔導士筆頭の立場では、なかなか外国までは手が伸びないのだ。


 ガチャ……


 ぐるぐると渦を巻くガイオの思考は、扉が開く音によって中断される。


「ガイオ様……連中を発見しました」


 部屋に入ってきたのは、漆黒のローブを身にまとい野暮ったい眼鏡をかけた王国の魔術顧問、イゾール。


「お、おおおお! それは本当ですかイゾールさん!」


 思わず走り寄り、イゾールの両手を取るガイオ。

 彼はこの数か月の間に、ますますこの陰気な魔女に依存するようになっていた。


「そ、それで……リーノの奴はどこにっ!」


「はい、こちらになります」


 ほっそりとしたイゾールの指が、壁に掛けられた世界地図の一点を指し示す。


「ノルド公国……そんな辺境の地へ逃げていたのか」

「よ、よし! さっそく冒険者ギルドから追っ手を……」


 勢い込んだガイオは、深夜にもかかわらず後任のギルド長を呼び出そうとする。


「お待ちください、ガイオ様……役立たずのギルドに頼らずとも、私に良い考えがございます」


「どういうことですか?」


「ふふっ……こうするのです」


 すっ……


 音もなく身体を寄せてきたイゾールが、そっとガイオに耳打ちする。

 彼女の”策”を聞いたガイオは、驚愕のあまり両眼を見開く。


「!? イゾールさん、それはさすがにマズいのでは!?」


「いえ、大丈夫です。 私の魔法で気取られないよう隠蔽いたします」

「ガイオ様のたゆまぬ努力により、ようやく”私兵”を持つことが許されたのです……使える駒は使うべきでございましょう?」


 窓から差し込む月明かりが、ふたりの姿を怪しく照らした。



 ***  ***


「ウソだろ? 街が……燃えている?」


 公都の入り口まで走ってきた僕は、呆然と立ちすくむ。


 家々が燃え、人々が逃げまどっている。

 炎はまだ街全域には広まっていないようだが、数十人の黒ずくめの連中が、片っ端から建物に火を放っている。


「ちっ! なんだあの連中は……盗賊の類ではないようだし、”本職”か?」


 確かに、連中の動きは素早く洗練されているように見える。

 何者かは分からないけど、街の人たちを助けないと!


 僕はランと頷き合うと、ショートソードを抜き放つ。


「行くぞリーノ、連中を掃討する!」


「ああっ!」


『リーノさん気を付けてくださいっ! ヘンなモフ式を感じますっ!』


 ぴょんっ、と犬モードのララが僕の肩に乗る。


 彼女も連中の異常性に気づいたみたいだ。

 ヤツらが動くたびに姿がブレる……おかげで居場所を捉えづらい。


 物理攻撃の命中率を低下させる幻惑系の魔術か?

 そんな魔術まで使ってくるとしたら、いよいよ野盗などではない。


『わんわん! ”モフ法ブレイク”っ』


 ぱりん!


 こういう時はララが頼りになる。

 ララが魔術を使うたび、連中の幻惑魔法が解除されていく。


「なんだと!?」


「もらったっ!」


 ザンッ!


「こっちも……アイシクルランス!」


 ザシュッ!


 姿を現した黒ずくめを、ランの剣技と僕の魔術が捉えていく。


「や、やる!」


「おのれ、リーノ、ランドルフっ!」


 瞬く間にほとんどの黒ずくめを倒した僕たち。


 連中のボスらしき男は、明らかに狼狽した様子で街の奥に撤退していく。

 コイツら、僕たちの名前を知っている?


「ちっ……追うぞリーノ!」


 あっちには僕らが住んでいる屋敷がある。

 エリザちゃんの事も心配だ……僕はランの後を追って走り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る