第55話「ポンコツメイド、巨悪に立ちむかう」
――長年隠れて研ぎ澄ましてきた牙を、あたしに剥くジデル。
そこへ颯爽と現れたのは、すっかり存在を忘れてたメイドのメルベルとガーコちゃんだった。
「わたしたちが来たからにはもう安心ですよぉ~っ、お嬢様!」
「がー!」
あたしたちがいる修練場のドアをぶち破って乱入すると、すかさずジデルの前に立ちふさがるように、ふたりはあたしのもとへ駆けつける。
「ふ、ふたりとも、なんでここに?」
「フィリエルさんに今朝頼まれてたんですよぉ! もしものことがあった時は、自分のかわりにお嬢様をお守りするようにってね! そのために、フィリエルさんの魔法でこっそり魔王城におじゃまして、ずっと隠れてたんです!」
「フィリーが……」
フィリーの機転をあたかも自分の手柄であるかのように、得意満面に話すメルベル。
彼女らしいずうずうしさではあるけども、この際どうでもいいや。
この時のあたしは安堵していた。
メルベルたちが駆けつけてくれたこともそうだけど、なによりこの場にいなくてもずっとそばで守ってくれているかのような、フィリーの存在感に……
彼は自分がそばにいられないからこそ、あたしを守るための手段をあらかじめ打っていたのだ。
「フン、やはり油断も隙もない男ですな、あの執事も……念のためガラドに相手を任せたものを、このような駒を残していたとは」
あたしがほっとしていると、それに水を差すように、忌々しげにつぶやくジデル。
こいつも、フィリエルのことはそれなりに警戒していたみたい。
「相手……? じゃあ、フィリーは今ガラドさんと?」
「懐柔できるならそれでよし、もし歯向かうようならまっさきに消えていただきたいのでな。あの男、なにかと底が知れないゆえ……」
フィリーの正体にまでは気づいてないけど、それでもジデルは彼がただの執事ではないことをある程度見抜いているような口ぶりだった。
これまであたしたちにろくに絡んでこなかったモブキャラのくせに、その裏で虎視眈々とあたしたちを観察してたみたい……まったく、油断も隙もないのはどっちだよ!
「ま、よろしい。ひとまずあの男はガラドに任せておくとして、ワシはさっさと用を済ませるとしようか」
そう言って、ジデルは不敵に笑みを浮かべ、一歩も引く様子はなかった。
数の上では完全に形勢逆転したというのに、こいつはメルベルたちのことを歯牙にもかけていない。
……ま、そりゃ見た目だけ見たら無理もないけど。
「ふふーん? 聞き捨てなりませんね~? わたしたちをただのキュートでチャーミングなメイドだと思ってたら、大ケガしますよぉ~?」
「ほっほ、わかっているとも……その魔族と少々異なる気配、さしずめ正体は魔法生物のたぐいといったところかな。ま、メイドだろうが魔法生物だろうが、ワシからすれば可愛いものじゃ」
メルベルたちの正体をドンピシャで当てたうえで、ジデルは余裕しゃくしゃくに笑う。
これに、かちんときたようにメルベルは眉をひそめた。
「ほほーん? たいした自信ですねぇ~? あなたみたいなヨボヨボのおじいちゃんに、わたしたちの相手が務まるとでもぉ~?」
ん?
「ほっほ、試してみますかな?」
「のぞむところですよぉ~っ! 格の違いってものを思い知らせてあげましょう!」
「ちょ、メルベル……?」
……なーんか、すごーくイヤな予感がするんですけど?
これって、フラグってやつじゃ……
「ほっほ、勇ましいものですな。たしかに、ワシのような枯れた年寄りでは、おぬしたちのような血気あふれる若者の相手は少々骨が折れるの……魔法生物相手では、我が毒もどこまで効くか心もとない」
口ではそんな頼りないことを言いながら、どろりと毒液がしたたる爪を覗かせるジデル。
……言葉とは裏腹に、その口からは笑みがまったく消えてなかった。
「――ですから、ここは腕力で勝負といこうかの」
「「は?」」
ヨボヨボのおじいちゃんが、女子とはいえ魔法生物と腕力で勝負……?
その矛盾の塊のような言葉にあたしたちが呆然としていると、ジデルは思わぬ行動に出た。
――毒液たっぷりの爪を、自らの首筋に突き立てたのだ。
どすっと。
「「えええええええええええっ!!?」」
そのトチ狂った行動に、驚愕するあたしとメルベル。
けど、そのあたしたちの前で、ジデルの体に異変が訪れた。
「ぐむ、む……おおおおおおお……」
苦しむようなうめき声を漏らし、うずくまるジデル。
その体が、バキバキと骨が折れるような音ともにどんどん肥大化していった。
その過程でジデルの体はまがまがしい黒い獣毛に覆われ、シルエットも劇的に変わっていく。
「あわわわ……」
ジデルの変貌を呆然と眺めるあたしとメルベルの視線が、どんどん上へ向かっていく……
やがてあたしたちの前に立っていたのは、あたしたちを軽々と見下ろせるほどに巨大な、人型の獣だった。
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