第3話 わたし心は、おしゃべりだわ
週に一度のお見合い茶会も十回を越え、季節が一つ進みつつある。
「ごきげんよう」と挨拶して始まり、二時間ほど無言でお茶を飲んだ後、「ではまた」といって帰って行く王太子殿下を見送って終わる。
私は直前まで読んでいた本の内容を脳内で反芻して過ごしているから苦ではないのだが、王太子殿下はこれで良いのだろうか?
下の妹のティアなんかは「無言とか耐えられないんだけど!」といって一言しかしゃべらない私と無理やりおしゃべりをしようとするのだけど。
ティアは私の一言から、言いたいことをだいたい察して返事をしてくれるから楽なのだ。
父や母ですら「それってどう言うこと?」「もっと具体的にはなしてちょうだい」とつっこんでくるからめんどくさい。
わたしの知るだいたいの人間は、会話をしたがる人ばかりだった。
だからきっと王太子殿下もそうだろうと思っていたのだけど、違うのだろうか?
しゃべらず、隣にいるだけで良いのであれば、この婚約を少しは考えてあげても良いかもしれないと思い始めたのだけれども。
十一回目のお茶会からは、つねに温室で行うことになった。
季節が一つ進んだことで、外でお茶会をするには寒くなってきたかららしい。
私は、もこもこの毛皮の襟巻きを巻いたときに頬に触る感触が好きなので、寒い中でのお茶会でも構わないのだけれど、「王太子殿下に風邪を引かせるわけには参りません」ということだった。
場所が変わったところで、結局やることは変わらない。
温室にセッティングされたティーテーブルの椅子に座り、王太子殿下が来るまで本を読んで待つ。
今日は離乳食の作り方、という本だ。
長兄の子はまだまだ離乳食を始めるには早いのだが、始まってから知識を求めては遅いのだ。
しかし、離乳食の世界も奥が深い。
甘みを感じさせる材料を使うとそればかり好むようになるから最初は甘みの無いものから始めよ。という本もあれば、赤子は味覚が未発達なので味は関係なく栄養だけを考えて作れと記載されている本もある。
砂糖は赤子に毒だから蜂蜜を使えと書いてあるものもあれば、蜂蜜は赤子に毒だから与えてはいけないと書いてあるものもある。
離乳食の世界は混迷を極めていると言えるだろう。
「王太子殿下がお越しになりました」
「はい」
メイドが王太子殿下を案内してきた。
若干キリの良くない所だったが仕方が無い。本にしおりを挟んで隣の椅子に置くと、立ち上がって王太子殿下を迎え入れる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
挨拶を交し、椅子に座る。
メイドがお茶を入れてくれて、時間にあわせて焼き上げた焼き菓子を出してくれた。
お茶会当初はナイフとフォークを使って食べるケーキなども出ていたのだが、私も王太子殿下も片手でつまめる焼き菓子ばかりを好んで食べるので、ついには焼き菓子だけが出てくるようになった。
この件に関して、シェフが気を悪くしていないだろうかと思い悩んだ事もある。
出てきている焼き菓子は、型抜きをしていたり絞り出したり、または手でこねて成形したらしいものなど、形が工夫されていたり、ジャムを載せてあったりアイシングがされていたりと味にもバラエティが出されていた。またサクサクしていたりしっとりしていたりと食感を変えていたりもする。
私がケーキを食べなかったせいで、お菓子の花形であるケーキを作る機会を失われてしまったことに気を悪くしてしまっていたらどうしよう。
飽きさせないようにと焼き菓子に工夫を凝らさなければならない事を苦痛に思っていたらどうしよう。
そういった事が頭をよぎり、お茶会で焼き菓子を食べるのに若干苦痛を感じたりもする。
このお茶会さえ無くなれば良いのに。
王太子殿下は早くこの婚約を断ってくれればいいのに。
ずっとそう思っている。
「ずっと不思議に思っていたのですが」
不意に、前方から声を掛けられた。
今日も二時間無言で過ごすのだろうと、シェフの気持ちについて考え込んでいた所だったので、返事をすることができなかった。
「このお茶会のテーブルには、何故椅子が三つ用意されているのでしょうか?」
そう言って王太子殿下は私の隣の椅子を指差す。
白い手袋を付けた、長い指だった。この人の指はこんなに長かったのか。
「本置き場」
お茶会前に、王太子殿下を待つ間読んでいる本を置くために用意して貰った椅子なので、そう答えた。
婚約者候補であるお見合い相手に対して答えるには、端的すぎるというのは私もわかっている。しかし、言葉を尽くすのは怖いのだ。
貴族の家で開催されるお茶会というのは、例外を除いて招待制である。
そのため、椅子は参加者の分だけ用意されるものなのだ。余分な椅子があって空席になっていると、「プププーっ。招待したのにブッチされてやんのー!」と思われて大変不名誉なことになる可能性が高い。
もちろん、この茶会は私と王太子殿下のお見合いなので二人っきりのお茶会なのだから、椅子は二つしかないのが当たり前。なのに、椅子が三つあるから疑問におもったのだろう。
私の答えを聞いた王太子殿下は、私の隣の椅子をのぞき込むようにして少し背筋を伸ばした。
「ああ、なるほど」
座面に置かれた本が見えたのか、納得したようだった。
改めて椅子に座り直し、優雅にお茶を一口飲んだ。
「読みかけなのでしょう。気にせずお読みになってくださって結構ですよ」
「失礼なので」
ティーカップをソーサーに戻してから、優雅な手つきで本の置かれた椅子を指しつつ本を読んで良いと言ってくれたが、さすがに二人きりのお茶会で相手を無視して本を読めるほど私も厚顔無恥ではない。
王族相手にそんな失礼なことができるわけがないじゃないね。
「そうですか」
意外と、王太子殿下はあっさりと引いてくれた。
そんなこと言わずに読みなさい。とさらに勧めてくるかと思ったのでちょっと驚いた。
無言で向き合って二時間お茶を飲むよりは、私だけでも本を読んでいた方がいたたまれなくて良いのではないかと思ったんだけどな。
二回断って、三回勧められたら諦めた風を装って本を読んでやろうと思っていたのにすぐに意見を引っ込めるなんて、意気地の無い奴め!
いや、自分で断っておいて相手を責めるのは違うな。コレは私の悪い癖だ。反省しよう。
その日のお茶会は、何故王太子殿下が今更『一つ多い椅子』に言及したのだろうか? という謎について脳内で追求していたらあっという間に二時間が経っていた。
「ではまた」
と言い残して、王太子殿下は帰って行った。
過去で一番、王太子殿下について考えたお茶の時間だったのでは無いだろうか。
失礼だとも無礼だとも言われなかったが、次回のお見合いお茶会も本を読んで待っていて良いのだろうか?
私は苦手なのだが、空気という物を読んで次回は本を読まずに、余分な椅子を準備せずに待っていた方が良いのだろうか?
お茶会が終わった後、布団に入ってからまで王太子殿下のことを考えていた自分に自分でびっくりしてしまい、その日はよく眠れなかった。
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