第31話「ゆるだら令嬢、省エネできなくなる①」


『――申しわけありません、バハル様。魔王公邸への潜入には成功し、普段のルーネ嬢をじかに観察したものの、さしたる成果を得ることができませんでした。あの方はプライベートでもけして気を抜かず、つねに完璧な淑女たらんとする優雅で清楚な真の令嬢でした』


『そうか、ご苦労だった。だが、あの娘にはかならずなにかある……私には、そう思えてならんのだ』


『はい、私も同感です。なので、これからもルーネ嬢の調査は続行いたします。さいわい、住み込みのメイドとしてプライベートでも彼女の傍についていられるよう渡りをつけることができました』


『……待て。メイド、だと? しかも、住み込み?』


『はい。おはようからおやすみまで、ルーネ嬢がお屋敷にいる間のお世話を仰せつかりました。魔王秘書としての職務も含めて、これで一日中ルーネ嬢を見張ることができるでしょう』


『……どうしてそうなったのかひっかかるが、まあいい。相手のふところ深くに踏み込むほど、こちらの意図に気づかれるリスクも増えよう。くれぐれも慎重にな』


『はい、お任せを……』


『それはそれとして、公務が終わったら私の屋敷に来なさい。じっくり話したいことがある……主に、住み込みの件に関して、な』


『わかりました、


 


 ――まぁ、こっちの思惑はとうにお嬢様たちにバレてるんだけどね。


 そのあと久々に父の屋敷にお邪魔し、散々住み込みについての注意を散々聞かされたり、元住んでいた宿舎の部屋を引き払う段取りを話し合った。


 特に住み込みに関しては、お嬢様たちにけっして気を許すなと、何度も何度も念を押された。


 娘が単身、なにかと得体のしれない人物たちと暮らすというのだ。彼女たちを警戒している父としては、気が気でないのだろう。


 普段は公私ともに厳しい父だけど、基本的に家族を大事にしてくれる良い父だ。


 ……まあ、こういう時はかなりうっとうしいけど。


 この時も、私は口うるさい父を適当にあしらい、話が終わったらさっさと屋敷を出た。


 そんなやり取りを経て、私、シャロマ=ダルムードは父からも正式に認可され、メイドとして魔王公邸で働くことになった。


 ……むふふ、あのルーネたんとずっといっしょ。なんて幸せだろう。


 もちろん、父の目もある魔王城ではこれまでどおり、冷淡で従順な魔王秘書として粛々しゅくしゅくと振る舞うけど、屋敷に帰ればべつだ。


 私はフィリエル氏や他のメイドが引くのもお構いなしに、ルーネお嬢様を愛でた。


 さらに、屋敷には寮から一緒に越してきた三匹の愛猫たちもいる。


 お嬢様もあの子たちを一目で気に入ってくれたのが、さいわいだった。


 ……小動物と戯れる、小さなお嬢様。


 か、可愛すぎる……!


 そんなお嬢様と愛ネコたちに囲まれたお屋敷での生活は、私にとってまさに幸福の楽園だった。


 もう一生出ていかない!


 ここで、ずっと幸せに暮らそう!


 私は、そう心に誓った。




 けど、そんな生活がはじまってから一週間ほど……


 私は、思いもよらぬ事件に遭遇するのだった……




 ◆




 私はその日も朝早く起床し、さっそく仕事に取り掛かった。


 まずは身だしなみを整え、すっかり慣れたメイド服をきっちり着こなしてから、朝食の支度をするフィリエル氏のお手伝いだ。


 ここの食事は、お嬢様はもちろん使用人のものも含めて、ほぼフィリエル氏が用意していた。


 ……悔しいけど、これが絶品。


 私がここにきてよかったこと、お嬢様に次いで堂々の第二位になるくらい、美味しいのだ。


 私もひとり暮らしが長いから料理はできるけど、所詮自分が食べるためだけの粗末な品……お嬢様にはとても出せるようなものではない。


 そのことをうっかりこぼすと、フィリエル氏はにこりと微笑んで、


「なら、今度お教えしましょうか? 僕が屋敷を留守にしたとき、お嬢様に美味しい料理がつくれる者はほかに多いに越したことありませんから」


 などとのたまってくれた。


 ……ちくしょうめ。


 私はまだ、この男には気を許していない。それどころか、お嬢様からすごく慕われているこの男が憎くてたまらない。


「いえ、結構です。料理などつくれなくても、私のお世話は完璧です」


 だから、私はそう突っぱねた。


 お嬢様の信頼を得るため(私は少々怖がられている節があるので)、まずは胃袋を掴むというのもアリだと思うけど、フィリエル氏から教わるのはごめんだった。


 そして、お嬢様を起こす時間になると私はキッチンからお嬢様の部屋へ移動。


 毎朝、お嬢様を優しく起こし、みだしなみを世話するのが私の朝の仕事だ。


 この仕事は以前まであのスライムメイド……メルベルがやっていたそうだけど、彼女の素行に問題があるため、こうして役割を交代した形だ。


 かわりにメルベルは雑用係に格下げになり、主に屋敷の掃除やごみ捨て、食後の食器洗いなどをひとりで担当している。


 ……いい気味だ。こないだ、あのおぞましいゲルの体で、私を辱めた恨みは一生忘れない。


「失礼します、お嬢様」


 それはさておき、私は一声かけて、お嬢様の部屋のドアをノック。


 もちろん、この程度ではお嬢様の眠りは一ミリも揺るがない。


 というか、これで目を覚まされては困る。


 お嬢様の部屋に入り、お嬢様の寝顔をしばらく見つめ、そして優しくその愛らしい体に手を触れて起こすまでが私の仕事なのだから………ぐへへへ。


 そういうわけで反応がないのを確認してから、私はお嬢さまの部屋へ入り、ベッドを確認。


 ベッドのブランケットはもこりと大きく膨らんでおり、そこからぐーぐーと寝息が聞こえていた。


 ふふ……可愛いなぁ。


 お嬢様の小さな体をすっぽり覆ったブランケットの膨らみを見ているだけで、変な笑いを我慢できない。


 でも……


「……ん?」


 私はふと違和感に気づいた。


 お嬢様が納まっているブランケットの膨らみ……それがいつもより、やけに大きい気がしたのだ。


「お嬢様……?」


 失礼を承知で、私はおそるおそるブランケットをめくってみる。


 すると……


「お、お嬢様!?」


 その思ってもない光景に、思わず大きな声をあげた。


「んん~? なに~?」


 その声で目が覚め、お嬢様が目元をこすりながらむくりと起き上がる。


 お嬢様……なのは間違いない。でも……


「お、お嬢様……そのお姿……」


「はぁ~?」


 怯える私の様子に首を傾げるお嬢様。


 それでも気になったのか、彼女はおもむろにベッドから降り、化粧台の鏡で自分の姿を確認した。


「あっれぇ~~~~~っ!?」


 途端、眠気も吹っ飛んだように声をあげるお嬢様。


 私はまだ新参者だからどういうことなのかわからなかったけど、お嬢様の反応を見てようやく確信した。


 やはりこれは、異常事態なのだと。


「あたし、なんでおっきくなってんのぉ~~~っ!?」


 そこにいたのは、お屋敷でいつも見る小さなお嬢様ではない。


 明らかにサイズが小さいドレスタイプのパジャマを窮屈そうにまとった、私と同年齢くらいの女性……


 本来の姿のルーネお嬢様だったのだ……!

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