人間嫌い令嬢のお見合い

内河弘児

第1話 人間嫌い令嬢、婚約の打診を受ける

私は、無関心こそが寛容なのだと声を大にして言いたい。


お忍びで街まで遊びに行ったとき、迷子の子どもを見かけて声をかけたら親に不審者扱いをされた事がある。それ以来迷子を見かけても声をかけないとぞと心に決めた。


建国祭のパレードを街まで観に行った時、一生懸命小旗を振っていた人のかばんの端からポロリと財布が落ちた事がある。財布を拾って落としましたよと声をかけたら、お前が取ったんだろうと言いながら中身を確認された。もう落とし物を見かけても拾わないと心に決めた。


幼い頃、太陽を背にして歩いているときに、自分と同じように動く影を見て遊んでいた事がある。ピンと跳ねた髪の影が歩く振動で上下に揺れるのが面白いと思って眺めていたら、髪が跳ねてみっともないと頭を撫でつけられた。私の影の頭もつるんとしてしまって、スキップしてももう髪は跳ねなくなってしまった。


気合を入れて参加しないといけない夜会だと言われ、一番のお気に入りのドレスを着て参加したら「それは既婚者向けのデザインで若者らしくないですよ」と注意された。それ以来、一番のお気に入りのドレスはクローゼットを開けて目にはいる度に悲しい気持ちが湧き上がってくる悲しいドレスになってしまった。


細いヒールは床をカツカツと音を鳴らして歩けるので好きだったのだが「あなたは背が高いからヒールの低い靴を履かないと男性の尊厳を傷つける」と言われてヒールの無い靴を履くようになった。ヒールの低い靴は歩いても小気味の良い音は鳴らないので楽しくない。


みんな、私に構わないでくれればいいのに。


髪の毛が跳ねているのはみっともないと私に親切に教えてくれたことで、私は歩く楽しみが一つ減った。


年齢にそぐわないデザインのドレスで出てはいけないと私に親切に教えてくれたことで、お気に入りのドレスを見て悲し気持ちが湧くようになってしまった。


背が高いと男を傷つけると言われて、私は靴を鳴らして歩けなくなってしまった。


笑うなら、影で笑っていれば良かったのに。

私に構わず、私に親切にせず、私のことは放っておいて、影で笑っていてくれれば良かったのに。

そうしたら、私は幸せだったのに。


私は、無関心こそが寛容だと声を大にして言いたい。


私は、無口で愛想もなく、身だしなみにも無頓着なのでモテない。だが、それが良い。

休日は部屋で本を読みたいし、刺繍をしたいし、昼寝がしたい。

人の話を聞くのが苦痛で、人に話しかけるのも苦痛だ。

幸いにも、我が家は公爵家という王家の次に偉い貴族のうちの一つだしお金持ちでもある。兄と姉が一人ずつと、妹が三人居るので私が結婚しなくても政略結婚のコマには困らない。

私は死ぬまで公爵家のスネをかじって本を読んで生きていくのだ。公爵家の歴史の編纂ぐらいはしても良い。


しかしながら、残念ながら、そんな私の元に縁談が飛び込んできてしまったのだ。

何ということだ。相手はこの国の王太子だという。

王家の次に偉い貴族である公爵家は、王家の次に偉いのであるからして、王家からの打診を断る事はできぬのだ。

ぬぉー。



「なんで」


王太子と私の縁談について話があると、父の執務室に呼ばれた私は疑問を口にする。


「なんで、嫁ぎ遅れいきおくれの私なんかに王太子との縁談なんかが来るんですか。年齢的には王太子だってとっくに婚約者がいる年齢でしょう。と、姉さんは言っています」


二人がけソファの隣に座る、末の妹のティアが私の言葉を代弁する。良く回る口で羨ましい限りだが、父さんも親子なら私の「なんで」だけでそこまでの意味をちゃんと察してほしい。


「王太子殿下は、ウッドフィア公爵家の長女アルステッド嬢と婚約をしていたのだが、先日それが破棄されたのだ。それで、早急に王太子殿下の新しい婚約者を決めなければならなかったからだ」


