第9話 追放側サイド・ギルド長パワハラされる
「……………………」
「……………………」
「……………………」
空気が鉛のように重い。
応接室に敷かれた分厚い絨毯の感触も、メイドが持ってきた最高級紅茶の味も全く分からない。
王家に連なる最高権力者として、その地位を盤石としたバルロッツィ家。
当主であるフランコと跡継ぎであるガイオを目の前にして、ギルド長アントは生涯感じたことのない緊張を強いられていた。
「……アントよ」
永遠とも思える沈黙の後、静かに……しかし確実な怒りを込めてフランコが口を開く。
びくり、と体を震わせたアントは返事をしようとするが、カラカラに乾いた喉は満足に動いてくれず、枯れ木がこすれ合うようなしゃがれ声が出たのみだった。
「ワシは冒険中の事故を装い、確実にリーノを始末するように依頼したはずだが」
「お前に少なからぬ報酬を渡し、犯罪組織に依頼してシザーハンズまで用意させたのだ」
「これだけの危ない橋を渡ったのにもかかわらず、お前は失敗した」
「……しかも、リーノのヤツが”レベルアップしている”だとっ!?」
「なぜそのような重大な情報を報告しない!!」
「お前がその地位についていられるのは、誰のおかげだと思っている!!」
ドンッ!
顔面蒼白で脂汗を垂れ流すだけのアントにしびれを切らしたのか、冷静沈着な仮面をかなぐり捨て、
机を殴りつけるフランコ。
その拍子にカップに注がれた紅茶がこぼれ、アントのズボンを濡らす。
「いいい、いえっ! フランコ様! 奴の”呪い”は解かれておりませんでした!」
「レベルの偽造申告の可能性もありましたので、ご報告差し上げていなかった点については、大変申し訳ありません!」
アント自ら探査魔法で確認したのだから、偽造申告というのは口から出まかせである。
だが、フランコ様が直接確認されたわけではない……どこから情報が漏れたのかは知らないが、時間を稼ぎ……その間にリーノを始末してしまう事でまだ挽回は可能なはずだ。
少なくともフランコ様にリーノの事をタレこみやがった奴はぶっ殺してやる!
土下座するアントを一瞥し……それでも多少落ち着いてきたのか、フランコは手に持った杖でアントの後頭部を叩きながら、無能な手下に言い含める。
「……我が息子ガイオが王国の宮廷魔導士筆頭に内定した今、庶子とはいえ”呪い持ち”などいらんのだ」
「国王陛下は”神童”リーノの事を気にされていた……もしヤツがレベルアップしたなどどいう噂が本当なら、ワシはヤツの将来性を見抜けなかったマヌケという事になる」
「リーノには”呪い持ちの低レベル冒険者”のまま死んでもらう必要がある」
「分かっているなアント、次はないぞ?」
ガチャ……
言いたいことだけ言うと、フランコは部屋を出て行った。
「……ふうぅ……」
覆わず大きく息を吐くアント。
しかし次の瞬間……背後から軽く肩を叩かれ飛び上がる。
振り返ったアントが見たモノは、満面の笑みを浮かべたガイオだった。
「すみませんねアントさん、父上はああ見えて短気だ……”冒険中の事故に見せかけて始末しろ”、なんて難しいことは分かっていますよ」
「は、ははは、ガイオ坊ちゃん……ありがとうございます」
思ってもみなかった優しい言葉に、目を潤ませるアント。
しかし、次の瞬間……ガイオの笑顔が凍り付く。
「ボクの人生に”兄さん”は邪魔なんだ……次しくじったら分かってますね?」
「チリも残さず消してあげますから」
ドウッ!
「ひいいっ!?」
ガイオの全身から、どす黒い……膨大な魔力が立ち上る。
そんな……ガイオ様はせいぜいCランクの魔術師だったはず、これだけの力を短期間でどうやって?
甘い汁を吸うべくぶら下がっていた連中がとんでもない化け物であることを、今更ながらアントは思い知ったのだった。
*** ***
「くそっ……早くなんとかしないと……もう直接殺っちまうしかないか?」
ふらつきながらバルロッツィ家の屋敷を後にしたアント、いっそのこと暗殺者でも雇ってリーノを始末した方が早いかもしれない。
不正にため込んだギルドの裏金を崩すのは惜しいが、命には代えられないな……覚悟を決めていたアントの目に、楽し気に仲間であるランドルフと談笑しながら大通りを歩くリーノが映る。
「忌々しい……この俺様がこんなに苦労しているというのに、あんなに楽しそうにしやがって……」
リーノからすればとばっちりもいいところなのだが、自分勝手なアントはお構いなしだ。
ふと彼は、リーノの全身からあふれる”力”が先日よりも増していることに気づく。
「……まさか、またレベルアップしやがったのか……?」
一体どうなっているんだ……どんよりとした曇り空の下、ギルド長アントはその場に立ちつくすのだった。
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