第46話「甘やか執事、核心へ」
――リチル様とのお話が終わったころ、時刻はすでに日暮れ時だった。
まだ捜査を続けようと思えば続けられる時間ではあるのだけど……
「シャロマさん?」
「え……」
僕が声をかけると、横を歩いていたシャロマさんが呆然と声を漏らす。
リチル様の部屋を出てから、彼女はずいぶんぼんやりした調子で通路を歩いていたのだ。
前が見えているのかも怪しい危うい感じだったので、見かねて声をかけたのである。
「気分がすぐれない様子ですけど、疲れましたか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……すみません。なんだか、頭がぼーっとしているような……」
「それは、やはり疲れてるんですよ。今日は立て続けにすごい方々と話をしましたからね」
ガラド様とリチル様……それぞれ強硬派と穏健派の代表者で、十大領主の中でも特に存在感のあるおふたりだ。
さらにシャロマさんは、
そんな大物たちとの話となれば、その権威をよく知るシャロマさんならかなり緊張するだろうし、気疲れするのも無理はなかった。
「そんなにヤワなつもりないんですけどね……」
「まぁ、無理はなさらず。今日のところは、このへんにしときましょう。ほかの方々からお話を聞くのは、明日以降ということで」
「すみません……」
僕の決定に、シャロマさんは罪悪感を覗かせながらも従ってくれた。
無理もできないほど、はっきり自覚できるくらい調子が悪いようだ。
そうして僕らは屋敷に戻ることにしたのだけど、
「――フィールゼン殿、ここにいたか」
通路を歩くさなか、バハル様と遭遇した。
どうやら、僕を探していたようだ。
ほかに人の目はないのに、あえて僕を仮の名で呼ぶあたり、実直というか融通がきかないというか。
「バハル様……なにか?」
「ああ、さきほどガラド殿の遣いが参られてな……あらためて話があるので、明日もう一度別荘を訪ねてもらいたいとのことだ」
「ガラド様が……?」
バハル様からの思わぬ報告に、僕は眉をひそめた。
ガラド様とはすこし前に話したばかりなのに、遣いをよこしてまで呼ぶなんて、どんな話があるのだろう。
……とにかく、無視する理由はない。
「わかりました。のちほど、僕の方からガラド様へ返事しておきます。わざわざありがとうございました」
「べつにたいしたことではない。ところで……」
頭を下げる僕に憮然と応えるバハル様。
その視線が、ちらりと僕の横にいるシャロマさんへ向けられた。
「……いや、なんでもない。では、ふたりとも……調査の方、よろしく頼む」
しかし取り繕うように目をそらし、そのままそっけなく去って行ってしまう。
……バハル様も一目で、シャロマさんの不調に気づいたのだろう。
だけど、僕の前で娘への情を覗かせるのは憚られた……そんな感じだった。
「はい、バハル様」
僕もあえてなにも言わず、ぺこりと頭を下げてバハル様を見送る。
その間、シャロマさんはずっとぼーっとしたままだった。
バハル様が自分を気遣っていたのにも気づいていないだろう。
……急にこれほど調子を崩すのは、さすがにただの疲れとは思えない。
「――シャロマさん、僕はすこし急用ができたので、先に帰っていてください」
「急用? どのような?」
「ナイショです」
「?」
僕はそれだけ言って、首をかしげるシャロマさんを置いて歩き出す。
……もし、僕の予想が正しければ、この事件の背後にいる者の姿がようやく見えてきた気がする。
今はまだ予想の範疇を超えないけど、より確実性を掴むため、僕はある人物のもとへ向かうのだった。
◆
――首尾は上々だった。
あの方と会って話した結果、僕の予想は確信に近づき、事件を解決するための糸口も掴めた。
それからすぐ僕は屋敷に帰宅。
ガラド様の別荘へ連絡をとって明日の昼過ぎにうかがう段取りをつけたあと、その時に備えてすぐ休むことにした。
シャロマさんも、帰ってすぐ休んだみたいで、その日は結局顔を合わせることなく、一夜を過ごした。
そして、翌日。
ガラド様の別荘へ向かう時間になったので、出発の準備をしようとシャロマさんを呼ぼうと思ったのだけど……
「シャロマさんなら、さっき出かけたみたいですよ?」
姿が見当たらずメルベルに尋ねたところ、彼女はそう答えた。
「どこへ?」
「さ~? わたしもたまたま見かけただけですし~」
……つまり、シャロマさんは誰にもなにも言わず、こっそり外出したことになる。
今日、ガラド様と会うことは彼女も知っているはずなのに。
これは……
「メルベル、ちょっと頼みたいんだけど」
「はい?」
状況は悪い方へ向かいつつある……
本当なら僕自身でどうにかしたいけど、今はガラド様と会う方が先決だ。
よって僕は一計を案じた。
……どうやら、事態は急速に動き出したようだ。
そして、このタイミングでガラド様が僕を呼んだのも、けっして偶然じゃない。
だから僕は約束どおり、魔都にあるあの方の別荘へ向かった。
「あれ、あなたは……」
屋敷前の庭園で、今日も手入れに勤しんでいたらしいミランくんと会う。
「どうも、昨日の今日で失礼します。お父上に急遽呼ばれまして」
「そうですか。では、ごゆっくり」
どうやら、彼は僕の来訪についてなにも聞かされていないようだった。
そんなミランくんに軽くあいさつし、僕は屋敷へ向かう。
そこで使用人の方に案内され、昨日と同じように接客室へと通された。
「やあ、すまんな。急に呼び出してしまって」
「いえ」
今日もガラド様はソファーに座り、僕を待っていた。
「おや、今日はシャロマ殿は一緒じゃないのかな?」
「ええ、すこし所用があるようで」
「まぁ、いい。さあ、かけたまえ」
「はい、失礼します」
ガラド様に促され、僕は向かいのソファーに座って彼と対面する。
「で、話というのは事件のことでしょうか?」
「いや、そうではない。君にひとつ頼みたいことがあるのだよ」
「頼みたいこと、ですか……」
「うむ。聞いたところ、君はクゥネリア様が魔王になるずっと以前から仕えてきた、信の厚い従者であるらしいな」
「はあ、まぁ……」
あらためて他人からそう言われると、すこし照れくさい。
……まあ、そんな場合じゃないんだけど。
「ならば、君の方からぜひ、魔王様に進言してもらいたいことがある」
「それは……」
「うむ」
ガラド様があらたまって言うほどの頼み。
僕はすぐそれにピンときた。
かくして、それはガラド様から告げられた。
「――我々魔族が自由を取り戻すため、つまり人間どもに反抗するための政策強化だ」
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