一応父は、私の顔をみてそう説明してくれる。

しかし、


「他でいいじゃん」


という私の一言だけの返事を聞くと、くるりと視線を隣に座るティアに移した。


「他にも相応しい令嬢は居るでしょうに。王太子殿下がおいくつなのかは知りませんが、前後五歳ぐらいの伯爵位ぐらいまでハバを広げれば相応しい令嬢の一人や二人見つかるのではありませんか?と、姉さんは言っています。……っていうか、姉さん王太子殿下の年齢知らないの?」

「興味ない」

「国民、臣下としてそれはちょっとどうかと思うよ」


隣に座るティアが呆れた顔で見下ろしてくる。

私は、とても猫背なのだ。

昔は令嬢らしく背筋を伸ばして座っていたのだが、兄に見下されているみたいだと言われてからなるべく頭を低くして座るようになったのだ。

なので、隣で姿勢良く座る妹のティアに対して顔を合わせようとすると見上げることになる。


「王太子殿下はお前と同じ歳だ。流石に伯爵まで爵位の範囲を広げるわけにはいかんが、公爵家と侯爵家のうち、王太子殿下の年齢上下7歳まで広げても未婚で婚約者のいない令嬢がもうお前しかいないんだよ、ニィナ」


私の足りない言葉を、ティアから補足された父がそう説明する。駄々っ子を説得するような顔をしているな。むぅ。


「えー……」

「良かったじゃん、姉さん。残り物には福があるってやつだよ」


なんか違わない?と思いながらティアを見上げてあっと思う。


「ティアは?」

「私?私にはもう婚約者いるもん。ミィアにもシィラにも婚約者いるよ」


なんと、知らないうちに妹三人にも婚約者ができていた。私の無関心さも大分極まっていた。

しかし、ここでおめでとうと言って良いのかが私にはわからない。

政略結婚だとしたら、本人にとってはおめでたく無いのかも知れない。本当は他に片思いしてる人がいたのに、家の都合で縁を結んだ婚約者を用意されて、でも断るわけにも行かないし優しい子だから親に気を使わせないために嬉しいフリをしているだけかもしれない。

そうしたら、おめでとうって言われてありがとうって答える度にこの子の心は傷ついているのかも知れない。

顔で笑って心で泣いているのかも知れない。

そう考えると、私は気楽におめでとうと言えなくなる。故に、私は私の持論であるところの「無関心こそが親切であり、寛容なのだ」という姿勢を貫くのだ。


「姉さん、なんかごちゃごちゃ考えてるでしょう。私は私の好きな人と婚約したんだから、おめでとうって言って良いんだよ。っていうか祝ってよ」

「あ、うん。それはおめでとう。良かったねぇ」

「ありがとう、姉さん。もう婚約したの8年も前だけどね」


この末の妹のティアは、いつも私の心を読む。そうして、そのとおりだとかそうじゃないとか言ってくれる。

言ってよいのか悪いのか迷っていると、言ってよい事は「言え」と言ってくれるし、言ってはいけない事は「言うな」と言う。

ティアと一緒に居る時が一番安心する。いっそ私はティアと結婚したい。


「だめに決まってるでしょ」

「そうか」


ティアに断られて、猫背をさらに丸めてしょんぼりするしかなかった。


「お前たち二人で会話をされると、何がなんだかさっぱりなんだがね。とにかく、王家も上意下達の問答無用で婚約させるようなことはしないと言ってくれているからね。一度、顔合わせをしてみようって話になっているんだ。もしかしたら婚約は断れるかもしれないけれど、さすがに顔も見せずに断るわけには行かないからね」

「うん」

「顔合わせはだけはなんとか頑張って欲しいんだよ、ニィナ。それで本当に無理だなって思ったら、父さんも頑張って断ってあげるから」

「わかりました」


私とて、人間嫌いではあるが家族が嫌いなわけではない。

ありがたいことに、こんなひねくれた不良債権としか言えない娘をちゃんと愛してくれて、嫁に行きたくなければ行かなくて良いとまで言ってくれ、本当にこの歳まで婚約者無しで過ごさせてくれていた父に恥をかかせたいわけじゃない。


一回会って、お互いの顔をみるだけなんだ。王太子殿下も「なぁんだ」と思って向こうから断ってくれる可能性だってあるんだもんね。

一度ぐらいは、家族のためにも頑張ってみようじゃないか。

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