第17話「ゆるだら令嬢、父の心を知る①」


「――では、これより魔王城定例議会を開かせていただきます」


 厳粛としたムードが立ちこめる議会室に、シャロマさんの透き通った声が淡々と響き渡る。


 本日は当代魔王クゥネリア様と十大領主による定例会議、その栄えある第一回目だ。


 この定例議会は月に一度開かれ、魔王様と十大領主の間で、魔族全体の統治にかかわる様々な議題について話し合うための場である。


 三賢臣さんけんしんからはナーザ様が出席し、僕はその傍らで“魔王様につき従う謎の仮面の男、フィールゼン”として魔王様の後ろに控えていた。


 そして、部屋中央の長テーブルには魔王様と十大領主の方々の姿。


 しかし……


「まず最初の議題は、空席となった十大領主グラガム様の後任についてです」


 シャロマさんの言葉をきっかけに、僕を含めた出席者の数人の視線が、自然ととある席に向けられる。


 そこは、かつて十大領主の一人、グラガム=ファルガー様が座っていた席だが、今は誰も座っていない。


 グラガム様は以前の会合での口約通り、魔王様の即位の儀を最後に十大領主の座を退かれたのだ。


「……十大領主は魔族を統率するうえで欠かせない、重要なポストだ。そこにいつまでも穴をあけていては、臣民に示しがつかない。新たな十大領主に相応しい者に覚えがある者は、意見を述べよ」


 にわかに浮足立つ出席者をいさめるように、魔王様が厳かに場の雰囲気を引き締める。


 この大陸に二十八存在する魔族領……


 グラガム様の意向により魔王様とたもとを分かった竜魔族ドラゴニア領と、ほかの種族とは別格である皇魔族ダークロード領を除く残り十七領の領主の中から、新たな十大領主をひとり選ぶというのが、本議会の趣旨だ。


「では、魔王様……蟲魔族インセクター領領主のアラキネス=パルドー殿はいかがでしょう。彼女は勇猛果敢な女傑、臣民への影響力も大きいかと」


 まず口を開いたのは、獣魔族ビースター領領主のガラド=ディルゼン様だ。


 獅子を思わせる雄々しい顔立ちの屈強な獣人男性……その存在感は、十大領主随一と言ってもいい。


「待て、ガラド。あの女は筋金入りの人間排斥主義者……この機に乗じて貴様の“派閥”を強化しようという魂胆が透けて見えるぞ?」


 しかし、これに反論するのは屍魔族コープス領領主のリチル=ネクロシア様。


 肉体が朽ちてなお不滅の死体型アンデッド……その中でも最高峰とされる“リッチ”のドクロ面が、ガラド様を睨む。


「ふん、とんだ言いがかりだな、リチル……私はただ純粋に、十大領主に相応しい気骨ある者を推挙したに過ぎぬよ」


「そうか……ならば、私からは鬼魔族オーガ領領主のクレナイドージを推挙しよう。彼女はきっぷのいい性格で、領民からも慕われている……十大領主にくわわれば、良き風を魔王城にもたらしてくれるだろう」


「おい、待て……! それ、貴様の飲み仲間だろ! 完全に、貴様の派閥の者ではないか!」


「それが、なにか? 私は己がもっとも信頼できる者を推挙したに過ぎん。貴様もそうではないのか?」


「ぬぐ、減らず口を……!」


 しれっと涼しげに振る舞うリチル殿に、ガラド様はわなわなと青筋を立てた。


「ふ、止しましょうよ、二人とも……感情のぶつけ合いはエレガントじゃない。だが、ガラド殿の人選は妥当なところでは? ついに新魔王が誕生した今こそ、ノットエレガントな人間たちを恐れさせる人材が十大領主にも必要だと思いますけど?」


「それは、いささか短慮だと思うぞ、カイネス殿。人間をいたずらに刺激しては、無用ないさかいを呼ぶだけだ。魔王即位から間もない今だからこそ、慎重に事を運ぶべきではないか?」


「あら、暑苦しいナリしてあいかわらずとんだ小心者ね、バルザック。ま、あたくしはどちらでも構わないけど」


「やかましいっ、おめーは女だったら誰でもいいんだろうがよ!」


 ガラド様とリチル様の対立を呼び水としたように、さらに海魔族シーマー領領主カイネス=ドライデン様、それにもはやおなじみのバルザック様とディアーシャ様までもがくわわり、会議は紛糾した。


 その様子を魔王様は、


(リチル様、お酒飲むんだ……骨なのに?)


 とかどうでもいいことを考えてるふうに、ぼーっと眺めていた。


 一方、僕のかたわらに座るナーザ様は、苦々しく事の様子を眺めていた。


「やれやれ、やはりこうなったか」


「ナーザ様、これは……?」


「うむ、実は十大領主は主にふたつの派閥に分かれておってな。すなわち、人間への積極的な反抗を主張する“強硬派”と、無益な争いを嫌う“穏健派”だ。ガラドとリチルはそれぞれ、強硬派と穏健派の最先鋒なのだよ」


「なるほど……」


「先代魔王ディオールが健在のころはなんとか強硬派を抑え、人間への直接介入を未然に防いでいた。あやつは自身の先代魔王ジルグードの過ちを重く受け止め、なるべく人間との衝突は避けたい方針であったからな……グラガムもそれにならい、穏健派として振る舞っていた。そのふたりがいなくなったことで、強硬派が勢いづくのは予想していたが……」


「それでこの騒ぎ、ですか」


 つまり、これはグラガム様の後任選定にかこつけた、派閥争い……


 どの派閥の者が十大領主にくわわるかによって、強硬派の天下か現状維持かが決まるということだ。


「ちなみに、我ら三賢臣さんけんしんは基本的に中立だ。どの派閥にも属しておらん……妖魔族デモニア領領主代行にしてバハルの妻、レシルもそうだ」


「賢明なご判断かと」


 魔王城を実質的に取り仕切る三賢臣さんけんしんの間にまで派閥争いが広がったら、それだけで魔族の内政にヒビが入る……


 どちらの思想にも囚われぬ公平性を持つか否かも、三賢臣さんけんしんに選ばれる要素のひとつらしい。


「我らはあくまで魔王の相談役だからな、決断は魔王自身がすべきだ。よって、こうする」


 そう言いながら、おもむろに席から立つナーザ様。


「静まれ、十大領主の諸君! 各々の中にそれぞれ適任と思う者はいよう。だが、あくまで決めるのは我らが魔王だ。こたびの十大領主の選定は、魔王クゥネリアに一任すべきではないか?」


 そして、十大領主に向けて声高らかにそう宣言した。


(!?)


 思わぬところから白羽の矢を突き立てられ、魔王様はクールな雰囲気が崩れるギリギリの範囲で口を開きながら、ナーザ様に振り向く。


「確かに、な……我々はただ、魔王様に従うのみ。それでよいな、ガラド?」


「うむ……」


 魔王様を引っ張り出されては、ガラド様もリチル様も引き下がらずをえない。


 こうして、十大領主の口論はたちまち収まり、本日の議会は無事に終了。


 ……あとに残されたのは、突然降ってわいた案件に頭を抱える魔王様だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る