第6話 元神童あらためスキル辞典リーノ、鑑定してもらう

 

「ははっ……アントの顔ったらなかったぜ!」

「いつも面倒な依頼ばかり押し付けやがって!」


 ギルドから割増報酬をせしめた僕たちは、嫉妬渦巻く冒険者ギルドを後にして馴染みの飯屋で祝勝会をしていた。


 今日ばかりは大好物のグランバッファローのステーキも食べ放題!

 テーブルの上には色とりどりの料理と、キンキンに冷えたビールが並んでいる。


「まあ、いつレベルが下がっちゃうか分かんないし、あまり浮かれすぎないようにするよ」


 謙虚なことを言いつつも、ステーキを噛みしめた口元が思わず緩んでしまう。


 ”レベル3のスキル辞典”、と馬鹿にされてきた日々を思い出す……実際にレベルが上がり、たくさんのスキルが使えるようになると”スキル辞典”という呼び名さえ、なにやら誇らしく感じてくるから不思議だ。


「それにしても……なんで急にレベルアップしたんだろうな?」


「アントの言葉じゃないが、いくらシザーハンズを退治したとはいっても、レベル3から30に上がるのは流石におかしいぜ?」


 山盛りの料理を食べ終え、程よくアルコールが回ったランが、赤い顔をしながら首をかしげている。


 そう、そこは僕も気になっていた。

 シザーハンズを一撃で消し炭にした”フレアブラスト”は、平均取得レベル28……つまり、シザーハンズを倒す前に僕はレベル28にまでレベルアップしていたという事になる。


「う~ん、”召喚先”で倒したのはスライム一体だしなぁ……」


「……くくっ、”モフモフ召喚術師”ちゃんとやらのキスが効いたんじゃないか?」


 ニヤニヤしたランがからかって来るが、もしそうなら獣人耳かきリフレに通い詰めている僕はとっくにレベル100を超えているはずである。


 ……もしかして、”呪い”が解けているのかもしれない。

 明日にでも”鑑定”してもらおう!


「ま、とにかくお前の苦労が報われてよかったよ」

「頼りになる相棒に、乾杯!」


「ラン……ありがとう!」


 キン!


 ジョッキが、涼やかな音を立てる。

 僕はこの愛すべき相棒と朝まで飲み明かしたのだった。



 ***  ***



「あいてて……すみませんベニート神父、よろしくお願いします」


「リーノ君が二日酔いとは珍しい……よほど善きことがあったようですね」


 鮮やかなステンドグラスから朝日が差し込む。

 女神の彫像の前で膝まづく僕は、神術師ベニート神父の”鑑定”を受けようとしていた。


 たっぷりと口ひげを蓄えた優しそうな風貌……王国随一の腕を持ちながら、王宮に仕官することはせず、市井でか弱き人々を助けることに尽力する、まさに聖人である。


 僕も”呪い”の事で沢山相談に乗ってもらっているのだ。

 だけど、その神父の実力を持ってしても僕に掛けられた”呪い”は解くことができなかった。


 今回こそ、もしかして……。

 神父の手のひらがおでこにあてられる……僕は期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと目を閉じた。


 ぱあああぁ……。


 柔らかな神術の光が僕の全身を包む。


「……ふむ、終わりましたよ」

「サービスです、二日酔いも癒しておきましたよ……ただ」


 脳内をがんがんとぶっ叩くアルコールの残滓が気持ちよく消え去り、僕は静かに目を開ける。

 神父はこめかみに指を当て、困惑の表情を浮かべている。


「”経験値ゼロ”の呪いは相変わらずリーノ君を蝕んでいます」

「……ですが、リーノ君のレベルが上がっていることもまた事実……皆さんが”経験値”と呼ぶ女神の施しも、しっかりと君の身体に息づいています」


「……申し訳ありません、私の神術でもこれ以上の詳しいことは分かりません」

「”神ならざる”超常的な力が働いたとしか……それに」


 ベニート神父でも分からないのか……しかも呪いは健在……。

 落胆する僕の前に神父はかがみこみ、手のひらに収まるくらいの宝玉を差し出す。


「神父……これは?」


「分かりません……神術で君を”鑑定”した際に結晶化したようです」

「”ピース”……だと思いますが、これだけの純度・サイズというのは……」


 神父から宝玉を受け取る。

 しっとりとした手触り……良く手になじむそれはエメラルドのような深緑に染まり、ステンドグラスから差す朝日を受けてキラキラと輝く。


 なぜか僕を召喚した獣人少女の面影が脳裏に浮かんだ。


 召喚術で異世界に召喚された際、”ピース”と呼ばれる魔力結晶が手に入る時がある。

 ”力”を貸し借りした神々が交換する報酬のかけら……なんて噂があるけど、詳しいことは分かっていない。


 この世界に存在しない属性の魔力結晶だった場合、びっくりするほど高額で取引されることもあるけれど……。


 ま、そんなうまい話はないだろう。

 僕は神父にお礼を言うと、二度寝をするべく自分の下宿に戻るのだった。



 ***  ***


「なぜか……僕を召喚した術師、ララィラの面影を感じるんだよなぁ」


 自分の部屋に戻ってきた僕は、部屋着に着替えるとベニート神父から受け取った”宝玉”をまじまじと観察する。

 この手触り……彼女のモフモフでさわりごこち最高な尻尾を思い出す……さらに彼女の唇が……。


 脳内にあふれ出した恥ずかしい妄想に赤面した僕は、誤魔化すように宝玉を撫でまくる。


「……ん?」


 いま、宝玉の奥がほのかに光ったような……目を細めて顔を宝玉に近づけた瞬間、聞き覚えのある声が脳内に響いた。


「あのあのっ! 救世主様、そんなに触らないでくださいっ!」

「ううう、そこは敏感なんですっ!」


 ぽんっ!


 鈴が触れ合うようなカワイイ声、気の抜けた音と共に緑色の煙が宝玉から吹き出し……煙が消えた後、そこにいたのは僕を召喚した獣人少女、ララィラだった。

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